戦火の兆し
「ドロシー!?」
「はい、ドロシーです。あまり説明している時間はないんですけれども……、順を追って話しますね」
「え、何でここに?何が……?」
「落ち着いてください。もしかしたら気づいてたかもなんですけれど、まず私達は店長の指示で娼婦のフリをして町で情報収集を行っていたんです」
「フリだったのアレ!?」
ここにきて衝撃の事実が発覚する。
「若干楽しくなってきてしまったのでやってた部分もありますが……、あくまで我々の仕事は情報取り。
娼館は騎士団の方も王族の方も、役人の方も利用するので王都について把握するには最適な場所でした」
なんという事だ……、そんな事が……いやでもそれはそれで興奮するな……じゃなくて!
「と、トーラス!大丈夫か!?ショック受けて死んでないか!?」
「え?何が?」
「何がって……今の衝撃の事実だよ!仕事内容さえ知らなかっただろ!」
「あ……」
そう―――、トーラスにはドロシーの仕事内容をずっと隠してきた。
それがまさか、こんな形で暴露されることになってしまうとは。
純潔純潔とうるさい世界観で、想い人が娼婦だったときの衝撃たるや自害ものではないのだろうか?
ここに来て友人を失いたくはないぞ。
「……ふ、それが彼女が選んだ仕事ならば、僕は応援したい!」
「トーラスさん……!」
か、かっこいい!?
いつの間にこんなキャラになったんだ!?
「トーラスが大丈夫そうなら問題ないな……続けてくれ」
「はい。王都へ潜入してしばらく経ったころ、我々は件の『失踪事件』の事を知り、
裏があると踏んだ店長は、仕事の同僚らしい……ハルさんと一緒に魔法学院で調査を行いました」
「それで今の『赤装束』を見つけたって事か」
「そうです。店長は学者のフリをして、ええと……『所長』に近づき、今日までその人間関係を調べていたんです。
先日になってようやく、城内の協力者を見つけられたらしく、我々も本格的に動くタイミングが着たという事です」
「なるほど……しかし店長は何故、最初に所長を見つけた時に殺さなかったんだ?」
「それは……私にもわかりません。『情報がどこまで広がっているか分からなくなってしまう』と仰ってましたけど……なんの事なのか」
おそらく、終末兵器の事だろう。
城内の協力者とはルイドスだ。アイツは結局ヒナの魅了を受けたせいで廃人になったんだっけ……。
ヒナは兵器か何かか……?
「そして、ついに王都でも失踪者が現れました。今回は騎士団も認知しているようで、捜索を行っています。
赤装束達とぶつかるのも時間の問題かと……」
「それは流石にまずいな、王都で赤装束と騎士団がぶつかってみろ、それこそ内乱じゃないか」
王都での内乱は他国に飛び火しないとは限らない、というか隣国との状況を知らないが、
こんな大きな国で内乱なんて起きたら……。
「赤装束達を止めないと……、というよりどこに行けば?拠点を叩けばいいのか……?」
「お兄ちゃん、そもそもここが拠点だよ」
「あ」
完全に忘れていた。
だがそれならばそれで不思議なことがある……敵は、どこにいる?
「機械兵達もいないし、赤装束もいない。ここはそんな重要な拠点じゃなかったって事か?」
「いいえ、違います。アレを見てください」
「あれ……?」
――壁。一言で表現するとそういうものだ。
半透明であり、ガラスのようにも見えるが、はっきりとした圧迫感を感じる。
これは……魔力の、壁、か……?
「ウィード君、これは単なる魔力障壁じゃないよ。どういう原理かは分からないけど……常に発動している」
「は?常に発動?」
「フィガロス君の言った通り。この魔力障壁は常に発生し続けている。だから破壊しようと打ち消そうと、その瞬間に次の障壁が出てくるようになってるね」
「待った、それは理論的にできるのか?」
「…………できるわけ、ない」
すこし間を置いた、トーラスの呟きは真に迫っており、
それを見る周囲からも否定の言葉がなく、何よりも現状を物語っていた。
「これは魔術道具によって自動発生させられているものだ。理論はわかる。僕でも似たようなものは作れる。
だが……魔力源があまりにも必要すぎる。例えば『無限に魔力を発生させる機構』でもなければ……」
「魔力を無限に発生させる機構……?」
「む、何か思いついたか?来訪者よ」
ハルモニーも思い当たるところがあるような口ぶりだ。
しかしながら、『無限』に近いエネルギーを発生させるものといえば……まさか。
「思いつくものはある。だが、これがこの障壁の中にあるんだったら……」
「どうしようもない感じ?」
「……ああ、おそらく」
実際のところは見るまでわからないが―――、想定できるものとすれば一つしかない。
核融合炉だ。
核融合によって発生するエネルギーを全て魔力に変換する機構があればそれはできるはず。
あのエネルギー量であれば実質無限という量を作り出すのも不可能じゃないだろう。
しかし武器ではなく防御障壁として使うとは考えたな……。
最初は核融合炉を無力化すれば勝ちだと考えていたが、それが核融合炉の発する無限のエネルギーに守られているのではどうしようもない。
こちらも同じ量のエネルギーが用意できれば別だが、それは土台無理な話だ。
「え、詰んでね?」
「そういう事です。とりあえずお兄さんが起きてくれたのでまだ挽回のチャンスはあると思っています」
「え、俺にそんな重い期待がかかってるの?」
「お兄ちゃんならいけるんじゃない?」
「お兄様ならいけるです!」
「重い、重いって」
全く何も思いついてない状況なのに重過ぎる期待やめてほしい。
拠点は潰せない、あいつらがどこから来るかわからない、それでどうやって戦えと……。
「来訪者、『叡智』から話を聞いたが、お前は様々な機転で今まであらゆる状況を好転させてきたらしいな」
「まあ偶然みたいなところもあるけど……」
「ならば今回も何か良い案が思いつくのではないか?」
「急な無茶振りで流石にどうしようもないというか……」
「……ふむ、ならば逆に考えてみるのはどうだ」
「逆?」
「ああ、奴らは王都の人間を誘拐する必要がある。なれば、誘拐される前提で動けばよい」
「前提で動くって、誰がいつ誘拐されるかもわからないのに……あ、そうか」
「何か思いついたの?」
「いや……成功するとは思わないけど……試してみる価値はあるかも」
誘拐しやすい状況の人間を必ず誘拐しにくるのであれば、
おあつらえ向きの状況を用意してやるという手がある。
そして奴らの傾向は少しずつ読めてきている。
魔力量の大きい人間等、なんらかの傾向がある。
ならばその傾向に当てはまる人間を『囮』として使えば―――、
「……気が進まない」
「ふ、やはりあるんだな、来訪者よ。我々はその指示に従うぞ」
一人いる。
まだ誘拐されておらず、彼らが望みそうな人物が。
おそらく何度か過去に誘拐を試みたはずだ。今回も騒ぎに乗じて、という考えはあるはずだ。
であれば……。
試す価値はある、んだろうなあ……。
「城へ行こう。まずは話だけでもしてみるよ」
俺が考えた「作戦」は明らかに穴だらけのものであり、
必ず成功するとは言いがたい。
しかしながら―――、奴らの狙い俺の考えたものと同じなら……必ずひっかかってくれるはずだ。
だとしてもあまり使いたくない手ではあるが。
俺達は研究所を後にし、城へ向かうことにした。




