兄
兄エクセリオン、エクスが帰って来る。
灯と共に屋敷に入り、灯が獣人化の第二期激化に突入して意識を失っている間に父サイリの説教、鍛え直して貰うため魔法騎士団に行っていた。
獣人化してから顔を合わせるのは互いに初めて、出会いがあまり良くなかったのでイマイチ気が乗らない・・・
「ただいまー」
「おかえり」
「おかえりなさい」
「おかえり、お兄ちゃん」
「おかえりなさい、・・・エクス」
「・・・おう」
なんと声を掛けていいのか迷ってしまって灯もエクスも気まずい。
「ただいま戻りました、アリエット様は無事に獣人になられた様ですね、おめでとうございます、とても可愛らしいですよ」
「ありがとう、アルさん」
そんな所に護衛のアルは帰還の挨拶と共に、さらりと褒め言葉を口にする
「アレだよ、アレ!お兄ちゃん」
「ぐ、いや、しかし妹に・・・」
エルに脇を啄かれるエクス、アルはイヤミ無くこういった
振る舞いを自然にするので見習えということだ。
「何?エクスまだ引き摺っているの?」
「いや、俺騎士団に行ってたし・・・」
「時間見つけて会いに来て謝れば良かったじゃない、朝から晩まで戦い続ける訳じゃないんだから」
「う、はい・・・」
「仕方ない子達だな、アリィ、エクスは偶にバカをやるからね、いちいち気にしていると大変だから一発殴って許してあげなさい、エクスもそれでいいね?」
「えっ!?」
「はい」
サイリの提案は何とも脳筋的な発想である
「偶に?」
「割と、」
「私は結構、だと思いますが」
「・・・」
リリス、エル、アルにボロボロに言われるが身から出た錆、しかも定期的に出した錆でもあった、良くも悪くも真っ直ぐなエクスは考える前に動く、結果やらかす事が少なくない。
サイリは灯が大して怒っていなくて、兄妹としてやって行く切っ掛けを探っているだけだと思っての提案だ
「でも・・・」
「良いからやりなよアリィ、獣人にはそういうケジメもあるって事でさ」
「そうだ、アリィ気にするな、妹のパンチで怪我する程俺は柔じゃないぞ」
「う、うん・・・」
それが獣人風と言うなら、と拳を握り締める
「・・・エクス様、気を通して全力でお腹に力入れておいた方が良いですよ」
アルがそっとエクスに耳打ちした
「あ?アルは相変わらず心配症だな、妹の一撃くらい大した事無いだろ」
「知りませんよ、どうなっても・・・」
「さ、来いよ!」
取り敢えずグッと腹筋に力を篭めるエクスに灯のパンチが突き刺さる
「じゃあ・・・、えい!」
ドム・・・、鈍い音が響く
「・・・な?何ともないだろ、アリィ会った時はゴメンな、これから宜しく」
「うん、宜しくエクス・・・」
「さ、これでもうお互い言いっこ無しだ、エクスには話があるから着替えたら私の部屋に来なさい」
「はい父上」
エクスは灯の頭を優しく撫でてスタスタと自分の部屋に戻る、後ろにはアルが着いていく
ガチャ、パタン・・・
部屋の扉をアルが閉めた
「・・・」
「・・・」
「ゲホッ、ぐほっ」
途端に噎せ返るエクス、的確に鳩尾に入ったパンチが効いている、勿論灯は狙って殴った訳でもないし、痛い目に遭わせる為に力を入れた訳でもなかった
ただ自分の力を知らないだけだ。
「だから言ったじゃないですか」
「な、んだアレ・・・」
「エクス様忘れてません?アリエット様は黒獅子だって事」
「・・・忘れてた」
「はあ全く・・・、でも良く耐えましたね」
「意地・・・、妹にノックアウトされてたまるか」
「「えい」って言ってましたよ」
「なんだよ「えい」って、人族だったら簡単にぶっ倒れる威力を「えい」って!」
「これからエル様もアリエット様も格闘術習うらしいので、気を抜いていると負けますよ」
「ぜってー負けねえ・・・」
その後エクスは父サイリに手合わせを頼む事が増えたという。
呼ばれていたので、さっと汗を流し着替えてサイリの部屋へ行く、そこにはリリスも待っていた
「で、話とは何ですか父上」
ソファーに座り紅茶を口に含むエクス
「婿養子取る事にしたから」
「ブーーッ!!」
唐突なサイリによる婿養子宣言、エクスは勘当かと驚き紅茶を盛大に吐き出した。
「ちょっとエクス汚いわよ!」
「ゲホッゲホッ!すいません母上、いやそれより!俺は!?」
長男のエクスが居るのに婿養子を取ると言われれば、焦りもする
「ん?ああ、ごめん違うんだ、エクスはそのまま何も変わらないよ、エルとアリィに婿養子を取らせるだけだ」
「は、はい?」
「そうしたら二人共一緒に居られるだろう?」
「そ、それだけですか?」
父が娘を溺愛しているのは知っているが、たったそれだけの為に外に出さずウチに留める為に婿養子を取るのか・・・
「それだけとはなんだ、死活問題だよ」
「まあ、良いですけど、アリィの婚約者決まったんですね、誰です?」
「瞬君」
「あー、瞬か」
なるほどと納得する
「驚かないのね」
「それはまあ、アリィはそんな感じかなと見え見えだったので・・・、エルの相手は誰です」
今度こそと紅茶を飲むエクス、だが衝撃はまだ終わらない
「瞬君」
「ブバッ!!?」
「エクス!汚いわよ!いい加減にしなさい」
「う、ゲホッ、ゲホッ、二人共瞬ですか?」
「うん」
「何故・・・」
「エルが一目惚れしたし、アリィもベタ惚れだから」
「アリィは元々そんな感じはしましたけど、エルも?」
「森の戦いでビビっと来たらしいわね、あとアリィと一緒に居られるのも大きいみたいだけど」
「大丈夫なんですか、姉妹で瞬の取り合いになって仲悪くなったり」
「大丈夫なんじゃない?」
軽すぎる・・・、本当に大丈夫なのだろうかと不安になるエクス
「大丈夫よ、エルもアリィも仲良いし、アリィも了承したから、ほら見なさい」
リリスが窓の外を示す、立ち上がって窓際へ行き外を見ると中庭のベンチにエルとアリィが並んで座っている。
一冊の本を指差しながらエルが教えているようだ
「なんか、距離近い・・・」
肩をピタリと寄せ合い、寄り添って金の尻尾と黒の尻尾が背中の後ろで螺旋状に絡み合っている
「恋人みたいね、うふふ」
「双子だから不思議な繋がりが有るのだと思うよ」
「まあ、エルとアリィが良いなら俺は何も・・・」
本人達が良いなら構わない、幸せの形は人の数だけあるし獣人は一夫多妻が可能だ
しかし一夫の所に双子を二人共嫁ぐのは聞いた事がない、貴族としてはメリットがないからだ
縁を結ぶならそれぞれ違う家に嫁がせた方が利があるのだがサイリはそれに囚われない、娘の幸せが第一、これは何があっても変わらないと思われる、それこそ爵位を捨て国を捨てても構わないと思っているのだろう。
「それよりエクスこそ人の心配より二、三人お嫁さん連れて来ても良いよ」
「いや俺の場合そんな簡単に・・・」
一応次期公爵だし、ナンパして来いみたいな軽いノリで言われても、寧ろ父母で相応しい人を連れて来たりとかしないのか・・・
「大丈夫、ダメなら家が落ちて行くだけだし、貴族でなくても楽しく暮らせるさ」
「いや、俺の代でルナリア公爵家無くなるとかイヤですから、これでも誇りに思っているんですよ」
「そうかい、前にも言ったが家に拘る必要は無いからね」
「俺はこの道と決めましたから」
サイリがエクスの頭をグリグリと撫でる、荒っぽいが男同士はそれで良い。