誕生日。
朝起きて寝室から部屋のリビングへ移動すると大量の贈り物が所狭しと置かれていた
屋敷の使用人や知り合いからである
「ふ、あー・・・、今年はすごい量だね、アリィの初めての誕生日だから余計かな」
「初めての・・・」
「ん、アリィ?」
確認する様に呟く灯に違和感を感じたエル
声を掛けようとした丁度その時、部屋の扉が開き侍女のマイラとリトラが入って来た
カチャ・・・
「おはようございます、お誕生日おめでとうございますエル様アリィ様」
「おはよう、ありがとうマイラ、リトラ」
「ありがとう・・・」
「?、アリィ様?」
「あ、ううん、何でもない・・・」
灯は感激していた、沢山の人に祝われ
穏やかな日常を過ごせている事に
今まともに口を開けば泣いてしまいそうで・・・
ガチャ!!
「エル、アリィおはよう!誕生日おめでとう!」
感激が溢れてしまわない様に堪えていた所へリリスが全開の笑みで部屋に飛び込んで来た
当然、喜びに堪えていた灯は我慢出来る訳もなく
涙が溢れ出てしまう
「お嬢様!?」
「あ・・・、違、うの、」
ポロポロと泣き始めた灯
たった数ヶ月間とは言え家族として愛を伝え合って来たリリスは直ぐに理解した
「嬉しいの?アリィ、」
「ううっ」
こくこくと首を縦に振る
「アリィ安心しなよ、私はいつもそばに居るからね!」
エルは灯の内心を感じ取ったのか安心させようと言ったがその言葉は灯を泣かせに来ているようなものだった
「うああ、えるぅー!」
「わっ、よしよし・・・」
鼻水と涙でぐしゃぐしゃの顔でエルに抱き着く灯
エルはしっかりと抱きとめて子供をあやすように優しく撫でた。
初っ端から泣いてしまったが、今は朝
誕生日はこれからである。
「ほら、今からこんなじゃ、ずっと泣き通しになってしまうわよ」
リリスは灯の頬に手を添えて真っ赤になった目にヒールを掛ける
赤みが抜け綺麗に治癒された
「ありがとう、お母さん・・・」
「ええ!さあ支度して朝食にしましょう」
「うん!」
その後、ことある事に灯は感極まって泣き通しだった
サイリに誕生日を祝われては泣き
エクスに祝われては泣き
アル、セバスを筆頭に使用人達に祝われては泣き、と
灯本人も自分の涙脆さに困惑しながらも止められない
この涙には理由がある
瞬達が居た頃には無かった一面は
灯が無意識に我慢していたところがあった
日本に帰れず、地球の家族には会えない
モンスターの居るこの世界で生きて行かなければならない
心の片隅に漠然としながらも確実にあった不安の欠片
だが周囲に居る仲のいい瞬、陸、鈴も同じ状況で三人は何も言わない
みんなが何も言わないので、自分一人だけ不安と不満を口にする事を自然と押さえ付けていたのだ。
唯一大人のグレゴリが居たが
いくら気を許していたと言っても「甘えられる」かと言えば、そんな関係では無かった
仲間ではあるが父や母の様に無条件にさらけ出せるかと問えば、中々難しいものがあった
そして瞬達から離れ数ヶ月、新しい家族と平穏な日々を送り、友達も出来た
少しずつだが地球と同じ日常を手に入れ、灯の心は解れていく
そんな積み重ねをしていた日々の中で、温かな思い出の「誕生日」
地球でも父と母に「おめでとう」と言われ、ちょっぴり豪華な食事にケーキ、在りし日の記憶と今の幸せが重なり
灯の中で無意識に、だが確実に押さえ付けていた感情が溢れた結果
誕生日の今日、感情が止まらなくなってしまった。
言い方は悪いが、瞬達と一緒に居たままではずっと我慢したままであっただろうし
逆に瞬達も灯から離れた結果、グレゴリに少しだけ零すことも出来る様になっていた
灯が、瞬達が何も言わない様子を見て我慢していたように
瞬達も灯が何も言わないので
「灯が何も言わないのだから、自分達が不安を口にする訳にはいかない」
となっていたのだった。
仲が良いからこそ起きていた誰も意識しない問題
それが自然と解決しつつあった・・・
「誕生日おめでとう!エルちゃんアリィちゃん!」
「って、どうしたの!?アリィ、その顔!」
マーガレットとマールが誕生会に招かれて開口一番祝いの言葉を言ったが
灯の目は泣き通しで真っ赤っ赤、兎族の赤い瞳を持つマールもビックリの色である
「えへへ、みんなの言葉が嬉しくて・・・」
「アリィ、ずっと泣きっぱなしなの今日は」
そう返す間に再び喜びの涙が浮かぶ
「もう、どうしたのよ、ほら涙拭きなさい?」
マーガレットが何気無くハンカチを取り出して灯の涙を拭おうとする、そんなちょっとした優しさも今の灯には効いてしまう
「ありがどぉ、めぐぅっ」
今日の灯はなみなみに水を注がれたコップのようなもので
何をしてもどうにも止められない。
マーガレットとマールは顔を見合わせ、フと笑う
「アリィ折角の誕生日なんだから、笑顔で、ね?」
「アリィちゃん、笑っていた方が幸せが集まるんですよ」
と、フォローする。
「うん、ありがとう、っきゅ!」
あまりに泣き過ぎてしゃっくりが出てしまう
「「・・・」」
「ひ、っく!」
「くっ」
「ぷ」
「あはは!アリィ、落ち着いて」
「きゅっ!、だって、ヒッ、、」
「あはははっ!ちょっと止めてよアリィ」
「くふっ、アリィちゃんっ」
「ひ、っきゅ、、そんな笑わなくても、っひ」
「「「あはははは!」」」
みんなに笑われ、見れば近くに居た使用人もクスクスと笑っていた
結局しゃっくりが止まるまで10分もの時間を要してしまったのだった。
「落ち着いた?」
「うん、ごめん・・・」
一先ずサロンで紅茶を飲む四人
誕生会自体は夜に始まるがマーガレットとマールはいつもの様にお喋りもしたかったので数時間前に公爵邸に来ていた。
「どうしたのよ、本当に・・・」
「うん・・・、なんか、朝起きて部屋に贈り物が沢山あってね」
「・・・」
「みんなが誕生日おめでとう、って言ってくれる事が嬉しくて嬉しくて・・・」
「うん」
「ずっと胸がいっぱいになっちゃって、えへへ、泣くつもりは無いんだけど・・・」
「そう」
「うん・・・、ごめんね突然泣いちゃって、嬉しくて朝からずっと「おめでとう」って言われると我慢出来なくてさ」
「嬉しくて泣いていたなら良いのよ、悲しくて泣いてるのかと思ってビックリしたわ」
「嬉しい涙ならいい事だよ、我慢する事もないし!」
「うん、ありがとうメグ、マールちゃん」
「ほら、誕生会始まる前にプレゼント渡しておくわ、改めて誕生日おめでとうエリューシア、アリィ」
「誕生日おめでとう、エルちゃんアリィちゃん!」
「「ありがとう!」」
「開けて良いかな?」
「勿論!」
「貴女達のものだもの」
包装を解いて中身を確認する
マーガレットからは・・・
「イヤーカフス?」
銀の装飾品、獣耳に着けるアクセサリー
「ええ、私もそうだけどエリューシアもアリィも髪長いでしょう?
おしゃれのワンポイントに使えるかと思って、まあ安物だけどね」
銀の質も良く、しっかり彫金されたそれはどう見ても安物ではない
「それと、これ・・・、まさか」
小さな紙の小袋にリボンで包装されているソレは
「く、クッキーよ、そう、ただの気まぐれよ!暇だったから作っただけの、」
つーんとそっぽを向くマーガレットは照れ隠ししている
「ありがとうメグ、嬉しいよ!」
「早速食べるけど、良い?」
「どうぞ?ふふんエリューシア、格の違いって奴を見せてやるわよ!」
初めて公爵邸に来た時、エリューシアが焼いたクッキーの事を指して
自分のクッキーの出来の良さをドヤ顔で誇るマーガレット
ガリッ・・・
「・・・」
「・・・」
「ガリって言ったけど・・・」
「砂糖のダマだ・・・、焦げ甘い・・・」
「えっ!?そんな、しっかりと味見して料理長からもお墨付きを・・・」
マーガレットは慌ててエルの小袋からひとつクッキーをつまみ、口に含む
ゴリ、ボリボリ・・・
「・・・ごめんなさい」
「っふ、格の違いをなんだって?マーガレット」
「ううううるさいわね!エリューシアだって、同じレベルじゃないのよ!」
「私はそんなハードル上げてなかったし!」
「同じよ!」
「ちがう!」
「同じじゃない!当たり外れの有るクッキーなんて!」
「少なくともマーガレットみたいにドヤってないし!」
言い争うエルとマーガレット達を傍目に灯は自分の手元のクッキーを食べてみるが何も無い
「マールちゃんも食べてみる?私のは何も無いよ」
「あ、うん、ありがとうアリィちゃん」
ポリポリ・・・
「普通・・・、少し焦げっぽいかな、ってするくらいで、けど全然、」
ゴリッ
「うっ!」
「え!?マールちゃん、今ゴリっていったけど!?」
ジャリジャリ・・・
「・・・、炭の塊・・・」
「マールさんのプレゼントは何かしら?開けて見せてよ!」
「マールちゃんのは、ナイフ?」
「うん、アリィちゃんは持ってるかもしれないけど、新緑会の時に野宿するからそれ用に・・・、戦闘用じゃないんだけど」
「私も戴いたのよ、ほら」
「あ、お揃いだね」
「一応魔道具の一種で、持ち主の手に合うようになってるから」
「ありがとうマール、何か選ばなきゃなって考えていたから、現場を知ってるマールの選んだ物なら間違いないね!」
「うん!」
「持ち手はピッタリだし刃渡りも丁度良くて使いやすそう、ありがとうマールちゃん、此処に来る前に使っていた包丁、刃が欠けちゃって戦闘用のナイフで代用していたからさ」
「戦闘用だと少し長くて重いし扱いにくいよね」
「ねー、斬れ味も良すぎてまな板すぐに傷めちゃうし」
「だよね!お父さんのナイフ借りた時なんて、まな板ごと両断した事もあったよ」
「貴女達が本当に令嬢なのか疑問に思う時があるわ・・・、ナイフで盛り上がる令嬢なんて居ないわよ?」
「私は強いこだわりがあるわけじゃないんだけど、流石に数ヶ月も旅すると色々、ね」
「代わりの包丁かナイフ持ってなかったの?」
「日常用というか、万能ナイフの中で気に入って手に合う物が無かったんだよね、ほら私手小さいし」
「この魔道具も中々出回らないんです、特に付与魔法でサイズ補正、保護と清潔が付いてる物は貴重で」
「清潔付きなの?凄い・・・」
「なに?どういう事?」
「このナイフ、戦闘用じゃないけど獲物の解体とかには使えるんです、料理にも使えるんですけど、動物を解体したナイフでそのまま野菜を刻むってどう思います?」
「ちょっと、いや、かなりイヤね・・・」
「なので、魔力を少し込めると汚れや血が落ちる清潔魔法が発動する様になっていて」
「いちいちナイフを洗う必要が無くて、魔力を通しながらなら汚れが付着せず、肉でも野菜でもそのまま切れる!」
「はい、特に野営だと水を無駄に使う訳にもいかないので、かなり重宝するんですよ」
物資は有限、魔法で水は生み出せると言っても魔力も有限
節約は基本である。
「へえー、実用品なのね」
「実際、新緑会の時に使ってみると実感出来ると思います。
持てる荷物は基本的には限界が有るので、装備を着込んで、武器を手に、道具はミニバッグを身に付けて、腰の後ろ辺りに小さなナイフを取り付けておくと、とても便利ですから」
「アリィは魔法鞄が凄いからほぼ手ぶらだけど、普通の人の魔法鞄容量はそれなりだもんね」
「それはそれで凄いけど、突然モンスターに襲われたりしたら武器を取り落としたりしないの?」
「私は、ほら、」
灯の手元が光り、その手には杖が握られている
神龍の瞳は専属化されているので持ち主の意図に応じて即座に対応出来る
「それ便利よね、私も出来ないかしら」
「武具の専属化は相応の物でないと・・・」
「じゃあ新緑会はやっぱり宝物庫の、」
「止めなさいって、マーガレット・・・
折角の参加許可取り消しになるかも知れないし」
「ぐ、それもそうね、今回は普通に冒険するわ」
「そうそう、それにアリィだって神龍の瞳は持っていかないし」
「そういえばそうだったわね、アリィは代わりの得物決めたの?」
「うん、投擲用の・・・」
「ご歓談中失礼します、エル様アリィ様、そろそろ身支度を」
「あ、っと、ごめんメグ」
「ええ、また後でね」
「うん、あとで!」
話の途中で侍女が呼びに来た
基本身内の誕生会と言ってもリリスやサイリが張り切っているので、ドレスは着る事になっている
マーガレットとマールも相応の装いで公爵邸に来ていた。
その後、ドレスに着替えたエルと灯を中心に誕生会が始まり
盛大に祝われた事で、やはり灯の涙腺は崩壊する事となる
優しい家族に囲まれ、仲のいい友達と過ごし屋敷の皆から暖かく祝われた誕生日は
この世界に来た当初は思いもしなかった穏やかな気持ちで灯の心を癒していった、そんな一の春月(三月)が終わり
二の春月(四月)へと季節は移ろう。
そして学園の日々が始まる・・・