友達
夜会の空気が悪くなってしまった
「ふう・・・、皆、一人だけの言葉に惑わされずどうか交流して欲しい、個人の言葉と国の言葉を履き違えてはいけない」
この場で事を長引かせるのは得策では無い
聖女が非常識なだけで、他の者はそうでないだろう?
と場を収めるアレク。
その言葉と同時に楽団が曲を演奏し始めた
音楽で無理やりではあるが空気を変える
代表と騎士団長はもう一度深々と頭を下げて場を辞した
だが勘違いしてはならない、王は「赦す」とは言っていないのだから。
筆頭公爵家のサイリが一番最初にアレクに挨拶する
「災難だったな」
「アレは、いや、なんでもない・・・」
「何処の世界、何処の国にも居るものだ、どうにもならない者はな・・・」
「ああ・・・」
「やるなよ?こっちで落とし前は付ける」
「やらん、無駄な事だ」
「こんな場だ、もう帰って良いぞ、悪かったな・・・」
「いや、アリィも理解してくれている、気にするな」
聖女一人葬る事など簡単だ
しかし、魔法国で行方不明になっては禍根を残す
親としては八つ裂きにしても収まらないが・・・
早々に家へと帰る事にした
「さあ、帰ろうか」
「ええ・・・」
「リリス」
「分かってるわよ、感情だけで動いてはアレと同じだもの」
「そうだな・・・」
「アリィ、大丈夫?」
「うん、不思議とそこまでは、学園に初めて行く時の方が怖かった位だよ、多分もうそんなに怖くない」
「そう、無理しちゃダメだからね、いつも傍に居るから」
「俺も居るぞ」
「ありがとう、エル、、・・・お兄ちゃん」
「アリィ!?」
「お!」
モジモジとしながらもハッキリ言った
灯がエクスの事を「お兄ちゃん」と
「もう一回・・・」
「さっきは庇ってくれてありがとう、お兄ちゃん」
「おおおおおっ!」
「何騒いでるのエクス・・・」
「や、母上父上、アリィがお兄ちゃんって!!俺の事お兄ちゃんって!」
「あら、やっと認められたの?」
「ははは、良かったなエクス」
「おおお・・・、アリィ、どんどん俺を頼れよな!何でもしてやる!」
はしゃぐエクスに空気が変わり、和やかに城を後にする
一方、中庭の隅では
バチン!
「あうっ!」
「クソ!あの女!」
バチンバチンと、アヤコが侍女を殴っていた
「ごめんなさいごめんなさい・・・」
「煩い!!」
八つ当たり、醜い事この上ない
と、丁度回廊を通る灯達を見付ける
どうやら知り合いと会ったのか会話をしていた
「そうだ、いい事思いついたっ!」
醜悪な顔は最早人とは言えない程歪んでいた
「待ってアリィ!大丈夫!?」
慌てた様子でマーガレットが灯達を追い掛けて来た
「あ、メグ大丈夫だよ」
「本当?辛いなら辛い、泣きたいなら泣きなさい
胸は貸すわよ」
「本当に大丈夫、思ったより何とも思ってないの・・・
嫌な気分ではあったけど、なんか、寂しいというか・・・」
「寂しい?」
「うん、ふと思ったんだ、ああ、分かり合えないんだろうな、って・・・」
「そう・・・」
マーガレットは気付く
それは寂しいではなく、きっと「憐れみ」
あそこまで醜悪になれる人間では、確かに怒りを通り越して同情してしまう。
と、回廊で話していたマーガレット達
飲み物のお盆を持った侍女が横を通って行く瞬間
マーガレットはおかしいと警戒したが手遅れだった
バチャンッ!!
「きゃんっ!」
侍女が灯に向かって飲み物を掛けて来た
転んで掛けてしまったのでは無い、どうみても意図して掛けて来た
お酒くさい、赤ワインだ
ドレスが紫色のシミに染まって行く
「アリィ!」
「アリィ!?」
「お前、なんて事を!」
「ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい!」
即座に土下座をする侍女
「・・・は?」
飲み物をわざと掛けておいて、直ぐに土下座
意味が分からない
経験の多いサイリとリリスを持ってしても流石に状況が分からない
そこへ
「あら、あらあら、どうしたのかしら?まあドレスがっ!大丈夫?」
わざとらしくアヤコがニヤニヤしながら現れる
その場の全員が全てを理解する
こいつの差し金だ
「あら、シイナさん駄目じゃない、迷惑を掛けて・・・」
「えっ!?」
シイナと言う名に反応する灯
「ごめんなさいごめんなさい!」
侍女は謝り続けている
「ほら、顔をあげて」
「あ、うう・・・」
アヤコが無理矢理侍女を立たせる、その顔は赤く腫れ上がり
たった今まで叩かれていた事が分かる
その顔は・・・
灯の友達、クラスで一番助けてくれた人
詩奈ちゃんだった
「シイちゃん・・・」
こっちに来ていた!?
何故此処に
アヤちゃんと一緒に、でも・・・
「え、、灯、ちゃん・・・」
「ごめんなさい、私の侍女が粗相をしてしまって、ほらアンタも謝りなさい」
「も、」
ゴク・・・
「申し訳、ございません・・・」
生唾を飲み込み、絞り出す様に口にした謝罪は見ていて痛々しい
アヤコも謝りながら、申し訳ないと言う表情では無い
詩奈は相手が灯だと気付くと更に顔色を失い、茫然としている
灯はこの状況の全てを理解して激怒した
自分と詩奈が友達だったと知っていて
詩奈ちゃんを蔑み、殴り、命令して
私にワインを掛けさせ、詩奈ちゃんに謝らせる
瞳の色が金色に爛々と輝く
父に感情と瞳のコントロールを習ってからは一度も色が変わる事の無かったブラウンと黒の瞳が
鮮やかな黄金になる
ミシミシと拳を握り締める音が聴こえ
怒気が周囲に満ちていく
グルルル・・・・・・、唸り声が響く
獅子の怒り、唸りが灯の喉から発していた
そんな灯を見て怯むアヤコ
「な、何よ、アンタ、その目・・・、文句でもあるの?」
「あ、アリィ・・・」
「おいおい・・・」
エルとマーガレットが初めて怒る灯に驚く、エクスも灯の怒りように冷や汗をかく
そもそも、この子は本気で怒る事があるのだろうか、と思っていたのだが
実際怒りに染まった灯を見て言葉を失う。
「コイツ、死ぬぞ・・・」
との共通認識、灯は力こそ強いが人に対してそれを向けることは無い
モンスターに対しては容赦ないのだが
果たして敵と認識された人が無事でいられるのか
サイリとリリスは灯の怒りようから概ね察した
恐らくだがチキュウの友達が聖女の元で虐げられていた
しかも今回はその友達の手を使ってアリエットに手を下す
やり口が汚い、本当に同じ人なのかと疑う。
そして先行きを全て考え、アリエットが最も望む道を模索
瞬時に道筋を組み立てる
サイリがリリスに視線を送り、リリスは頷いた。
このままでは娘が人殺しになりかねない
寧ろ、理解した瞬間に襲いかからなかったのを褒めたい程だ
やっぱり優しい娘なのだと心の中で微笑む
「申し訳ございません、侍女は再教育しておきますので・・・」
と、勝手に終わらせるつもりの様だがそうはさせない
「君は何か勘違いしているようだね・・・」
「え」
「お父さん?」
低く冷たい声が回廊に響く、サイリも自分で驚く程冷淡な声が出て驚くが、そのまま続ける
「侍女の、使用人の失態は主の責任、このまま終わるとでも思っていたのかね?」
「な・・・」
「それに・・・、たかが伯爵位程度の聖女が公爵家の娘にこの様な事をして無事に済むとでも?」
「は?」
アヤコは知らなかった、否、王国での勉強を適当にしていたせいで学んでいなかった
「聖女」の地位は数百年前に王国が言い出した
「我が国で異国の勇士を召喚した、今後彼らを「勇者」「聖女」と呼称、かの者達の特権を認める、他国もそれに従う様に」
周辺国は
「お前は何を言っているんだ?」
と、王国を嘲笑した
他世界からの人の召喚は禁忌とされていて、それを破った事を平然と公言
しかも、その被害者達を祭り上げるから他国にも特権を認める、と言うのだ
頭が悪いとしか表現しようがなかった。
色々と揉めた結果、譲歩に譲歩を重ね
「勇者」「聖女」の爵位は伯爵位として定める事となる
王国内では国王に迫る、または超える権力も許されているらしいが
何処の誰とも知れぬ、国を知らぬ者にそんな権力を与えるなど狂気の沙汰である
王国内と他国では「勇者」と「聖女」の地位は相当乖離していたのだ。
さあ此処で問題である
伯爵位程度の者が侍女に指示をして
公爵家令嬢を辱めた、しかも侍女は当の令嬢の友人
赦す、そんな選択肢は既に無い
「君は、侍女に指示をしてアリエットを辱めた
侍女は命令されただけだ、なら誰が責任を負うのか?」
アヤコの顔が強ばっていく、が
「私がこの子に命令したなんて証拠が何処に・・・」
「証拠?裁定の場で誓約をもって答えて貰っても良いのだが?」
「っ!」
アヤコが黙り込む
「知らない・・・、こんな子私は知らない!私の侍女がこんなミスなんてしない!」
「え、」
「ほう・・・、つまりこの侍女は、君とは全く関係無いと
勝手に公爵家の令嬢にワインを掛けたと言うのか」
「そうよ!!」
「そうか、ならこの侍女、私達がどう扱っても構わないという事だな?」
「構わない!関係無いから!」
「そ、そんな・・・」
侍女シイナが呆然と立ち尽くす
「そうか、ならばこの侍女貰おう、アリィそれで良いね?」
「え」
「え?」
サイリの提案にアヤコも灯もポカンとするが
灯に向けてニコリと笑うサイリ、灯は意味を理解する。
「あ」
「シイちゃん立って」
「灯ちゃん?」
そっと詩奈の頬にヒールを施し、癒す
「シイちゃんが良ければウチに来て欲しいんだ」
「で、でも、私、灯ちゃんに酷いことを、助けられなかったし・・・」
「あの時はありがとう、私は一度ダメになっちゃったけど大丈夫だから、それに・・・」
清潔清掃魔法を起動
紫色にシミが広がったドレスが綺麗になる
「ね、何も無いよ」
「あ・・・」
「今度は私がシイちゃんを助けるから!」
「う、うん、ありがとう灯ちゃん、ありがとう・・・」
ポロポロと泣く詩奈、知らない世界に来て蔑まれ続けた生活が辛く我慢していた
それももう無い、友達が優しく手を差し伸べてくれた
安堵と喜びに涙が溢れる。
「な、だ、騙したのか!アンタ!こんなの無効よ!
そう、ワインのシミがないなら何もしてない!そいつは私の侍女よ!」
ギャンギャンと醜態を晒し続けるアヤコだが、この場の誰にもその言葉は響かない
「無効じゃないわ!」
「何よアンタ、外野は引っ込んでろ!」
「ふう、本当に醜い方・・・」
「な、んですって!!」
すう、と一呼吸、マーガレットは凛とした声で言った
「アレクサンダー・ライオネルが長女、マーガレット・ライオネルの名に誓い宣言する!
この娘を異界渡りの者としルナリア公爵家の管理の下、保護する事を認めると!」
堂々とした立ち居振る舞いは正しく王の血筋、有無を言わせない威厳に満ちていた。
「な、な、ライオネル?まさか王女・・・くっ!!」
口を大きく開け言葉を失うも、この場に留まる事は不味いも判断したのか逃げる様にアヤコは去って行った。
誰も止める者は居ない、償いをさせるにしてもこんな奴と関わらない方が良い。
「メグ、ありがとう!」
「良いのよ、友達なんでしょう?その子」
「うん!シイちゃん、詩奈ちゃんって言うの!」
「そう、よろしくねシーナさん」
「は、はい!すいません!よろしくお願いします!」
先程の威厳に満ちた表情から一転、にこりと優しく笑うマーガレット
友達の友達は私の友達よ?
と言ってはエルと灯にクスクスと笑われる事になる。