カイメラ
―――
「こっちだ!」
黒いぷにぷに――、正確には彼(彼女?)は魔人十傑、『変容』のハルモニーだ。
研究所内で再会し、ブレーカーの場所を案内してもらっている。
「しかし君の言った通りだったな……。この区間全てを支配する機構があんなに触りやすいとは」
「……安全設計思考の人で助かったな、て感じかな。馬鹿正直にブレーカーつけてくれるなんて、
前世はよほどしっかりした人だったんだろうなと」
この世界では基本、機械的なものを作るのには労力が大変かかるはずだ。
それであの量の機械兵を量産したり、こんなにしっかりした研究所を作るのだから、
まさかとは思ったがドンピシャだったようだ。
「ハルモニーさん、ブレーカー付近には警備兵がいた?」
「うむ、私がそのレバーとやらをおろして、あたりが一瞬暗くなってからか……、
かなりの人数が駆けつけてきていたぞ」
「うへえ……」
嫌だなあ……。
『聖騎士』は基本乱戦でも対応はできる。
しかし、機械兵の様な、感情も悪意も存在しない相手には不向きのようで、
自動操縦系の敵が出てくると非常にやりづらい。
ヒナも精神干渉系のため相性は悪いが、魔術のオールラウンダーさから対応ができる。
一番戦いやすいのはエフィールさんだろう。重力ってズルかよ。
「む、もうすぐだ……」
「わかった」
ここからは足音を潜める。
魔術検知や、監視カメラがあれば意味がないだろうが、
現状そういったものに感知されている様子はない。
むしろこちらの動きがバレテイるなら攻撃されているはずなので、
まだ何らかの理由で静観されているか、単に見つかっていないかどちからだろう
「…………人の気配がない?」
「そうか?先ほどはたくさん来ていたが」
息を潜めているのか?
いや、敵陣でもなんでもない場所で、息を潜める必要が果たしてあるのか……?
「その扉の先だ」
鋼鉄製の扉がある。少し開いているようだ。
そっと中を除き見る―――、
「るー……るー、るーるるー、るーるるー……」
「女の子……?」
真っ白な髪、真っ白な肌。
真っ白な服。その姿はさながら天使のようで――。
「………………だれ?」
「やべっ」
見つかってしまった。
見たところこの研究所の人間のようだが、先ほど彼らが装備していた「強化外装」と呼ばれる装備はなさそうだ。
なれば、披検体か。誘拐された学生の一人だろうか。
「えーと、お兄さんは見学の人でね……ちょっとブレーカーいいかな?」
「かってにさわっちゃ だめなんだよ」
「いや、お兄さんは許可を貰っているからね」
「そうなの?」
「そうだよ」
「じゃあ、いいよぉ」
ゆるい。この子もあとで連れて逃げたほうが良いだろうか。
「よいしょっと」
どれかはわからないが……恐らくこれだろう。
がしゃり、とレバーをおろすと、一旦部屋の電気が全て消え、再復帰する。
「これで非常用電源に切り替わったはず……非常用も切りたいけど、ここ普通にバッテリとか積んでそうだし厳しいかもな」
自動復帰の機構もありそうだ。せっかくだし破壊しておくか。
そう考え、剣を振り上げる―――、
「―――危ない!」
とっさに、聖騎士の職能が発揮される。
後ろから襲い掛かってくる大蛇の牙を、すばやく剣がいなしてくれる。
「な……!」
「ここにあるものをねー、こわしたら、めっ、だよー」
「君の方が勢いで壊しちゃいそうだけどね……」
「そうかな……そうかも?」
白髪の少女は方から出している大蛇を引っ込める。
髪の毛?肩?とにかく体から生えていた。
自由に出し入れできるのかどうかはともかく、この速度で攻撃ができる事だけは確かだ。
これはまずい、聖騎士の職能で、どこまで戦えるか……。
「わたしはねー……そう!カイメラ!ここでできて、ここでくらしてるの。お兄さんもいっしょにあそぼぉ?」
「そ、そうだね……」
剣をおろす。
彼女は―――強い。それに今すごく嫌な言葉が聞こえた。
聞き間違いではないのか?彼女は確かに「カイメラ」と。
ただの名前であってほしい。ただの空似であってほしい。
ギリシア神話の怪物、テュポーンとエキドナの娘。ライオンの頭に山羊の胴体。
そして毒蛇の尻尾を持つ『キマイラ』であるはずがない。
―――
「カイメラとシメールの様子はどうだ」
「は、カイメラ様は自由に研究所内を散策している様子です。シメール様は城へ向かわれました」
「そうか……もうそのような時だったな。王女を牢から出しておいてくれ。『儀式』を始めよう」
「かしこまりました」
もうすぐ……、もうすぐだ。
この世界に新たな神が誕生する―――。
――――
「……嫌な臭いがすんな」
あのクソ新入りとやりあってから数日。
俺は鍛えに鍛え、剣術だけならば団長にさえ匹敵するほどの腕前となった。
しかし今日の任務は姫の護衛ではなく、王城での待機。
なんとなく嫌な予感と――、血の臭いがしやがる。
「こんにちは」
すらりとした少年が城へと入ってくる。
白い髪に白い肌。白い装束。
その姿はさながら天使のようで――、
「――――ッ!!!」
瞬間、先ほどまで俺がいた場所が抉り取られる。
「初撃を躱すんだね。なるほど、きみはすこし『できる』ようだ」
――冗談じゃない。
全く、見えなかった。
今のは完全に野生の勘、攻撃を躱すとかどうこうの問題ではない。
狙われたら、死ぬ――、
「『重結界連続氷結』!!!」
白い少年が周囲ごと凍りつく。突然の魔術に驚き、後ろを振り返ると、
王宮近衛兵であるヴォルフさん、ガングさんの姿があった。
「そいつは危険だ!騎士諸君、身を守れ!」
ヴォルフさんが叫ぶと同時に、氷を破壊するついでかのように、
体から牙や翼、蛇を出し、周囲の騎士達を食らってゆく白髪の怪物。
全く動けなかったが、逆にそれが功を奏したのか、なんとか生きているようだ。
「『次』がくるぞ……!」
地面に亀裂が入り、激しく王城の壁や地面が破壊される。
俺は瓦礫に押しつぶされないよう、ただ、逃げ回る。
何が聖騎士だ。
俺はこんな事をするためにここに入ったのか。
強くなったんじゃなかったのか。
俺は、俺は、俺は―――、
大蛇が眼前に迫る。
終わりだ。
「――良くぞ、生き延びてくれた」
「……王!」
王が手に持った銀の剣は、しっかりと大蛇を捕らえていた。
切り裂かれ、苦しみもだえる大蛇をすぐに体に戻し、新たにまた大蛇を発生させる白髪の怪物。
「ようやくお出ましかな 王様」
「現れたか、予言にありし災厄よ。貴様らを打ち滅ぼすことこそ、我が王としての使命なり」
王の体に、グランディア全国民の祈りの力が集約されていくのを感じる。
普段から王はその力を聖騎士団に分け与え、国民への加護にも与え、
さらにはこのグランディア全土を覆う結界としても機能させていた。
それを今、一点に集約しはじめている。
「天命に背きし物よ、神の鉄槌を受けるが良い」
「神はただ一つ、そしてそれは、これから生まれるものだよ」
怪物もまた、己が力を集約していた―――。




