青年は始まりを回顧する
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眼が覚めたとき、「私」は普段と違う場所にいた。
部屋、と呼ぶにはおおよそ広すぎる真っ白な場所。
ここが少なくとも日本でない事、自分の肉体が既に朽ちているであろう事は理解ができた。
「……天国とは、こうも殺風景な場所だったのか」
あたりをぼんやりと見回していると、神秘的な雰囲気の、荘厳なドレスを纏った女性が現れる。
先ほどまでいなかった場所から、まるでそこに「発生した」かのような登場に、少しばかり驚いてしまう。
物理法則はどうした、と言いたくなる登場であるが、ここが現実の世界でないのであれば、幾ばくか受け入れる事もできた。
「君がここの管理人かい?私はここに来たばかりで何も分からない……いや、何故呼ばれたんだい?」
女性はゆったりと語りかける。
「――貴方は、何を望みますか?」
望み、か。
私の人生は、言うなれば研究に全てを費やしたといっても良いものだった。
ろくに青春もせず、ただひたすらに数式を見て、構築し、試行錯誤する。
そんな生活をもう何十年も続けてきた。
「そうだな」
少しばかり考えて、私は口を開く。
「……誰かの、役に立ちたいな」
ただ、それだけの事だった。
全ての始まりは。
―――
「大図書館……」
私の唯一のユニークスキルの名前だ。
このスキルを使うことによって、私は『古今東西のあらゆる蔵書』にアクセスする事ができる。
無論、現代日本も含めてだ。
『蔵書』の判定は複雑で、個々人の私書などは見ることができないが、公的に発表された論文は閲覧する事ができた。
また、こちらの世界の王族貴族が持っていた魔術における理論についての文書も手に入れる事ができた。
そうして色々なものを見比べるうち、どうしても研究者としてのサガが自分を動かした。
あれだけ研究に没頭し、あれだけ研究で全てを失ったにも関わらず、自分はまた愚かにも、研究に手を出してしまっていた。
「エースケ!またこんな所に引きこもって……!外に出ないと体悪くするよ!」
「フィー。心配してくれるのはありがたいが、私は以前よりずっと健康に……痛い!はたきで背中を叩くな!」
「埃っぽいなぁここ……ちゃんと掃除してる?大丈夫?病気してない?」
「ふふ、私も魔術というものをかじっているからね……大気中の水分量を増やして擬似加湿器にしているのさ!乾燥した空気でもばっちりだ」
「またわけわかんない事言ってる」
フィーは私のしょうもない冗談にも気さくに付き合ってくれる、数少ない友人だ。
この世界に転生し、最初こそ危険はあったが、今はつつがなく暮らせている。
時折危険地帯に乗り込んでは、珍しい植物などを採取し、薬や道具を精製し、日銭を得ている。
決して裕福とはいえない暮らしではあったが、私からすれば、このようなのんびりとした暮らしこそが理想であったのだ。
永遠にこの暮らしが続けば良い。そう思っていた。
―――
「軍からの徴兵?」
「……うん、うちの町からも何人か必要なんだって。困るよね、ただでさえ人が少ないっていうのに」
「……そうか」
「どこ行くの?」
「ちょっと外の空気を吸いにね。あんまり引きこもっているとまた掃除されそうだ」
徴兵。それは現代の日本でも聞いた事があった。
この世界では当たり前に戦争が行われている。あまり人口が多くないこの街も、
帝国からすれば徴兵の対象なのだ。
しかしながら、この平和な町にまでそれが及ぶ必要はないだろう。
私は一人、志願兵として名乗り出た。
―――
「ソドの町のものだ。徴兵と聞いて来たが……ここで間違いないか?」
「ああ……そうだが……一人か?あの町の規模なら10人は連れてこれるはずだが」
「諸事情あってな。私一人で十人分働こう」
「いや、一人では十人分等……」
そう言い終わらないうちに、手のひらに魔力を集中させ、
詠唱を紡ぐ。
「『灯火』」
詠唱完了と同時に、右手より火柱が立ち上る。
「な、なんと……高い!」
「この火柱は天をも穿つ。一人で十人分……いや、一人で十分という事だ」
本当は天を穿つほどではない。
単に大気中の酸素濃度を高めただけ。指向性のある炎というだけだ。
本当に天を穿ってしまえば酸素がなくなってしまうため、炎は消えてしまう。
―――
『大図書館』を持った私の力はこの世界において「異常」とも呼べるものだった。
魔術というものの基礎と、現代における科学。その二つを組み合わせた独自魔術は、圧倒的な力を持って他を退けた。
「『新緑の庭園』!」
地面から次々と木が生え、植物が敵を捕まえる。
単に敵を倒すだけなら殺す必要はない。無力化するなら地面から行くのが一番良い。
事前に空から撒いた、品種改良した種だ。
これを成長促進させ、地中と大気の魔力を使ってさらに強化する。
私の意志を介在させつつ、敵とみなすものを捕らえる。
味方ごと捕らえてしまうきらいはあるが、無傷ですむので問題はない。
「なんて範囲魔術だ……!これが噂の『帝国の人間攻城兵器』か……!」
「凄まじいな……これでは我々の出る幕もない」
「彼がいれば帝国は安泰だな」
―――
「この度の戦い、大儀であったぞ。エースケ・カンザキよ」
「は。ありがたき幸せ……」
「表を上げよ。我が帝国が磐石であるのは、全てそなたの働きあってこそ。
よって貴殿にはこの、オーディーンの勲章を捧げよう」
「なんと……!軍神の誉れを頂けると言うのですか!」
「左様。貴殿こそ軍神と呼ばれるにふさわしい。我がエンスペリア帝国は当代で世界を統一するのだ」
「もったいなきお言葉。このエースケ・カンザキ、軍神に誓い、この力を帝国のために奮いましょうぞ」
「すばらしい。貴殿の躍進を期待している。……そうだな、褒美に休暇を取らせよう。
貴殿は田舎に待たせている者がいるのであろう」
「そんな……宜しいのですか!?」
「よい。我が帝国は磐石である。貴殿がいぬ間とて遅れを取ることはない。
存分に休養を取るがよい」
「……は!」
しばらくの戦いの後、
私はまたソドの町へ戻る機会を得た。




