王の子。
時はエルと灯がマーガレットと友達になるより前に戻る
それは灯が貴族登録の為にサイリと共に城を訪れ王アレクと会った日
二人が帰って行った後、王の私室に居るのはアレクと息子ロウラー。
「それで、何故こんな事をした?」
王アレクが厳しい態度で接しているのは息子ロウラー
そのロウラーは顔面にどす黒いアザを拵えていた
客間でもてなされていた灯に「塩入りの紅茶」を容れた件で
サイリに教育された為、灯の居た客間の窓から外堀まで殴り飛ばされた結果だった。
「ちょっとイタズラを・・・」
「イタズラ?イタズラだと?サイリとリリスの愛娘によくも出来たものだな」
「っ」
「サイリは怒っていたぞ、この意味分かるな」
「・・・」
「どうするつもりだロウ、この対価、決して安くは無い」
「すぐ謝罪に、」
「ダメだ、今ルナリア公爵家との接触は許さない、彼女は・・・、いやサイリもリリスもこんなくだらないことに構っている暇は無い。
それに彼女は今回の茶の異物混入には気付いていない」
「え・・・」
「何の為に騎士団の副団長クインまで付けたと思っている、彼女の心身を護る為だ、まさか城内でそんな事が起こるとは本気で思っていなかったが結果として正解だったな
、彼女は茶の違和感に気付いた、だがクインの機転で新しいものに入れ直させた、最初に茶を入れた侍女が真っ先に疑われた訳だが、これで満足か?」
「それは・・・」
「いい機会だから言っておくが、王の子が自動的に王になれると思うな」
アレクの言葉に顔色を失うロウラー
このタイミングでその話題を挙げたという事は、今回のイタズラはそれだけ重大な事をしでかしたという証である。
「お前のイタズラなど知らない彼女に、今から公爵邸へ行ってそれを説明した上でわざわざ気分を害すつもりか?
それとも何も知らないままの彼女にただ「謝罪」して有耶無耶に終わりにするつもりか?」
「う」
ロウラーが思うより事態は深刻だった
事実上灯への謝罪は禁止、というよりは出来ない
「あの時、紅茶には塩が入れられていて貴女を狙いました、ごめんなさい」
なんて謝罪されてもただ気分が悪くなるだけだ、そんな謝罪は自己満足に過ぎない
クインが柔軟に対応したお陰で本人は知らないのだから
そもそもサイリとリリスが謝罪の場どころか、会う機会さえ完全に遮断する可能性もある
それだけ灯の心身の健康に心を砕いて大事にしている
だからと言ってこのままでは済まされない話で
まだ普通の貴族にイタズラした方が断然マシであった、何故よりにもよって灯であったのか理解に苦しむ。
灯がここまで大事にされるのは、異界還りした事に起因する
こちらからの主観では「帰って来た」となるが、アリエット嬢の主観ではどうしても元の世界、故郷を失ったとなる
故郷を失った心痛は如何程か、本人にしか分からない
サイリに聞けば、あちらの世界の学び舎では虐められて通えなくなっていたと言うではないか
そんなアリエット嬢にイタズラ?
知らないから、なんて言い訳にもならない
やられた者の気持ちは、やられた者にしか解らない
この程度で、と思い軽い気持ちでやった事が相手を酷く傷付ける事態は往々にしてあるのだ・・・
王にならんとする者が人の心を蔑ろにしていては行き着く先は決まっている
国民全ての気持ちを汲むのは物理的に無理なのだが、それを知って行動をするか、知らずに行動をするかでは全く話が変わってくる。
「ロウよく考えて行動しろ、彼女は・・・、いや女性は繊細で傷つきやすい、治らない傷もある事を忘れるな」
「はい・・・」
アレクの説教が終わりロウラーは私室を出て行った
「いじわるね、サイリ様もそこまで怒ってないでしょうに」
「偶には言い聞かせないとね、立場を考えるとそろそろ自覚して貰わないと困る」
隣の部屋から王妃サーシャが現れる
彼女は虎の獣人、獣耳は猫科のものだが髪は茶色で尻尾には黒毛が混じっている
アレクとサーシャの子供であるロウラーとマーガレットは両親にはない色の金髪を持っていたが、これは祖父母が金色の髪を持っていたのでその色であった
マーガレットの髪は祖父母の金に母の茶髪を受け継ぎ、金髪に毛先が茶色のグラデーションとなる。
獅子の獣人で「黒」だけは遺伝しない
長い歴史の中で黒髪の獅子が生まれた時、妻の不貞を疑われた事もあったが今ではそんな事もない。
「もうそんな年齢なのね、早いわぁ」
「15だからね、あと三年で大人になるのだから今の内に足場を固めて欲しい所だけど」
「アレク、あなたの事だから手伝ったりはしないのでしょう?」
「当然さ、自分の時代は自分で築かないと」
「本当にいじわる」
「はは、私が上げ膳据え膳でやってもロウの為にならないから自力で何とかして貰わないとね」
「そうねえ、マーガレットも上手く出来れば良いのだけど、あの子素直だから・・・」
「そうだね、アリィちゃんと仲良くなってくれるときっと良い友達になると思うのだけど・・・」
「わたくしもアリエットちゃんに会いたいわ、あなただけ会うなんてズルいわ」
「ズルいって・・・、あれは儀式と登録を兼ねた公式な仕事だからね?」
「でも、わたくしを同席させてくれても良いじゃない」
「近い内に会えるよ」
「あら、それはアレク、あなたの勘?」
「ああ、勘だ」
黒獅子は秀でた能力を持つ
サイリが肉体的に秀で、灯が魔法に優れる様に
アレクは頭脳に優れた黒獅子であった
執務能力や政治に力を発揮するその力は王の能力として申し分無い。
しかし、その真価は全て勘に集約されていた
獣人自体が第六感を高い精度で有しているが
アレクのそれは理論で固められた基礎を素に導き出される「予知」に近いものである
なんとなくで選んだ山が希少な鉱脈であったり、源泉を掘り当てたりと
「ただの勘」で済まない事がアレクの選択した事柄はやたらと当たりを引く。
「なら良いけど、必ず紹介してよ?」
「ああ勿論だとも」
アレクとサーシャがそんな話をしていた数週間後
突然マーガレットがアリエット・ルナリアと仲良くなり、嬉嬉として新緑会に一緒に参加すると言い出すなど夢にも思わない・・・
しかも不仲、気に食わないと言っていたエリューシア・ルナリアとの誤解が解けて、共に友達になったというオマケ付きで。
「お父様!お母様!私、新緑会に行くわ、アリィとエリューシアと一緒に!」
と、何時ぶりになるか、眩しい笑顔の娘。
そのまま自身を取り巻いていた貴族令嬢と関係を断ち、生き生きとするマーガレットを誰が予測出来ただろうか。
アレクもサーシャもマーガレットには常日頃言っていた
「あなたはあなたらしく、貴族や王族の枠に捕われる必要はないわ」と
しかしマーガレットは「王女」の役割を何とかこなしてみせようと、自分には向かない事を知りつつも貴族的な付き合いをやろうとしていた
それは自分らしさを殺す事で、長らく無邪気な笑顔は見なかった。
切っ掛けはエリューシア、貴族という枠に拘らないサイリとリリスによってのびのびとしていた
いや、寧ろ適当過ぎる程であった
学園では澄ました顔をして、取り巻きを連れていた
成績上位者に名前は見なかったが、遠目に見たその立ち居振る舞いは公爵令嬢の名に相応しい様子で・・・
実際のエルは心許せる友達が居ないので出来るだけ無表情を貫き
取り巻きも勝手に周りに居たので放置し
完全に猫を被って澄ましていただけのエル。
いざ話してみると「もん」だの、「じゃん」だの
俗っぽ過ぎて愕然としていた
マーガレットから見たら
「公爵令嬢がそれで良いの?」
と思うところに苦言を呈してみれば
「公的な場でしっかりしていれば何も言われない」
と言う身も蓋もないセリフを王女マーガレットに向けて言い放つ始末
マーガレットはそんなエリューシアを見て、自分が頑張ってやろうとしていた事はなんだったのかと
無理していた事が馬鹿馬鹿しくなってしまった。
結局マーガレットはエリューシアとシンパシーを感じる部分を見つけていたのだが、蓋を開けて見ればエリューシアは貴族をまじめにやるつもりはサラサラないという事に気付く。
「ほら、アリィ帰るよ」
と言っては異界還りの妹アリエット・ルナリアの手を握り、金と黒の尻尾を絡ませて去って行く様はただ仲のいい姉妹の姿で少し羨ましいものがあった。
そして、新米貴族のアリエットに自分の取り巻きを近付けて良いものかと考えた時、それはダメだと結論付けた。
姿こそ貴族の手入れが行き届いているが、中身は普通の女の子で恐らくこの子も貴族として生きて行くつもりは無いのだろうと思えた、黒獅子で力に優れると言っても貴族の付き合いで物理的な力が役に立つはずがない。
そんな子に人を煽り、利益を求める者など近付けられる訳が無かった
きっとエリューシアもこれから周囲に居た者と関係をスッパリ切ってしまう事が容易に目に浮かぶ。
そこからのマーガレットはノンストップだ
これまで大人しくしていた鬱憤を晴らすかのように動き出す
煽り騙していた者、それを知りながらも居た者に直筆で手紙を出した
王女からの直筆の手紙とあって何かのお誘いかと喜び、いざ、封を切ってみると
「貴女との付き合い考えさせていただくわ」
遠回しに書かれたその内容は端的に言えば「近寄るな」
没交渉宣言である。
勿論、貴族のそういった利用し利用され、持ちつ持たれつな関係を否定するつもりはないマーガレット
気付かなかった自分にも非があるとしつつも、騙された事に対しては許さないと意思表示をしたのだった。
こうして自分なりの考えを行動に移すマーガレットは後に気付く
顔色を伺い、誰かと足並みを揃えて行くよりは自分が先頭を切って進む方が性に合っていて、間違いを犯しそうになったら止めてくれる怒ってくれる友人が出来たという事に・・・