戦う為の服
「エルとアリィにはこれから格闘術の手解きをサイリとエクス、セバスから受けてもらいます」
「うん」
「そこで、専用の服が有るので先ずはそれを仕立てます」
「専用の服?」
「ええ、戦装束、獅子の種族衣装になります、説明するよりは見てもらった方が早いのでエルに着替えて来てもらいました、エル!」
「はーい」
「えっ!?」
リリスの合図で現れたエルの格好は・・・
「肌色、多い・・・」
アラビアンナイト風のシルエット
指抜きのレザーグローブ、首には幅広のチョーカー、髪は動きやすさ重視でポニーテール。
バルーンパンツのように足下までダボッとした物ではなく、脛の中程でキュッと引き絞られた七分丈の白いパンツに
靴はサンダル?
トップスはピッタリとした素材の黒いタンクトップに、上着は袖が肘までのレザーショートジャケット、お腹周りと臍は丸出しだ。
くるりとエルがその場で回る
「おし、おしりっ!」
獣人の生命線である尻尾周辺はパンツが逆三角形に切られていて、お尻の割れ目が際どく、
「見えてる・・・」
コレ、私も着るの?
露出が多くて自分が着た姿を想像出来ない
「これ、本当に戦いの為の服なの・・・?」
「ええ本当よ」
ええー、戦闘服なのに脛は出てるし、履き物はサンダルだし、お腹全部出てるし軽装過ぎるような、本当に・・・?
「どう?似合う?」
「う、うん似合うよ」
活発な印象のエルは肌の露出が多くてもいやらしい感じになっていない、美しく格好良い、様になっていた。
「・・・」
「どうしたの?」
「露出が・・・」
「動きやすさ重視だからよ、エル少し見せて上げなさい」
「はーい」
ペタリと股割りするエル、前後左右脚を床に付けたままで柔軟性を示す、確かに動きを阻害しないような造りになっていた。
「私、そこまで身体柔らかくないけど・・・」
「あら?アリィ獣人になってから柔軟してない?出来るわよ」
「ええっ!?」
「ほら、やってみなさい」
「え、え、待ってお母さん、無理無理!裂けるから!それに、ほら!ドレスだし、ね!」
「大丈夫、誰も見てないし、いけるから!エルも手伝って」
「うん、ほらアリィ!」
「あ、無理無理、絶対無理だって!」
「えい♪」
ドレスのまま床に座らされ、グッと二人に力づくで押された
「きゃあああーーっ!?・・・アレ??」
ベタリと180度開脚しても痛くない、そのまま前に上半身を倒されるも
「痛くない・・・」
股割り股関節も縦横自由自在、腰も肩もグリグリと可動域が全然違う、自分の身体なのに自分のものじゃないみたいだ。
「ね?」
「うん・・・」
「アリィ、こういうのも出来るよ」
エルは立ったまま後ろに反る、そのままで真後ろに両手を着いて、トンと床を軽く蹴りゆっくりとバク転した
「や、無理・・・」
「いけるから!ほらほら!」
「無理だって!バク転なんか出来る訳ないでしょ!」
「大丈夫よー」
ガシリとリリスに両足首を掴まれる、そしてエルにドンと突き飛ばされた
「えい♪」
「またっ!?」
ペタ・・・
「・・・」
着いた・・・、真後ろに、両手・・・
「アリィ、そのまま軽く床を蹴りなさい」
「うん・・・」
言われた通りトンと軽く床を蹴る、するとクルリと苦もなくバク転出来た。
「なにこれ・・・」
「意識しなくても身体が動くのよ、投げ飛ばされても勝手に身体が動いて受け身と着地出来るはずだから」
「凄い・・・」
自分の人間としての経験では股割りも出来ないし、バク転も出来る訳が無い、しかし今勝手に身体が動いた、身体は柔らかい、バランスは崩れない、バク転も途中で止めて倒立出来るかも知れない・・・
ちょっとわくわくして来たかも?
「採寸しましょう、ベル」
「はい」
やっぱりアレ着るのかぁ・・・
お世話されている事もそうだし、カラフルなドレスにも慣れて来た、自分には合わないと思っていた色が実は合う、着れる、と灯は次から次へと自分の知らない自分になる事が少しずつ楽しくなってきていた。
だがヘソ出しのようなスタイルを見せ付けるコーディネートこそ本当に経験が無い
大丈夫かな・・・
不安半分期待半分、これまでは着る前から拒絶していた灯も今ではおしゃれをする楽しさを感じてきていた。
「失礼します」
「う、はい・・・」
だからと言って人の前で裸になるのはまだちょっと・・・
「どれ位で出来上がる?」
「戦装束は戦闘服ですので少しお時間が掛かります」
「構わないわしっかり作って、あとお披露目の日程も決まったからそれ用のドレスも三着お願いね」
「腕が鳴ります!」
「あ、はは・・・」
何かある度にドレスを新調、しかもまだ成長期も終わってないからサイズ直しと更なる新作も予想される。
「エルとお揃いか対になるようなドレスいける?」
「勿論、既に数パターンをデザインに起してあります、後ほどお見せします」
「流石ねベル、頼りにしてる」
自分の身体能力に驚く灯をよそに戦装束とお披露目用ドレスが作られる事になった。
だがエルの一言に凍りつく
「アリィ、学園楽しみだね!」
「え・・・」
「ん?どうしたの?」
「・・・学園、」
「うん、三、四ヶ月後かな?魔法学園入学進学式、丁度新学年で良かったね」
「・・・」
顔色が悪くなる灯、思い出されるのは地球での出来事・・・
リリスはベルと打ち合わせをしながらも全神経をエルと灯の会話に集中させて聞いていた、何れは来る話だが期せずしてエルが言い出した、どうなるか・・・
「アリィ?震えてるけど・・・」
「な、なんでもない・・・」
「アリィ、こっち見て」
灯の両頬を手で挟みグイッと顔を持ち上げるエル
「なんでもない訳ないでしょ、私に嘘は吐かないでよ、何かあったの?」
「う・・・」
目が泳ぐ、逡巡した様子だが、我が身の半身エルに嘘を吐く方が嫌だと観念したのか
「学校、怖いの・・・」
「なんで?」
「いじめられたから・・・」
「この世界にいじめた人居ないよ?それとも居るの?魔法都市に」
「居ない・・・」
厳密に言うのならば王国には居るのだが
「じゃあ、何が怖いの?」
「またいじめられるのが・・・」
「大丈夫もういじめる人は居ないよ、それにアリィは私が守るから、アリィは私を守ってよ、ね?」
頬から手を離し抱きしめる
「・・・うん、・・・エルが一緒なら」
「お母さん!私とアリィ同じクラスだよね?」
「そうね、きっとそうなるわ」
当然の如くエルとアリィを別のクラスにはさせない
ついでにクラスメートも選定させてもらいましょうか、と考えるリリス。
そも、前提条件として公爵令嬢をいじめる者など居ない
何かと嫌味を言ったり、妬み嫉みは多少なりとも有り得るが怒らせたら終わる相手だ、まともな思考の持ち主なら先ず無いだろう。
「公爵位がアリィを守るから、学園に行きなさい」
と言って行かせるのは簡単だ、きっと娘は頷く。
だがそれは本人の為にならない、そんな状態でもしまかり間違って「何か」があったら今度こそ心が折れてしまうかも知れないし、サイリとリリスに不信感を持つ事も・・・
愛する娘に疑われる様な事になればなんて考えたくもない。
だからこそ本人の意思で学園に行きたいと言えるように見守っていたリリス達
事の次第を知らないエルが(多少)強引にだが、灯に発破をかけつつ絶対的な味方と示し学園に行くと引き出したのは、灯に一番距離の近いエルならではだった。
リリスやサイリが「大丈夫、学園に行ってみないか?」と言っても、一緒に学園に行く訳にはいかない
対してエルならば「私と一緒に行こう?」と言える、灯が「じゃあ、行ってみようかな」となるのはどちらと問われれば当然後者である。
最初にエルに言ってもらおうかとも考えたサイリとリリス
結局は何もエルに言わなかった
自分達の意図が少しでも混ざれば、エルの純粋な気持ちからの話にはならない。
だからこそ学園に関しては見守る事に徹していた
そうしてエルの純粋な想いは灯を動かす
「学園、行っても良いかな・・・」
「ええ、アリィが行きたいなら」
「決まりね!一度学校再開する前に見学しに行こうよ」
「その前に入学テストも有るから、エルが教えてあげなさい」
「はーい、アリィ頑張ろうね」
「うん」
テストは形式的なもの、異界から来た者に対して国語や歴史、社会学をテストさせても出来ないのは当たり前
基本は面接で性格や人となりを確認、魔法実技と体力測定等を行うだけだ。
とは言っても頭の中身がスッカラカンで入学しては授業に支障をきたすので、灯の場合はしっかり勉強する必要があった。