存在しない不文律
―――謁見の儀。
それはこの魔法学院において一年に一度行われる、重要なイベントである。
現代日本の言うところでの文化祭等に近いが、大きく異なる点が一つ、それが――
「おお、神聖騎士団の方々が本当にいらっしゃっている……!」
「王都魔術師団の面々もいらっしゃるぞ!」
「あちらはエメリア姫じゃないか……?近衛のお二方もいらっしゃるぞ!」
「パレード以外でお目にかかることがあるとは……この学院に入学してよかった……!」
そう、王都直属の軍、王国関係者へのお目通りが叶う、
非常に珍しい機会なのだ。
魔法学院では、学生、教員総出での歓迎となる。
もちろん、学内の警備はより厳重になり、王族関係者だけでなく騎士団、魔術師団もぞろぞろと連れ立ってくるのはそのためである。
学院の生徒は有名な貴族が大半を占めており、騎士団や魔術師団との関わりも深い。
実際、現代の学校と似たような部分があり、王族関係者とどれだけ縁があるかマウントというのが実在するので、
彼らは憧れであり崇拝の対象のようになっている。
現代的なマウント取りこそ理解しているが、流石に王族貴族ともなると理解しきる事はできないが……、
いつの時代も変わらないものだ。
「おお、ローツレス殿!貴殿はそうか……魔術師団に入団する事になったのか!」
「アーガイルさん……違います、今は学生として授業を受ける身でして」
「何……?魔術師団に入るなら俺が推薦してやるが……」
彼は王都神聖騎士団、騎士団長のアーガイル・グレイトランドである。
先日見学に行った際に気に入られてから、このような感じだ。
そしてそのフランクな態度は周囲の生徒から無駄にビビられるんでやめて欲しい。
「またローツレスだぜ……!」
「アイツは一体何者なんだ……?」
「実は王の隠し子……?」
「姫の許婚候補という話もあるとか……」
おいそこ、話に背びれと尾ひれをつけるな。
「しかし、今年の生徒は質が高いな……」
「パトリック、やはり見ただけで分かるのか」
「アーガイルさん、この人ってもしかして……」
こちらは初めて会う人物だ。
しかしながら王都魔術師団のローブ、そしてアーガイルさんと仲良く話しているという事は……」
「む、すまない。自己紹介が遅れたね。俺はパトリック。パトリック・ネザーフィールド。魔術師団の団長をやっているよ」
「は、初めまして……!ウィード・ローツレスです。こちらの学生です」
「ああウィード君、君の話は聞いているよ、しかし、学生……だったっけ?」
「体験入学みたいなものですかね、色々あって」
「ふうん……あれ?君、え?魔術……もしかして下手?あれ?」
――初見でわかるのか!?
流石魔術師団団長というだけある。
「クラーケンを屠ったというから余程の魔術師かと思ったんだけど……思い違いか。
どちらかというと剣技に覚えがあるようだね。魔術師団より騎士団のほうが良いかもな」
「それは自分でも思います。結局使いこなしてるのもエンチャントですし……」
「属性付与剣か。それは良い使い方だ……、魔力の節約にもなるし、丁度いいだろう」
「はい、ありがとうございます」
魔術師団のパトリックさんは、アーガイルさんほどのゴツさはないものの、
聡明そうなイケメンで、やはり長身だ。185cmくらいはあるのではないだろうか。
日本ではそこそこ長身の自分も小さく見えるので、コレが海外なんだな……改めて実感する。
「お兄ちゃん、そろそろ他のところに移動するよ」
「あ、わかったよ」
「そうか、我々も移動す……ンン!?ちょ、ちょっと待った、君、君は!?」
「はい?」
エメリア達と共に移動しようとしていたパトリックさんが、ヒナを見た瞬間血相を変える。
息が荒く、瞳孔が開いている。 ちょっと怖い。
「な、何ですか……?」
「君は……あれか!?ローツレス君が一緒に旅をしているという魔術師!?か!?」
「そ、そうですけど……」
「どうだ!?魔術師団に入らないか!?待遇も好きなようにするし、ローツレス君も是非一緒に……!」
いきなり早口でまくし立てるパトリックさんに、
アーガイルさんが肩をつかみ制止する。
「おう、どうしたパトリック?お前らしくないぞ」
「す、すまない……取り乱した」
すごいな。
ちょっと気持ち悪いとはいえ、あの感じ、ヒナの実力をほぼ初見で見抜いたという事か。
しかし一体、どうやって判断したんだろうか?ヒナはまだ一回もパトリックさんの前では魔術を披露してないはずだが……。
「パトリックさん」
「な、なんだい?」
「差し支えなければ教えて欲しいんですけど……、今、俺やヒナの魔術の素養を、見ただけで判断したと思うんですけど、
それどうやってやったんですか……?」
「ああこれ?魔力維持の優雅さをみただけだよ」
「優雅さ」
「ああ。誰でもできる……訳ではないが、訓練と、慣れだね。君は魔術は使えるんだろうけど、使うか使わないみたいな二択で、
恐らく発動は結構雑、複雑な術式は組めないし、高速詠唱は不向きかな、と」
「なるほど」
「そしてこちらの……ヒナさん、だっけ?彼女は……素晴らしい。まるで王宮召抱えの料理人かのような風体だ。
詠唱の下準備が全属性完璧にされており、全てを美しいバランスで保っている。今、この瞬間、どの属性でも連発できるほどだ」
どうやら、魔術師団団長は伊達ではないようだ。
しかしながら、このレベルの眼なら、ヒナが魔人であることもバレてしまいそうなものなのだが……、
未だに誰も気づいていないのは不思議なものである。
――――
講義をいくつかと、模擬魔術戦、そして学外活動などを見学し、
「謁見の儀」は無事終了した。
いや、まだか。
城へ戻るまで、が謁見の儀であるという事を忘れてはいけない。
王族関係者と俺達お付は、総勢50名を越す大所帯だ。
姫の乗る馬車とは、なるべく近い位置に配置し、警戒を怠らない。
今のところ賊による攻撃などもなく、順調に馬車は進んで――――、
……ん?
「ウィード君!エメリア様の馬車……進行方向がおかしくない!?」
「……確かに!?」
「お兄様!あのままでは王都の外へ出てしまうです!」
「わかった!ヒナ!」
「任せて!『暗視』!」
ヒナが素早くエメリアの乗る馬車の馬の視界を奪い、混乱させる。
まずは馬車の動きを止めること、そして中を確認することだ。
瞬間、馬車の中から黒い霧が発生する!
「またか……!」
「エメリア様!」
「ヴォルフさん!もしかして姫は……!」
「ああ、この一瞬で連れ去られた!まさか従者に化けているとは……!」
―――予想以上に敵の襲撃は早く、かつ狡猾であったようだ。
一瞬のうちに姫を攫われてしまう。
しかしながらまだここでは瞬間移動は不可能なはず。
「トーラス!」
「任せてよ!」
彼が作ったゴーグル―――それは現代で言うところのサーモグラフィ。
視覚ではなく、温度で敵を見つけることができる!
「そこッ!!」
トーラスが魔術銃を発砲、――そして爆発。
ヒットしたかどうかは霧のせいで不明だが、牽制くらいにはなるはずだ。
レスト・イン・バレットは睡眠系の魔術、エメリアに当たっても問題ないはず。
銃の爆風で霧が晴れ、敵の姿が見える。
敵は従者に化けた……?いや、もしかしたら操られているだけかもしれない、
従者二人と……燕尾服の男性が一人!
「なるほど……たかだか人間、と甘くみておったが、中々やるものもおるようであるな?」
「追い詰めたぞ賊め!姫を返してもらおうか!」
現在は王都内、であれば騎士団の加護が最大限に働くはず。
この人数に対しての対策はそう簡単に思いつくものではないはずだ。
しかし、燕尾服の男は微動だにせず――不敵な笑みをたたえたまま動こうとしない。
「お兄ちゃん!アイツはきっと魔術師……いや、それだけじゃない!『防壁』!!」
ヒナの防壁が張られた瞬間、俺の横を赤い鉤爪のようなものが通過する!
幸い人払いは済んでいるため住民への被害はない……しかし、騎士団の面々は!?
……騎士団、魔術師団ともに軽傷のようだ。
多少傷ついたものはいるが、死者や重傷者はいない。
しかし、今の攻撃は一体……?
「アーガイルさん!気をつけてください!アイツは恐らくただの魔術師じゃない!なんらかの特性を――」
「ああ。そんな事よりローツレス殿、頭が高いんじゃあないか?」
「――ッ!?」
瞬間、後頭部をつかまれ、地面に顔面を叩きつけられる!
「なっ……!?アーガイル、さん……!?」
「お兄ちゃん!……くっ!」
ヒナはユユ、トーラス、俺をかばいながらも触手の攻撃を弾いている。
まさか、あの触手は……!
「『魔術付与』、『二律背反』!アーガイルさん!ごめん!!」
アンチノミーを加えた剣の腹でアーガイルさんをぶっ叩く!
するとアーガイルさんの様子がまた変わる――!
「あれ……?ローツレス殿、俺は今……何を?」
「やっぱり……!」
「カッ、カッ、カッ……!追い詰めた?面白い事をほざくのであるな、人間」
触手の攻撃が止まない、一発一発はおそらく大したダメージではない、
剣で十分に弾き飛ばせる弱さではある、あるが……!
「ウィード君!?騎士団の人たちが皆剣をこっちに向けてるよ!?」
「お兄様!魔術師団の方々も詠唱を始めてるです……!?」
これは……間違いない!
人間を操ることができる魔術!
しかしどうして……この一瞬で、この人数を……!?
ヒナでも魔術での掌握は一人ずつだったはず……、先ほどの触手が何か関係しているのか……!
「お兄ちゃん!アイツの触手に気をつけて!当たるか、傷つけられるか……とにかくあれが発動の基点になってる!」
「アーガイルさん!わかりましたか!アレに当たらないで下さい!」
「わかった!先ほどは油断していたが……もう大丈夫だ、すまない!」
「カカカ……手土産は多ければ多いほど良いであろう。少し遊んでやるとしよう」
燕尾服の男の眼が怪しく光る。――この魔力、まさか。
「――欠番!」
「欠番?」
ヒナが何かを思い出したような表情をする。
欠番、という言葉から連想されるものといえば―――、ま、さ、か……!?
「カカ、我を識るものがおるか、それもまた一興である。しかし欠番という呼ばれ方は聊か不敬であるぞ。
我は『存在しない不文律』である。しかと刻みつけよ」
「ヒナ、まさか……」
「そのまさかだよお兄ちゃん……アイツはおそらく、元、魔人十傑、今は欠番の枠となっている10番目。
『壊滅』のディアブロウス!」
「か、壊滅!?」
まさかこんなところで、新たな魔人十傑と相対する事になろうとは。
周囲を刃に囲まれ、エメリアを人質に取られた状態――、ここからどうやって立て直すか。




