守るべきもの
―――
「たった二人で僕を止めようとは……!愚かですね。『コード:к』!」
赤装束の少年が叫ぶと共に、地面から土の柱がせり出す。
とっさに躱すも、その土の柱からまたせり出してきた柱に横っ腹を殴られる。
「トーラスさん!」
「ぐっ……だ、大丈夫です!」
「強がりも今のうちです。『コード:И』!」
土くれでできた蛇のようなものが発生し、僕達を取り囲む。
「そのままここで生き埋めになっててくださいね。――ああ、死んでしまったら、すみません」
「――ッ……!」
何か、何かないか、
この窮地を脱せるもの、せめて彼女だけでも、彼女だけでも―――、
「……深遠なる風の調べよ。我が手中にありてその力を宿さん。『緑の旋風』!」
「ッ!?」
ドロシーさんが巻き起こした竜巻によって、僕だけが土くれの蛇の中から弾き飛ばされる。
「ドロシー……さんっ!」
受身を取れず、モロに背中を地面に打ち付ける。
それでも骨折しない程度の痛みなのは、きっと彼女の魔術のおかげだろう。
「ちっ……『И』を躱しますか。しかしあと一人です。次で終わりです!」
少年の右腕に力が集中していくのがわかる。
あれを食らえば、自分もタダではすまないだろう。
しかし、そんな事をしている場合ではない。
既に彼女が生き埋めになってから1分近く経過している。すぐにでも掘り出さねば――彼女は、死ぬ。
「させる、ものかよ……!」
瞬間、僕の鞄から眩い光が迸る―――。
―――
剣術が得意な長男。
魔術が得意な長女。
そんな二人に囲まれた僕は、何もない凡人として、
特に期待もされず、大きな責任もなく、平穏な生活を送っていた。
なんとなく家には居場所がなかったので、少し離れたところにある、
道具作りが趣味の祖父の家に入り浸っていた。
祖父は職人としては有名だったが、ほとんどはよくわからないガラクタばかり作っていて、
それが僕の遊び道具だった。
祖父とは色んな話をした。
魔術の話、外の世界の話、憧れの話、
そしていつかは、自分も騎士団のような立派な存在になりたいという話。
祖父は僕の話をまじめに聞いてくれ、笑い飛ばしもせず、
静かにこう言った。
「トーラス、聖騎士ってのはな……、騎士団に入ったからなれるもんじゃあねえんだよ」
「じゃあ、どうやってなるの?」
純粋だった当時の僕は、思わず聞き返していた。
そうすると、祖父はゆっくりと続けてくれる。
「心だよ」
「心?」
「ああ、そうだ。自分のだけじゃねえ、人様のために、命かけようっていう心意気さ。
そんな心意気を持った、本当の意味で『強い』奴にな、神様が加護をお恵み下さるんだよ」
「ふーん……よくわかんないや」
「いずれわかる日がくるさ。それまでこいつを、ずっと持っておけ」
「わかった!」
―――
忘れていた。
この白銀鋼のマジックプレートは……祖父から、
おじいちゃんから貰った大切なものだったっけ……。
眩く光るそれの使い方はわからない。
しかし心が、頭以外の何かが、その使い方を教えてくれる。
「呼応せよ、白銀の守り手よ……!今こそ我が手に、我が生命に、闇を打ち払う力を与えん!!」
プレートは弾けとび――僕の体が光で包まれる。
「まさか……そのプレートは!お前!まだ持っていたというんですか!?あの時奪ったのは、ダミーだったというんですか!?」
そういえば、一度プレートが奪われたことがあるが、これではなく、
自分で作ったお手製のものだった。
彼らは何故かこれの存在を知っており、奪おうとしていたらしい。
ざまあみろ。もうプレートはなくなったぞ。
いつしか白銀の騎士は消えうせ、僕自身が白銀の鎧を纏っていた。
「今さら鎧を纏ったからなんというんですか!『コード:п』!連続展開!ここで沈んでもらいます!」
連続で射出される石の弾丸。
しかしもう、不思議と恐れはなかった。
「ハッ!!」
右手に出現したランスを振り回し、石弾を打ち払う。
そのまま石の蛇に突進し、山となっていた土くれを打ち崩す!
「ドロシーさん!」
土にまみれ、意識を失っている――が、胸が上下しており、辛うじて息はしているようだ。
早く治療をしてもらったほうが良いかもしれない。
「おおおおっ!!」
「無駄ですよ!僕には土の足場がある!ランスのようなものが届くはずが―――」
届くさ。
お前は頭で考えている。
僕はもう、そんな事を考えている余裕なんてないんだ。
「投げッ………おごッ!!」
身を隠そうとした土壁ごと貫通し、土の足場から叩き落す。
すばやく追撃のため、新たな獲物を出現させる。フレイルだ。
名が懇望に、穀物と呼ばれる打撃部分。モーニングスターに近い懇望の一種だ。
すばやく距離をつめ、振りかぶり―――、
「ま、待ってください!降参、降参で―― ッア゛!!」
先ほどランスを受けたであろう腹に、もう一発。
痛みのためか、白目を剥き、泡を吹いて倒れる赤装束。
「……ドロシーさん!」
一刻も早く治癒をせねば、
それにはまず、この壁をなんとかしないと……。ウィード君、頼むよ……!




