城内①
「さあ、用事は済んだ事だし帰ろうかアリィ、リリスも心配して待っている筈だ」
「いやいやいや、待てサイリ!」
さっさと帰ろうとするサイリを止める王アレク
ルークは慣れているのか「また始まった」とばかりに苦笑している。
「なんだ?用はもう無いぞ」
「いくら級友と言っても、王に対して用がないとか失礼過ぎるだろ!」
二人の気軽さはそれだけ仲の良さを表している
公の場でだけ貴族、王として取り繕えばそれで構わんだろう?というスタンスだ。
「はあ、なんだ?」
「詰める話があるだろ、残れ」
「アリィは?一人には出来ない」
「クインに付いていて貰えば良いだろ、城の中なら安全だし散歩しても構わん」
「いやしかしだな」
アリィの前で「お前の息子がアリィに敵意を向けたんだが?」とは言えない、せっかくクインの機転で余計な悪意から上手く隠し切ったのに・・・
「お父さん、私は大丈夫だから」
「ぐ、分かった、アリィ良い子にしているんだよ、クインから離れないようにね」
気を遣ってくれた娘の言葉に折れるサイリ
(こいつ、本当に嫁と娘限定でチョロいな・・・)
アレクは級友の変わり身具合に笑い出すのを必至に堪えていた
「うん」
両肩に手を添えて言い聞かせるサイリ、アリィは何かと隙が多いので心配で堪らない。
「おいで神にゃん」
「にゃ」
声に反応して神龍の瞳は猫の姿に戻り、灯の胸に飛び込む猫
先に灯を外に出し、サイリとアレクは話し始めた。
「何処まで公表する?」
「異界還り、神龍の杖、冒険者ランクで良いだろ」
「魔法に関しては?」
「必要になったら、または今後の人生の中で認知されるまでは何も」
「サイリ、余計な事かも知れないがあの子は大変だ、黒獅子の中でも一段とな」
「分かってる、その為の婚約でもある、でも元々アリィが想いを寄せていた相手だから政略的な理由は全くない」
「あのテの子は一周回ってモテる、今時の子は強い女の子ばかりだからな、一昔前の貴族の姫らしい小柄な体格の可愛らしさ、大人しくて従順な性格、そして身の回りを固める余計な付属物」
公爵の娘、黒獅子、異界還り、神龍の瞳、高ランク冒険者と灯本人を好きとも何とも思っていなくても妻に!と思う貴族や国は多いと予想された。
「あの子の芯はとても強い、それに物理的にも強くなるから問題無いさ」
「物理、ね、しっかり加減は教えろよ・・・」
呆れるアレク、セバスもサイリも何かと公爵家の者達は加減が下手で騎士団から何度も嘆願書が届いていた。
今もエクスが武者修行で騎士団に滞在していたが、下っ端の騎士は死屍累々、相手が出来るのは騎士団でも上位の者達と副団長、団長、ひと握りしか居ない。
ぶっちゃけてしまうと荒らされていた・・・
「で、エルちゃんは?」
「一目惚れ・・・」
サイリがガクリと肩を落とす、子供の幸せを最優先と言っても寂しいものは寂しい・・・
「今度、酒奢るぞ・・・」
「ああ・・・、アレクの時は私が奢ろう」
「やめろ!聞きたくない!俺のマーガレット!」
アレクにも子供が二人、息子ロウラーと娘マーガレット、どちらも灯と同じ年齢で年子の兄妹、アレクも例に漏れず娘を溺愛していた。
ガチャ・・・、王の私室から灯が一人だけ出てくる
「アリエット様、お一人ですか?」
「はい、まだ話があるみたいです」
「そうでしたか、昼食にしても少し早い時間ですし、客間でお待ちになりますか?」
「アレクさんには城を散歩しても構わないと言われたので、少し見てみたいのですが・・・」
「お供しましょう、何処か御希望はございますか?」
王の名を「アレクさん」と呼ぶ、近所の知り合いを呼ぶような調子の灯にクインは内心驚いた。
(いや、王が許したのだから構わないのだろう)
思い直す、同じ黒獅子同士で通じるものもあろう。
「お任せしても良いですか、迷いそうで・・・」
それもそうだ、王の間に近付けば近付く程簡単な間取りになり、遠ざかると複雑な道となる城内、初めて来た人間には迷路と変わらない。
「かしこまりました、では」
何処を案内しようか、庭園と図書館は外せない
庭園は庭師によって管理されクインが初めて来た時は、その見事な庭に感動したものだ。
図書館も貴重な蔵書があるし建物の作りが面白い、この二つだけでもそれなりに時間は潰せるだろうし、後はその時に考えよう
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「にゃあ」
手を差し出してエスコートをする、クインは出会った時から後ろを歩いて観察していたのだが、灯の歩き方がどこかぎこちない事に気付いていた、恐らく履きなれていない靴なのだろうと見抜いた。
おずおずと手を重ね歩き出した、最初は図書館へと向かう
「此処は?」
「図書館です、蔵書もさる事ながら構造がとても面白いですよ」
「構造?そう言えば壁が曲面ですね」
「はい、中に入れば分かりますので行きましょうか」
入口からすぐに下り階段で地下一階、真っ直ぐ進んで今度は上り階段、図書館に入るだけなのに地下通路を通るような構造になっている
「道が・・・」
「ええ、地下を通るように設計されております、勿論これには理由が有ります」
薄暗い通路を進む先に今度は螺旋階段、上は明るい
多分建物の中央辺りに来たとは思うのだが、階段を登りきると
「うわぁ・・・」
360度本棚に囲まれている、そして天井が吹き抜けでガラス張りだが何重かの構造になっているのか、本を読むには適度な明るさだった。
大きな煙突の中に図書館を設置したような形になっていた
「こちらの図書館は天井まで吹き抜けになっています、直射日光ですと本が傷むのでガラスに専用の減光魔法が施され、本自体にも保護魔法が掛けてあります、更には建物全体に完全耐火、消火も付与されているので火花さえ出ないようになっています」
「天井のガラスって何かしてます?」
光が淡くキラキラと揺れている、木陰から見る太陽の光のような・・・
「実は一番上はステンドグラスになっているのですが、利用者から本が読みにくいと言われてステンドグラスの下に新しく透明のガラスを張り、そこに透明化の魔法を施して無色の光に変えているのですよ、当時の設計者と王は変わり者だったらしくて、城も同じ時代の物ですね。
文化財としての価値が有るので壊す事も出来ず・・・」
クインは苦笑いで説明した、確かに図書館に入る光の窓を何故ステンドグラスにしているのか、最初から読みにくい事など分かる筈だ。
城の迷いやすい構造といい、何か理由があるのだろうか
全周が本棚の光景に圧倒されながらも天井を見上げ考えていると
「おい、そこの!」
「え?」
険のある口調で呼ばれる、声のした方を振り向くと一人の男性が睨み付けるようにして迫って来る
「図書館に動物を連れて来るなんて何を考えているんだ!見た目からして貴族のようだが、親は!?」
「あの、」
「待て、それ以上この方に近づく事は許さない、それにこの猫は・・・」
掴みかからんばかりの勢いに引いたと同時、クインが間に入り男性を止めようとするが
「クイン様!貴女が付いていて何故、動物に貴重な書物が傷付けられたらどうするおつもりで、」
男の勢いは止まらない、声を荒らげている
「聞け、この猫は、」
「ですから、動物を・・・」
言い争う男とクイン、図書館の静寂が破られた所へ
「なんじゃうるさいの、静かにせんか」
白髪と長い白髭にローブ、これぞ魔法使いといった格好の老人が現れ二人を止めた。
「ネルス様!」
男性は途端に頭を下げ、口を閉じる
クインも身を正し敬礼した。
「騒がしいぞ、何があった」
「それが、そこの娘が図書館に動物を」
「んん?」
ジと灯の腕の中に居る神にゃんを観察する老人
「あの、この子は・・・」
「なるほどの、その猫、魔法生物、いや何かの化身かの?」
「はい、杖に変化の魔法を掛けてあります」
「な、なに!?変化!?」
「カタル、司書とはいえおんしも魔法使いの端くれ、しっかりせんか」
魔法生物や化身は生体ではないので粗相をしない、食べるし寝るし鳴くが魔力体なので毛は抜けてもすぐ様消えてしまう、主の命令には従うので引っ掻いたり噛み付いたりも基本的にはしない、つまり一般的な動物には当てはまらないので食物を扱う所や衛生に煩い所に連れて来ても何も問題は無かった。
「・・・、すみませんでした、てっきり・・・」
「だから聞けと言っただろ・・・」
男、カタルは素直に謝りそそくさと離れて行った
クインはため息を吐いた、何故か分からないが行く先々で何かと事が起きる・・・
「ネルス様、ありがとうございます、話を聞いて貰えなくて」
「なになに、あやつも堅い所があるからの、すまんのお嬢さん迷惑を掛けて」
「いえ、判りにくい、ですかね?神にゃん」
「いいや、素晴らしい変化の魔法じゃよ、儂もようく見んと分からんかった、儂はダーダル・ネルス、しがない魔法使いじゃお嬢さん、良ければ名前を聞いても良いかの?」
「アリエット・ルナリアです、ネルス様?」
「ほおお嬢さんがあのルナリアの子か、儂の事はそうさなぁ、ネル爺で良いぞ」
「私の事はアリエットで、ネル爺さん?」
「敬語要らぬし、さんも要らぬよアリエット」
「ネル爺?」
「何かねアリエット」
「・・・」
何がしがない魔法使いだ、この国随一の魔法知識を持つ人物で魔導師団最高顧問の人間がしがない訳が無いだろう・・・
そして、次から次へと大物と出会うのはどう言った事なのか、少しゲンナリして来たクイン。
「ネル爺って魔法くわしいの?」
「少しだけなら」
魔導師団最高顧問が魔法を少しだけしか知らない訳が無いだろ!
心の中で全力のツッコミを送る。
「異界へと渡る魔法ってある?」
「儂が知る限りは無いの、近い魔法はあるが」
「近い魔法?」
「召喚魔法じゃよ、こちらから他の世界に働き掛けて色々な存在を呼び出せる、呼び出したものは送還出来る、召喚されたものにとっては異界を渡り、帰っているじゃろ?」
「あ、でも」
召喚魔法では恐らく帰れない、召喚者が居て初めて呼べるし還れる、灯達は誰かに召喚された訳では無いので問題がある。
「異界還りは召喚魔法ではどうにもならんの、だから近い魔法と言ったのじゃ、だが異界を渡って来る事に変わりは無いからの召喚魔法を基礎に他の魔法を生み出せば可能性はあるかも知れん」
「魔法開発って、魔法国では進んでいるの?」
「研究はしておるがのう、中々上手くいかないのが現状じゃ、何しろ技術の大半が失伝しておるし、それに異界還りという極限られた事象にはあまり人は割けないし難しい所じゃ」
「そう、なんだ・・・」
国で研究が進んでいなくとも自分の魔法改良ならもしかしたら、召喚魔法は全く触った事も無いが、可能性が欠片程は見えてきたのかも知れない。
「おっと、ちょいとこれから会合があるでな、アリエットやいつでも遊びにおいで、ヌシは魔法に秀でていると聞いた、時間がある時にゆっくりと話したいものじゃ」
「はい、私もネル爺に聞きたい事いっぱいあります、出来るだけ早く来たいんですけど、」
自分の今後の予定はギッシリだ、勉強、ダンス、マナー、刺繍、勉強、格闘術、魔法、勉強・・・
勉強勉強、兎に角時間が足りない、必要な事だ依存は無い
一分の隙間もなく机に向かう訳では無いが城に何度も来る程暇でも無い。
「あ」
魔法で通信するのはどうか、でも新魔法を明かして良いものか判断が付かない
「ん?どうしたのじゃ?」
「いえ、近い内に一度連絡取ります」
「おお、待っとるぞ、ではの」
ネルスが去っていった、きっと力になってくれる気はするが情報の出し方は考えて行わなければならない、今の自分では判断が付かないので後程父と母に相談しよう・・・