失踪事件の謎を追え
「せっかく来たのだ、ゆっくりしていくといい」
クッキーと紅茶を人数分用意し――、エドワード・アレクサンダーは席を外す。
おそらく俺のいた世界では『アレイスター・クロウリー』と呼ばれていた人物だ。
実在する「魔術師」の一人で、オカルトに傾倒していた。
「世界で最も邪悪な男」と書かれた事がある程の人物だ。
しかしながら、この世界はまだ1800年代のはず。
見たところ彼は40歳以上に見えるが……、向こうとはやはり歴史が違うのか?
もしくは俺の見立てが間違っているという事も……。
「お兄ちゃん?」
ヒナの声でふと我に変える。
相当怖い顔をしていたらしい、周囲から心配したような表情が見える。
「あ、ああ……悪い。それで、メリーベルさん、俺達が来たのは古代魔術について聞きたいのもあったのと……、
実はもう一つ目的があったんだ」
「ふふん、何となく察しているわ?調べ物をしているようね?もしかして……失踪事件の件とか?」
「すごいな、何でわかったんだ?」
「事件らしい事件、といえばコレが出てくるもの。それに……」
「それに?」
「……いえ、何でもないわ。何から聞きたいのかしら?」
すこし――、会長ことメリーベルの表情が暗くなった気がする。
失踪事件というとあまりいいイメージがないのは確かだが、これは……。
「も、もしかしてメリーベルさん、その……」
トーラスがおずおずとメリーベルの様子を伺う。
この反応は恐らく、間違いないだろう。
「……ええ。失踪した子の中に、私の友人もおりましたの」
彼女は紅茶に眼を落とし、先ほどまでの雰囲気が嘘のように静かになっていた。
「よく笑う子でした。とっても強くて、美しくて。
それこそ、今のリーズベルトさんのようでしたわ」
そう語る彼女の眼は、ほのかに涙を浮かべ、
さまざまな手を尽くし、それでも見つけられなかった「その子」との別れを想起させた。
「……すみません、突然こんな事」
「いいえ!話すわ。最後まで……。だって、だって貴方がたは……!」
そこまでいって、涙が零れ落ち言葉が止まる。
「貴方がたは、私達にとっての希望なんですよ」
「希望……?」
ハンカチで丁寧に会長の涙をふき取る様を見ていると、
どちらが年上なのか分からなくなってくる。
「最近の学院の様子を見ていると、また事件がおこりそうな予感はしています。
でも、今年は違う。だって、貴方がたがいるから……」
「いや、そこまでの……」
「いいえ、私にはわかるの。貴方がたがわざわざここに来たのは、この事件を解き明かすためでしょう?」
確信めいたものさえ感じるその言い回しから、もしかして俺達の事を知っているのかと勘ぐったが、
どうやらそれは杞憂のようだ。彼女のこの瞳が嘘をついていると言うのであれば……むしろ騙されてもいいだろう。
「……ええ、俺達はそのためにここに来た。いや、呼ばれたと言ってもいい」
「……なるほど」
目元に涙を浮かべながらも、その表情は最初会った時と同じ、凛とした強いものに変わっていた。
――――
「二年前の被害者は推定5人……」
「推定?」
「ええ。私達が確認できただけ、という事ですの。学校側さえ把握していない可能性がある」
「でも学校は生徒の名簿があるはずですよ、流石にわかるんじゃ……」
「いいえ。名簿と……生徒の記憶。一部の『記憶』にまで干渉する魔術の形跡があったのです」
「記憶に干渉する魔術……!」
間違いない。前回俺とトーラス、そして襲撃犯の生徒が受けたものだ。
あの魔術は受けた側からすればその事に知覚できない程の凶悪なものだが、どうやってこの人は理解したんだろう……?
「私が偶然、自分が受けた記憶干渉に気がついたのは、『日記』のおかげでした」
「日記……!なるほど」
この時代においてはかなりポピュラーなはずだ。
逆に対策をしなかったのが不自然なくらいだ。
記憶干渉魔術まで使えるのに、日記みたいなものを見落とす……?
何かのヒントになるかもしれないな。
「当時の私は日記に度々現れる『その子』が何なのか分からず、周囲に聞くも……当時はかなり大規模な記憶干渉があったようで、
誰もわからず仕舞いでしたね……ただ、偶然寄った古書店のおばさまが、私と『その子』の事を覚えていた」
「それがきっかけで、少しずつ思い出せたんですよね」
「ええ。どこまでが記憶で、どこまでが想像かはわかりませんが……確かにその子はいました。
いいえ、今もきっと、どこかで苦しんでいるはず……!」
ふむ……人攫い、しかも5人程度……。これは何か理由があるな。
殺すだけならその場で殺せばいい。今回相対した敵にはそれだけの力があったはずだ。
敢えて殺さず、記憶を消した。それに何か意味があるはずだ。
「どうして人をさらったんだろうね……?」
トーラスがふと、純粋な疑問を投げ込む。
「ええ、それが私達も……最後までわかりませんでしたの。共通点もあまりなかったような気がしますし」
「……あまり?もしかして一つか二つ、共通点があったんじゃ?」
「そうですわね……銅から白銀まで様々でしたが……皆、基礎魔力量は多かったような気がしますの」
―――基礎魔力量が多かった? それってつまり……。
「ヒナ、基礎魔力量が多い奴が、強力な魔術を習得したら強いか?」
「流石にそれは当たり前すぎるよ。何言ってんのお兄ちゃ……え?」
「ウィード君!何か気がついたのか……いっ!?」
そう言うが早いか、俺は椅子を蹴って走り出していた。
「――ユユ達が危ない!」
―――――――
みなさん、ごきげんよう。
私、ロジーナ・ピリフルア。どこにでもいる普通の貴族の女の子。
今日は仲良しのお友達と紅茶を楽しんでいたの。空き教室で他愛のないお話をしながらね。
それがどうしてこうなっているのかな……?痛っ!扱いが雑~ッ!
今日は私、花をあしらったお洒落なローブに、可愛らしいお日様のブローチをしてきたの。
目隠しをされ、口をふさがれ、両手両足が縛られていなければもっと素敵だったのにね?
……………。誰か助けてぇぇえぇえぇえええ!?
「むぐぐぐ~!?」
叫び声は声にならない。これでは詠唱もできないわけで、魔法もからっきし使えない……。
ユユちゃんとユフィールさんは近くにいる事はわかるんだけど……二人も同じみたい。
ええと……教室にいきなり煙が入ってきて……意識を失ったんだっけ。簀巻きにされて運ばれてる事はわかるんだけど、
これ、どこいくの……? あ痛っ。
……と、すこし周りが静かになるのがわかる。ひんやりとした空気、ここってもしかして……地下かな?
私達を運んでた人(?)が再びゆっくりと歩き出す。
先ほどまでとは状況が違うみたい。
「――全く、人使いが荒いよな。今年はどうしたんだ?やけに手荒というか、なんというか」
「あまり文句を垂れるな。我々は言われた仕事をこなすだけだ」
「はいはい。真面目真面目……」
どうやら彼らも一枚岩ではないらしい。そういえば、ウィード君達が何かの事件について調べていたような。
確か、失踪…………え?
もしかして、あれ!?私達!?失踪する側になってる!?
嫌!流石に嫌!まだ恋の一つだってしていないもの!私は素敵な王子様と結ばれてお姫様として素敵な一生を終えたいの~…っ!
「むぐぐ……!」
「こら!おとなしくしろ!
「ンッグッ!?」
蹴り上げられたのか――、よく分からないけど、背中に強い衝撃があったことだけはわかる。ずきずきして、痛い。
「む……」
おとなしくしていたほうがよさそうだ。それよりも……私達、どこへ連れて行かれちゃうのー……?




