王①
「美味しいですか?」
「はい!とても」
「それはよろしゅうございました」
新しく来た侍女は歳を重ねた侍女頭、ベテランの経験から灯は話し掛けても大丈夫である事を察した、傲岸不遜にふんぞり返って使用人如きが話し掛けるなと言う人間も居るが、灯はどちらかと言えば使用人にさえも気配りをすると見抜き、気遣いを示す。
通り一辺倒の持て成しが最善とは限らない
「あの、ずっと立っているのも疲れますよね、一緒に座ってお茶でも・・・」
「おや、お気遣いありがとうございます、では遠慮なく」
と、遠慮がちに言った灯の言葉をそのまま受け取り対面に座る侍女頭、それを見たクインはギョッとする、社交辞令にいくら何でも失礼ではと言いたくなるが
「お菓子も、」
「ありがとうございます、お嬢様」
と言って自分の所に集められているお菓子を侍女に勧める灯にもギョッとするクイン、細かい経緯は未だ聞いていない為、灯の行動に、貴族が使用人に自分と同じ食べ物を勧めるなど有るのかと驚いた。
ふと侍女頭からも意味有りげに視線を送られる
「・・・」
アンタも来な、とでも言いたげな視線だ
いや、護衛が座る訳にも、と視線に気持ちを込めて見返すが
良いから来な、私が座ってアンタが座らないとこの子が余計気にするだろ、という視線が返ってくる。
「・・・美味しそうですね、私も御一緒しても?」
「はい!一緒に食べましょう」
ダメ元で言ったのに笑顔で了承されて逆に困るクイン、自分から言ったのだがそれはそれで本当に困る・・・
しかし、この場において一番上の地位を持つ人からのお誘いだ、今更取り消すのも失礼だと腹を括る、それに大好きなお茶はとても魅力的な誘いだった。
「では、失礼致します」
侍女の隣、扉側に座るクインに侍女はすかさずお茶を注ぐ
「はい、どうぞ」
「ありがとう・・・」
諦めて紅茶を口にする、やはり美味しい。
高いのでそうそう飲むことが出来ない茶葉だ、稀に評判の店でケーキセットを食べるのが娯楽のない生活の唯一の楽しみを、こんな貴族の方と一緒に飲むとは・・・
「お菓子も、」
「い、いえ、職務中なのでお茶だけで」
お茶を口にしておいて今更な気もするが、菓子まで口にしたら何か崩れそうな気もするので必至に我慢する、正直食べたい!
このクッキー、一度口にした事があるのだが、何をどうしたらこんな風味になるのか分からないが美味しかった、お茶と食べられたらどんなに幸せな事か・・・
「あ、じゃあ」
お嬢様がいい事を思い付いたと真っ白のハンカチを取り出す、この時点で察しはついた
「い、いけません!ハンカチが汚れます」
どう見ても高級品のハンカチだ、姫様の護衛に同行した時に貴族御用達の店に立ち寄ったのだが、そこで値段を見て驚いたのを覚えている、恐らくそれと同じ物でしかもルナリア家の刺繍も施されているので更に高いと思われる。
そんな代物を気にせず、察した通りにクッキーを取り分ける灯
ああ・・・、並の騎士の給金三ヶ月分のハンカチ・・・
副団長と言えど金銭感覚はまともなクインは目眩がした
「でも私が帰ったら捨てるんですよね、余った物」
それはそうだ、余ったからと言って貴族の食べ物を使用人が食べる訳にもいかない!
いや、陰で食べてる者を何人か知っているが・・・
個人的には食べたいが副団長が残飯を食べてると言う噂も避けたいし、下の者に示しがつかない。
「かと言って私だけで全部は食べられないし、食べますよね?」
「有り難く頂きますよ、お嬢様」
侍女頭はヒョイヒョイとお菓子を口に放り込む、侍女頭の気軽さが恨めしい・・・、いや羨ましい・・・
「はい、どうぞ」
差し出されたハンカチはパンパンにクッキーと包めるお菓子が入っていた。
逡巡するのも一瞬、ほぼ即落ちのクイン
「っ!・・・頂きます、ハンカチは弁償致します」
「えっ!?いえ、洗えば使えるのでいいですよ、その内返して下さい」
何処の世界に使用人や騎士に菓子を分け与える貴族が居るのか、ハンカチも下手をすると
「要らぬ、捨てておけ」
と言われるのも普通にあるというのに・・・
「必ず返します、ありがとうございます、好きなんです、クッキー・・・」
「あ、やっぱり!クッキーじっと見ていたから」
クスクスと笑われてしまったクインは恥ずかしさでいっぱいになる。
「お恥ずかしい限りです」
大事に白い包みを魔法鞄に仕舞う、あとでゆっくり食べよう、お茶もとっておきのものを奮発してもいいかも知れない。
「・・・っ!」
「・・・!!」
和やかにお茶を楽しんでいると扉の外が騒がしい、客人を静かに持て成すことも出来ないのか、それにしても次々と事が起こる、何か嫌な予感がする・・・
侍女頭はスっと立ち上がり自分の前のカップを片付け始める、クインも残ったお茶を飲み干しカップを侍女頭に渡した、流石に誘われたからと言っても他の者に見られるとうるさい、それを灯も察した。
「我儘に付き合ってくれてありがとうございます、一人だけ座っているのも落ち着かなくて」
「いえ、こちらこそ・・・」
こんな事は我儘とは言わない、あちらこちらへと人を引っ張り回し振り回し、礼も言わない貴族が多い事を考えると可愛いものだ。
いや、人の話を聞かず、好きに振る舞うと言う意味では貴族らしいと言えば貴族らしいが、この子に限ってそれは穿った見方だとクインは思う。
「ごちそうさまでした、お嬢様」
「いえ!こちらこそ楽し」
侍女頭が礼を言い、灯も返事しようとしたその時
バンッ!と扉が開かれた、お客様、しかも淑女の居る部屋にノックもなく入って来るなど信じられない無礼だ
先ず騎士では有り得ないと判断、騎士だったらその場で斬り捨てて・・・、いや血はまずいなと思い直しスっと扉と灯の間に立ち、剣に手を掛けるクイン。
だが部屋に入って来たのは、なんとこの国の王子だった
外の騎士が制止するも聞く耳を持たない
「王子!いけません!」
「なんだ、サイリさんが連れて来たと言うから顔を出してみれば、ただの黒猫ではないか」
灯を睨めつけ、フンと偉そうに言う、自分の非礼などどこ吹く風な態度。
灯もクインの陰からチラリと見る、金の獅子の獣人だ、と言ってもリリスやエルの金とは違う色味で、少しくすんだ感じの金色。
リリスとエルは光に透けてキラキラと眩く輝く透明感のある金髪だ
「ロウラー様、王の客人です非礼が過ぎますよ」
「チッ、クインか、煩いぞ退け」
「聞けません、王の命につきお嬢様を害する可能性を全て排除せよと申しつかっております」
「ほう、俺がそこの黒猫を害すると?」
ハンと鼻で笑いふんぞり返る王子
「はい、少なくともこの場では一番」
一歩も引かないクイン、王子は特に気にした様子もなくクインから半歩横にズレ、灯を見ながら言った
「おい黒猫、茶は美味しかったか?」
ニタリと意地の悪い笑みを浮かべる王子に、クインはやはりと納得する、お茶に何かを入れた犯人は王子だ。
考えてみればそうだ、使用人が王の客人にこんな事をする理由が無い、行動に移してもノコノコとその本人の前に顔を出すのも解せない、首を跳ねられても文句の言えない事なのでやるなら即逃走する筈だ、警備を考えても外部からお茶に何か施すのも難しい、つまり内部の人間でバレても問題無いと思う人物、王はこんな事はしないのでつまり王子が犯人となる、だが・・・
「はい、とても美味しかったです」
笑顔で返す灯を見てムッとする王子、きっと苦い顔か怒る顔、もしくは相手が王子と察して苦虫を噛み潰したような我慢する様子を笑いに来たのだろうが、何も気にした様子もなく笑顔が帰って来て面白くないのだろう。
「そうかそうか、それは良かった、この茶は俺が直々に選んだ物だ、気に入ったならもっと飲むがいい」
王子自ら選んだ物だと言い、相手の断る道を潰しお茶を勧めるも・・・
「ありがとうございます」
笑顔のまま再びお茶を飲む灯に王子はニヤニヤと見ているが
「ふふ、やっぱりとても美味しい」
と結果的にだが、灯の感想は強烈な皮肉となり、それを聞いた王子は固まった。
先ず、クインの機転によって紅茶は取り替えられたので最初のお茶は飲んでいないし、異物混入の事実を灯は知らない。
ただ単に自分の好きなお茶で美味しいと言っただけだが、仕掛けた王子としては全く動揺もしない灯の鉄面被と、それを笑って美味しいと返された事で歯牙にもかけない態度を取られたと勘違いした。
ただの味音痴の可能性もあるが、わざわざ味音痴を晒すなんて並の貴族はしない、自分は味がわかりません!なんて恥晒しもいい所だ、消去法で皮肉を返されたと思い込む。
顔を真っ赤にする王子を見て、全てを理解しているクインと侍女頭はクスリと笑ってしまった、それも王子の自尊心を傷付けたのか
「貴様、いい度胸だな」
唸り声を上げ王子が一歩踏み出した
いい度胸も何も全面的に王子が悪い、客人にイタズラを仕掛けるのも、ノックもせずに部屋に入るのも、名乗りもせず相手を黒猫呼ばわり、どちらかと言えばお前の方がいい度胸しているよと内心呆れかえる。
敵意を感じたクインは剣を握り締め腰を落とし構えた、その時
「やあ、楽しそうだね私も仲間に入れてくれよ」
「アリエット様!」
「え?」
「サ、ぎゃっ!」ガシャンッ!!
・・・・・・・・・・・・・・・ザパーンッ!
窓が破壊されて王子が消えた。