終わり。
セバスさんが消えて五日目のある日
「ただいま戻りました」
と、汚れも疲れも見せずに帰って来た、当然のように聖女と勇者を連れて
「誓約で縛っていますので何時でも」
「や、縛っているって物理的に、」
「下手に動かれては堪りませんから」
荒縄でぐるぐる巻きにされていたそうだ
「で、条件は聞いているな?」
「はい・・・」
「聞いてるわ」
「帰れば二度とこちらには戻れない、チキュウとやらでは君達の存在は無いかもしれない、いいね?」
「御託はいいの!早くして!こんなスマホもテレビも電気さえ無いし未開の地なんてすぐにでも出て行きたい!
そんな脅しは無駄よ!」
「・・・」
「リュウセイ君、君は?」
「お、俺、やっぱり帰るの止めます・・・、こ、こっちに残ります・・・」
「何言ってるの!流星、やっと日本に帰れるのに!」
「い、いや、だって無理だ、誰も俺達のこと知らない可能性なんて、まだこっちに居た方が・・・」
「騙されてるのよ!こんなのただ脅しているだけで瞬先輩達はとっくに帰ってるわ!
ううん、もしかしたら行ったり来たりも・・・」
「騙してなどいないが、決めるのは君達自身だ好きにしろ、但し今この場で決めて、帰るなら今だ、次は無い」
「流星!」
「う、ぐ・・・」
「ちっ、そんなに残りたいならそうすれば良いじゃない!勝手にしろ!」
「やっぱり、俺は、・・・残ります、さよならアヤコ・・・」
ふん、とアヤコは既に流星を見限ったのか視界にさえ入れない
「そうか、なら・・・」
「お任せを」
「セバスあとは任せた」
「はい、では流星さまこちらへ、重ねて誓約魔法を掛けさせていただきます、この魔法は何処の誰にも知られる訳には参りません」
「はい・・・、お願いします」
流星は儀式の間を出て行く
「早くしなさいよ!」
ヒステリックなアヤコに呆れて小さくため息をつくアレク
「着替えをして来なさい」
「このままで良いじゃない!何がダメだって言うの!」
心底呆れる、世界間の移動で出来る限り物の移動はしないと説明している筈だが何なのだこの者は・・・
アレクがチラリとサイリを見るが、サイリは首を横に振る
セバスが聖女と勇者を連れて来る時に説明はしてある
それでも聞かないのだ。
「着替えるんだ、こちらの条件を飲まない限り、世界の移動を許可出来ない」
アレクは問答無用で命令する、本来ならば命令などしたくないのだ
何も身体を差し出せとか、裸になれと言っている訳では無い
互いの世界の安全の為の条件だと言うのに・・・
結局国王のアレクに命令されて渋々と別室で着替えるアヤコ
魔法鞄内の物はセバスが強制的に誓約魔法で吐き出させている、話の通じない者に長々と付き合うつもりは毛頭ない
ただでさえ主達に害を成す存在、途中で見失ったとして葬っても良かったくらいだ。
木綿の服に着替えて別室を出るアヤコ、着替えの時も後ろには常に女性騎士のクインが監視している
信用など欠片もない人間を一人になどしない・・・
回廊を通り、儀式の間へと向かう途中
詩奈とサイリが立っていた、詩奈はアヤコを見据え近付く
サイリは無言で横に控えている
「なに?アンタ生きてたの?ドレスなんか着て、似合わないったら・・・」
息をするように悪意を吐くアヤコだが最後まで言わせなかった
ゴヅッ!!
「ぎゃ、」
詩奈の拳がアヤコの鼻っ柱に叩き込まれる
鼻頭が真っ赤になり、鼻血が伝った
「あ、んた、なにをっ!」
「灯ちゃんは!!」
詩奈も元々大人しく優しい性根の持ち主だ
殴ったりなんて初めて、大声で怒鳴る事も無かったが
今回ばかりは違う
「灯ちゃんはアンタを赦したんじゃない!諦めたんだ!
やっつけようと思えばいくらでも出来たのに、灯ちゃんは優しいから!」
「は!何を言うかと思えばそんな事・・・」
「自分の思い通りになると思うなバカ!
二度と顔を見せるな!」
「このっ!調子に乗って!!」
アヤコは掴みかかるがサイリが間に入る
「退け!邪魔するな!」
「悪いが、君にはこれ以上誰も傷付けさせない」
「いいから、ど・・・、ヒッ!」
サイリも腹が煮えくり返っていたが何もしないのは娘アリエットが望む事ではないから
だが・・・、やはり目に余るとして威圧と殺気を叩き付ける
王への敬意もなく、他者への配慮もない、ただ己が勝手に振る舞うもの
こんなものに愛娘は傷つけられ続けたのか・・・
ガタガタとアヤコは震える
力の差、生き物としての格の違いが本能に直接働き掛ける
死ぬ、簡単に首を落とされる、そんな光景が脳裏に浮かんだ
「さっさと儀式の間に戻れ、俺はアリィ程優しくない・・・」
「は、はい・・・」
ただ従うのみ、それ以外何も無かった。
控え室で灯は待機していた、部屋にはリリスとエクス、エル、そしてマーガレットに王妃サーシャ
「来た、アリィ」
「うん・・・」
「にゃあー」
灯の傍らにはカミィ、その情報と核は既に神龍の瞳から光槍グングニルへと移されている。
ネルスによって壁には透視の魔法が施され、儀式の間の様子は全て確認出来る
着替えたアヤコが戻って来たが、なにやら顔色が悪い気がする
「?」
「アリィ、ネルス様が・・・」
疑問に思ったが、ネルスからは魔法使用の合図が来たので集中する
複雑に組み込まれた魔法式、ひとつの間違いも許されず
チャンスも一度きり
確実にゲートを、世界を繋ぐ為、それのみに意識を注ぐ
「ふぅぅ・・・」
神龍の瞳が輝きだした、底無しの魔力を起動した魔法式に注ぐ
世界を繋ぐゲートを開く為、強大な杖の魔力を更に灯の魔力で増幅
「っ!」
パシッ・・・、あまりの負荷に灯の爪がひとつ割れる
「アリィ!」
「大丈夫っ」
まだだ、まだまだ魔力は足りない
オリジナル魔法三倍加に三倍加を重ね、乗算
そして・・・
隣の儀式の間にゲートが現れた
その先には見慣れた景色、今はもう遠い故郷が広がっている
近くの河辺、土手の辺りに繋がったようだった
「あ・・・」
向こうの景色、遠く離れた先に二人の影
男の人が女の人に寄り添って歩いていた、散歩しているのだろうか?
優しく微笑む男の人、女の人は大きなお腹に手を当てて幸せそうに笑っていた
人であった灯では捉えられなかっただろう距離
しかし獣人になった今ではハッキリと見えた
お父さん、お母さん・・・
ずっと見ていたい気持ちになるが、限界は自分が一番分かる
杖の、そして自身の魔力の底が見えている
「アリィ、アイツは行ったよ」
横からエルに声を掛けられて初めて気付く
アヤコの姿は既に無い
ゲートの先を見ても二人の姿はもう無い・・・
「うん、閉じるよ・・・」
確実に、歪を残さず、綺麗に空間を閉じる
ゆっくりと魔力の供給を止め、ゲートは消えた。
「ふう・・・、っ!」
見ると両手が血塗れ、爪が全て割れていた
神龍の瞳は跡形もなく消滅している
「お疲れ様アリィ、治してあげる」
エルが優しく手を取り治癒功を掛けてくれる
「アリィ、お疲れ様、私も下手だけどヒール覚えたのよ?片方貸しなさい」
マーガレットも空いた片手を握って治してくれた
「ありがとう、エル、メグ・・・」
「凄い魔法もあるのね、別世界、か・・・」
サーシャさんが興味深そうに感想を零す
「お母様、この魔法は」
「分かってるわよ、世界はひとつで十分大きいもの」
「帰ろっか!アリィ!」
「うん」
立ち上がった瞬間、視界が傾いた
「アリィ!!」
ぽふりとリリスの胸に受け止められる灯
「凄い汗、疲れたのでしょう、ゆっくり休みなさい・・・」
「ん・・・」
「アリィ、おやすみなさい」
疲労を自覚した途端、手に、足に、全身の力が抜ける
気力、体力、魔力、全て使い切ってしまったみたいだ
瞼が、重い・・・
母の胸に包まれ、いつもの柔らかさ、優しさと香りの中で灯は眠りについた。