帝国の大災害
―――
「カカカッ!『煉獄』よ!貴様の栄華もここで終わりであるな!」
「抜かせ謀反人、お前の首を持って私の力はさらに向上する!」
炎を纏わせた刃で切り裂くも、流石は『壊滅』の二つ名か。
いとも容易く空気の刃で打ち消されてしまっている。
単純に手が多い。
奴の『恐れの手』は単なる触手ではない。奴の『手』そのものであり、
触手攻撃による意識剥奪はあくまでついでのような能力だ。
本質は連打による圧倒と、その虚を突く魔術の応酬。
豪快に見えて繊細、大胆に見えて狡猾。伊達に元・十傑ではないという事だ。
「……何故だ」
「ンン?」
「何故、これ程までの力があり、我々を裏切った!」
「知れた事!我ら魔人は人族よりも上!調和や協調など飽き飽きしていたのである!」
「ならば何故……人族の下になどついた!」
「カカ、所長の事か……あ奴はもう、人間等ではないぞ」
ニヤリと笑うディアブロウスは、冗談を言っているようには見えなかった。
しかしながら、私が聞いていた情報ならば、奴のボスは人間、それも異世界よりの来訪者であるはずだ。
「……どういう事だ?」
「カカカッ!あ奴はもう人の道を踏み外した!……言うなれば修羅よ!
我が『壊滅』は彼の者を選んだという事である!」
「……グッ!」
触手による波状攻撃が肩を掠る。
肩鎧を弾き飛ばされ、触手が突き刺さる―――、
「取った!」
満面の笑みを浮かべ、次なる攻撃の準備をするディアブロウス。
確かに触手は刺さった。刺さったが―――。
「……熱ッ!!?」
「自慢の触手も、こう焦げていては頼りないな?」
「き、貴様!何をした!?」
「忘れたか。私の二つ名を」
『煉獄具足。何千度という高温にでも耐えられるこの『煉獄』を持ってして、
我が身を超高温のマグマにて包むという技能だ。人間はおろか、魔族であってもこの高温には耐えられん。
「味な真似を……」
「ほざけ。いい加減そのお飾りを仕舞え。お前の強みはそんなものではなかろうに」
「カカッ!では後悔するが良いぞ!我が真の姿……!ここで顕す事になるとはな!」
大きく膨れ上がった触手を喰らい、自らの糧としてゆく。
奴の本領はこれからだ。あの魔王様でさえ一撃で屠れなかった数少ない魔人。
これ程までの相手と戦えるのは―――、
「心地が良いな。久々の感情だ」
この世界には自分と同格。またはそれ以上の者が多数いる。
その事実を知るだけで、戦いを求め体が震える。
我が右腕が熱を増す。
――――――
「……いよいよか」
手はずどおり、『煉獄』が応援に駆けつけ、なんとか『壊滅』との戦闘は潜り抜けられたはず。
これで来訪者達は研究所に向かい、入り口のゲートまでは何とか突破できるはずだ。
策は講じた。魔王様の案も頂いた。『叡智』の二つ名を預かるものとして、
戦ごとでは負けられないと、様々に知略を巡らせた。
しかし―――、しかしながら。それでもアレに勝てるビジョンが、
確実に勝てるという確信が、心から湧き上がって来ないのも事実である。
「帝国の大災害……。半信半疑ではあったが……」
―――そう、それは数年前の事。
エンスペリア帝国と呼ばれる、今の王都をも凌ぐ軍事国家があった。
その強さは大陸に敵無しと呼ばれ、我々魔王軍も警戒して当たるべき強大な敵であった。
特段恐ろしいとされたのが『人間攻城兵器』と呼ばれた魔術師の存在である。
圧倒的な魔術で敵軍を次々と制圧して行く様は、正に兵器と呼んでしかるべきである。
軍隊は数十万とも数百万ともいわれ、次々と侵略によって国家を広げ、
その勢力を強めていった。
魔王様の推察によれば敵は『来訪者』であり、異世界から来た、神のような力を振るう人間がいるとの事だった。
たかだか人間一人にこうまでされては魔族の名折れである。
我々は進軍を申し出た。
しかし、意外にも魔王様から出た言葉は「待て」の一言。
曰く、ここで我々を失うのは惜しいから、との事だ。
屈辱的であると同時に、恐怖さえ覚えた。
我々は強大である。人知を超えた能力を持っている。
十傑は他の魔族とは比較にならないほどの集団である。それを持ってして「こちらが落ちる」と判断した魔王様の慧眼に。
通常ならば敗北はありえない。人間の一人や二人、ひとひねりにして終わりだろう。
それがそうではない。魔王様の『眼』はこの時空間に捕われない。その『眼』を持ってして敗北を予見されてしまっては、
こちらとしては動くわけにもいかなかった。
そんなある日である。
かの『帝国』が崩壊したと聞き及んだのは。
それもまた、件の『人間攻城兵器』によって起こされた、
ひとつの大災害であったと言われている。
顔も知らぬその人間を、我々は敬意と畏怖を持って帝国の大災害と呼んでいる。
まさかその、大災害の化身そのものが、
研究者としてこの王都に潜んでいるなど……誰も思うまい。
「ウィード・ローツレス……あいつは果たして……、神をも殺す槍となり得るか……?」




