編入試験②
場所は学園の訓練所、一時間強仮眠をとった灯は気力体力共に充実していた。
母の胸で眠ったのも良かったのかも知れない、いつもの様に心の中は穏やかな気持ちだ。
「アリィがんばれー!」
「戦うの初めて見るな・・・」
「アリィちゃん怪我する前に辞めるのよ」
「・・・」
これはアレだ、学芸会で主役になったから家族全員総出で見に来たような・・・
訓練所は周囲を5m程の高さの石壁でぐるりと囲まれており、その上は観客席のようになっていた
闘技場のような構造で、観覧席には午前中居た面々に加えて王アレク、王妃サーシャも居た
「何故・・・」
解せぬ
家族は、まあ解る・・・
使用人も同じく、主が移動するなら着いてくるだろう
メグは、多分興味半分心配半分、だと思う
マールちゃんはメグに呼ばれて
何故王と王妃が自分の編入試験に来ているのか理解出来ない・・・
「暇つぶしじゃな」
「何も言ってませんが・・・」
「アレクとサーシャじゃろ?」
「・・・うん」
「暇つぶしじゃよ、単純にアリィの魔法と戦闘にも興味があるじゃろうがの」
「はあ・・・」
「アリエットさん、準備は良いですか?」
「あ、はい、いつでも」
「では、先ず魔法を三種類、得意なものを見せるか私に掛けて下さい、攻撃魔法は模擬戦で使用するように、杖はコレを使いなさい」
渡された杖は片手杖、ルビーの杖だ
魔法使いが一番初めに手にする初期装備
「はい、では・・・、ロケット」
ドンッ!とフィーネの視界から灯が消えた
「は?」
「上じゃよ、フィーネ」
「は?」
上を見上げると上空に灯が居た
「おー、飛べるのかアリィちゃんは」
「アレは跳躍らしいですよ、流石に飛行魔法はまだ出来てないそうです」
そう、まだ出来ていないだけで、鋭意製作中である、遠からず完成するだろう。
「飛んで無いって、全然落ちて来ないのですけど・・・」
「ああ、シャボン玉に乗ってるんじゃな」
「は?」
ふわふわとシャボン玉に乗った灯がゆっくり降りて来た
「えっと、ロケットとシャボン、あとはどうしよう・・・」
「アリィ!光るヤツでいいんじゃない?」
「じゃあフラッシュ!」
杖先から光が空へと放たれる、一定の高度になるとパァーっと光り消えた
目くらましのフラッシュ魔法を花火風にしたものだ
「・・・」
「フィーネ」
「は、はい、えっと、今のは・・・、全部」
「オリジナルです」
「そ、そうですか、分かりました問題有りません、問題有るけど問題有りません・・・」
「え?」
「いえ、気にしないで、次に模擬戦ですがこちらの魔法人形を使います、これは戦闘用の魔法人形で最初の一撃が入る迄は動かない様になっています。
しかし、一撃入れると相手の力量を読み取り、それに合わせた強さで戦闘を開始します、限界だと思えばギブアップする様に。
またはこちらで十分と判断したら止めます」
「はい」
訓練所、灯の前には全高2m程の鎧兜が佇んでいる
魔導鎧?リビングアーマーかなにかと思ったが魔法人形だそうで
全体はツヤのない薄青色、胸部だけ表面に光沢感があった
「いつでも貴女のタイミングで始めて下さいアリエットさん」
「はい」
「ふー・・・」
一撃目を目安に強さが変わるとなると、一撃必殺が良いのだろうか?
でもそれでは戦闘とは言わない気がする、程々にしておこう・・・
気を巡らせて肉体強化、そして新魔法の神の盾改め刃の盾を唱え身体に纏う、更に万能強化も掛ける、うん万全だ。
こちらの一撃目までは動かないなら、神龍の瞳が無くて詠唱時間が掛かると言っても支援魔法はかけ放題
「ふっ!!」
地面を蹴り、魔法人形に肉薄、その勢いのまま
人形のお腹の辺りに両手での掌底、双頭掌を叩き込んだ
ド、コォオーーン・・・
バァンと外壁に叩き付けられる人形、中身はやはり空洞で金属音が周囲に響き渡った
魔法人形と言ってもベースは鎧のようだ
その一撃に反応、起動する
ギンッ!
魔法人形の兜の奥に怪しい光が灯った
だが、灯は行動させるつもりは無い
瞬時に壁際に詰め寄り、掌底でへこんだ腹部に体をピタリと寄せ、肩と肩甲骨を押し当てる
「ハアッ!!」
ボゴンッ!!!
全身の力を込め、密着したまま祖母に教わった紅華拳の踏み込みの力で人形を外壁にめり込ませた
磔にするも痛覚のない人形は左手で灯を捕まえようと手を伸ばして来た
魔法生物系はこれが厄介だ、痛覚が無いので怯むという事を知らない
視覚もないので目くらましも効かず
魔核と呼ばれる動力炉を破壊するまで動き続ける
サッと身をかわし、肘の外側から腕に抱き着く
そして、腕ごと体を回転させて肩部から左腕を捻り切る
ブチブチブチと繊維質のものが千切れる音
関節部は魔導繊維で出来ていて保持されていた
その素材は伸縮性に優れ強靭、並の刃物では断つことさえ困難なのだが、接着部だけはその限りでは無い
捻りあげられ繊維の根元から腕を剥ぎ取る
ガシャッ・・・
ポイっと脇に無造作にねじ切った腕を投げ捨て
軽く飛び上がり人形の肩に手を掛け、振りかぶった右拳を兜に打つ
金属鎧の兜が容易くグシャリと変形する、中は空洞、ハズレだ。
魔法人形には魔核が存在する、核を砕くか術者を倒さない限り行動し続ける、
術者は恐らくフィーネ先生なので手は出せない
第一候補の頭部を狙ったが違ったようだ、ならば次は心臓の位置に
という所で今度は右手を伸ばして捕獲しようとして来た
飛び退き、体に纏っていた刃の盾を変化させ左手に爪状にして袈裟懸けに振り下ろす
ほぼ半透明の神の盾がベースなので不可視の爪に近い
さして抵抗もなくスパンと右腕は輪切りにされ、勢いそのままに右脚もザクリと深く抉られた
最強の盾は形状を変えることで最強の矛ともなっている
胴は外壁に磔、頭部を潰し、両腕を失い、戦闘能力を奪ったが
それでも魔法人形はどうにか対象を狙おうと動く
ギギギギ・・・と四肢の殆どの機能を失い、潰れた兜が震えながら向かって来ようとする様は中々に恐ろしい光景である
ここまでやっても「それまで」と声は掛からない
灯は倒さないと終わらないのかなと判断
人形に取り付き、左手の四本爪を人差し指のみに変更、短い一本爪形状にして胸部を縦に裂いた
そして、その亀裂に両手を差し込むと力任せに広げる
「んっ!」
ギギギギ、メリメリメリ・・・
ばっくり開かれた胸の中、紫色に光る宝玉、魔核を見つけた
「よし!」
これで終わりだと手を伸ばした瞬間
「ままま待って!それまで、それまでーー!!」
慌ててフィーネは止めに入った。
どうやら止めなかった訳ではなく
灯の戦闘にあっけに取られ茫然としていたようだ
今になって我に返り止めたが・・・
「ふう、」
「派手にやったのう」
「え?でも魔法人形だと四肢を削るか、魔核砕かないと動き続けるし・・・、全然試験終了にもならないから完全に破壊しないとダメなのかなって・・・」
「ほっほっほ、そういう訳ではないのじゃがな」
「???」
まず大前提としてこの魔法人形は生徒が倒したり破壊出来る代物では無い
素材はルナメタルと言われる特殊金属で造られており、傷をつけるのさえ中々難しい素材
元はフィーネの師匠の師匠が製作をして、師弟が受け継ぎ改良していた魔法人形
フィーネは魔法人形製作専門の魔法使いであった。
見ると、フィーネは魔法人形の前で涙目になっていた
「わ、私のルーナ・・・」
その背中は儚げだ
「え、じゃあ、ここまでやる必要は・・・」
「なかったのう、まあ止めっぱぐれたフィーネも悪いし、戦闘用ドールなら壊れる事もあるじゃろう」
壊れると言っても、兜はぐしゃぐしゃに潰れ
左腕は肩から千切られ
右腕は輪切りに
左脚は無事だが
右脚は辛うじて繋がっ
ガシャン・・・
落ちた・・・
壊れたというよりは全壊が正しい表現だと思う
「あ、あのー、フィーネ先生?」
まさか個人の製作物とは思ってもいなかったので、対モンスターのつもりで戦った
灯はモンスター戦限定ではあるが容赦が全く無い
ゲーム時代に延々とモンスターを狩ってクエストアイテム等を集めていた事もあり、感覚としては作業に近い
更には現実となった今は、しくじれば怪我、死もチラつく世界だ
その点において灯は必至である。
「なんですかぁ・・・」
「う、ご、ごめんなさい、つい・・・、これ、直せます、かね?」
「うぐうっ」
ボロボロと泣き出してしまった、先程までの眼鏡をかけたクールビューティの姿はどこにもない
「ルナメタルは希少金属じゃからの、中々に難しいかも知れんの」
「素材なら提供出来ますけど・・・」
「え!?く、ください!あ、いえ買いますから、お願いしますアリエットさん!」
ぐしぐしと乱暴に涙を拭い、灯に掴みかかったフィーネ
「壊したの私なのでお金は要りませんよ、いくつあれば直せますか?」
いくらなんでも気の毒過ぎるので対価は要らない
「えと、えと・・・、2・・・、あれば・・・」
「分かりました、ルナメタルのインゴットを2個、と、あっ」
空間が歪み、魔法鞄からルナメタルを取り出したが
手を滑らせ地面に落とす、ゴ、ゴ、ドスドス、キン・・・
数個のルナメタルインゴットが転がった
「インゴット!?鉱石じゃなくて!?」
フィーネはルナメタル鉱石2kgのつもりで言ったが
出て来たのは精製済みの高純度インゴット2本
通常、鉱石2kgから採取出来るルナメタルは数百g程度
比率で言えば十分な量が採れる、しかし希少金属なので単価は高い
インゴットは1本10kg程、それが2本
いや、地面には数本転がっている・・・
「ごめんなさい、はいどうぞ!」
灯は驚愕しているフィーネに気付かず、インゴット2本拾って砂を落とし手渡した
ズシリと重い、フィーネはこんな質量のルナメタル持った事無かった
「い、1本で大丈夫です・・・」
寧ろ、1本の10分の1でも十分に直せる、直して残った物は返そうと思っていたフィーネ
「じゃあ壊したお詫びに1本プレゼントと言うことで、あと何か手伝え事があれば・・・」
「い、いやいや!大丈夫!大丈夫だからアリエットさん!」
「そう言えば胸部はミスリルも使ってましたよね、じゃあこれも」
「!?」
そうして手渡されたのはミスリルインゴット
胸部にミスリルを使っていたと言っても、ミスリルで薄くコーティングしていたミスリルコートだ、数gのミスリルを使っただけなのでインゴットは多過ぎる
というかミスリルインゴットなんて存在するのか
1グラム単位でも研究予算の大半が吹き飛ぶミスリル
そんな物がインゴットとして目の前にある、はたしていくらになるのか・・・
あわあわと言葉を失うフィーネにネルスは言った
「と、まあこんな感じの娘っ子じゃフィーネ、担任として導いてやってくれ」
「フィーネ先生が担任なの?」
「そうじゃよ、関係ない教師を試験官にしても仕方なかろう?」
「あ、そっか、そうだね」
フィーネはなんとなくだが察していた
何故自分が試験官なのかと考えた時、まあそうなるだろうなとは思っていたのだが
アリエット・ルナリアがここまで規格外とは思いもしなかったので言葉が出てこない・・・
ルナメタルを破壊する貴族令嬢が何処にいると言うのか
サイリ様のお子で、黒髪の獅子と言えど女性!
あんな細腕、体格も小柄、なのに・・・
改めて魔法人形ルーナを見る
無惨、ガラクタと言ってもいい
魔核が無事なのが幸いだった
鎧、ガワは最悪鉄でも木でもガラスでも何でも構わないが師匠の師匠が魔法式を刻んだ魔核だけは代わりが利かない
今の自分では魔核の再構成は少し難度が高く、再現出来るか分からない
そう思えば、アリエットさんの行動は的確だった
動きを封じ、魔核の定番の位置である頭部と胸部を真っ先に狙っていた
どう考えても構造を理解して狙っていたことが解る
止めるのがあと少し遅かったら魔核も同じ様に破壊されていた
危なかった・・・
逆に考えよう、この渡されたルナメタルとミスリル、精製済みで純度が恐ろしく高い
今までの素体である鎧をこのインゴットと比べてしまうと、かなり見劣ってしまう程だ
コレを使って魔法人形を再構成したら全くの別物が出来上がる!
そう、予算が足りなくて出来なかった関節部の改良!
関節部にミスリルを使える、ミスリルは魔力の導通がとても良いからやってみたかった!
うん、最高だ!
「ありがとうアリエットさん!」
「え、はあ・・・」
泣いていたフィーネが素材を手に考え込んだと思ったら、何故かお礼を言われ困惑する灯
傍らの鎧はもう良いのだろうか・・・