友達②
「ねえアリィ」
「ん?」
「あなた何故私の隣に座っているの?」
「え?おかしいかな?」
「おかっ、し、・・・」
おかしいと言いかけてマーガレットは思い直す、公爵家に来てからアリエットの距離が近い、やたらと・・・
部屋へと移動する時も横に並んでいて
エリューシアは少し前を歩いていた
ルナリア家の姉妹二人の緩さは変わらずなのだが、エリューシアは、まあ適切な距離感だと思う
アリエットは横を歩き、そして今はソファーに並んで座っていた
王女相手にこの態度、まるで欠片もマーガレットの事を王女と思わないかの・・・
思い至る、そう灯は王女を迎えている考えは思い付きもしていない、ただ知り合った友人を持て成しているつもりてある。
一番仲のいい鈴とは部屋で過ごす時には隣に座っていたのでこういうものだと思っていたし、灯が中学三年生になるまでは同じ学校へ通っていたという事で、割りと頻繁に互いの家でお泊まり会をしていた
風呂も一緒に入り、寝る時も同じベッドで寝ていたのでこれまで特に意識した事はない。
当然だが一般家庭の鈴と灯の家には大きなベッドはない、シングルベッドなので二人くっ付いてよく眠ったものだった。
つまり、灯にとっては友達と普通に接しているだけで
「王女」という要素は遥か彼方へと消え去っている
「あ・・・」
「ん?」
「いえ、なんでもないわ、」
そしてその意味を理解しているのか、エル、ターニャ、クインはクスクスと笑い
逆に公爵家侍女達は王女に対して距離が近い主にハラハラしているのか少し顔が強ばっている。
「はあ、もう貴女は本当に・・・」
「なに?」
「いいえ、なんでもないわ、毒されていたのは私の方ね」
「?」
そもそも昨日城で、マーガレットが王女と解り態度を改めようとした灯に対して、そのままの態度で良いと言ったのはマーガレット本人である
なのに王女として見られていない事に疑問を持つなんて、なんと勝手で高慢なのだろう・・・
マーガレットは心の中で反省した。
「で、横に座るのは良いわよ、でも焦げたクッキーはなに?」
「クッキー」
「焦げてない?」
焦げたと指摘したマーガレットに耳を赤くして反論するエル
「焦げてないわよ!少しココアパウダー入れ過ぎただけ!」
「えっ!?これエリューシアの手作りなの!」
「あ、こっちは私が作ったクッキーね、で、こっちが家のクッキー」
「王女に手料理・・・」
「?、料理は全部手作りじゃない?」
「違うの、そういうことは言ってない・・・」
これも庶民派の灯としては普通の事で、友達が来るなら簡単なお菓子くらいは作るものだと思っているのだが
マーガレットにとっては友達の手料理は人生初に近い出来事である。
「アリィ、だから言ったでしょ、マーガレットは食べ物に気を遣うから私達が作った物は食べないって」
「そうなんだね、ごめんメグ、家のお菓子の方は大丈夫だから」
「ううん、食べるわ」
「大丈夫?」
「大丈夫よ、それとも毒でも盛ってるの?」
「盛ってないけど・・・」
「なら戴くわ」
先に灯の作った普通のクッキーに手を付ける、サクサクと音を立てて咀嚼する
「普通のクッキーね・・・」
不味くはない、かと言って料理人が作った物ほど洗練もされていない、普通のクッキーだった。
続けてエリューシアの自称焦げてない黒クッキーを食べる
「苦っ!!」
黒い見た目通りの苦さを発揮する黒クッキー
「えっ!?味見した時は普通に美味しかったけどっ」
「にがいわよ、これ・・・」
マーガレットの反応に驚き黒クッキーを食べるエルと灯
サク・・・
「「甘っ(苦っ)、えっ!?」」
エルと灯の感想が真逆のものとなり、お互いに見合わせる
「・・・」
無言で食べ掛けのクッキーを交換して食べる
「「苦っ(甘っ)!?」」
砂糖とココアパウダーの混ざり方にムラがあった・・・
ハッとしてマーガレットを見るエルと灯、マーガレットは下を向いて肩を震わせている
「め、メグ?」
「マーガレット、ごめん、、なんて・・・」
「ふ、ふふふ、あはははっ!」
マーガレットは爆笑していた
「あはははっ、貴女達なんなの!私にこんな不味いクッキー食べさせるなんてっ!あはははは!」
「不味っ、いか・・・、ごめんマーガレット・・・」
反論しようとしたが確かに美味しいクッキーと苦いクッキー、甘過ぎるクッキーが混在している物を美味いか不味いかで言えば不味いと評されても仕方なかった。
「ふ、ふふ、私、友達の普通のクッキーも苦いクッキーも食べたのは初めてよ、ありがとうエリューシア、アリィ」
「「?」」
マーガレットにとって口に入るものは美味しくて当然
他人の家で勧められた食べ物が不味いなんて有り得ないし、普通の物も有り得ないのだ
お忍びで街の食べ物を口にする事はある、美味しものもあれば美味しくないものもある、しかしそれは自分から食べた物であって、他家に来て提供された物とは意味合いが違う。
それが初めて公爵家に来て、もてなされ食べさせられた物は普通のクッキーと苦いクッキー。
苦いクッキーは確かに存在する、ビター系のクッキーはそれに当たるが、それは狙ってその味を出すのであって、決して今回の様な失敗したクッキーと同列に語っていいものではない
新鮮な体験だが、おかしすぎてマーガレットの笑いが止まるまで十分を要した・・・
「はー、はー、のっけから飛ばし過ぎたわ・・・」
「はい、紅茶」
「ありがとう、ん、ふう・・・」
紅茶は当然冷めて温くなっていたが飲み干すには丁度いい温度だった
マナーとして紅茶を飲み干すのは端ないが、気取るつもりはもう無かった
そう、此処は公的な場でないのだから
「やっと落ち着いた?マーガレットって笑い上戸だったのね、これで本題を始められるわ」
「貴女達が面白過ぎるのよ、来て30分でここまで疲れるとは思ってなかったわ・・・」
「本題って、エルの課題?」
「違うよアリィ、紹介したい人が居るの」
「誰?」
「マリルーシェ・フォース、まあ正式に友達になったのよ最近ね」
「フォース辺境伯の一人娘?」
「そ、こっちもこっちで色々誤解があってね、マーガレットは良い?」
「構わないわ」
「じゃあ来て、マール」
外に向かって声を掛けるエル
「え、今日、今なの!?」
「うん」
「・・・」
「・・・」
「エル?」
「あれ?」
声を掛けたのに来ない・・・
「ちょっと待ってて」
スタスタと廊下に出て行くエル
「あ、ちょっとマール!何してるの、来なさいよ」
「わわわ、待って待ってエルちゃん、聞いてないよ王女様も居るなんて」
「言ってないし、良いから来て!アリィとついでにマーガレットも紹介するから!」
「無理無理!王女様と会う格好じゃないし、心の準備が、って王女様の方がついでなの!?」
「王女って言ったって、息を吸うし、食べるし寝るし、心臓刺されたら死ぬし、私達と何が違うの!?良いから!」
などと廊下のやり取りが聴こえてくる
「えー・・・」
「エル、雑・・・」
「目もふたつついてて、鼻の穴もふたつ、口はひとつ、とか言い出しそうね、その内・・・」
「きゃー、待って待って!エルちゃん!あ、あれ!?なんでこんなに馬鹿力になってるの?」
「馬鹿力って、マール・・・」
ズルズルと引きずる音と共に部屋にエルとマリルーシェ・フォースさん?、マールさんとやらが入って来た。
「うさ耳!!」
触りたい!
「アリィ待ってよ、ステイ、マールが怯えるから・・・」
現れたマリルーシェには白い兎の耳が生えていた、それを見た灯は色めき立つ
ショートカットの白い髪に赤い瞳、兎獣人だった
しかし、兎族にとって獅子族は本能的に苦手なのかプルプルと震えていた、恐らくマーガレット王女も居ることで余計に緊張もしていると思われる
尻尾はどうなってるんだろうか、丸いのかな、それとも垂れてるタイプ?
「ははは、初めまして、マリュリーシェ・フォースでしゅ!」
噛んだ・・・?
「えっと、マリュリーシェさん?」
「あ、はい!違います!」
「え?」
「マルリーシェ・フォースです!」
「マルリーシェさん?」
「ほああっ、違うんです違うんです!」
「落ち着きなさいなマリルーシェさん」
「はい!御機嫌ようマーガレット王女様!」
「ん?マリルーシェさんが正しいの?」
「ええ、見ての通り兎の獣人だから、獅子の獣人が苦手らしいのよ」
「えー・・・」
「マール、こっちがマーガレット、でこっちが私の妹アリエットよ、これから宜しくね」
「エルちゃん!マーガレット王女様に対してこっちなんて言っちゃ・・・」
「良いわよ、少なくとも場を弁えれば細かい事は言わないから」
「ほあ・・・?」
無礼だと焦るマリルーシェはマーガレットの言葉に呆けた
数ヶ月前に学園で見ていた様子と丸っきり違う、ガチガチの「王女様」なイメージが一転、とても寛いでいてトゲのない様子に思考が追い付かない。
肩の力が抜けた様な、柔らかい印象さえあった
「メグもエルみたいにするの?」
「メッ!?」
「そうね、少なくとも貴女達と一緒の時はこれで良いと思う事にしたわ」
「そうなんだ?」
「ええ、エリューシアの姿を見てたら取り繕うのも馬鹿らしくなっちゃった」
王女は王女で様子が変わり、隣に、そう畏れ多くも隣に座っている黒髪の獅子、エルの妹だと言うアリィさんは、マーガレット王女をメグと呼び、敬語も何も無い話し方に度肝を抜かすマール。
「エルちゃん、これどういうことなの・・・」
「アリィの事は知ってるわね?」
「噂でなら・・・」
「じゃあ確認がてら最初から話すわ、よく聞いて」
「うん・・・」
「森で死にかけたらアリィが助けてくれて、その時は灯って名前だったんだけど、実は私の妹で異界還りしたの。
で、家に着いて獣人化、マーガレットとは昨日友達になって私の課題を手伝って貰う為に遊びに来た、以上」
「???!?!?」
事実なのだがツッコミどころが満載で理解が追い付かない
「エリューシア、端的が過ぎるわ・・・」
「エル雑・・・、その通りだけど」
「え?でもそのままでしょ?」
「そうだけど、マリルーシェさん混乱してるじゃない」
「あ、そうだ!私はアリエット・ルナリア、アリィって呼んでねマリルーシェさん」
「はっ!はい、マールで良いです!アリィ様!」
「様!?エルがちゃんだから私もちゃんでいいよ?」
「アリィちゃん・・・」
「はい、マールちゃん!」
「あら、羨ましい、私は改めて名乗る必要も無いわね、好きに呼んでマールさん」
「ふえっ!?」
「マーガレット、意地悪は止めなさいよ、なんて呼べばいいかで試すのなんて」
「ふふ、ごめんなさい、なんかマールさんていじめたくなるのよ」
「ひぃ!」
「メグで良いわ」
「むむむりですぅ、マーガレット様ぁ」
「メグ」
「め、メグ、様・・・」
「メグ!」
「メグ、さん・・・」
「・・・ジッ」
「これ以上はっ」
「まあ、良いわ、宜しくねマールさん」
「は、はいメグさん・・・」
くたりと立っていた兎耳が下に折れた
垂れ耳の兎も可愛い・・・
「で!マールちゃん、尻尾と耳触ってもいい?」
「ええっ!?」
「アリィは本当に好きね・・・」
「だって可愛いし!」
「ど、どうぞ・・・」
「わーい、ありがとうマールちゃん」
さわさわ・・・
「わー、結構ひんやりしてるんだね」
「熱籠らないように・・・」
「そうなんだね、でも毛並みはしっとりしてる」
ふにふに・・・
「あ・・・」
「わあ、尻尾はモコモコだね」
丸いタイプの尻尾でこちらはポカポカと暖かい
「ちょっとアリィ!私は触られて無いんだけど!?」
「え!?触っていいの?」
「どうしてもと言うなら許すわ」
「じゃあ、代わりに私のもいいよ」
女性が集まればかしましいとはよく言ったもので
四人集まり好き勝手に話す様は、どこから見ても年齢相応の子供四人でしかなかった。
しかし、マーガレット付き侍女ターニャと騎士クインは内心
(この集まり、政治的に見たら大変な事では・・・)
と冷や汗ものである。
国の象徴、王家の娘マーガレット
王家を超えるとも言われる筆頭公爵家の姉妹エリューシア、アリエット
国防の要、フォース辺境伯の一人娘マリルーシェ
魔法国の最上位に居る貴族の娘が一堂に会していた
しかし、その集まりも政治的要素は皆無で
「あん!もう少し丁寧に触りなさい!」
「メグの触り心地って同じ獅子の獣人でも全然違うんだね」
「ふふん、王家の侍女達の力よ!」
「私もリトラとマイラ達が頑張ってるよ、ほら」
ふわふわ、マーガレットも言われて灯の尻尾を触る
「!、や、やるじゃない・・・」
「ね?」
「マールこれ食べてみてよ、アリィに教わって初めて作ったの」
「エルちゃんが!?」
「マーガレットも食べたから大丈夫よ(当たり外れあるけど)」
ガリガリッ!
「苦甘い・・・、焦げて固まったお砂糖・・・」
「あ、違うパターンね」
「違うパターンってなに!?」
「美味しいクッキー、甘過ぎるクッキー、苦いクッキーまでは確認されてるわ」
「それマーガレッ、・・・メグさんに食べさせたの!?」
「自分から食べたのよ、別に強制なんてしてないし」
「!?!?」
自由に、本当に自由に過ごしていた
尻尾を触り合ったり、焦げたクッキーを食べさせたり
およそ貴族らしさの欠片も無いのだが
とても賑やかで良い集まりだった。