夕飯前。
「ん、ふ、あー・・・」
目を覚ますとエルの胸が目の前にあった、いつも見慣れた光景
「んん?アリィ起きたの?」
「うん」
「どう?」
「ん、何ともないみたい」
「そか、マイラもリトラも来てないって事は、まだ夕飯前だね」
「うん、着替えよっか」
「そうだね、おじいちゃん達とご飯!」
「あ、失礼しちゃったよね謝らなきゃ・・・」
「全然、今病人のようなアリィに怒るおじいちゃんおばあちゃんじゃないよ」
「そうなんだ」
「うん、それより顔見れるね、紹介するから!」
「ありがとエル」
「へへへ、瞬兄さんと冒険の事はアリィから教えて貰ってるからね、家の事は任せてよ」
「頼りにしてる」
近くに二着のワンピースと下着が準備されていた
ブルーとピンク、どちらもパステルカラーのシンプルなワンピースだがベル謹製の一品物、しっかり身体にフィットする。
尻尾穴の位置も大きさも絶妙で、負担なく着れるワンピースだ
成長が進んでいるエルが大人っぽいブルー
まだ獣人の成長に追い付かない灯が少女らしいピンク
下着を身に着け、ワンピースに袖を通す
「アリィ、尻尾ファスナーの方に行ってるよ、こっち」
「ん、ありがと」
エルがファスナーで尻尾を挟みそうになっている灯の着付けを手伝う、スカートの下から手を入れ尻尾を掴み尻尾穴へと通してくれた。
「ファスナー上げるね」
「うん」
髪がとても長いので一人では中々着にくい、地球の様にパーカーやシャツを着るのとは訳が違う
灯が髪を両手でまとめて背中から離す、そしてエルがファスナーを上げた。
「エルも、はい」
「ほい」
エルも同様に灯に背を向ける、髪をひとつに掴みその間にファスナーを上げてあげた。
「髪はどうしよ?」
「エル何か出来る?」
「うーん、普通の髪なら簡単には・・・、でもアリィの髪は私には難しいかも、獣人化してから更に伸びたよね?」
「うん、最近やっと落ち着いて来たとは思うんだけど」
未だに獣人化の直後の様に新陳代謝は活発なままの灯
汗もかきやすく、意識を取り戻した時に一気に伸びた髪、それを母リリスに切り揃えて貰い腰くらいの長さだったが、今ではお尻まで伸びていた、当然爪も伸びるのが早い。
休憩をよく挟みお茶の時間をとっていたのは水分補給と代謝が良い為にエネルギーの補給を兼ねている
医師の話によれば
「良く寝て、良く食べ、良く動く、特に食べ物と水分はどんどん摂取して下さい、歳頃の女性はダイエットなどと言っては食事を抑え目にしますが成長期にそれは御法度です、ましてやアリエット様は獣人化の影響で多量のエネルギーを身体が必要としています。
良いですか、太ったとしても成長期が終わってからじっくりスタイルを整えれば宜しい、今は食べたいと思ったら食べ、飲みたいと思ったら飲んで下さいませ」
との事だ。
髪はリリスが「もっと伸ばしても良いくらいよ、私とエルは腰より伸ばすと毛先に癖が出てくるから仕方ないけど、アリィなんて腰以上伸びても真っ直ぐなままなのだから、美しい髪なんだし出来る限り伸ばしてみたら良いのよ」
と髪を伸ばす事を勧めてきたので、髪は更に伸びている。
正直、お尻までの長さは未知の領域、地球で一番伸ばした時でさえ腰より少し上、その理由も母に髪が綺麗も言われ伸ばし、自分で手入れが出来るギリギリの長さがそれであった。
今は既にリトラ達の手を借りないとどうにもならない長さ、そして流石のリトラも触れたことの無い長さの様で
「これは、腕がなりますね・・・」
と気合を入れて挑む程になっている、自分でも手に余る長さだ、そりゃあ他人が触っても面倒なのは分かりきっている、申し訳なく思い
「少し短く切ろっか?」
などと、気軽に提案した灯だが
「と、とんでもない!こんな綺麗な御髪、何処までも伸ばして頂いて構いません!絵本の中のお姫様のようで、触らせて頂いているのも本当に光栄なのです!床に着くまでいきましょう!」
「いや、それは・・・」
何処までも伸ばすって、どうなのだ・・・
完全に一人では動けなくなってしまうし
「リアルラプンツェル・・・」
この際魔法でガチガチに強化して戦おうか、木の枝に巻き付けたり、鞭のようにしならせて殴ったり?
いやいや、それこそ何を目指しているのだ・・・
「ラプ・・・?」
「ううん、なんでもない・・・」
床に着くまで伸びる内に長さを決めておかなければ・・・
最後に爪も・・・
「自分で切るから」
と言ったが、リトラ達が引く筈もなく
「お待ち下さい、私共に任せて、いえ!一度お手入れさせて頂ければ必ず納得して貰えるかと!」
と押し切られ、爪の手入れをさせた所
「なにこれ・・・」
爪が尋常ではない艶と手触りに磨きあげられた
リトラ達が満足気に
「どうですか!御不満でもあれば改善致しますから」
こんなツルテカに磨かれて文句など無いのに、更に改善するとか言い出す使用人に驚愕する灯。
この出来で「自分でやる」なんて少なくとも灯の選択肢には無かった、それこそこの出来に不満と言うようなものだ。
これらの事はエルやリリスからも
「アリィを磨くのに命を賭けているのよ」
命!!重い・・・
「子は親を映す鏡と言うでしょう?それと同じでアリィのお手入れに不備があると彼処の使用人は何をしているのだ、親は、と見られるの、だから使用人達は自分の仕事に誇りを持って各家に仕えているのよ」
と諭されては何も言えない灯
「あ、だからと言ってアリィは全部受け入れなさいなんて事は無いわ、爪も自分でやりたいならそうすればいいし、髪も切りたいなら切って良いの、主導権はあくまでアリィに有るからね、個人的にはアリィの髪はもう少し伸ばしても良いかなって思ってる、ほら下ろせば毛先がお尻の辺りだけど編み込んだり手を加えると腰より上くらいの位置になるでしょ?
太腿辺りまでいけば髪型を作った時に腰より少し下辺りになって、ドレスを着た時にいっぱいお洒落に出来るし・・・
ああ、でもアリィは一流の冒険者だもの、あまり長くしても大変よねぇ」
獣人化した朝、短めに髪を切ったのは今後まだ伸びると見越していた。
リリスの基本的な考えは貴族生活、しかし冒険者としての灯も認めていて否定はしない、のびのびと幸せになって欲しい、ただそれだけであった。
カチャ・・・
二人が髪はどうするか悩んでいる内に丁度マイラとリトラが寝室へと入って来る
「おはようございます、アリィ様は・・・、元気そうですね」
「おはようございます」
「おはよう!」
「お着替えは済んでいる様ですが、髪でお悩みでしたか」
「あ、はい、お願いリトラ・・・」
「はい、勿論でございます」
ニコリと笑顔で了承するリトラ、髪が更に伸びてからは度々侍女達が灯の髪に触れては全く歯が立たない中、リトラは持ちうる技術と意地で灯の髪を整えていた。
今ではリトラとマイラ二人による髪のお手入れ講習会が開かれて、技術向上に余念が無い。
いくら美しい黒髪と言っても、その手入れをする侍女達に技術が無ければ宝の持ち腐れである
お洒落的にも敗北してしまうし
ただブラシを掛けて下ろしているだけでは重い、不便となって
「やっぱり少し短くしようかな・・・」
などと主に言われては、腕の無い使用人だと言われたも同じ、使用人の誇りとしてそれは看過出来ない
毎日侍女達で髪型を考えては専用に拵えてもらったカツラで練習している
仕事としてもそうなのだが、新しい髪型やアクセサリーの使用を考えるのは皆もお洒落になりたいと思うが故の熱意もあった。
何時の時代も世界が変わっても、女性は美しくなる為の努力を惜しまないのである。
リトラの淀み無く動く手先、もう頭の中で完成形は見えている
やはり基本は「三つ編み」「編み紐」「リボン」に尽きる
これだけの長さになれば何でも出来る、ただ癖の付かないストレートヘアーなのでパーマは効かない
細い三つ編みを数本編み、その三つ編みで大半の髪をまとめあげる、三つ編みでポニーテールを縛る様な形
それだけではサラサラの髪が自然と解けてしまうので編み紐でしっかり縛る、この時頭皮の方にテンションを掛けないように気を付ける
後はテールの部分を編むなりリボンを結ぶなり、如何様にも遊ぶことが出来る
今回はエルのワンピースと同じ色のブルーレースリボンで括り、二十cmほど緩く巻いて終わり。
編み込みは腕の見せ所だけどそれに縛られず、綺麗なストレートの髪も残し仕上げた
エルの髪はマイラが仕上げ、灯のワンピースと同じピンクのリボンを使っていたので対称的に合わせてみた。
「どうですか?」
「ありがとう!リトラ本当に上手だね、楽だし可愛いし、この長さ大変でしょ?私もうリトラ居ないと暮らしていけないや」
最高の賛辞だった、主に貴女無しの生活は考えられないと言われたなら侍女冥利に尽きるというものだ
最初は遠慮がちな主も少しずつ打ち解けて、今では良く笑い掛けて貰えているリトラ
「勿体ないお言葉です、アリィ様」
「勿体無くなんかないよ、本当にありがとう」
「はい!」
「アリィ終わった?」
「エルは?」
「終わった、行こっか」
「うん」
主達を見送り片付けとベッドメークを済ませる
今日も充実した日だとマイラとリトラは満足した思いだ。
最近、髪に触れていて思ったが流石に長さに比例して重くなってきている、少し梳いた方が良いかも知れない、軽くして、次は・・・
と、思案するリトラの尻尾は上機嫌に振られていた。