家
帰路、馬車の中にてエルが話し出した
「ね、アリィ」
「なに?」
「私、帰ったらやる事出来たから、今日の事、お母さん達にはアリィから話してくれる?」
「うん、良いよ、何?やることって」
「えへへ、秘密!でもありがとうアリィ」
唐突に礼を言って灯の頬にキスをするエル
マーガレットとの誤解が解けて、学園での大きな問題が解決しようとしていた。
「なになに?」
「んーん、いいからいいから、はむっ」
頬、おでこ、首にキスをして来たかと思えば
横から抱きしめてきて獣耳をはむはむと甘噛みし始めたエル、どういうつもりなのか答えるつもりはないようだ。
「エルくすぐったいよ」
「アリィ好きよ、ずっとそのままで居てね」
「え、うん、私もエルの事好き」
そしてエルは忘れていた、今馬車で移動中である事に
時折ガタンと強めの振動が来るのだが、灯の獣耳を甘噛みしている時に来てしまった
ガリッ!
その振動で誤って灯の獣耳を齧ってしまうエル
灯は驚いた、獣耳と尻尾は急所と教えられていたが、実際痛い目をみたのはこれが初めて。
想定外の激痛が走った
その痛みたるや、獣耳から頭、首を伝い、背骨を通って、尻尾の先までビリビリと強烈な電撃を浴びせられたかのような痛みが全身を貫く。
「ぅきゅっ!?」
「ごめんアリィ!ごめん痛かったよね、ごめんね」
耐えるレベルのものではない痛みに反射的にボロボロと涙が溢れる
そんな灯を抱きしめ謝りながら覚えたての治癒気功で癒すエル、噛んでしまった獣耳の部分は薄ら赤くなっているだけで血は出ていなかった
それでも痛いものは痛い。
エルもその痛みを知っているので平謝りで治癒を施した
結局、灯が落ち着いたのは公爵邸に着く直前になってしまった・・・
屋敷に到着、玄関の扉を開けると家族全員と多くの使用人が待っていた
「おかえりなさい」
「おかえりなさいませ」
「「ただいまー」」
最初にリリスに抱きつく灯
当然異変に気付くリリス、そっと目の下の泣きあとを撫で、優しく頬を両手で包む
「あら?アリィ目が赤いわ、泣いたあとも・・・」
「それは馬車の中で間違って私が獣耳噛んじゃったの」
「もう、気を付けなさいエル」
「うん、本当にごめんねアリィ」
「大丈夫、ちゃんと治してくれたから」
「そう、痛かったでしょう?」
「う、うん」
それはもう激痛だ、急所ということを身をもって知った。
本当に神経が集まっていると・・・
「おかえりエル、アリィ」
「ただいま」
サイリ、エクス、祖父母と抱擁を交わすエルと灯
「お母さん、私やる事出来たから先に部屋に戻るね、詳しい事はアリィに聞いて」
「あら、そうなの?」
「うん、ちょっと、ね」
各人への手紙をさっさと済ませ、妹である灯に迷惑を掛けないようにする
エルは灯を見ると、侍女達に囲まれて抱きしめられていた
「ただいま、リトラ、マイラ」
「おかえりなさいませアリィ様」
「アリィ様おかえりなさいませ、新しい髪型考えたのでお暇な時によろしいですか?」
「うん、あとで声掛けるよ、エルも一緒に行くから」
「はい、皆楽しみにしております」
侍女達とはおしゃれや美容について話したり、一緒にお茶をしている内にとても仲良くなっていて良い関係を築けていた。
今では部屋に集まって屋敷内の女性陣でアレコレとお喋りに興じていたりする。
「アリィ、私部屋に戻るからあとはお願いね」
「あ、うん、任せて!じゃあみんなあとで」
「はい、お待ちしております」
ぞろぞろとエルを除いた家族でサロンに移動する
使用人達はささっと持ち場に戻り、紅茶と菓子を揃えて壁際に控える、切り替えは大事である。
「それで、何かあったの?」
「えーっと、ネル爺とは方向性を話し合って今度本を貸してもらうことに、で、その後メグ・・・、マーガレットと中庭で出会って友達になったの」
「マーガレットって、マーガレット・ライオネル?アレクの娘の?」
「うん」
「エルは大丈夫だった?」
仲の悪さを知っているのかリリスが心配そうな様子で聞く
「あ、それなんだけどね、エルもメグも誤解してて・・・」
灯は事の全容を説明した、誤解と周囲の人間による誘導があって仲違いをしていたが直接話をして解決した事を
「そうだったの、アリィいい事したわね」
「ああ、アリィよくやった」
「数年越しの諍いをサラっと解決するなんて中々出来ないからな」
「そうね」
「そんなになるか」
サイリ、リリス、エクス、口々に言う事に耳を疑った
「す、数年?」
「そうよ、学園に入って以来だから六年になるかしら」
どうやら余程の根深い事であったようで、自分の経験から誤解を解いただけの灯は驚く。
エルやメグの傍に居ながらも誤解を解かずに居た人といい、争っていい事なんて無いと思うんだけど
「深く考える事はない、そういう輩も居ると、何事も経験だよ」
「うん・・・、やだなあ、みんな仲良くしたらいいのに・・・」
「そうだね、本当にその通りだと思うよ」
おじいちゃんが頭を優しく撫でる
「あ、そうそうアリィ、これなんだけど・・・」
「え?」
少しだけイヤな空気になってしまった所に話題を変えようと、リリスがとある大和服(着物)を出した
それは灯が初めて公爵邸に来た時に着ていた黒龍装備一式
「忘れてたっ」
ルナリア家に着いて、灯の身の上と獣人化の説明をしている内に本格的な獣人化が始まり倒れてしまった
意識を取り戻した時には丸々三日が経ち、母リリスとベッドの中で裸になっており、それからはドレスを着用していたので完全に忘れ去っていた装備だ。
「なんだそれは、大和服?」
「少し地味ねえ」
祖父母は興味深く見ているが
「これは、アリィが此処に来た時に着ていた装備で、黒龍のものです、エド様、シルフィ様」
「こ、黒龍?」
「何故そんなものをって、アリィは冒険者だったわね」
装備は一級品、いや現在世界で存在する装備では間違い無く最高品のものだが・・・
おばあちゃんが指摘した通り、今改めて見ると本当に地味だ
自分で見た目を変えたとは言え黒を基調とした大和服は暗い・・・
旅をしていた時は肩まで程しか無かった灯の髪の長さも、獣人化の影響で今ではお尻の辺りまで伸びている
そんな長い黒髪に黒い大和服など着た日には、陰気過ぎる組み合わせだろう。
すわ妖怪か?葬式か?と言われてもおかしくはない配色に灯は考え込んだ。
装備自体は優秀だから使いたい、何よりも瞬兄達と協力して取った装備だし大事にしたいし、うん、見た目変えよう!
でもなあ、獣人化してなら動けるようになったし和服は無いよね?
和服で獣人の立ち回りは絶対に無理だ、全力で走れないし裾や袖が邪魔になる
もっと動きやすいものにしないといけないし、カラーリングはどうしよう・・・
どうせなら可愛くしたいよねえ?
「アリィ?」
「え、あ!うん、ちょっと見た目変えたいなあって、髪伸びたし、このまま着たらちょっと重苦しいよね、だから動きやすくて可愛い装備に・・・」
灯の言葉にリリスはパッと笑顔になった
「そう!手伝うわよ、ベルも呼ぶ?」
「良いの?」
「勿論よ!ベルが一番解ってるからね」
「うん!」
リリスは嬉しそうにベルとの段取りを始める、それもそのはず地味を好む娘アリエットが少し前に着てきた物を見て見た目を変えたいと言った事は、リリスが頑張って灯のオシャレ意識改革を進めた結果だからであった。
「そうすると装備関連に強い者にも声を掛けておくか、黒龍のものに手を加えるとなると腕のいい者を」
「そうですね、手配しておきます」
「そう言えばメグに新緑会にも一緒に参加しようって言われたんだけど」
「おお、懐かしいの」
「新緑会!」
おじいちゃんとおばあちゃんが昔を思い出すかのようにぽんと手を叩く
「そんな時期か」
「もう編入試験だものね」
「新緑会は今でもはじまりの森なの?」
「はい、昔から変わらず」
「大丈夫なの?王女様が参加して」
「いや、それを言ったら公爵家令嬢も同じだからなアリィ?」
「でも、私は多分大丈夫だと思うんだけど」
はじまりの森はその名の通り、魔法国を出身地に選ぶとゲーム開始時に初めて行く場所だ。
出現モンスターはブルースライムとコボルト
ブルースライムは透き通った青色のスライムで体長は50~80cm、動きは遅く耐久性も低い、攻撃もぶにぶにと体の形を変えての叩き攻撃と体当たりのみ、スライム得意の粘液や消化液攻撃はブルースライムはしてこない
コボルトは40~90cm程の体長で小型の犬人狼の様な姿、どちらかと言えば犬寄りである、八割犬、二割人間といった様子で若干すばしっこいが攻撃は噛み付きと木の棒、稀に冒険者の廃棄物を拾ってボロボロのナイフを持っているが力は弱いので怖くはない。
レベル1でも怪我する事なく倒せる戦闘の初歩を学ぶモンスターが相手になる。
「それはそうだけどね、マーガレットさんも獣人だし炎魔法に秀でていると聞いた事があるから大丈夫だよ」
「でも森だから炎魔法はちょっと・・・」
「「「・・・」」」
そう言えばそうだなと皆黙る、森の中で火は基本的に厳禁だ
煙に撒かれると大変な事になってしまう
「アリィ」
「お父さん?」
サイリは握り拳を作り、ピッと親指を立て力強く宣言した
「エルと一緒に頑張れ!」
「えーっ!?丸投げ!」
「大丈夫大丈夫、スライムとコボルトなら魔法無しで行けるから」
「それはそうだけど・・・」
始まる前から何やら不安要素が出て来た、まだ学園入学も決まってないのに。
「あ、今度メグが遊びにウチに来たいって」
「あらあら、随分マーガレットさんに気に入られたのね」
「セバス」
「はい」
たかだか遊びに来ると言っても相手は王女、それなりの出迎えは必要となる、セバスは頷いた。
「何時来るの?」
「一応、私の空いている日を手紙で教えてって言ってたから、ある意味いつでも?」
「明日おやすみよね?」
「え、流石に今日の明日は無理なんじゃ・・・」
「分からないわよ、でも明日一日指定では失礼になってしまうから、何日分かおやすみを教えてあげたら良いわよアリィ」
灯の予定は先を見据えて詰め込みしているとは言え
勉強を入れたら入れた分だけ受け入れてしまう娘の事はリリスがキッチリ管理していた
丸一日休養日を設けたり、午前午後どちらかの半休を設けたりと基本的には丸一日勉強しっぱなしという事は無かった
他人が見たら大した事ない予定になるのだが、何かと体が不安定な灯は過保護だと言われようがしっかり休養を取る必要があった。
そして夜は絶対に予定を入れない、日が昇ったら働き、日が沈んだら終わるのが国の常識、それは仕事であっても学業であっても何も変わらない。
家族団欒の時間を取りゆっくり過ごす、お茶をして話し
毛繕いしたり抱っこをしたりと触れ合い
一緒にお風呂に入って、寄り添い合って眠る
二度と手に入らないと半ば諦めていた日常をルナリア家一丸で大事に大事に過ごしていた。
「ん、そうする」
「お昼まで少し余裕があるから手紙を書いてスグに送った方がいいね」
「分かった、エルは多分私室に行ったから私も私室で手紙書こうかな」
「それがいいわ」
「書いたら皆で確認してくれる?」
メグは気にしないと言っていたが、それでも最低限の礼儀は必要だ
特に灯はこちらの文字を書き慣れていないのでそこだけが不安だった。
「勿論だとも」
父母、祖父母は笑顔で了承した
しかし灯は後に後悔する、手紙のチェックは家族ではなくセバス辺りに頼むべきだったと・・・
エルと灯の部屋は改築されている
廊下から入って最初の部屋がリビング
個室をそれぞれに与えられ、寝室と浴室は共有と二人でひとつの部屋を使用
但し、私室はエルも灯もあまり使わない
殆どリビングで一緒に過ごすのだ、お茶、勉強、休憩、とほぼ四六時中一緒に居た
パーソナルスペースはやはり必要と言う事でそれぞれの私室を備えたが使用頻度はかなり低い。
早速灯は手紙を書きに部屋に戻った。