パン屋さんになりたい少女
―――
研究所で出会った少女、カイメラ。
名前や先ほどの攻撃からキマイラ的な合成獣である可能性が高いが、
攻撃性は無いというか、そもそも知能自体があまり発達していないようだ。
「おにいさんはどこからきたのぉ?」
「深い問いだなあ……直近の話をするなら王都で、もっと前の話をするなら別の世界、かな」
「べつのせかい?」
カイメラは破壊行動には顕著に反応するが、手当たり次第スイッチをオフにするくらいなら見逃してくれるようだ。
ブレーカーを落としたがまだ補助電源や緊急警報等があるはずなので、そういったセキュリティ機器の主電源を片っ端から落としていく。
「そう、別の世界。日本って所から来たんだ」
「にほん……?」
「そ、言ってもわからないだろうけど……」
「とうきょう、とか?」
「そうそう、詳しいね。俺は五反田の方から…………ん!?」
「どうした、ローツレス君」
今なんて言った!?
この子、確かに、「東京」……って……!
「君、東京を知ってるのか!?」
「しらないよぉ。でも……とうきょうはにほんにあるって、おしえてもらったの」
「…………なるほど」
一瞬焦ったが、よく考えてみればそうだ。
所長は俺と同じ、異世界転生者だ。彼が言葉や概念を教えたならば、東京の事も知っていてもおかしくない。
「とうきょうはねえ、ひとがたくさんいるんだよ」
「そうだね……人口密度半端ないからね」
「とうきょうはねえ……みんな、いそがしそうにしてるんだって。たいへんなんだって」
「…………そうだね」
まさかここで、このような話をするとは。
俺は過去や元の世界に未練があるわけではないが、所長はどうだったのだろうか。
「でも、とうきょうはすごく、すごくすてきなんだって。せんそうがなくて、へいわなばしょなの」
「…………ああ」
―――そうか。
感覚がマヒしていたが、この世界では、戦争や争い、
疫病による大量死なんかも、今直近の出来事なのか。
そうしてみると、異世界なんかより元の世界のほうがずっとよく感じてしまう。
俺はチート能力を得て強くなったからいいが、元々この世界にいた人はどうだ。
常に戦争の恐怖におびえる、弱きものは淘汰される。そういう弱肉強食の中に生きている。
「現代でも、いまだに紛争地帯とかあるもんな……」
日本という国がいかに平和で、なんなら平和ボケしているかというのが理解できる。
戦争は遠い昔の事ではなく、すぐ近くで起きている事なのだ。
「わたしもね……しょちょうがせかいをへいわにしてくれたら、パンやさんになるんだ」
「パン屋?」
「うん、まいにちふかふかのパンをやくの。それでみんなにたべてもらうの」
「…………そうか」
この子は合成獣であり、ずば抜けた戦闘力がある。
なら、寿命はどうなのだろうか?
通常こういったファンタジーでは人工生物は寿命が短い傾向にある。
この子もまた、きっと―――。
「終わった、戻ろう」
「どこかいくの?」
「ああ、友達と約束しててね……助けにいかないと」
「そうなんだ……もうちょっとおはなししたかったな」
「ごめんね、また来るよ」
「ついていってもいい?」
「え」
え
えーと……、一応この子は敵側の戦力であり、
なんなら幹部クラスとかその辺なんだよな……。
罠だとしてもこのタイミングで殺しにかからないのも変な話だし、
たぶん戦闘力の変わりに思考力がどうとかっていう感じなのか……。
「私からアドバイスできる事としては……彼女は君を騙そうとしているわけではないらしい」
「ハルさん、そういうのわかるんですか」
「なんとなくだがね……。仮に彼女に『変容』したとしたら、騙そうとしたときはもう少し違う表情になる」
なるほど、変容できる事からの高等テクニックか……。
「が、決めるのは君だ。彼女の戦闘力は……正直、計り知れない。そもそも彼女の情報はなかった。
おそらく『叡智』にさえも隠し通していた実験だろうよ」
「マジすか……」
白髪に白い肌。よく見ると赤と青のオッドアイという、なかなか珍しい眼をしている彼女は、
うつむきがちにこちらを伺っている。
「……いいよ。その代わり、おとなしくしててね」
「やったあ!」
謎の少女、カイメラが仲間になった!
「……ハルさん、ここのセキュリティどうなん?モニタールームは空っぽだし、強力な合成獣を放置してるし」
「逆なのかもしれないぞ」
「逆?」
「ああ、『彼女は制御できない程凶悪で、モニタールームの人間が逃げ出した』とかね……」
「…………もしかして俺やばいの引き入れちゃった?」
「期待しているぞ、魔人たらしよ」
「うーん、肩にすごい重圧がかかってきた」
「どーんっ!」
「おぶっ!?」
「へへっ、へへへへー!」
「あんまり足にまとわりつくなって、歩きにくいだろ」
「じゃあおんぶ!」
「増えるの!?」
何故かカイメラをおんぶし、ハルモニーを肩に乗せるという不思議な状況ができあがった。
「ぷにぷにしてる。あなた、だあれ?」
「ハルさんと呼んでくれたまえ」
「ハルちゃん!」
「……どちらでもいいが」
仲良くなれそうだ。
―――
「――壁が弱ってる!」
「復元する前に中側に入っちゃえ!」
雰囲気で『古代幻魔』を召喚し、フローライトと名乗った女性を撃破した私達は、
壁を何とかすべく周囲の機構を見回していた。
すると、突然壁の魔力が弱まり、中央部分が薄くなってきていることがわかった。
「雷撃!!」
ユユが雷撃を叩きつけると、人一人分くらいの穴が開く。
復元されるのも時間の問題と考えたので、すぐさま穴の向こう側へ入る。
「やっと抜けれたね……ローツレス君がやってくれたのかな?」
「流石お兄ちゃん……!あ、トーラス君達を見に行かないと」
トーラス君達も別の赤装束に襲われて戦闘していたはずだ。
「皆……!ドロシーさんを……!意識がなくて……!」
――と、すぐさまトーラス君が走ってくる。
体はボロボロ、あちこちから血を流している。
「ちょ……!フィガロス君も結構な怪我じゃないの!?あんまり走っちゃダメだよ」
「そんな事言ってる場合じゃないんだ!頼む……!」
「落ち着いてくださいです。『癒しよ《サナーレ》』」
ふ、とドロシーさんが眼を覚ます。
「あ、れ……私」
「ドロシーさん!」
「むぐっ!?トーラスさん!?あの!抱きつかれるのは構わないんですけど!ここはちょっと恥ずかしいというか……!
まず自分の治療をしてほしいというか!」
「はっ………ご、ごごめんなさい!?」
一気に2mくらい距離を置くトーラス君。
そこまで恥ずかしがらなくてもいいのに。
「じゃあフィガロス君はそこでイチャコラしとくって事で……。私達はウィード君の後を追いましょ」
「お兄ちゃんが行ったのはこっちの方向だね」
「待って!?行くよ!?僕らも行く!」
「トーラスさん!まずご自身の治療を!」
私達はお兄ちゃんが向かった、『コントロールルーム』というのを探すべく、
地下へ向かう事にした。




