不穏
新緑会の休養日も開けて、学園生活も平穏に過ごしていた灯
エル、マーガレット、マールとも変わりなく
クラスメイトとはお茶会の模擬練習会、夜会の模擬練習会と貴族生活を実践、教えてもらったり
「アリエットさん!今日の料理は何?」
とお茶会のお菓子を作ったり、料理会を開催して仲良く交流していた。
平和そのもの、地球への空間魔法もある程度完成への目処が立ち
瞬達が帰還し次第、地球へ戻るかどうかの話し合いをしようか、と考えていた
そんなある日・・・
「え・・・」
灯の顔から笑顔が消える
「マーガレット、それ本当!?」
「ええ・・・、本当よ、王国の聖女と勇者を旗印に魔法国にとある交渉をしに来るから近く夜会が催されるの」
「それにエルちゃんとアリィちゃんも出る、と?」
「公爵家に招待は行く筈よ、あとはサイリ様とリリス様の裁量でどうなるか」
「・・・」
「マーガレット、それを私達に先に言ったって事は、出席せざるを得ない理由があるの?」
「あちらの、王国からの指名が来ているの、ルナリア公爵家のアリエット嬢に帰還祝いをしたい、って」
王国の意図はこうだ
今話題のアリエット嬢の評判を聞き付け、ルナリア公爵家と友好を深めたい、上手く行けば縁続きとなれる
武闘派のサイリ、またS+冒険者として名が売れていて、新緑会ではオーガを圧倒したと言われたアリエット嬢を是非とも、と。
魔族領への侵攻準備が、件の王都大規模戦闘の失策により冒険者ギルドにそっぽを向かれて遅々として進まない事に
王国、騎士団は業を煮やした
なら力をある所から持ってくれば良い、と
何とも透けて見える思考である。
一番最初のお披露目で灯とエルの婚約発表をしていたのだが、数ヶ月経っても当の婚約者は不明のまま姿を見せないので
サイリのハッタリだと思われているのだ
つまりエルと灯は婚約者の居ないものとして見られている。
学園でマーガレットに話を聞いたその夜
やはり、サイリ、リリスから伝えられた
「・・・と言う事なんだけど」
凄い嫌そうだ、私達に相談するということは断りにくい話なのだろう・・・
でなければ最初から断って終わりの話
「・・・出るよ、夜会」
「アリィ!?」
「良いの?体調不良で断っても良いのだけど・・・」
「ありがとうお母さん、でも出た方が何かと良いんでしょ?」
体調不良で断れるなら、いちいち知らせずにそういう事にしておけば良い
それをしない時点で、まあそういう事なのだ。
「はあ・・・、アリィならそう言うと思ったよ、分かった了承の返事を送っておくよ」
「絶対に私達から離れちゃダメよ、エクス、エルも手伝って」
「勿論!」
「妹に手を出す奴は許さない・・・」
「ありがとう、お父さん、お母さん、エル、エクス・・・」
皆、灯と聖女との因縁は知っている、絶対に守ってくれる安心感はとても心強い。
「極端な話、アレクの挨拶を聞いて直ぐ会場を出てしまっても良いんだ「出席」はした事になるから、具合悪くなったから帰る、で」
「じゃあそうしよう!」
「ばか、最低でも国王陛下には挨拶しないとマズイだろ、いくら父上達が旧知の仲と言ってもな」
「じゃあそれで!」
「そうね・・・、あとは・・・」
夜会当日
「アリィ、無理しちゃダメだよ」
「うん、ありがとう、少しだけだから我慢する・・・」
「うん・・・」
城の大広間には魔法国の高位貴族、王国の使節団、貴族、そして聖女と勇者が一同に会していた。
大広間の壁際には通常の倍以上の警備が配置
裏にはセバス、アル、マイラ、リトラが控えている
灯はリリスの発案で夜会用のドレスを纏い、頭に白く透けたヴェールを掛けてある
「病弱で肌が弱く、人と話すのも負担になる」
と、いう設定。
伏し目がちに下を向いて、扇で口元を隠せば殆ど顔が分からない
病弱設定なので小声でボショボショ話して、声でもバレないようにする。
だが・・・
「こちらがアリエット嬢ですか、初めまして・・・、いやあお美しい、まるで月の女神ですな」
逆に目を引いてしまい国内外問わず貴族達に捕まってしまった
因みにエルは太陽の女神・・・
「どうか私めとダンスを・・・」
と、エルと灯に殺到、聖女と王国使節団はまだ現れていない
困った灯とエルがサイリの顔を見て指示を仰ぐ
「ふう、仕方ないな、エル、アリィ、少し踊って来なさい」
「「はい・・・」」
「アリエットは病弱だ分かっているね?」
「ありがとうございます、さあアリエット嬢」
エルは普通にダンスを、灯は病弱設定なので隅の方でユラユラと左右に揺れるだけのダンス擬き
しかしこれが良くなかった
伏し目がちでヴェールで隠れてはいるが、整った顔立ち
大人しく従順そうな灯の様子に興味を引かれた貴族達が集まる
「アリエット嬢、次は私と・・・」
「はい、喜んで・・・」
「次は、私と」
「はい、喜んで・・・」
「次は・・・」
「はい、喜んで」
丸々一曲を一人とは踊らない、一言二言言葉を交わしているだけなのに終わらない
そして、どこかで聞いたような声でダンスを誘われる
「アリエット・ルナリア嬢、ダンスを・・・」
それは、王国の、騎士団長
王国を出る時に追われ、途中話をしたあの騎士団長
当時、灯は自身に向けられた「夜も使ってやる」の発言を理解していなかったが
リリスによって保健体育の勉強は進んでいるので
今では意味も理解していた・・・
嫌悪の対象が目の前に居た事で反射的に顔にも言葉にも本音がついて出た
「え、嫌です・・・」
「は?」
手を引きその身を抱いて、どこからどう見ても嫌だという様子で灯は小走りにサイリとリリスの元へと走った。
周囲は灯に注目して見ていた、公に現れたのは殆ど初めてなので一挙手一投足を見られていたのだ
控え目な態度で何人もずっと断わらずに「喜んで」とダンスを受けて踊っていたのに
何故か王国の騎士団長に対しては嫌悪を表に、逃げるように去って行ったとなれば・・・
「おい・・・」
「ああ、王国の・・・、」
「どう見ても嫌がっていたよな・・・」
「やだ・・・」
ダンスの断り方にもマナーがある、というのに
あの断られ方、何かあったと推察するには十分だ
騎士団長はいたたまれず顔を赤くしてその場を離れた
サイリとリリスは小走りで帰って来た娘の様子がおかしいと気付く
「アリィどうしたの?」
「王国の騎士団長が、」
「なんだって?」
サイリがやはり王国と接点は持つべきではない、良くないな、さっさと帰ってしまおうと思っていた所、会ってしまった・・・
「そっちがルナリア公爵家とか言う家の娘達?ふぅん?」
尊大な態度、値踏みするかのような視線、なってない言葉遣い、所作
ああ、コレがアリィの敵か、なるほど
とサイリ、リリス、エクス、エルが確信する
名乗り合う必要も無い、コレは敵だ。
見れば傷んだ金髪、黒髪の人族と聞いていたが
どうやら染めたようだ
金髪は特に珍しくもない
しかし天然の金髪が有り触れたこの世界で染め上げた金髪はとても場違いに見える
安っぽいのだ。
全てがこの場に相応しくない、気も澱んでいて何かに取り憑かれているのではないかと思える程
「初めまして、アリエットさん、私はアヤコ、王国の聖女です、へえーアンタが流星と結婚するの?」
公爵家当主サイリ、妻リリスを飛び越えて灯に話し掛ける無礼に周囲の貴族が目を丸くする
しかも、勝手に結婚する事にもなっている
ひそひそ
「なんだ、あの無礼者は・・・」
「ほら、王国の・・・」
「ああ、聖女とかいう・・・」
しかも名乗っても居ないファーストネーム呼び、先ずは自己紹介から入るのが当たり前、子供でも知っているのに、と周囲が静かに嘲笑する。
灯は口元を扇で隠して、小声で返す
「・・・初めましてアヤコ様、アリエット・ルナリアです」
どうぞ宜しくなんて続く筈もない
「ん?アンタどっかで・・・、ちょっとよく顔見せなさい」
皆、油断していた
まさか国主催の夜会に来る者が扇を強引に払い除けて、ヴェールを剥ぎ取るなんて誰が予想出来ただろうか
無礼者所ではない。
「あ・・・」
灯はアヤコを見ても多少イヤな気持ちになっていただけで、特に感じる所は無かった
家族が皆居るからなのか、さほど心は揺れていない
しかし、いざ直接目を合わせた途端、やはり足は震えた・・・
「アンタ!こんな所で何してんの!!」
怒鳴り声に身体が竦む、しかしいつの間にか戻って来ていたエルが手を握ってくれた、とても心強い。
サイリとリリスから恐ろしい程の怒気が漏れ出ている
「なんでしょうか、アヤコ様?」
「とぼけんな!アカリ!まさか瞬先輩をこんなとこまで追いかけて来たの!?キモッ、何処までもくっついてきて、まー」
横から黙っていられなくなったエクスが割って入る
「おい、いい加減にしろよ」
「エクス・・・」
「何?ああっ!アカリ、アンタ次はこの男?本当に節操無いわね!」
アヤコはこう思っている、瞬に付き纏い、次いで陸にも付き纏って彼女ヅラした女、と。
そんな事は事実無根、どちらかと言えば瞬の方が灯に構っていたし、陸もそうだった
幼馴染同士仲良く話していただけだし
そもそもこの世界に灯を追い掛けて来たのは瞬である。
次はエクスに取り入ったのかと、ゲスの勘繰り
「男に媚び売って、何?その耳と尻尾、あざとくて吐き気がする!」
周囲はヒソヒソ話も消えて無言
突然聖女が発狂したかのようにルナリア公爵家
サイリの最愛の娘を侮辱しだしたのだ
しかも、獣人の獣耳と尻尾に対する発言
獣人の貴族は怒りに目を染め、そして次の瞬間には顔を真っ青にしてその場から離れて行く
サイリとリリスが視線で人を殺せる程の怒りに染まっていたのが見えたからだ
魔法国側の人間は水が引くようにサーっと離れて行く
その時、
「止めよ、見苦しい・・・」
普段は柔和な表情のアレクが塵を見るかのような目でアヤコを黙らせる
いくら礼儀を知らないと言っても、国王に歯向かうほど愚かではないようだ。
アレクの隣にいる王妃サーシャは冷たい笑顔を張り付けている
マーガレットは今にも飛び掛からんばかりの怒りを隠しもしない
魔法国は多民族国家だが、獣人の比率は大きい
警備をしている騎士団は勿論
国王のアレクも灯と同じ獅子の獣人
この場での獣人を見下す発言は国王への侮辱と取られてしまう可能性のある危険なものだ。
殺気が立ち込める大広間・・・
「納めよ、皆」
アレクの発言で獣人達は牙を隠す
皆、と言ったがサイリ、リリスに堪えてくれすまないとの意味合いが大きい
怒りに染まってもサイリが子供達の前で聖女とやらをどうこうする訳がないのだが
慌てた様子で王国使節団の代表と護衛を務める騎士団長が戻って来て御前に出て頭を下げる
アヤコも騎士団長に頭を押さえ付けられる
「なにすんの!」
「五月蝿い、黙れ!この場で首を撥ねられたいか!」
「申し訳ございません!国王陛下!」
「彼の者は異世界から来て、身分制度の無い国から来たようで・・・、どうか、どうか!」
と、脂汗をかきながら言い訳を重ねる
アレクは冷淡な表情を崩さない
「ほう・・・、異世界とな」
「は、はい・・・」
「そこのルナリア公爵家のアリエット嬢も同時期に異界から来ているのだが、随分とまあ、教育がなっていないのではないか?」
国や世界は関係無い、育ちか王国での教育はどうなっているのか、との嫌味である。
代表と騎士団長はダラダラと汗をかき顔を上げられない
アヤコは顔を真っ赤にしている。
「まあ良い、交渉の場楽しみにしようか」
王国の目的はルナリア公爵家との縁結びと、魔法国からの支援の取り付けだったが
公爵家とはアヤコの行動により話し合いさえ不可能である
国家間の交渉前から既に主導権はアレクの手の中に収まった
先程の聖女の発言を持ち出せば王国側は飲み込まざるを得ない
最悪戦争の可能性もある
だがサイリを止められる人材は王国側には居ないので交渉でどうにかするしかない
騎士団長は歯軋りをして堪えた。
功績作りのつもりで遥々魔法国まで来たのに始まる前からつまづいてしまった。