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城内③

サイリの耳に届く娘の声、獣耳がピクピクと動き話が止まった事でアレクが声を掛ける

「ん?どうした?」

「アリィの声が聴こえる」

スタスタと窓際に歩み寄り、バルコニーへと出る。

すると丁度眼下の庭園でクインが案内している所が見えた

「サイリ、よく聞こえるな・・・」

室内、しかも王の私室は防音もしっかりしている

そこから下の庭園での話し声に気付くのは、同じ黒獅子でもアレクには拾えない音がサイリの耳には届いていた。

「私が愛する娘の声を聞き逃す事など有り得ないからね」

「愛を理由に言われても納得出来る距離では無いんだが?」

アレクでは口元の動きを見て読み取るのが限界の距離だ、音は拾えない。

「でもマーガレットの声なら聴こえそうな気はしないかい?」

「・・・する」

確かに愛娘の声ならどれだけ離れていても聴こえそうな気がした。


下ではクインがアリィに話をしている

庭園をあれやこれやと指差しながら楽しそうに歩く姿は本当に目の幸せだ、季節柄少し質素な様子の庭だが赤いドレスを着た娘が彩りを添えている

「うん、今度はリリスとエルも一緒に連れてこよう」

四人で春先の鮮やかな庭を見るのも悪くない

エクスは?とわざわざ聞かないアレクとルーク、息子には割とドライでスパルタなサイリを知っているからだ

「おお、偶には遊びに来いよ、呼んでも来ないし暇なんだよ!」

「暇って・・・」

「暇ならば仕事をもっと入れておきましょうか」

「止してくれよ!暇って、そういう意味じゃないからな!」

「冗談です」

ルークの言葉にヒクヒクとアレクの頬が引き攣る、絶対にあわよくば仕事を増やそうとしていた事が解る。

ク、とアレクを笑っていると庭園から何やら騒がしい声が聴こえてきた。




クインさんと恋愛の話やお茶の話をして盛り上がっていると、離れた所から怒鳴りつける声が近づいて来た

「バカものが!貴様のせいで無駄足を踏んだわ!」

「申し訳ございません・・・」

怒鳴り声に話が途切れてしまう、思えばこれが良くなかった

丁度生け垣を挟んで向こう側から来たようで、こちらの存在に相手が気付いていない、そして叱責する声が止まらない

こちらに気付いていれば人前で相手が使用人とは言え、声を荒らげ続ける事も無かったかも知れない。


先程までの楽しい気持ちはどこかへと消えてしまう

他人とは言え、大声で叱責している場面はどうしても萎える

「アリエット様、そろそろサイリ様の所へ戻りましょう」

小さな声で移動を勧めるクイン

此処は王の庭、そこに居るということは少なくとも高い爵位が必要だ。

最低でも伯爵、この場を収めたいと思っても灯は公爵の娘

、灯自身が爵位を持っている訳では無い

勿論それでも公爵家の威光は力を持つがお披露目前の灯がでしゃばっても余計なリスクを負うだけだった


クインが割って入って止める事も出来るが、他家の事情に首を突っ込むには理由が弱かった。

貴族が使用人を叱責して何が問題なのか、身分が全てモノを言う、何故怒鳴られているかも解らない為わざわざ止めに入るには理由が無い、余計な問題が起きる前にこの場から離れた方が一番良いと判断していたその時

「今日は陛下に会うから手続きをしておけと言っていただろう!」

「ですから事前に陛下は本日先約があると・・・」

「黙れ!言い訳など聞きたく無い!」

「あうっ!」

「きゃあ!?」

バキバキと薔薇の木が折れ侍女と共に倒れて来た、灯は驚き反射的に一歩下がるが直ぐに倒れた侍女駆け寄る

「大丈夫ですか?」

「うう・・・」

侍女は殴られたのだろうか頬が赤く腫れている

頭も打ったのか視線が揺れていて定まっていない。

「なんだ貴様は、盗み聞きか?」

「えっ!?」

「いいえ、其方が後から来たのですよラード伯爵」

言い掛かりに近い物言いにクインがラードの視線から灯を庇う

(最悪だ、豚野郎とアリエット様を会わせてしまうなんて)

思い切り毒づくクイン、伯爵の見た目はブクブクと太っていて十人が見たら十人全員が豚と言う程の体型、そして顔に浮かぶ脂と汗、こんなのが貴族とは!と言いたくなる

しかし、ただ見た目がそれだけで豚野郎と言われる事はない、この男がそう呼ばれるには他にも理由があった。

性格がとことん悪い、今のように女性を殴るし言動も酷く他の貴族との付き合いも表面上だけにすぎない

「ふんクインか、退け、女!名は」

「え?」

侍女の心配どころか無視して名を尋ねてくる尊大な男に、灯は呆ける

()()()いけません、言われて貴女から名乗る必要などありませんから、伯爵お嬢様は貴方より遥かに貴い方です言動には気を付けるように」

と、貴い?

しかもついさっきまで名前で呼んでいたのに突然お嬢様呼びになった、これは名前を教えるなって事だよね?


「貴いと言うならばワシこそ王家の血があるのだが?」

「えっ!?」

王家の血って、この人アレクさんと親戚なの?

全然似てない・・・

アレクさんは穏やかな目をしている、お父さんと似た眼差しをしていて優しい、初めて会った時も身長が低い私に目線を合わせて挨拶してくれたし

この伯爵?、ねっとりと人を観察しているようで少なくとも好意的な視線には見えない、見た目で判断するつもりは無い、太っている事を差し引いてもお世辞にも「いいひと」とは言えないだろう。


「・・・」

ギリと歯噛みするクイン

(何かあればこれだ、王家の縁者の様に振舞い無理を通す姿のどこに貴さがあると言うのか)

1mlでも血が通っていれば確かに「王家の血」と言うのも嘘ではない、しかしこの男は十何世代前もの話を今代の王家の縁者の様な言い方をしていた。


「それで娘、名前は」

「・・・」

どうしよう、クインさんが「王家の血」とやらを否定しないので多分本当に縁者なんだよね

それでも相手を知った上で名乗る必要は無いと最初に言っているし、此処は黙っていた方が良いのかな?

バキッ

悩んで黙っている灯にしびれを切らしたのか、ラードは倒れた木を踏み付け近寄る


「そこまでだ、ぶ、ラード伯爵」

「サイリ様!」

「お父さん」

いつの間にか灯のすぐ隣にサイリが立っていた

王の私室のバルコニーから飛び降りて来たのだ

優しく灯の頭を撫でて微笑むのも一瞬、ラードを冷淡な目で睨み付けた

「お父さん?」


「小僧がワシに命令・・・」

「黙れ」

サイリが一喝すると周囲の空気が凍り付いた

「ラード伯爵、貴殿は王家の血を引いているといった事を吹聴しているようだが、」

「そ、そうだワシは、っ!」

サイリの睨みが更にキツくなる、二度も同じ事を言わせるなといった所だろうか

「貴殿が王家の血を引いていると言う事を王家は認めていない、それ以上事実と異なる事を言ったら処罰せねばならなくなるが」

「ワシは実際王家の血を引いておる!嘘ではない、家系図を遡れば・・・」

「そのナリでか?」

サイリには珍しい嘲笑だがそれも無理は無かった

ラード伯爵には獅子の獣耳も尻尾も無い、つまり獅子の獣人ではないのだ。

「ぐっ!!」

十数世代前、確かにラード()()()には王家から姫の一人が降嫁された事実がある

第五妃の三女が嫁いだ、当時ラード侯爵家に獅子の獣人が産まれているのも確認されているが、その後獅子の血は薄まり数世代前にはラード家一族全員が人族となっている。

当然だが降嫁された時点で継承権も放棄されているので、獅子の血が絶えて等しいのに今代で王の血筋を自称するのはいい笑い者だ。

当時侯爵家だった家も先代と今代で大きく評判を落とし最低限の成果も上げられない為に爵位を落とされている


ナリと揶揄したのは獅子の獣人の証である獣耳と尻尾、そして太った外見でもあるが・・・

「不愉快だ、娘の目を穢すな」

「む、娘!?いや!王家の血筋だワシは!たかが公爵家のひとつが偉そうにっ、ひっ!」

「仮に・・・、仮に王家の血を継いでいるとしよう、だがそれでも貴殿は伯爵、伯爵が公爵家に意見するとは相応の覚悟を持って言っているのだろうな?」

そう、過去に王家の血を受けているからと言っても今はいち伯爵、筆頭公爵のサイリに刃向かう事は貴族としての終わりでもあるのだ

不服だと訴えよう、王の信認厚いサイリと近年爵位を落としたラードでは話にならない。

決闘で黙らせるか、どんな代理を立てようともサイリを超える人物が居るとは思えない、そも相手を知れば代理さえ受けもらえるかも怪しい。

顔を怒りで赤くしたかと思えば、青くなり、そして白くなり黙り込む

「失せよ、今ならまだ許そう、今後改めよ」

「ぐっ、むぅっ!」

ギリギリと歯軋りが聴こえてきそうな顔でラード伯爵はそそくさと去って行った

「ラード伯爵!侍女を!」

クインが侍女を置いて行くラードを咎めるが

「そやつはクビだ!」

そう一言だけ言い捨て消えた


「なんて男だ!」

「まったく・・・」

はああ・・・とクインは怒りをサイリは呆れを溜息に乗せて吐き出した。

灯は驚いていた、父サイリの貴族としての顔は初めて見た

屋敷の中では只管だだ甘な父しか知らない、王アレクの前でさえも変わる事は無かった父。

ジッとサイリの事を見つめていると・・・

「あっ、アリィ!?今のはっ!」

サイリは焦った、貴族の家に来たばかりの娘に貴族の厳しい現実を見せてしまった

何れ教え見せるつもりはあったが、未だ早いと考えていた

この事でサイリが心配したのはただ一つ、「貴族は怖い」と思われる




事ではなく、「お父さん怖い」と思われる事だった。

焦る、本気で焦るサイリ、娘に面と向かって「怖い」なんて言われて引かれたら死んでしまう・・・

そう本気で思っている。


サイリを見たまま無言の灯

「アリィ・・・、怖かったかい?」

誰が、とは言えなかった、恐ろしくて。

「ううん、お父さんカッコよかったよ」

「そ、そうか・・・」

内心は全力で肺の空気を吐き出す程に安堵のため息のサイリ

「お父さん強いんだね、私も、強くなれるかな?」

「ん?」

勿論、灯の言う強さとは物理的な力の話ではない

サイリは()()()を付ける、恐らくは精神的な強さ、いじめに負けない、今サイリの毅然とした姿に思う所があったのだろうか?と。

「強くなれるよ、それに今でも十分強い」

「え?」

「アリィは公爵家、私の娘だ、公爵家に逆らう者なんて居ないんだよ」

サイリの言い様では権力で押さえ付けてしまえとも受け取れるが、娘が無為に力を揮わないと信じているからこその言い方だった、過ごした時間は短いけれど神器・神龍の杖を持ちながら驕る事の無い姿勢と屋敷の過ごし方、使用人達の様子を見れば判る事。

「・・・気を付けるよ」

意味を理解したのか灯は顔を引き締めながら言った


ほらね、頭の良い娘だ、とサイリは満足した。

嬉嬉として権力を揮うならこんな言葉は出て来ない

優しいからこそ相手がどう思うかを先に考える、力の意味を知っているのだからアリィは大丈夫、似た理由からエルも大丈夫だ、エクスはどうだろうな・・・

当然だが次期公爵たる息子には厳しいサイリ、優しく灯の獣耳を撫でて抱き上げた。

「わ!?」

「さ、帰ろう」

「疲れてないよ?」

「だめ、今日は初めて外に出ていっぱい歩いたろ?良いから大人しくしてて」

「う、うん・・・」

「姫、どうか私に貴女に触れる栄誉を・・・」

「あははっ、もう触れてるけどお願いしますサイリ?」

「有り難き幸せ」

仲睦まじい様を見せ付けるサイリとアリエットに目を細め微笑む、バルコニーからも一連の流れを見ていたアレクが優しい眼差しで見守っていた。



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