トーラスのプレゼント大作戦
――王都グランディアは、「王都神聖騎士団」を持つ強力な軍事国家だ。
あらゆる国から注目され、牽制され、数百年規模での侵攻を許した事の無い強固さ故、
軍事国家以外の側面も強くなっている。
それがこの、グランディア城下大商道だ。
「なんでも、この前神聖騎士団の人たちが、近くあった魔人の砦を封印して、
商人さんも来やすくなったらしいよ」
おそらくそれは……先日俺たちと近衛、そして魔王によって対処したあの件だろうな。
しかし共食はヤバかった。あれは魔王がいなければ普通に負けイベントなんじゃないかと思うほどだ。
ヒナの能力は基本的に最強クラスのチートではあるが、ああいう「意思の無い相手」には効かないし、
俺の能力も同様、「悪意の無い相手」に効果は薄い。
ああいった手合いがまた出てきた時のため、俺も新たな能力を手にしておくべきだ。
その一つが日々、トーラスに教えてもらっている魔術付与だ。
なるべく強力かつ、効果的な能力を付与できればいいんだが……。
「ウィード君、聞いてる?」
「あ、ごめん。ボーッとしてた」
「頼むよ……僕女子と話すの想像以上に苦手なんだよ」
「わかってる……その形容詞が冗談でない事くらいはわかってる……」
「ローツレス君、また何か考え事?落ち着いてるかと思ったけどちょっと抜けてる?」
「確かにお兄様は若干非常識な所があるですよ。『島』で育ったユユよりも知らない時があるです」
「ええっ!?ユユちゃんより……!?」
「ぐっ……田舎の出身で悪かったな……」
ちなみに異世界転生者である事は伏せている。
理由は簡単、「敵は学校内にいるから」だ。
ユユの無詠唱魔法、ヒナの強力な魔術を見せるのは予定外だし、
正直目立ちたくは無かったが、これで向こうも学内で目立った行動はしてこないだろう。と信じている。
なんせ敵の実情についてはわからない事だらけだ。魔王の眼をもってしても、
「学内にいる、複数人、既に何らかの兵器の製造を行っている」という所までしかわかっていない。
便利なのか便利でないのか……。
「大丈夫……学院では、あまり常識は、優先度が高くないから……」
エフィールさんからすればそりゃそうだろうなという感じである。
この人は本当に掴みどころがない。しかしながら敵になった場合、最も警戒すべき相手の一人だ。
ユユ同様、無詠唱魔法の使い手であり、更に魔術のスキルや、戦術の巧みさに関しては恐らくユユより上。
以前の戦いでユユの雷撃をまともに喰らった経験から、エルフの魔法は悪意が無ければ確実にヒットする事も含め、
俺の天敵のような相手になる。絶対に戦いたくない。
「あ、まずはあそこじゃない?女の子への贈り物といったら……装飾品!」
そう。今日はトーラスのたっての願いから、
彼の想い人、ドロシーへの贈り物を探しに来たのだ。
いきなり贈り物なんて引くだけだってと言ったが、彼はとりあえずそれしかアプローチを知らないらしく、
それならば男らしく当たって砕けてみようという結論になった。
「ねえフィガロス君、そもそもその人ってどんなものが好きなの?」
こういう時普通女子であるロジーナは頼りになる。
というか普通女子とは言っても学院に通ってる以上、お金持ちって事なんだよな。
苗字もあったし、やっぱり貴族なんだろうか?
「ええと、彼女が、好きなもの……」
「…………」
「好きなもの………………好きそうなもの…………」
「…………」
「ウィード君、何か知ってる?」
「知らんのかい!!!」
突っ込みのキレがいい。
やはりロジーナ、頼りになる。
「俺もあの子の事はあまり詳しく知らないんだよな……。うーん……服とか?」
「普通だなー……もうちょっと具体的になんかないの」
「うぐっ……そうだな……、動きやすくて若干露出があって華美すぎない程度にお洒落な服とか?」
「やけに具体性に溢れてるね……逆に何でそこまでわかるのか気になる」
「ウィード君…………?」
「その眼をやめてくれ……」
トーラスに問い詰められたらきっと良くない展開になると思ったので、そそくさと距離を取る。
あとユユからも滅茶苦茶鋭い眼で見られているような気がする。もうなんか魔力でわかる。
「とりあえず服がいいのかな……ならばオーダーメイドで魔法石の付いた魔力武装のできるものを……!」
「フィガロス君一回黙ろうか?」
「えっ」
「私……あまり男女のやりとりに詳しくないけど……殆ど初対面の人にそれを渡されたら気持ち悪いという気持ちは理解できるわ」
「ユユも全然詳しくないですけどわかるです」
「えっ、えっ」
「フィガロス君、想定以上だね」
「ええ…………」
ボロカスである。
でも確かに殆ど初対面の相手からオーダーメイドの豪奢な服を貰ったら相当気持ち悪いと思う。
この世界でもそういう感覚は普通なのか。
「もっと当たり障りないものにしなよー……、消耗品とかさあ。そもそも何やってる人なの?学生?」
「えっ……そういえば彼女、何やってる人なんだろう……?」
「それも知らないの!?何、何があってここまで……!?」
「道端であって唐突に一目ぼれしてたな」
「フィガロス君ちょろッ!」
「グッ……!何とでも言うがいい!僕は自分に正直なだけだ!」
まあオタクが唐突に可愛い女の子に優しくされたなら惚れるよな。
わかる。わかるぞ。しかしちょろいって言葉こちらでも通じるんだな。
まあ俺にわかりやすい言葉に変換されてるだけかもしれないが……。
「ウィード君は知らないのかい?知り合いみたいだったけれども……」
「……ええと、接客業だったかな?俺も詳しくは知らないんだよな」
「接客業か……!是非働く姿を見てみたいな!」
「おいおい知り合いが冷やかしで行くのは滅茶苦茶嫌われるんだぜいいか絶対に行くなよ店の場所も聞くな」
「えっ……、わ、わかったよ……」
許せトーラス。
「結局あんまりわからずか……まあプレゼントなんて元々そんなもんだしいいかあ」
「わ、この髪飾り……可愛いです!」
「本当、ユユちゃんに似合いそう……」
「じゃあそれ買うか」
「……いい、です?」
「え?そりゃそうだろ。いつも世話になってるし、この前の戦闘でも本当に助かったよ。
お前がいなきゃどうなってた事か……。むしろもっと高いものでもいいんだぞ」
「いいえ!これがいいです!えへっ、えへへっ」
ここ最近で一番の笑顔かもしれない。とびきりの笑顔でスキップするユユはさながら天使か妖精のようだ。
エフィールさんも信じられないくらいだらしない顔になっている。わかり手だ。
「はい、ありがとうね。さっそく装備していく?」
RPGあるあるのセリフだ。
「ユユ、どうす……ん?」
装備していくようなそぶりだったが、何故か俺に髪飾りを手渡すユユ。
装備していかないという事か、俺が持って帰ればいいのだろうか?
しかし、ユユのポシェットは髪飾りくらい余裕で入りそうだ。
……なるほど。ここで鈍感かますほど難聴主人公ではないぞ。
ユユの絹糸のような髪をかき分け、髪飾りをつけてあげる。
コレでよかったのだろうか。微妙に曲がっている気がしなくもない、やり直――
「ありがとうですっ!お兄様!」
天使の微笑みに遮られた。
この笑顔を見てしまっては、逆に今外すというのが問題に感じてしまう。
少し曲がってるし何か位置も微妙だが、これでいいのだろうか。
ユユは俺の腕に絡んできているし、相当ご機嫌なのが見て取れる。
どうやら選択肢は間違ってなかったようだ。
「……それだッ!!」
「えっ、何事」
「フィガロス君、今の見てた!?アレがお手本!女たらしの基本!」
「俺は女たらしじゃないぞ!?」
「どうだろう……君なんか女の子の知り合い多そう」
それはこっちの世界に着てからの話であってだな……。
反論できないのが悔しい。
「…………」
そしてエフィールさんの目が怖い。
ユユが腕に絡み出した辺りからじゃんじゃん魔力が高まっている。
しかしここまで魔力感知ができるようになったなんて俺も成長シタナー。
「つまり僕も……髪飾りを買ってその場でつけてあげれば!?」
「それはもうちょっと好感度上がってからかな……」
ほぼ初対面という前提を忘れてはいけない。
ユユも会ってそんなに経ってないけど。
「ここは逆に……トーラスの特技を活かす、というのはどうだろうか」
「特技を、活かす……?」
――――
俺達はその後、装飾品を少し物色し、
魔法道具店に来ていた。魔術薬学や、魔術工作の授業で使うこともあるため、学生御用達だ。
「こんな所に来て何を?」
「結局プレゼントなんてものは……気持ちが一番じゃないかなって」
「それは、そうかもしれないけど……」
「ウィード君は何か考えが?」
「えっ気づいてないのか……?トーラス、お前の特技と言えばほら」
「ああ、魔術道具……、え?もしかして」
「そう!ここの工房を貸してもらって、魔術道具を製作しよう!」
「ええっ……!?」
いたってシンプルな話だ。
高価な魔術道具は、普通に考えてドン引きだ。
しかしながら安易に装飾品を渡すのも、高級娼婦である彼女からすれば悪手だろう。
何せ高級な装飾品は貰い飽きているという所だ。
オリジナリティがあり、かつ彼女に喜んでもらえて、ドン引きされないものは何か―――?
ベストではないにせよ、ベターなアイデアと言えるだろう。
「で、でも僕の魔術なんてそんな、大したことないし……」
「ふっ、トーラス、何を言っている……今日いるのは俺達、鉛だけじゃないだろう?」
「あ……!」
そう。女性陣は俺達に比べて圧倒的にクラスが上だ。
ロジーナが銅、ユユが銀、そしてエフィールさんは金だ。
クラスにはいくつか階級があり、それぞれ魔法の習熟度等で反映される。
俺達の鉛から始まり、鉄、銅、銀、金という順だ。
ちなみにそれよりもっと上の階級もあるらしい。ヒナの白金がそうだが、いくらなんでもすっ飛ばしすぎではないだろうか……。
「そうか、他の人に魔術を込めてもらえば……!」
「それプレゼントの意味なくない?」
トーラス、君今回の趣旨分かってる?
「え、でも僕が魔術を込めてもたいしたものには……」
「今から頑張って魔術を習得すれば良いのでは?」
「気軽に言うね!?」
ちなみに魔術の習得は才能がないと控えめに言って地獄だ。
俺はヒナから「分けてもらった」ので火球系統が使えるようになったが、
他はからきしなので、これから勉強しなければならない。
魔術の習得は、言ってしまえば自転車に乗るとか、逆立ちをするとか、
一度「コツ」を掴めば簡単だが、それまでは中々難しい、というものだ。
とにかくコツを掴むまで繰り返し地道にやっていくのだが、
やりすぎると魔力欠乏で意識を失うので、気をつけないといけない。
俺は例外的に魔力欠乏でも意識を失わないので、やっぱり何らかの加護が働いているのだろうか。
「うーん……でも、いきなり手作りのプレゼントなんて、重いのでは?」
「フィガロス君、君その発想ができてなんでミスリルのプレート渡したの?」
「常識があるのかないのかわからないです」
ほぼ常識が皆無のユユにここまで言われる一般男性……。
本当に役人の息子なのか。
「そういえば……貴方、魔術道具の製作ができるの?」
「フィガロス君、工作取ってたっけ……?」
「ああ、ええと、祖父が、自動人形の製作をしていて……。
それで、小さい頃からそういう……人形みたいな、道具に魔力をこめるのが得意になってて……」
「すごいじゃん!今度工作教えてよ!」
「ええ!?ぼ、僕のは独学だから、参考になるのか……」
なると思う。俺も先日から彼に「魔術付与」の勉強を見てもらっているのだが、
非常に指摘が分かりやすい。
おそらく彼は日々のトライアンドエラーから、「何故失敗するのか」の理由解明がよくできているんだと思う。
失敗の内容に対して適切なアドバイスができるため、魔術付与や魔術工作では非常にできた先生だと思う。
しかしながら、ここまでできて鉛というのはいまいち納得がいかない。
所謂、「評価されない項目」という奴なんだろうか。
「まあでも、フィガロス君が魔術工作ができるっていうなら、話は早いよね。
贈り物にするなら『守護精霊』なんかがいいんじゃない?」
「守護精霊……?」
「です……?」
「そ、二人は知らないかもしれないけど、贈り物として、こっちでは珍しくないの。守護精霊は製作者、
または持ち主の感情や、魔力の大きな変化に反応して、自動防衛行動を取る、自動人形の一種。
買うと高いんだけれど、手作りならまあ引かれる事はないかなって」
「それ、手作りかどうかとかってわかるのか?」
「そりゃわかるよ。売り物は明らかに豪華だしなんか無駄にキラキラしてるよ」
「私も……いくつか、持ってるわ……。使った事はないけれど」
エフィールさんは相当強いのでいらないんだろうなあ……。
無詠唱魔法は中々珍しいスキルのようだし。
「でも僕、精霊魔術なんて使えないよ……!?」
「ええ、だからこれから勉強をするの!参考書は私が持ってるし……ユユちゃん!」
「はいです?」
「精霊とかって呼べる?」
「んー……多分呼べると思うです。魔術の様式に直すのは誰かにお願いしたいです……」
「そう……なら私が魔術式に直すから……、それを彼に習得してもらう?」
「ん!それでいいと思う!わかった?フィガロス君」
「ええーっと……?つまり僕はこれから精霊魔術を覚えるって事ですか……?」
「贈り物、渡したいの?渡したくないの?」
「渡します!!!我が家名にかけてッ!!!」
「よろしい!」
―――そうして、トーラスのプライドをかけた、
過酷な特訓の日々が幕を開けたのであった!
待って?これトーラスが主人公では?
俺は?俺の立場は?




