マーガレット。
「ちょっと」
「?」
声を掛けられて周囲を見渡す
しかし侍女さん以外には見当たらない
「こっちよ!」
ガサッ!!
「ええっ!?」
座っていたベンチの真後ろの生け垣からドレスを着た女の子が出て来た。
ゆるふわパーマで肩甲骨辺りまでの長さの髪
頭頂部から肩までは金色で毛先はブラウンに染まっている
身長はエルと同じくらいだろうか、スラッとしていて大人びた印象、獣耳と尻尾は同じく獅子のものみたい
まさにライオンのイメージカラーといった獅子獣人の女の子。
何故、そんな所から・・・
困惑する、どう見てもいい所の娘って感じなのに
「ふふん、私はマーガレットよ!」
「初めまして、アリエットです」
「・・・」
あれ?
名乗られたから名乗り返したんだけど怪訝な顔をされる
お母さんの教えでは名前を名乗られたら名前を
名前と家名を名乗られたら、同じく名前と家名を名乗り返すって話をだったけど何か間違った?
困惑を深める灯
マーガレットは国王アレクの娘である
本人としては王の娘たる自分を知らぬ者は居ないという意識から家名を省いて名乗ったのだが
残念ながら灯は知らない、貴族になってひと月弱
知っているだろうで家名を省いた手前、何とも恥ずかしい感じになってしまったマーガレットが微妙な表情になるのも仕方がなかった。
「まあ、いいわ!アリエット私が友達になってあげるわ」
「なんで?」
「なんで!?」
まさか王女のお誘いを断るとは思っていなかったのか疑問に疑問で返すマーガレット
灯としては何の会話もしていないのに突然友達になってあげるわなんて言われても、何かあるのかと疑うしかなかった。
「貴女此処に居るって事はそれなりに地位のある家の娘よね?」
「多分・・・」
「なに、その多分って、そんな上等なドレス着ているのだからそうよね、そうよ!」
「う、うん」
マーガレットの押しの強さに少し引く灯
「あの女の友達を辞めて、私にしなさい!」
「あの女って?」
「エリューシア・ルナリアよ!あの女は、いつもすまして「あら大変ねえ、私には関係ありませんけど、ほほほ」みたいに私を小馬鹿にしているのよ!」
「えー?エルはそんな事言わないよ」
突然エルの事を悪く言われたので否定するがマーガレットは聞く耳を持たない
「何も知らないのに適当な事言わないでよ、あの女は私の事を小馬鹿にしてるってローズ達が、」
「誰?ローズって」
「話が進まないわね・・・、ローズは私の友、達?よ」
「エルと直接話をしてないの?」
「してないわ」
「一度も?」
「そうね、遠くから見ていただけよ、だから」
「それ騙されてない?ローズさん達に」
「なんですって!?」
「エルと話したことないのに小馬鹿にしてるって思ったのはなんで?」
「ローズ達に聞いた、から」
「おかしくない?エルは人を小馬鹿にしたりしないよ?
本人に直接言われた訳でも無いのにそれを信じたの?
それは本当にエルの発言なの?」
「う、それは・・・」
灯の指摘にマーガレットは答えに詰まった
灯がエルの味方をするのは自然な事だ
双子の自分の半身であり、親愛より深い絆で結ばれているエルが誰かを小馬鹿になんてしないと確信しているし
マーガレットはエルと一言も直接話した事がないと言うのだ
これは灯がいじめられた時にも似たような事があった
偶に話はする程度のクラスメイトが突然
「灯、言いたい事あるなら直接言いなさいよ、影でコソコソとっ」
攻撃的な口調で、灯が思っても居ない事を「言われた!」「〇〇から聞いた!」などと罵られた事がある
それは灯の身に覚えのない事だったし、特別親しい相手でも無かったのだが衝撃的な出来事だった。
その時は仲のいい友達が間に入って誤解を解いてくれたのだけど、お互いに気まずくなって疎遠になった
思えばアレもイジメの一環で、孤立させる事が目的だったのかと気付いたのは、髪の一件で不登校になって部屋に篭りきりで考えていた時だった。
マーガレットの話も正にその状況に似ているから、灯は指摘したのだ。
「何してるのっ!」
「んえっ?」
エルが戻って来て灯を腕の中に閉じ込めた、グイッと引っ張られてマーガレットを警戒する様に距離を取る
「何もしてないわよ」
「嘘!アリィに適当な事吹き込んでいたんでしょマーガレット!」
平時にはないエルも攻撃的な態度、これも多分同じだ
「エル、待って」
「アリィ、こいつの話は忘れた方が良いわよ!」
「あんたこそ!何も知らない子を巻き込んでないで、その子を渡しなさいよ!私が面倒見てやるわ」
ギャーギャーと言い合いを始めてしまった、これはいけない・・・
「あの、」
「前から気に入らなかったのよ!」
「待っ・・・」
「こっちだって!」
声を掛けても無視されて喧嘩しているエルとマーガレット
なんとかして止めたい灯も、流石にムッとして少し怒った口調になる
「二人共、一度口を閉じて・・・」
格段に低い声を出した灯にエルがビクリと反応、腕の中の灯を見る、釣られてマーガレットも灯に目を向けた
そして二人共息を飲んだ
灯の瞳が獅子の瞳になっている、黄金の輝きを宿すそれは獅子の獣人の本気の証
エルとマーガレットは当然その意味を知っている、黄金に輝く瞳は父サイリ、そして王アレクが本気で怒った時と同じ輝きで、昔怒られた記憶が蘇り自然と口を噤む。
「・・・」
「・・・」
「ん?なに?」
話も聞かずに喧嘩になったので、何とか止めようとして声を掛けたのだけど自分を見た途端にピタリと固まった二人、予想外の反応だ。
その様子に灯もおかしいと気付く
「アリィ、瞳が・・・」
「瞳?」
「金色に・・・」
「え?私の目は黒とブラウンだよ?」
何を言っているの?と灯の前に侍女から手鏡が差し出された、因みに侍女はこの騒ぎも我関せず控えていた、王女と公爵家の娘の喧嘩の仲裁など、いち侍女には荷が重いと判断していた、賢い生き方である。
「あ、ありがとうございます・・・、って何これ!?目、目がっ!?」
鏡を覗いて驚愕する灯、見慣れた自分の顔
瞳が獅子の目になって黄金に輝いているのだ
物凄い違和感に襲われ焦った
「アリィ落ち着いて、すぐに戻るから」
「そうなの?」
「深呼吸しなさいアリエット」
「う、うん」
すー、はー・・・
言われた通りに深呼吸して落ち着く、程なくフと眼の色が元に戻る
二人は灯の金色の眼を見て、一度喧嘩を止められた事で毒気が抜かれ落ち着いた。
「なにこれ・・・?」
「アリィ、お父さんの怒った姿見たことないもんね、本気で怒ると眼の色が今みたいに金色の獅子の瞳になるのよ」
「そうなんだ、お父さんも変わるの?そこまで怒ったつもりはなかったんだけど」
「待って、お父さんって、アリエット貴女まさか・・・、家名はなに?」
「ルナリア公爵家だけど?」
「・・・っ!?」
今度はマーガレットが驚愕に固まる。
まあいいやと、先にエルに話をする
「エル、なんでマーガレットと最初から喧嘩腰なの?」
「え?それはマーガレットの取り巻きが何かとちょっかい出して来たから」
「マーガレットがやらせたと思ったの?」
「そうよ」
「待ってよ!私はそんな事やらせてない、誰よ」
「ローズ達だけど」
「っ!そんな、じゃあ・・・」
先程灯に指摘された事も考えると完全にローズ?とやらにいがみ合う様に誘導されている節がある
「あと、マーガレットが私の事を馬鹿にしてるって」
「私がわざわざ他人を馬鹿にするわけ無いじゃない!」
「それは誰に聞いたの?」
「クローディア達に・・・」
「誰?」
「私の・・・、まあいつも近くに居る子達ね」
「じゃあ、二人共顔を合わせて直接会話も録にしてないの?」
「うん」
「そうね」
決まりだ、多分エルの取り巻きクローディア達とマーガレットの取り巻きローズ達が勝手にエルとマーガレットの名前を出して喧嘩していた
喧嘩するなら一人ですればいいのに、虎の威を借るなんとやら?
その予想をエルとマーガレット二人に伝えると、二人共驚きながらも
「確かに・・・」
「言われてみれば全部「〇〇が言っていた」と、伝聞になっていたわ」
「じゃあ二人共喧嘩する必要ないじゃん」
「・・・そうね」
「そういう事になるわ・・・」
どうやら誤解は解けたのか、二人とも大人しくなった。
私はクローディアさんとやらもローズさんとやらも知らないけど、エルもマーガレットも素直に聞き入れたって事は思い当たる事があったのだろうか。
「ねえマーガレット、友達になってくれるんでしょ?エルとも仲良くしてよ、エルもマーガレットと仲良くして、ダメ?」
「アリィが言うなら分かった、ごめんなさい、マーガレット勝手に思い込んで失礼な事をしたわ」
一度落ち着けばエルも灯の言う事を素直に聞いてくれる
非を認め頭を下げた。
「ふ、ふん!仕方ないから謝罪は受け入れて・・・」
またも火種になりそうな事を言い出すマーガレットをジッと見つめる灯
じわりと瞳の色が金色に・・・
「っ!私こそごめんなさい、やるなら直接やり合えばよかったわね・・・」
「そうね、最初から遠巻きに見ていたのはお互い様みたいだし、しっかり真偽を見極めないとこれから大変な事になっていたかも知れないし」
「周囲に勝手にさせていたのは私も同じだし、これから気を付けましょう」
「うん」
王家と筆頭公爵家の娘達が仲良くても特に不利益は無いが
逆に不仲となれば火種を生む状況が発生しかねない、今誤解を解きお互いに謝罪出来たのは今後大きな意味を持っていた。
「やた!じゃあ私の事はアリィで、よろしくねマーガレット」
「ア、アリィ」
「何?」
「・・・私も愛称で」
先程の攻撃的な態度から一転マーガレットも落ち着けば年頃の素直な顔を覗かせる
もじもじと照れながら灯にあだ名を付けて欲しいと言い出した。
「うーん、私こっちの世界のあだ名分からないからエルも一緒に考えてよ」
「レティじゃない?」
「レティ?あ、後ろの綴りか、じゃあマーガはおかしい?」
「おかしくは無いけど、もう少しくだけてメルティとかさ」
「じゃあ、えっと・・・、メグ?」
マーガレットの綴りを考えてエルと一緒に色々と愛称を挙げていると、ひとつの愛称にマーガレットが反応した
「あ、」
「ん?何?」
「メグが良いわ・・・」
「じゃ、宜しくねメグ、友達少ないから嬉しいな!」
「と、友達・・・」
「あ、そう言えばメグって何処の子なの?」
「此処の子だよ、アリィ・・・」
「え?此処って、お城だよ?」
「マーガレット・ライオネルよ、宜しくねアリィ」
「ええっ!?王女様なの!」
「やっぱり知らなかったのね、最初に名乗った時に家名も言わずに名前だけ返して来るんだもの・・・」
「ご、ご機嫌麗しゅう・・・?王女様、」
今更、本当に今更だが灯は畏まった言い方に変える
「やめてよ今更、言葉遣いはさっきので良いわ」
「そ、そう?」
「ええ、余計な遠慮は不要よ、アリィは普通に友達になれそうね」
「ん?普通にって、どういう事?」
「王女に普通に接してくるなんて余程の大物かアホよ、なのに貴女は・・・」
「なにそれ?私アホ?」
「それに近いわ、王女を知らない国民が何処に居るのよ」
「マーガレット待って、アリィは貴族登録して1ヶ月弱だから殆ど何も知らないの」
「あら、そうなの?道理で庶民くさいと思ったわ」
「マーガレット喧嘩売ってるの?アリィを馬鹿にしたら許さないよ」
「別に馬鹿にしてないわよエリューシア、私を知らずに普通に敬語も使わずに話して来たし、だからといって装いは上等な貴族そのものなんだもの、ただ納得しただけよ」
マーガレットにとって「王女」を気にせず話してくれる相手は身内くらいのもので、灯は出会って一貫して態度が変わらなかった事で実はかなり気に入っていた。
自然体な灯はただ王女を知らないだけだったが、それでも貴重な相手と思えた
もっと知ってみたいと思えたし、仲良くしていても爵位上公爵の娘という事で不都合が無いのも都合が良かった
下の爵位の者と親しくなっても「王女」の自分は大丈夫だとして、相手の者は高位貴族から何かと言われたり、自分は王女と仲が良いと吹聴する者も居た為、無難に寄ってきた高位貴族をそのまま放置して適当に付き合っていた
しかし、高位貴族は高位貴族で打算ばかりでウンザリしている・・・
エルも似たり寄ったりな環境であったので最初に二人が直接話していれば、先程まで拗れる事は無かったのだが、結果として歩み寄る機会を得て良好な関係を築けそうなのだった。
「それにしても人伝にやり合うなんて、やだなあ・・・、また・・・」
それが貴族というものだ言ってしまえばそれまでだが
灯は新米貴族、その辺は理解出来ない
謀事は当たり前、バレなければいいのだ
騙し騙され、利用し利用されという面はどうしてもある
そういう意味でマーガレットもエルも取り巻きを放置していた
二人共似た者同士で貴族の付き合いとやらに興味はない
貴族王族令嬢としては背後に公爵と王様の父が居るので特別に親しい人を作る訳にもいかず
かと言ってわざわざ「貴方達と仲良くするつもりはないから放っておいて」などとも言えない
ただの同級生のまま、表面上はなあなあで付き合っていたのだった
「また?またってなに?」
「あ、ちょっとね、似たような事あったから・・・」
「アリィ、安心してよ同じ過ちは繰り返さないから、私とマーガレットに任せて!」
「は、え!?私も!?」
「良いから!アリィは安心して学園に行けばいいの、前の時は知らないけど、今は私が居るのよ、ね?」
「うん、ありがとうエル・・・」
以前の事を思い出して気が落ち込む灯を励ますエル、学校のトラウマもあるし初めての環境ばかりで不安が大きくなるのは仕方の無い事だった
そんな中でエルの存在はとても頼もしい、マーガレットも今後意図せず灯を守る事になり、逆に灯もマーガレットを守る事になるのは今は知らない。