学園
学園始業式の日、灯にとっては入学式である日。
制服を着て、身嗜みを整える
極端に華美でない限りはある程度のアクセサリーも許されているので、マーガレットから誕生日のプレゼントとして贈られた銀のイヤーカフスを付ける
髪はいつもの様にリトラがセットする
「今日は晴れの日です、風も無いので軽く編んで下ろそうと思います」
「うん、ありがとうリトラ」
朝食を食べて、サロンでひと息をつく
エクスとエルは勿論制服姿、サイリとリリスも余所行きの正装を身にまとっている
子供達の、特に灯の入学式なので同行する予定だ。
だが
出発の時間が迫り、次第に灯の心が落ち込んでいく・・・
思い出されるのは地球の学校での出来事
指先が冷えていく
此処は地球では無い
じっとりと手汗が滲む
あの学校ではないし、あのヒトも居ない
大丈夫、頼れる姉妹のエルが居る
それでも止まらない、当時の記憶
私物が無くなり、トイレで突然殴られ、謂れのない誤解で傷付けられる
そして、髪を切られる・・・
「アリィ!」
「っ!」
エルに声を掛けられてビクリと反応を示す
「あ、・・・何?」
「何、じゃないよ、そろそろ出るけど大丈夫?顔色悪いよ?」
周囲のみんなも心配そうにこちらを見ている
「だ、」
大丈夫、と言いかけて思い留まる
エルとは約束した、嘘をつかない誤魔化さない、と。
「ダメ・・・」
「怖い?」
「・・・」
無言でコクリと頷く灯
制服、登校、玄関、これらの要素が揃うとやはり身体が硬直してしまう
エルがギュッと灯の手を握るが震えは止まらない
心に刻まれた傷、傷痕は簡単には治らない
いや、治るかどうかも分からない
「エ、ル・・・」
マズイ・・・、呼吸が浅くなるのが自分でも解る
落ち着かないといけない、大丈夫、大丈夫・・・
「良し!アリィ来て!お父さん達は玄関で待ってて!」
「え!?」
エルは灯の手を引きサロンを飛び出す、玄関には向かわず階段を昇る、廊下を走り
自分達の部屋に、そのまま窓を開けてバルコニーへと
「よっと!」
何が何だか分からない、灯は困惑したままエルにお姫様抱っこされた
「エル、何を、」
「やっ!」
飛び降りた、制服のスカートが捲れるのも構わず灯を抱きかかえたまま二階のバルコニーから・・・
「え!?わ、ちょっ!!」
突然の行動に灯は驚く、だがそこは身体能力の高い獣人
数mの高さをものともせずエルは難なく着地
とは言え、突然高い所から飛び降りれば驚く
灯の尻尾は毛がブワリと逆毛立ち、心臓はドキドキとしていた。
「エル!」
「良いから良いから!」
尚もエルは止まらない、
結局中庭を通り、ぐるりと屋敷を回って、外から玄関に入った
「エル、何なの?」
玄関にはサイリ、リリス、エクス、セバス、アル、マイラ、リトラら皆が勢揃いで
「何故外から・・・」と困惑していた。
「どう!?アリィ」
「どうって、何が・・・」
「家の外に出たよ!」
「いや、出たって言うか外から入って・・・、あ」
制服を着ると玄関から出られないなら
制服を着て玄関以外から出てしまえば良い
問題は玄関の扉を潜れない事ではなく、外に出られない事
エルの子どもみたいな考えに灯はふきだす
「ふふ、何それ、屁理屈?」
「やっと笑ったねアリィ」
「え?」
「さっきから誰が話し掛けても「うん」しか言わないんだもん、お兄ちゃんが「後でお兄ちゃんって呼んでくれよな、約束だ」って言ってたのも聞こえてた?」
「ええ!?」
灯はエクスの方を見ると、エクスは期待を込めた眼差しでこちらを見ていた
「・・・エクス」
ガクリとエクスの首が折れた・・・
「アリィ、見て」
エルは灯を抱き上げたまま内と外を行ったり来たり
「どう、何かある?」
「何も・・・」
そう、何も無い
エルは漸く灯を降ろす
外から来た玄関の扉は開き目の前にある
灯は室内に、エルは屋外から手を伸ばして灯が出て来るのを待っている
「行けそう?」
「うん・・・」
エルの手を取り、仕切りを恐る恐る跨ぐ
「出れた・・・」
「うん」
「出られた!」
自分の足で制服を着て玄関から出た、出る事が出来た
あの時以来、外出は出来ても、いざ学校へ行こうと制服を着て支度を済ませ靴を履く
しかし扉の前で足が止まる
怖くて、どうしても前に進めなかったのに
あっさりと扉をくぐり、外へと、学園へ向かう一歩が出た
嬉しくて後ろに居るはずのサイリとリリスの方を振り向く灯
「わぷ」
「よく頑張ったわねアリィ、いい子・・・」
いつの間にか目の前にリリスが来ていて抱き締められる
「お母さ、」
「本当にいい子」
母リリスも喜んでいるのが分かる
抱きしめられた状態の灯の頭にそっと手が置かれて優しく撫でられた。
抱擁でがっちりリリスの胸に埋まっているので、何とか首を少し動かし頭に乗った手を辿ると父サイリだった。
「さあ、行こうか」
「うん!」
「ええ」
祖父母が見送りを務める
「いってらっしゃい」
「「「いってきます!」」」
三人の孫から元気良く返事が来て、ニコニコと見送ってくれた。
学園前の馬車止めは賑わっていた
数ヶ月ぶりの学園、友人知人との再会に話が弾む子息令嬢
「お久しぶりです、・・・様」
「おお、元気にしていたか」
「・・・様、ご機嫌麗しゅう」
「あら、・・・さん、今日からまた宜しくね」
顔繋ぎ、親交、各々が関係構築に勤しむ
貴族、商人、その他裕福な家庭の子供達が集まる学園
そんな中、一角がぽっかりと空白地帯となっている
王女マーガレット、この学園の学生の中で最高の地位を持つ彼女に話しかけられる者は居ない
目下のものが目上の者に話し掛ける事はマナー違反
マーガレットの隣にはマール
辺境伯家で地位的には問題ないとは言え、学園が一時閉鎖されるまで関係の無かった二人が一緒に居る事は周囲から好奇の目を集めていた
逆に元々マーガレットの傍に居た令嬢達が誰も近くに居ない事も興味を引く理由のひとつだった。
「ジロジロ見られてますね」
「そうね、不躾な視線だこと」
「あはは・・・、メグさんいつもこんな感じなんですか?」
「ええ、不快でしょう?」
「まあ居心地は悪いですね・・・」
「あ、今日の主役が来たわ」
マーガレットの視線の先には馬車止めに入って来るルナリア公爵家の家紋が入った馬車
その場に居た皆が馬車に注目する
学園閉鎖中においても情報は行き交う
ルナリア公爵家に異界還りの娘が現れ、貴族登録された
その娘はアリエットと言い、学園へと入学するという話だ
それだけでも十分興味を引く話だというのに
件のアリエット嬢は黒髪、現公爵家当主サイリウス様と同じ黒獅子
貴族から見れば喉から手が出る程欲しい存在だ
最優の代名詞である黒獅子、しかも歳頃の娘ともなれば我が息子の伴侶にと、目の色を変えてなるのは間違いなかった。
学園閉鎖中にお披露目が行われ、婚約をしていると発表されても婚約者の詳細は不明
公爵の牽制だと思われた為に、学園再開を期に関係を持とうとする者は多かった
「リリス」
「ありがとうサイリ」
サイリがリリスをエスコートして馬車から下りる
「エル、手を」
「ありがとう、お兄ちゃん」
続けてエクスがエルをエスコートする
エクスも公爵家の跡取り、周囲の令嬢が熱い視線を集中させる
またエルもお披露目で婚約を発表したが、灯と同様に牽制と思われていて実質フリーともくされている為、エルにも子息からの視線が集まっていた
人前なので澄ましているが・・・
最後に灯がサイリにエスコートされて馬車から下りる
馬車止めは周囲の子息令嬢達の喧騒に包まれていたが、灯が姿を表した途端に静まり返った
「おい・・・」
「ああ・・・」
「可憐だ・・・」
「誰だ、ゴリラのような女が来るって言った奴・・・」
「フィーネ先生の魔法人形を素手で破壊したって噂、ありゃあ嘘だな」
「だな、あんな小柄で可憐な子がルナメタル製の魔法人形なんか壊せねえよ」
「いや、そもそも戦えないだろ?Sランク冒険者ってのも嘘だな!」
「騎士団をぶちのめしたって噂も嘘だわな」
口々に言われる噂は全て事実なのだが
灯は同年代の獣人では最も小柄で華奢、発育の良いエルと並ぶと余計に際立って見えた
そんな灯が超絶武闘派などと噂が流れても俄には信じられないのも無理は無い
「やべえ、抱き締めたい・・・」
「ああ、腕の中に納まるあの小ささは堪んねえよな・・・、アレでエリューシア様と同い歳なんだろ?」
庇護欲の強い獣人達は小柄で可愛らしい灯に視線を
「俺はエリューシア様の方が良いな」
「な!あのスタイル・・・」
人族は主に身長も高く大人びているエルに視線を集めていた
「可愛らしいのは認めるが、見た目だけで判断する奴に私の娘達は渡さん・・・」
「何言ってるのよ・・・」
大人気ない大人が一人、呆れた妻が一人
「サイリ様、リリス様、お久しぶりです」
マーガレットが早速挨拶に来る
優雅にカーテシーをした、その立ち居振る舞いは公爵邸内、エルや灯の前で見せる自然体な姿ではなく「王女」マーガレットの姿だった
それに倣ってマールも半歩後ろに控えてカーテシーをした。
「マーガレット王女、ご健勝そうで何よりです」
「メグ、おはよう!」
「こうして見るとマーガレットも王女って感じだよね」
「・・・貴女達ねえ、せめて最初の挨拶くらい猫被りなさいよ!」
「必要ある?」
「そんなにあるわけでもないけど、ない訳でも無いじゃない、こういうのは形よカタチ!」
「?、どっち?」
「ああ、もう、いいわ!」
「フフッ、メグさんたら今か今かと待っていたんだよ」
「ちょっと、マールさん!」
プリプリと怒るマーガレット、顔を少し赤くしているのは怒りではなく羞恥、照れていた。
「マーガレット王女、マリルーシェ嬢、妹達を宜しくお願いします」
「は、はい!」
「ええ、お任せくださいエクス様、大事な大事なお友達ですもの」
「学年は違うけど、何かあったら呼ぶ様に、エル、アリィ」
「「うん」」
周囲は唖然としていた
王女マーガレットの取り巻きは居なく、公爵令嬢エリューシアの取り巻きも近寄らない
だが、その中心である本人達は親しく会話をしている
あの2グループはいがみ合っていたのは学園に通うものならば誰でも周知の事実であるのに
学園閉鎖中に何があったのか知らない者には奇異に映る光景であった。