お披露目
会場がシンと静まり返った
タキシードに身を包んだ公爵が現れ、その両手に華
リリスの見事な金の髪を受け継いだエルが橙色を基調としたドレスに身を包んでいる、大人っぽく、しかしまだ大人になりきってはいない瑞々しい若さを前面に押し出した装いで例えるならば太陽のような、そしてもう一人
「黒獅子の姫君・・・」
灯は白を基調にしたドレス、エステによって肌は白さを取り戻し、艶々と光る黒い髪との対比が美しい
エルとは対象的に落ち着いた印象を与える、まさしく月といったところか。
ドレスのデザインは同じもので色だけが違う
マナーに厳しい貴族達も二人の立ち姿に見蕩れ、口をポカーンと開けているのも無理は無かった。
最初にサイリが足を運んでもらった感謝の言葉を述べ、爵位順に挨拶が始まった。
「初めまして、私はオーリー・ナイツ侯爵、こちらは妻のアメリです。
異界からの御帰還大変めでたく存じます」
壮年の紳士が落ち着いた声で灯とエルに向き合い恭しく挨拶した、主催はサイリとリリスだが主役は灯とエル、この場合、先に挨拶すべき人物はどちらかなどと分からない人間は来ていない。
「ありがとうございますナイツ侯爵、アリエット・ルナリアです、これから宜しくお願いします」
「ナイツおじ様お久し振りです、妹のアリィをよろしくね!」
「はは、エリューシア様はお変わりなく」
灯はガチガチに緊張しているのにエルは変わりなく話している、きっちり着飾っているのに普段と変わりないエルに自分だけすましているのも可笑しくなってしまい笑った。
「ふふ・・・」
「おやおや、これはサイリ殿が我々以外を呼ばないのも納得だ、笑うと尚、愛らしい姫君ですね」
口元を引き結んで凛々しく立っていた灯の印象が全く違うものになる、花の蕾がが綻んだような柔らかい印象を受けたナイツ侯爵の感想はごく自然なものだった
「えっ!いえ、それは本物のお姫様にわるいです・・・」
即座に否定する灯を見て、なるほどと侯爵は微笑み
「サイリ殿とリリスさんも苦労しますな」
「ええ」
「はは、そこがアリエットの良い所ですよナイツ侯爵」
「??」
何故ここで父と母が苦労するのだろうか?意味が分からない。
招待客は厳選した者しか居ないので挨拶は何事も無く一巡し終えた
「アリエット、正真正銘ファーストダンスの栄誉を私に戴けるかな?」
「はい、宜しくお願いします」
手を差し出しそれを受ける、エルはエクスと踊る
サイリの合図に楽団が音楽を奏でた、灯の踊れる曲は少なく基本的なものしか覚えていないが一曲踊れれば十分、サイリのリードは踊りやすい
リードが上級者であれば初心者の灯もそれなりの出来栄えに見えた
「本当に綺麗だよアリィ」
「そう、かな、?」
ダンスしながらの会話は灯にはハードルが高い
必至にステップを踏む灯を優しく導くサイリ
「そうだとも、こうして手を握ると離し難い程の手触りに匂い、髪も一段としっとりサラサラだ」
「これは侍女達が・・・」
頑張って磨き上げた結果で、自分が何かをした訳ではないのだけど
「みんなアリィが好きだから頑張るんだよ」
「だったら嬉しいな、私もみんな好きだから」
サイリと灯が微笑みながらダンスをする様子を周囲は見ていた、サイリが甘い表情をするのは妻リリス、娘エルのみだったが、此処に灯も加わり本当に身内として扱われている事を認識させた。
続けてエルと入れ替わりエクスとダンスをする
「様になってるじゃないか」
「エクスこそ、こういう場ではしっかりしてるんだね」
「うるせっ、アレは忘れてくださいごめんなさい!」
「ふふ、なにそれ」
「俺の道化でアリィの緊張が解れるなら安いもんだろ、どうよ?」
エクスはこれでも公爵の息子、最初の印象こそ悪かったが妹に接している時はとても良いお兄ちゃんをしていた
「あ、ありがと、エクス・・・」
「おう、まあ挨拶は終わったし、あとは適当にダンスして話して終わりだ」
「やっぱり誰かとダンスしないとダメ?」
「ダメって事は無いが、今後の事を考えると何人かとダンスしといた方がアリィは楽になる」
「楽?」
「陛下と父上が認めたと言っても、ぽっと出のアリィは顔が売れてないからな、今後の学園生活も見据えておくと良いぞ、学園に入って誰あれ?となるよりは今の内にその両親に知られていた方が面倒が少ない」
「・・・」
「なんだよ?」
「ううん、エクス、お兄ちゃんみたい」
「みたいじゃなくて、兄貴なの俺はお前の!」
森での出会いから印象が悪いエクスだが、公爵邸で灯が獣人化して再会してからは全く違う一面を発揮していた。
「アリィ、これ」
「う、うん?何?」
「やる・・・」
と、唐突にリボンを複数巻持って来て置いて行ったり
「暇、だからな」
と言っては灯のダンスレッスンに延々と付き合ったり
「エル、教えるお前が間違うなよ・・・、ここはこうだ」
「あ、ごめん!」
エルと勉強している所に顔を出しては教師役を買って出たりと、何かと構うのだ。
「エクス様はシスコンですからね、アリィ様も同様の対象として頼って欲しいし、構いたいんですよ」
とはアルさん談。
「ふふふ」
「何笑ってんだ?」
「エクスって・・・、あの時と本当に印象違くて」
「悪かったって、焦ってたんだよあの時は・・・」
「焦ってた?」
「ああ、まあこの話はこの場に相応しくないから、その内な」
「うん」
エクスとの曲が終わって次の曲が始まる、ふと周囲を見るとサイリからエルが離れて入れ替わるようにリリスとステップを踏み始めていた。
二人共こちらを見てパチンとウインクしてきた、エクスに任せるといった所か?
「俺達は一度エルと一緒に飲み物でも飲んでひと息つこう、すぐにとは言わないが落ち着いた頃合をみてダンスに誘われるからな?」
「う、うん分かってる」
家族とダンスするのと他人とダンスするのでは気の持ちようが違う、少し灯に緊張が戻って来た。
「気張りすぎなんだよ、良いかこの場にいる人間は皆アリィが異界還りして来たと知っている、全く生活も文化も違う所から来ていると承知しているからアリィのドジのひとつやふたつ、足を踏まれるのも笑って許す、気にすんな」
「ん、ありがとうエクス」
「お兄ちゃん偶にはいい事言うね、アリィ綺麗だったよ!」
エクスが気楽に行けと言っている所に、エルが来て灯に抱き着いた
「ありがとう、エルこそ大人っぽくて素敵だよ」
「取り敢えずひと段落だな、ほら飲み物」
「「ありがとう」」
近くの使用人から飲み物を三つ受け取りエルと灯に手渡すエクス、アップルジュースは灯に、オレンジジュースはエルに、もちろん好きな物を選んで渡している、そんなエクスに二人のお礼の言葉が重なった。
「おう」
少し照れるエクスだが満更でもなさそうだ。
そこへ先程挨拶を交わしたナイツ侯爵夫妻が来た
「やあ仲良いねエクス君達は、ウチの子達も君達を見習って欲しいよ」
「ナイツ侯爵、どうなされました?」
「なに、黒獅子の姫君のエスコートをサイリ殿から頼まれていてね、私が最適なのだと御指名頂いたんだよ」
「成程そういう事ですか、アリィ行っておいで」
「え?」
どういう事なの?と困惑する灯に、手を差し出す侯爵
「どうかわたくしめとダンスを踊って戴けるかな、アリエットさん」
侯爵の横に控える奥さんを見るとコクリと頷き微笑まれた、どうやら何かしらの予定調和らしい
「宜しくお願いします、ナイツ侯爵」
侯爵の手を取る灯、この流れは全て意味のある行動であった。
身内以外とのファーストダンスは特別な意味を持つ、それこそ灯が歳頃の男性の手を取ったとなれば交際への足掛かりとされてしまうが
しかしナイツ侯爵は長年妻と寄り添い、身持ちの硬い真面目な人格者として社交界では知られている。
灯の立場を考えると身内以外では最も相応しいファーストダンスの相手だといえるだろう
「あの、足踏んだりしたらごめんなさい」
「ははは、アリエットさんはそんな事気にしなくても良いよ、身内以外でファーストダンスのレディに恥はかかせない、それこそ貴女の様な可愛らしい姫相手なら誉というものだ」
侯爵の瞳は穏やかで優しい、音楽に合わせてゆっくりとダンスを始めた
「ありがとうございます」
「いやいや、それにしてもルナリア公爵家の女性は本当に美しい、今回のお披露目も招かれたのは各家の当主とその妻のみと言うのも頷ける」
「え?」
「エリューシアさんが年々美しくなっていき、想いを秘める令息は多いと聞きます、そこへアリエットさん貴女だ、明日からルナリア公爵家には太陽と月の姫君が居ると評判になるでしょうね」
「ええっ」
「サイリ殿もエクス君も貴女を褒めてはいませんでしたか?」
「褒められましたけど・・・」
それは身内の欲目と言うものでは?と疑問に思う
「事前にサイリ殿から貴女の話は聞いております、杖の事も」
「あ、でもその割にはナイツ侯爵は・・・」
「この歳になると身の丈というものが分かりましてね、私は今のままで十分、ですが貴女の価値は貴女が思う以上に高く見られていますよ」
ナイツ侯爵は特に利益を求める事はしない、だけど他の人はそうもいかないでしょうと教えてくれた。
「それに好きな方が居るのでしょう?」
「へえっ!?」
唐突に話が変わってダンスを間違い掛けた
「ふふ、サイリ殿が苦い顔をして言ってましたから」
「は、はあ」
「サイリ殿の第一は家族の幸せ、これに尽きますがそれを理解している貴族はどれだけ居るでしょうかね」
「あ」
公爵という地位にありながらサイリの考え方は貴族として異端である、利益のみか子供の幸せを願いつつも利益も取ろうとするのが通常の貴族、それを良しとしないサイリとリリス。
本人の望む望まないに関わらず、他所からの干渉や欲をかいた者は居ますよ、ここはそういう世界です、お気を付けて。
そう言ってエクス達の元までエスコートして侯爵様は離れて行った。
「・・・」
「どうだった?」
「ん、貴族って面倒だな、って」
「あ、それは賛成」
「はは、まあエルとアリィは気にせず好きに生きればいいさ」
「エクスは?」
「俺は俺で好きにする、それだけだ」
「へえー・・・」
エクスはエクスで色々と考えているようだ、少し見直したかも。
その後ナイツ侯爵と灯のダンスを見ていた他の貴族達から次々とダンスのお誘いが殺到、灯は目を回していた・・・