王②
クインは王子の敵意に反応、気を体に巡らせ肉体強化を施す、魔法の身体強化と違い自身にしか使えないが騎士は皆修得しているスキルだ。
王子と言えど王命で護衛をしている以上、相手が誰であろうと関係ない、そもそもおイタが過ぎる、イタズラの域を超えている上に相手も悪い、多少の怪我は覚悟して貰おうと心に決めた、だがしかし・・・
開け放たれた扉の近くに居る騎士が、背筋を伸ばし敬礼する所が見えた、まさかと思い何時でも動ける様に重心を後ろへと移す。
そして予想通り、扉の外枠部分に黒いモノが見えたのですぐさま反転するクイン
「やあ、楽しそうだね私も仲間に入れてくれないか」
「誰が来た」等と確認する必要は無い、この場に黒い存在は後ろに居る灯ともう一人しか居ない、後ろに座っていた灯を確認し
「アリエット様!」
幸いティーカップはテーブルに置いていたのでそのまま守る様に覆い被さる、柔らかいソファーの上とは言っても頭を打たないように後頭部に手を回し倒れ込んだ。
「えっ!?」
ゴッ!!
灯が驚くと同時に後方、丁度王子が立っていた辺りから鈍い音が聴こえたかと思えばお茶をしていたテーブルの上を何かが飛んで窓を破壊、少しして遠くからザパーンと水音が耳に届いた。
グッバイ王子、反省して下さい
獣人の価値観はエルフのクインには分からない
それでも悪い事をしたら叱られる、謝る事は当たり前の事だ、最近の王子の横暴は目に余るものがあったので正直スッキリするクインだった
だからと言って王子をぶっ飛ばすのもどうかと思うが、そこは獣人の文化、実の親でなくても叱ったり教えたりと余所の子も分け隔てなく教育するらしい。
「あ、あの?」
自分の下から声が聴こえて我に返った、灯の様子を確認すると何が起こったか分からないようだった
「失礼しました、えーっと・・・、外、そう外から訓練中の剣が飛んできたようで、ほら窓が割れています」
苦しい言い訳だが、丁度窓際に王子の腰にあった短剣が落ちていたので誤魔化す。
「あ、そうなんですか、ありがとうございます」
クインが上から退いて灯を起こすとバサっと髪が解けてしまった
「わっ」
「アリィ待たせたね」
「え?お父さん?」
クインが誤魔化している間に近くの騎士に指示を出していたサイリが部屋へと入って来た、多分堀に落ちたと思われるぶっ飛ばした王子の所へ騎士を向かわせたのだろう。
「呼びに来たんだけど、髪が解けてしまったのか」
「うん・・・、あれ?そう言えば王子様居なかった?」
「ん?王子は忙しいからね、何かあったんだろう飛んで行ったよ」
文字通り!シレっと言うサイリ、後ろに控える騎士の顔がひきつっていた。
侍女頭が見兼ねて声を掛けてきた
「私で良ければ結いましょうか?」
「良いんですか?」
「はい、あまり王も待たせられませんし、簡単にですが」
「お願いします!ちょっと自分では難しくて・・・」
それはそうだろう長さもかなりあるし、髪の毛自体も細く量も多く見える、人の手を借りないとセット出来ないと一目に分かる。
「では、こちらへ」
「はい」
客間というだけあって奥に寝室があり、鏡と道具も一通り揃っているのでそちらへと移動する、灯がソファーから立ち上がると完全に髪が解けてサラサラと広がった
綺麗・・・、自分の髪は焦茶色で緩く天然のパーマが掛かっている、それを雑に後ろでまとめて縛っているだけだ、日に焼けて髪もパサパサで比べるべくも無いとクインはボーと見とれてしまった。
扉は開け放たれたままで入口から騎士が興味深げに覗いている事に気付き、ハッと気を取り直した
「淑女の身嗜みをマジマジと覗くんじゃない!ほらほら!」
人を散らし、扉を閉める
「ありがとうクイン、助かったよ」
「いえ、職務ですから」
「堅いねえ、所で何があったんだい?」
軽い調子で聞いて来るサイリだが、その目は笑っていなかった。
「・・・王子が、」
一通りの流れを説明した、
最初のお茶に異物が混ぜられた事
灯が違和感を感じ取ったので解析魔法で異物を確認、本人に気付かれないように配慮してお茶を取り替えさせた事
途中、王子がノックもなく部屋に押し入って来て、茶は美味かったか?と言ってきた事
「なるほど、アリィに対する敵意を感じたから取り敢えず何となく殴ったけど正解だったね」
「・・・」
取り敢えず、何となくで王子を殴れる辺り流石の公爵様だ
「クインありがとう、アリィはとても繊細だからね護衛が君で良かった」
「勿体ないお言葉です」
「しかしロウラーにも困ったものだね」
「はい・・・」
アレでも王子な上にアリエットと同じ年齢と言うのだから、人とは分からないものだと溜息を吐くサイリ。
「これは一度、教えないとダメかな」
将来を考えるとやはりこのままでは良くない、馬車の中で灯に説明したように魔法国は王と議会が並び立つ事でバランスを取っている、そして詳しくは話していなかったが王の実子と言えど不適格と判断されると議会に諮り王位に就く事は無い、三公と言われる三つの公爵家から次代の王が選ばれる事もあるのだ。
何事も「もし」を考えて予備は作っておく、それは国の未来に直結するとなれば当然の事。
王が愚かならば議会がフォローをすると言っても限界はある、余程の事があれば・・・
それをあの王子は理解しているのだろうか、してないだろうなぁ・・・
理解しているならアリィにイタズラなど絶対に出来ない、寧ろ媚びを売る位の価値をアリィに見出しても良いのだがそれは無かった。
聞けば「黒猫」と呼んでいたと言うではないか、
「取り敢えず私は王子に怒っている、ということにしておこうか」
「御配慮痛み入ります」
サイリは自分の名の価値を知っている、少なくとも国で最高戦力だと理解しているし、公爵家の中でも頭抜けた存在として常日頃は「静観」していた。
自分が動けばパワーバランスが容易にひっくり返る、議会、王、貴族のバランスを常に注視、政治にはほぼ関わらないスタンスを貫いていた。
そんな存在が「王子に怒っている」となればどうなるか、其の身をもって実感してもらおうか。
「まあ、怒ってるのは本当だしね」
「・・・」
王子本当に反省して下さい・・・、と心から願うクイン。
「はい、コレで如何でしょうか?」
侍女頭は手際良く灯の髪を結い上げた、灯の髪は本当に整えにくい、細く長く多く、癖のつかないストレート、屋敷内でも何人かの侍女が
「アリエットお嬢様の髪、触らせて頂けませんか?」
と志願して来たのだが、今の所上手く出来た侍女は少ない
細く長く多くはまだ良いのだが、癖の付かなさが問題で腰より下まで伸びた髪を上手くセットするのは至難の技
「必ず上手くなるので、また触らせてください!」
と張り切って仕事に打ち込むようになり、空いた時間で髪やマッサージの勉強をしたりと、侍女達のモチベーションが陰では上がっている事を灯は知らない。
リリスとエルの金髪も細く長く多いが灯と比較するとパーマも利いてまとめやすい髪質だった、そうは言っても髪は長くなればなるほどセットが難しくなるので、公爵家の侍女の腕前は基本的に高い水準である。
そんな強敵・黒髪を綺麗に結い上げた侍女頭、お礼を言おうとして灯は気付いた、名前を聞いていない
「ありがとうございます!上手なんですね、えっと、」
「申し遅れました、マーサと申します」
「マーサさんありがとうございます、私はアリエット・ルナリアです」
名乗り返す灯にマーサは驚いた、使用人が事前に訪れる客人の事を知っていても逆は無いのだ、貴族がわざわざ出向いた先の使用人に家名を名乗る事はそうそう無い
「ご丁寧にどうもありがとうございます、お嬢様、さ、どうぞ」
「はい、ではまた!」
また?
会う事はあると思われるが貴族が使用人に掛ける言葉ではない、なんとも不思議な言動だが気を悪くするものではなく、逆に好ましいものだった。
「勿体ない御言葉です・・・」
温かな気持ちでルナリア公爵と灯を見送るマーサであった。