家族の家族②
エドお爺ちゃんの膝に乗っていると、お披露目の話になりエドとシルフィは間に合わなかった事に嘆いていた
「アリエットはお披露目終わったのか・・・」
「もう!私達が来るまで待ってくれても良いのにサイリったら」
「あ、その、アレクさんに会ってから、早目に顔を出した方が良いからって・・・」
「ああ!違うのよアリエットは気にしなくていいの、きっとドレス似合ったのだろうな、って」
「おじいちゃんもおばあちゃんも安心して、アリィのお披露目会は記録玉で撮ってあるから観れるよ」
「あら、きっとセバスね」
「後で観させて貰おうか」
「アリィ、別の日にお披露目のドレス着て見せてあげようよ、ね?」
「うん」
「ふふ、二人共仲が良いのね、エルはアリィって呼んでいるの?」
「うん、おばあちゃん達もアリィでいいと思うよ」
「うん・・・、アリィって呼んで欲しい・・・」
当初、屋敷内の使用人達は「アリエット様」と呼んでいた
それに合わせてエルの事も「エリューシア様」と呼ぶ様にしていたが、それまではエル様と呼ばれていたエルが
「なんでそんなに他人行儀なの?私の事はいつも通りで良いし、アリィはアリィでいいんじゃない?」
とのエルの発言により
「・・・アリィ様、と呼んでも?」
「様も本当は要らないんだけど・・・」
「ほら!アリィも窮屈になってたじゃん、みんなアリィね決まり!」
との一言で、皆愛称で呼ぶ様になっていた。
そもそも使用人の存在さえも庶民の灯にとってはテレビの中の話くらいにしか思っていなかったので
まさか自分が「様」付けでかしづかれるとは人生とは分からないものである。
シルフィが呼ぶ
「アリィ?」
「うん、シルフィおばあちゃん」
続けてエドワルドも呼んだ
「アリィ」
「うん・・・、エドおじい、ちゃん?」
「くっ!可愛いなアリィは・・・、エルも美人になっているし男共が、」
サイリと同じ事を言うエド、やはり親子である
この親にして、この子あり・・・
「あ、私もアリィも婚約者決まったから大丈夫」
「・・・何ですって?」
「・・・」
エルの発言にシルフィの眼がキラリと光り、エドの魂が半分抜けた・・・
サイリは灯の獣人化が始まってすぐに、自身の父母とリリスの父母の所へ手紙を出していた
しかし、その内容は
「アリエットが帰って来た」
そのひと言のみで、元気なのかそうでないのか
環境の変化に戸惑っていないのか?
父と母を、家族を、認めてくれたのか?
一緒に住んでくれそうなのか?
様子は?
性格は?
と、知りたい事が何ひとつ書いて無かった。
この手紙が届いた段階で、灯が公爵邸に着いて二週間程経っている
交通手段と情報伝達があまり発達していないこの世界ではまだ早い部類であったが、此処で手紙のやり取りをしても次に来る返事は四週間後、そんな手間も時間も掛ける位ならば自身が赴いた方が余程早いとして、その日の内に予定と準備をまとめ、次の日の朝には領地の隠居していた屋敷から飛び出していたエドとシルフィ。
やっとの事で辿り着き、いざ孫娘と顔を合わせてみると
とても素直でいい子だと解るし家族とも上手くやっている様でひと安心
そんな中、エルから突然の「婚約者決まったから」宣言
エドはエルを猫可愛がりしていたし、帰って来たアリエットについても同様に愛しく想う
息子サイリがエルのお見合い話を全て蹴り飛ばしていたのも知っていた、気持ちは解る!確かにこんなに可愛い孫を他所の野郎へやるなど許せないものがある
しかしいつかは来るのだ、エルが誰かの元へ嫁ぐ日が、と考えている自分も居た、その時はサイリからも相談されるだろうか?
そんな事を考えている矢先「アリエットが帰って来た」という吉報、からの「婚約者決まったから」
魂が半分抜けてしまうのも無理はない。
しかし孫達が健やかに過ごせる以上の幸せなどない
特にアリエットに関しては奇跡的な話だとエドは天に感謝していた
消えた先、異界が平和な世界とは限らない
争いの絶えない世界で一人生き抜いて来たら性格は荒んだものだろう
家族が悪意のある者であれば真っ直ぐ育たないだろう
事故や暗殺といった事で五体満足でなかったかも知れない
エルの部屋に入ってみれば妻シルフィとエルが仲良く黒髪の少女に構っていた
少女も戸惑う様子は見てとれたが、嫌がる事無くシルフィの抱擁を受け入れていて、すぐに優しい良い子だと解る程度には穏やかな気配に満ちていた。
五体満足、こちらの家族を受け入れて、健やかである
これ以上望むべくもなかった
なんだったら貴族が身に合わないとなれば、一緒に領地に帰って適当に狩猟と畑を耕して過ごしても良いだろう
などとも考えていたのだが、ドレスを身に付け、髪を整え、手入れはしっかりと行き届いているその姿は十分貴族の事も受け入れているでは?と思わせた。
エドワルドが思案している間にリリスの父カインと母メリアもエルの部屋へと入って来た
膝の上に乗せていたエドは、そっと灯を立たせてエルに任せる
エルは心得たと正面から灯の両の手を取り誘導した
「アリィこっち、カインおじいちゃんとメリアおばあちゃん、お母さんの両親だよ」
「ん、うん」
トコトコとテーブルを回り込み、扉の方へと歩く
「・・・」
「・・・」
多分目の前に居るとは思うのだけど、この部屋に入ってから無言のカインとメリア、その様子に灯はドキドキする
今の所、公爵邸に来てから灯を歓迎する人しか居なかった、父方の祖父母エドワルドとシルフィールも例に漏れず優しく暖かい
しかし、突然消えた子供が帰って来たとして快く思わない事情を持つ人だって居るはずだ
今更何を、と・・・、黙り込んでいる母方の祖父母に不安を覚える、今視界が怪しいのもそれに拍車を掛けるが
「あの、」
「アリエットちゃん・・・」
沈黙に耐えられず口を開こうとした時、メリアが灯を抱きしめた
灯の顔が胸に埋まり尻尾もモフリと頬を撫でた
「っ!?」
(何!?この尻尾?え、尻尾だよね、この感触!)
あれ!?、と尻尾のようなものの未知の感触に困惑、固まった。
そんな灯を誤解したのかカインがメリアを窘めた
「メリア、突然黙って抱きしめたからアリエットが困っているよ」
違う、とエルが気付く、別にハグは嫌いではない寧ろ好きな筈だし、驚いてはいるけど疑問の色が濃い
「アリィどうしたの?」
「え、あ、その、エル、このモコモコの感触って尻尾?なの?」
「あ、そこか!見えてないもんね、そうだよアリィ、メリアおばあちゃんは」
「白狐族なの、ごめんなさいアリエットちゃん嬉しくて言葉がなかったの、私はメリア・クオルツ、リリスのお母さん、貴女のおばあちゃんになるわ」
「私はカイン・クオルツ、リリスの父、おじいちゃんだね」
そう言ってカインは優しく灯の獣耳を撫でてきた
「メリアおばあちゃんにカインおじいちゃん?」
「ああ」
「ええ」
「尻尾、触ってもいい?」
「アリィ、初めて会ったおばあちゃんに言う事がそれ!?」
「だって・・・、もこもこのふわふわ・・・」
「ふふ、いいわよ」
「ありがとう・・・」
ソファーに一緒に座る、モフりと胸の辺りに尻尾がさしだされたので撫で回して抱きついた。
ふわっふわだ、暖かいし、最高・・・
ゴロゴロ・・・、図らず喉もなってしまう
「うふふ、小さい頃のリリスを思い出すわね」
「ちょっとお母様、やめて・・・」
リリスが少しだけ恥ずかしそうな声色で言った
「お母さん?」
「ええ、良く私の尻尾を抱きしめてはスヤスヤと・・・」
「へえー、まあおばあちゃんの尻尾って暖かくてフカフカで最高だよね」
「ん・・・、ずっと触れていたいかも・・・」
「あら、気が済むまでいいわよアリエットちゃん、エルちゃんも」
「メリアおばあちゃん、アリィで良いよ・・・」
「そう?ありがとうアリィちゃん」
頭と獣耳をふわふわと撫でられ、抱きついた狐尾の心地良さも相まって眠気に誘われる
「アリィ、眠くなって来た?」
すかさずエルが察した、以心伝心、やろうと思えば心の中で会話出来るほどに繋がりは強くなっている
「ん、」
「ベッドに行こっか、気も乱れてる気配がする」
「んー・・・」
そう言えば身体がダルいかも知れない、折角おじいちゃん達が来てくれたのに
「ごめんなさい・・・」
「いいんだ」「いいの」「ゆっくりしなさい」
謝罪すると周囲から気にするなと言われる
「お着替えを・・・」
「寝室にこのまま運ぶわ」
「ありがとうございますメリア様」
「良いのよ、私がやりたいだけだから」
尻尾に抱きついている灯を優しく抱き上げて寝室へ
「さあ、お姫様の眠りを邪魔してはいけない、サイリ」
「分かってます、母さん、カインさん、別室で話したい事があります、エクスも来なさい、エルはアリィの事を頼むよ」
「はい」
「はーい」
「まさか、アリエットが帰って来たとしか書かれていない手紙を寄越すなんて、サイリ説明して貰いますよ」
「そちらもでしたかシルフィさん」
「あらカインさんの方も?」
「あなた、手紙を送っていたのは見たけど内容何も書いてなかったの?」
「う、すいません、つい嬉しくて・・・」
「皆様、こちらへご案内致します」
大人達とエクスは別室へ移動、エルはと言えばリトラと一緒に灯のドレスを脱ぐのを手伝っていた
「アリィ、こっち手抜いて」
「エルもごめんね、何回も何回も・・・」
「獣人化の不調って数ヶ月から年単位で続くんでしょ?気にしないで、それに一番大変なのはアリィなんだから謝る必要は無いよ」
そう、以心伝心する仲のエルには解っている
慣れてきたとは言え、視力が突然失われる不安な灯の気持ちは伝わっていたのだ
感情の伝達を抜きにしても、獣人化の安定には長期間灯は病人と変わらない、寧ろ病気でない分休めば問題ない現状は特に気にしたものではなかった。
「うん、ありがとう・・・」
灯を裸にしてベッドに寝かせたエルはリトラとマイラに指示を出してドレスを脱ぎ捨てた
「着替えは楽なワンピースを準備しておいて、私も一緒に寝ちゃうから夕食の一時間前までに起きなかったら起こしてね」
「はい」
「かしこまりました」
今は14時過ぎ、夕食まで数時間あるのでひと眠り出来る
灯の獣人化副作用の安定には家族の気が近くにあるのが一番なのでエルは添い寝をする、血が近い程、接する距離が近い程、触れ合う肌の面積が大きい程に症状は落ち着く、母親のリリスでも良いのだが両家の祖父母と積もる話もあるだろう。
サイリがアリィの事を頼むよ、とエルに言ったのは一緒に居てあげておくれという意味だった。
「アリィお待たせ、一緒に寝よ」
「うん・・・」
エルは灯の隣に潜り込み脚を絡めた、お互いに手を背中に回して抱き合い、ベッドの中でぴたりと寄り添う
尻尾もぐるぐると巻き合い、いつも通り眠る体勢を作った。
獣人化の副作用を抑える目的もあるが、二人共にこの体勢が一番ぐっすり眠れる為だ、リリス、エル、灯の三人で眠る時もみんなぴったり寄り添って眠っていた。
互いに温もりを感じ、ほどなくして二人の鼓動が重なり合い夢の世界へと落ちていった。
余談ではあるが、カミィは祖父母達が来てからずっと灯の足下にまとわりつき、寝室にもついて来てベッドの上に丸くなって寝ていた。
まさか、この猫が国宝級の神龍の瞳の化身とは誰も気付かなかった・・・