禁じられた魔術
―――
「所長!」
「……来たか」
部下からの報告に、思わず頬が緩んでしまう。
それほどまでにこの時を待ち望んだのだ。
「やっとだ、やっと……」
―――
「初めまして……ではないかな?エメリア・グランディア王女殿下。
手荒な扱い、誠に失礼した」
「……これだけ不躾な事をしておきながら、まだ礼儀を気にする余裕があるのね」
「貴様……!」
「いいんだ」
軽く手で部下を制する。
しかしながら、彼が帰ってこない所を見ると……足止めか、もしくは……やられてしまったのか?
「ベンジャミン、彼は……、ディアブロウスはどうした?」
「は、ディアブロウス様は未だ転生者を含む騎士団達と交戦中です。
継続の兆しが見えたため、ディアブロウス様の指示で私達数人でエメリア姫の回収を行いました。
「あのディアブロウスが、苦戦しているという事か……?」
まさか、彼は私が出会った中でも最強と言っても過言ではない魔人だった。
それと同等に戦う能力が、彼らにはあったというのか。
「―――彼らは、強いわ」
「エメリア王女……、捕らわれの身でありながら、とても強い瞳をなさるのですね」
「ええ、伊達に王族として育ってはいないもの。それでどうするの?私をここの動力炉にでもする気?」
「……ふ、お詳しい事だ。しかし貴方にはもっと大切な仕事がある。そう、大切な……ね」
この『仕事』は彼女にしかできない。
もっとも、不確定要素も含むものであるため、正しくは「彼女が一番の有力候補」というのが正しいだろう。
「この動力炉は貴方の力など不要です。現実的な範囲で言うなら……ここは『永久機関』に近い」
「『永久機関』……?」
「そう、こちらの世界にはない概念でしたかね?無限の時を動き続ける機関の事です」
「貴方、何を言ってるの……?そんなものはあり得ないわ!」
「あくまで『永久機関』に近い、というだけです。実際は有限―――、最も」
ゆっくりと手元のパネルを操作し、残り時間を確認する。
「ざっと1200年と210時間、この研究所の動力は尽きる事がない計算ですよ。このまま動作させ続ければ、ね」
―――
「魔力障壁は有限なはずだよ!魔力切れを狙って叩けばいいんだ!」
「いや……そうとは限らない」
ディアブロウスとの戦いを、ヴォルカニクスの助力によって何とか切り抜けた俺達は、
回復させた馬車で研究所へ向かう。
その最中、研究所攻略のための打ち合わせを行っていた。
奴がこちらの仕掛けに気がつくのも時間の問題であり、あまり余裕をもってはいられない。
「皆様」
「……ドロシー!?」
いつの間にかどこかに消えていたドロシーが、
またいつの間にかひょっこりと顔を出していた。
「追っ手は来ていませんか……?」
「……うん、少なくとも脅威になるような魔力は感じないよ」
ヒナが魔力探知を行う。しかしどこを使って探知しているのだろう。
やはり羽とかなんだろうか……。
「ありがとうございます。サルガタナス様から、言伝と情報を預かっております。
『機は熟した』とのことと……」
ぺらり、と紙を広げ、俺達の中心に置く。
「これから皆様に、この魔術符に込められた『記憶共有』を使って情報をお渡しします。
これからの戦いに必要であるものだそうです」
「あ、あり、ありがとう……ドッドドロシーさん……」
「トーラス、今すごい緊張感あふれるシーンなんだけど」
すごい顔である。めちゃくちゃ赤い。
まあ馬車の中は狭いため、距離が実際近い。トーラスとも触れ合いそうな位置にドロシーがいるため、
おそらくトーラスも結構限界なんじゃないだろうか。
「『開け』」
―――瞬間、多数の情報が流れ込んでくる。
―――
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―――――――――
奴の目的は―――、本当に終末兵器の製造か?
核融合の理論、仕組みを理解した僕は、さらなる可能性について探っていた。
「奴のユニークスキルである……『大図書館』、これを使えば、理論の応用や……異世界では考え付かなかったような事ができる。
それを奴が知って、自分の目的のために利用しようとするのであれば……」
奴の目的は―――、時間の回帰か?
それとも、死者の蘇生か?
あるいは、もっと神に背くような事か?
……そういえば、この世界にくる来訪者達は、無神論者が多かったような気がする。
「……まさか」
―――
王立魔法学院。
その秘匿されし隠し部屋にこそ、その書物はある。
『大図書館』は蔵書全てが対象であるはずだ。それが私書や日記でなければ……閲覧ができ得るはず。
とても実現できるとは思えない―――、しかしながら、今の奴が最も求めるのはこの魔術……いや、魔法と呼ぶべきか。
『機械仕掛けの神』
その語源はギリシア語の『apó mēkhanês theós (アポ・メーカネース・テオス)』。
古代ギリシアの演劇において、劇の内容が錯綜してしまった時、絶対的な力を持つ『神』を呼び出し、
物語を収束に導いた手法の事だ。
この魔術『機械仕掛けの神』は、もはや今世に使える魔術師はおらず、
神秘の力が薄まったここ数千年の間ではそもそも魔力を用意する事さえ不可能だ。
しかしもし、もしもこれを可能とする術式があるとすれば。
もしもこれを可能とする魔力があれば。
神は絶対的な力を持って物語を導くだろう。
真の神が最初からいなかったかのように、術者はそれこそ神にでもなったかのように。
「まだ大量破壊兵器の方がかわいく見えてくるな……」
この媒体は絶対なる魔力。
神にも匹敵する魔力を使わねば起動することさえ難しいはず。
たとえば、神そのものを生贄に捧げるような――――――
「……まさかな」
考えすぎだろう。
異世界からの来訪者とはいえ、ただの人間。
それほどまでの事、できるはずがない。




