街歩き③
「これこれ、これよ!一度やってみたかったの!」
「これ?」
「ええ!」
マーガレットがはしゃいで指を差したものは
地面に突き刺さった大剣
とある武具店の敷地内に置いてあるランドマーク
この大剣を引き抜いた者は無双の力を持つ戦士也
と、よく冒険者達が挑戦する観光名所だった。
「やったことないの?」
「やろうとするとターニャが止めるんだもの!「王女がする行いではありません」って」
「正論だね・・・」
「で、どう?アリィ」
「んー、保護魔法の付与のみで封印とか呪いとかは無いから、単純に重いだけだと思うよ」
サイズ的にはグレゴリの大剣と同サイズといった所か
「よし、やるわよ!」
「やるんだ・・・、運動着とかじゃないからあまり力まない方が良いよ、スカートだし」
細身のエルと灯、マーガレットだが、身体能力に優れる獅子の獣人
力を込めた瞬間、僅かにではあるが筋肉が膨らむ
息を止め、拳を振り被り力を篭めるたその時、胸の留め具やボタンが弾け飛んだりなどはよくあった。
戦闘用は力を入れても破れたりしないように柔軟かつ強靭な素材で作られており
更に動きを阻害しない様に遊びを計算して、微々たるものであるが大き目に作られる。
今の灯達は街歩きの為に普通の衣服
縫製もそこまで頑丈ではないので、あまり無理はしない様にとの理由だった
「分かってる!ふふふ、いくわよ、んんっ!」
以前から気になっていただけあってマーガレットは張り切って力を入れる
ズズッと少しだけ大剣が浮いた
「ッ!?」
近くで見ていた冒険者達が驚愕する
並の戦士では動きもしない重量の大剣を少しとは言え持ち上げた、獣人少女・・・
いくら獣人が身体能力に優れる種族と言っても限度はある
「っと、結構重いわね?これくらいにしておくわ、次はマールさんね」
「私もやるんですか!?」
「勿論、さあさあ」
「獅子のみんなみたいに力強くないから絶対持ち上がらないよ・・・」
「いいから!こういうのはやってみる事に意味があるのよ」
「うう・・・、ん!」
渋々大剣の柄を両手で握り力を込めるマール
ピクリとも動かない・・・
兎族の獣人は力よりは聴覚と瞬発力に優れる種族、力技は基本的に不得手である。
「ん、ムリ・・・」
周囲の冒険者は「だよなあ、持ち上がる訳ねえよ、俺達でさえ動かねえし」といった様子だ。
「じゃあエルちゃん」
「おっけー」
「エル、力入れ過ぎちゃダメだよ?
服破いたらマイラに怒られるからね?」
「うん、程々にしておく、よっ!」
割とすんなり大剣が地面から抜ける
「重いね・・・、」
両手でブンブンと振り回し元の位置に刺し直した
「なんだありゃ・・・」
「怪力のスキルでもあるんだろ?」
「スキルあっても地力がないと抜けねえよ・・・」
ザワザワと冒険者達が集まりだした
「騒がしくなって来たわね、アリィ、さっさとやって昼食に行きましょう」
「私もやるんだ・・・」
「寧ろ貴女こそ本命よ、アリィなら片手で行けるんじゃない?
あ、気とか魔法はナシよ!」
「うん、、、えい!」
スラリと大剣を地面から片手で引き抜く灯
「あー、確かに重いねえ」
周囲の間合いを確認して軽く振り回す
ブンブンッ!ヒュッ、ボッ!!
空気を切り裂く音が周囲に拡がる
「わあ、やっぱりアリィちゃん凄い力・・・」
「大剣使ったら?ソレ、抜いた人の物らしいわよ」
「えー、大剣って取り回し大変だよ?森なんて障害物だらけだからそうそう振り回せないし、振り下ろしと突きのみ、大型モンスターと戦う時なら利点はあるけど・・・
ゴリさんでさえ森の中じゃ長剣に持ち替えていたし」
それはグレゴリの肩に乗って立ち回りを最前線で見た経験である。
「ゴリさんって、アリィを守ってきてくれた方よね?
大剣を片手で振り回し、大盾を持つ」
「そうそう、二人きりの時は肩に乗っていたから気を遣う事も少なかったけど
やっぱり大剣は扱いが難しいよ、刃物を使うならマールちゃんみたいにショートソードの方が何かと便利だと思う」
「ふうん、そういうものなのね、大きくて強いなら良いと思ってたけどやっぱり素人考えじゃだめね、折角抜いたのに要らないの?」
「うん要らないかな、エルは?」
「私も重いし趣味じゃないかな、持っても短刀で十分」
「そう、じゃあ置いて昼食に行きましょ、美味しい所知ってるの」
「うん」
大剣を無造作に元の場所へ突き刺す灯
最初武具店に来た時は数十cm程刃が地面から出ていたのに
スンッと突き刺さり、刃が根元まで見えなくなった。
その後、片手で大剣を振り回した灯に
顎が外れそうな程驚いていた冒険者達が再起動
「おい、お前やってみろよ・・・」
「バカ言うな、あんなクソ重いの仮に抜けても実用性ねえし・・・」
「持ち上がんねえよな、そもそも」
「おう・・・」
「ありゃなんだ?」
「化け物、だな・・・」
「カフェ?」
「ここ、お昼はランチやってるから」
「アリィ食べるの知ってるでしょ、カフェで大丈夫?」
「大丈夫よ、ここは獣人対応メニューもあるから」
種族によって食事量は異なる
人族を1とした場合、獣人は1.5から2人前必要
魔法国は多種族国家なので種族ごとに対応したメニューを置く飲食店は多い。
「いらっしゃいませー、ご注文はお決まりですか?」
「私はお肉盛り合わせランチ」
「あ、じゃあ私も同じの、マールは?」
「私はサラダランチを・・・」
「アリィは?」
「えっと、お肉とお魚欲張りランチ、」
「はい、承りました」
「と」
「と?」
「煮魚丸ごとセット」
「は、はい・・・」
「を」
「を!?」
「二人前ずつ」
「を!!?」
ちらりと店員はマーガレットを見る、多分此処の店でもマーガレットのお忍び(モロバレ)を知っているのだろう
「持って来て、問題ないから残したりもしないわよ」
「は、はい・・・」
「ん、お肉美味しい・・・」
「でしょう?」
「お魚も最高・・・」
「アリィの見てると魚でも良かったね、肉も美味しいけど」
「エル食べる?」
「良いの?」
「良いよ、はい、あーん」
「あーん!、まっ!」
「貴女達、仮にも令嬢がそんな不作法・・・」
「細かい事気にしないでよ、令嬢は今日休みでーす」
「あのねえ・・・、令嬢に休みも仕事も無いでしょ!いつの日も令嬢は令嬢!」
「ふふっ、令嬢おやすみって・・・」
「マールちゃんはそれで足りる?お魚食べる?」
大量の食事を皆で食べるのかと小皿を数枚置いて行かれたので、それに灯が魚を切り分けてマールにお裾分けする
マールもサラダランチのサンドイッチを一欠片をお返しした。
「ありがとう、じゃあこっちも」
「ありがとう!うん、サンドイッチも美味しいね」
仲良く食事を楽しむ四人
大皿に乗った肉料理と魚料理が灯の胃袋に消えて行く
「あれ、・・・みんなで食べるんじゃないの?」
「相変わらずよく食べるわね・・・」
「でも、獣人化直後よりは減ってるんだよ、少しずつ落ち着いて来たかも」
「アレで?」
「最初の頃は料理長も泡食ってたよね、子供が一人増えただけなのに食材は数人分減って行く!って」
「食べてた私も怖いくらいだし・・・
食べても食べてもお腹いっぱいにならないって結構恐ろしい現象だよね」
「確かに怖い」
「でも、いっぱい食べるのは良いと思うな、アリィちゃんの場合は理由があって過剰に太る訳でもないし」
「それはそうね、小鳥の餌ほどの量を食べてガリガリより、よっぽど健康的だわ」
呆然とする店員を傍目に四人は食後のハーブティーでまったりしていた。
その後社交界では噂が流れる
公の場に姿を表さないアリエット・ルナリア公爵令嬢が王女マーガレットと親しくしているらしい、と
曰く、編入試験でフィーネ教師のルナメタル製魔法人形を素手で破壊した
曰く、片手で大剣を軽々と振り回し
曰く、数人前の料理を平らげた、と
全て事実だが、灯の姿を見た貴族が少ない為
「一体、どんなゴリラが学園に来るんだ・・・」
と、同級になる貴族子息令嬢達は戦々恐々としていた。