手紙。
侍女ターニャがマーガレットの元へ手紙の束を持って来た
国内外問わず貴族王族商人などから毎日の様に届く
普段のマーガレットなら興味なさげに適当に見て終わるのだが今回は違う。
「姫様、お手紙が来ております」
「ありがとう」
マーガレットの元には城で会ったその日の午後に灯の手紙が届いていた
手紙にはルナリアの家紋の封蝋が押されている
こんなに待ち遠しいと思う手紙はいつぶりだろうか、ウキウキで封を切るマーガレット
内容は・・・
こんにちは はじめまして ありがとう
「・・・ありがとう?」
なんとも珍妙な書き出しから始まっている
文字もかなり下手、いや幼子が書いたようなたどたどしい様相と言い回しになっている
わたし アリエット よてい おやすみなさい
「・・・おやすみなさい」
私のお休みの予定です、と書きたかったのかな?
そこには空いている日が数日分書かれており、一番近い日が明日。
すき いつでも 来い かまわん
「・・・」
来い、かまわん・・・
好きな日に来ていいよ、と書きたかった、のよね??
しんあいな ともだち めぐへ アリエット・ルナリアより
「・・・」
名前だけはやたらと上手い、達筆だ・・・
およそ公爵家の令嬢が書いた手紙とは思えない中身に苦笑するマーガレットだが、御機嫌伺いのカタにはまった手紙等とは比べるべくも無い、
慣れない文字に悪戦苦闘、一生懸命に綴る姿が目に浮かぶ
「ふふ・・・」
本当にへたくそな文字だ、王女の自分を知らない事もそうだし
態度も媚びる様子も無ければ気取った様子も無い
恐らく身分制度が薄い、若しくは全くない本当に違う世界から来たのだなと改めて納得した。
「姫様楽しそうですね、ルナリア家からのお手紙にはなんと?」
「ひみつ、でも本当に良い手紙だわ」
「左様ですか」
マーガレット付きの侍女は久しく見ていなかった素の笑顔を見て、満足そうに口を閉じ控えた。
「お父様とお母様は?」
「本日は私室にて学園の新学期の打ち合わせをしているかと」
普段、学園に王と王妃は関わらないのだが、今回は学園の新築改築の為に挨拶に出向く事になっていた。
「なら大丈夫ね、会いに行くわ」
「かしこまりました、ご要件は?」
「明日、アリィ・・・、ルナリア家にあそびに行きます」
「遊びに?」
ルナリア家とは王と王妃は付き合いが有っても、マーガレットは特別付き合いは無かった
それが突然遊びに行くと言う事に困惑した表情を浮かべる侍女ターニャ。
「ええ、友達になったの、エリューシアとアリエットとね」
「お会いになられたのですか?ルナリア家の華に」
「そうよ、午前に中庭で偶然ね、ってルナリア家の華って何??」
「公爵様、サイリウス様が溺愛していると専らの噂です、今の所城にしかお姿を現していませんし、お披露目も公爵家で指名された方しかお会いになられておりません」
「招待されたのは家でなく、個人だったの?」
「体裁としては各家への御招待でしたが、実際には当主とその妻のみ、他の同行者は許されなかったそうです」
つまり、灯のお披露目時に招待された個人は少なくともサイリとリリスに信頼されている人物となる。
「私は呼ばれてないのだけど・・・」
「エリューシア様との件は?」
「う、ついさっき解決したわ、知ってたのね・・・」
「誤解が解けてなによりです」
「誤解って、まさか全部」
「知りませんよ、でも姫様の性格とエリューシア様の性格を考えたら大体は察しが付きます」
「教えてくれてもいいじゃない・・・」
「仮に私が言っても聞き入れましたか?
それこそ他人の話を鵜呑みにするのと何も変わりませんが?」
「うう、言うわね」
「人の話を全て疑えとは言いませんが、信じる相手は選ぶべきです」
「分かったわよ、私も悪かったわ」
「まだ学生ですからね、色々やって沢山失敗するのは特権ですよ」
「これからはそうするわ、それにしてもアリィに関しては過保護すぎやしない?」
「陛下も貴族登録の発表時に不適切な接触を禁ず、と仰っていましたから余計にだとは思いますが、筆頭公爵家に娘が一人増えたとなれば何かとあるでしょう」
高位貴族の娘、異界の知識、世間知らずともなれば格好の獲物
王族として生まれたマーガレットは嫌という程知っている常識であるが、今まで庶民として生きてきて、産まれたて貴族には理解し難い事もあるだろう。
「あんな小さい子を利用なんてさせないわよ・・・」
「同級生では?」
「・・・」
そう言えばそうだが、本当に小さいのでどうしても歳下感が否めない
マーガレットの身長はエルとほぼ同じ160cm程、対して灯は1cm伸びて144cmとなってはいたが、これで同じ年齢の14歳とは中々思えない体格差がある。
「小さいのよ、アリィは」
「伝聞でしか聞いていませんが、そこまでですか?」
「これくらい、かしら」
マーガレットが手で灯の身長を示す
「随分小柄な方ですね」
「力は私より遥かに強いから見た目だけね、中身はしっかりキッチリ黒獅子の獣人よ、押し負けたもの・・・」
「人物像が全く見えて来ないのですが・・・」
「明日会うのだから自分の目で確かめると良いわよ、と言っても私も今日知り合ったばかりだから大して知らないけど」
王女一人で出掛けるはずも無い、付き人と護衛は最低でも傍に一人ずつ連れて行くことになる
「今日知り合って明日訪問ですか・・・」
「何か言いたげだけど、あっちの空いている日を教えて貰ったのだから何も問題ないわよ」
「そちらではなく随分積極的ですね姫様」
「だめ?」
「いいえ、いいと思います、姫様は引きこもりが過ぎますから」
「ひきこっ、だって疲れる家になんかわざわざ出向いてられないでしょ!」
「ルナリア家はそうではないと?」
「少なくともあの姉妹の周りは良い意味でユルそうだもの」
公的な場でしっかりしていれば良い、だの
しかも王女のマーガレットの前でそれを言った程だ
少なくともサイリとリリスはそれを是としている
でなければエリューシアもあんなユルユルな態度は取らない。
「そんな事より明日のドレス選びましょ、本当に楽しみ」
「遊びに行くのですよね、普段着で良いのでは」
「公爵家に行くのにそんな格好出来ないもの」
「お茶会でもなく、公爵様や公爵夫人を訪ねる訳では無いので普段着で良いと思いますよ」
「ダメよ、ドレスで行くわ」
「知りませんよ恥かいても・・・」
「正装で恥かくなんて無いわよ」
「そういった類の恥では有りませんが、まあいいです・・・」
この時、ターニャのアドバイスを素直に聞いていればとマーガレットは後に思う事になる。
父と母に午前の出来事を話し、外出の許可を得て即座に灯の元へと早馬で手紙が届けられる
勿論、内容は明日公爵家へと出向く事だ。
ぞろぞろと何人も連れて行くのも窮屈なので最低限の人数で向かう、馬車を動かす御者、侍女ターニャと護衛として騎士団副団長のクインが呼ばれた。
双方に面識があり腕が立つ故の王からの指名である
言うまでもないが道中の各地点毎にも護衛を配置し
先行する護衛に追従する護衛と、見えない所での警護も完璧に組んである。
直衛はクインのみしか見えないが、異変があれば数秒で騎士達によって馬車は包囲される万全の体勢であった
いざ当日、侍女ターニャと護衛クインを伴い
キメキメのドレスを纏ったマーガレットは意気揚揚とルナリア公爵家へと向かった。