決闘と放課後お買い物
「結婚?いいよ。―――ただし、私に勝てたら、ね」
ヒナが交際や結婚を申し込まれる事は、もはや珍しくない。
そもそもが超絶可愛い美少女である上に、魔法の才能に関しては随一と呼べる程で、
さらには国王との繋がりもあるとなれば、貴族達はこぞってヒナを奪い合う。
そういうのはもう面倒になってきた、というヒナがこの提案をするのは、
まったくもって意外ではなかった。
「それでは、学院法に則り、決闘の儀を行う。監督は私、ロゼ・ゴドルフィンが行うッ!」
決闘の儀――、
俺も先日初めて聞いた言葉だが、ここでは割と良くある話らしい。
曰く、「貴族には譲れないプライドってものがある」らしく、細かな行き違いで諍いが起きる事が多く、
それならばいっそ戦って決めようというのが学院のスタンスだとか。
もちろん、致命傷に当たるような殺傷行為は禁止。
いじめや恐喝、犯罪の温床になるのを防ぐべく、決闘の際は必ず先生が一人監督に付く。
お互いに強制の意思がない事を確認した後、決闘は行われる。
「双方、自分の要求を述べよ!」
「は!自分、ルドルフ・ウィンストンはこの決闘に家名の誇りをかけ――、勝利した暁には、
彼女、ヒナ・リーズベルトを我が家に妻として迎え入れる所存です!」
「そうですね……私、ヒナ・リーズベルトは特に欲しいものはないんですけど、強いて言うなら……」
「ふむ、なんだ?」
「この戦いで失ったモノ……、それを不問にしてください」
「戦いで失ったもの……?ふむ、ルドルフ・ウィンストン、この要求に異存ないか!」
「は!家名の誇りにかけて!」
「よし!それでは双方の要求、私が学院の誇りを持って認めよう!――初め!」
戦いの火蓋が切られた。
ヒナの相手はルドルフ・ウィンストンという学生で、学内ではまあまあ有名らしい。
俺よりもいくつか上のクラスで、金の校章を胸につけている。
「ヒ、ヒナちゃん大丈夫かな……まさかあのウィンストン相手に決闘なんて……」
「確か何かで有名なんだっけ……」
「そっか、ローツレス君は編入してきたばかりだから知らないよね、アイツは水属性魔術の使い手。
それも応用の上級魔法をいくつも使いこなしてる。もう魔術師団からスカウトもかかってるってくらいらしいの」
解説はユユ達の友人、ロジーナだ。いい感じに普通で、素朴に可愛い。
ゆるい茶髪と垂れ目がチャームポイント。身長がユユと近いからか、何やかんやで仲良しだ。
「ウィード君、本当にいいの!?彼に負けたらヒナちゃんがあいつのお嫁さんになっちゃうんだよ!?」
そしてこちらの表現が可愛いのが俺の友人であるトーラスだ。今だにロジーナ達と直接話すのは結構しんどいらしい。
童貞の波動がすごい。
「うーん……負ける気がしないというか、いざ負けそうになったら割って入るというか」
ロジーナ達と一緒にいる、ユユ、そしてユユをめちゃくちゃ気に入ったのか膝の上に載せて観戦しているエフィールさんも、
なんだか面白い見世物だなあくらいの雰囲気だ。
「ロジーナちゃん、安心するです。ヒナちゃんが負けるのは……まずないと思うです」
「ん……。なんというか、格が違う、ものね……」
ゆったりとした物腰と裏腹に、目線は鋭い。
はっきりとここでの実力差を見切っているようだ。
「ふふっ……我が魔術を見て腰を抜かさないように!『麗しき水の精霊よ――』」
「遅い。『詠唱中断』」
「『―――――』 え?」
会場の全員が息を飲む。
異世界チートもびっくりのとてつもないチート技に、俺ですら驚愕する。
いや、あんなのアリか?
「これはね、自分よりも格下の相手にしか仕えない、へっぽこ魔術なんだ。でも効いたってことは、そうなんだね」
ゆっくりと練習用の木剣を持って近づくヒナ。
いきなりの出来事に驚愕し、おろおろする事しかできないウィンストン。
「『火は水を蒸発させし、土は水をせきとめ。風は水をさらう。《水魔術詠唱阻害》』」
「がっ……!?」
いきなり、ウィンストンは自分の首がしめられたかのようなリアクションをする。
おそらく今の詠唱、名前からすると……。
「おお!本来ならば決闘中に監督が口を出すものではないが……今のは素晴らしい!
この決闘は課外授業のようなものだ!リーズベルト!解説を頼む!」
「はい。この魔術は火・土・風・水の四属性を極めた者だけが習得できる、『詠唱阻害』の魔術です。
一定時間、相手は指定した属性の魔術詠唱ができなくなります」
「うむ!皆もこれを習得できるよう、満遍なく魔術の勉強をするんだぞ!」
生徒達が感心している横で、ウィンストンは必死の形相だ。
魔術の発動すら封じられた彼は、もはや何ができるのであろうか。
「ま、待て……!近づくな!『水よ……』あ、あれ?何故だ!詠唱が、詠唱ができない!?」
「ウィンストンさん、詠唱ができなくても、戦う事はできるよね?他の魔術は?剣技は?体術は?」
「ひ……や、やめろ!来るな!」
「……まさか、水魔術を封じられただけでもうおしまい?そんな弱っちい雑魚が、私に求婚してきたの?」
「うわっ……うわああああっ!!」
杖をぶんぶん振る姿は滑稽で情けなく、魔術特化の魔術師が、得意魔術を封じられた時の末路を、
まざまざと見せ付けられていた。
「『痛みは増幅し、反復する。《痛覚倍増》』」
「ウッ……!?な、なんだ!?何をした!?」
「てい」
バシン!と子気味良い音が響く。
同時にウィンストンの叫び声が練習場に響いた。
「ぎゃあああああああああああああッッ!!!???」
「痛い?ごめんね。でももっと痛くするね。貴方が弱いから。雑魚のくせにこんな所に来ちゃったから」
バシン、バシンと腰や足、頭、腕等様々な所を殴打するヒナ。
その様相はまさに悪魔。忘れていた彼女の役職、『魔神十傑』にふさわしい所業であった。
「ぎゃああああああッ!!痛いッ!!痛い!!!やめ……やめてください!こ、殺さないで……!」
「いもむしみたい。情けないね。弱っちい雑魚ならもうこれ要らないよね。てい」
校章を引き千切り、投げ捨てる。
校章の紛失は重大な校則違反となり、どんな状況であったとしてもそのクラスの剥奪を意味する。
そして最下層である鉛からのやり直しをさせられる。
のたうちまわるウィンストンから校章を奪うと、右手を踏みつけ、杖も奪い取る。
「コレもいらないよね。――えいっ」
「あああ………あああああああ!!!あああ!!」
しっかりと装飾された豪奢な杖を、踏みつけ、てこの原理でへし折るヒナ。
相当固いものであるために、身体強化を使ったか、それとも魔人なので元々腕力がすごかったのか……どちらだろう。
「……先生、もう終わりでいいですか?これ、もうダメだと思います」
「……あ、ああ。そ、それまで!この決闘、ヒナ・リーズベルトを勝者とする!」
―――生徒達がざわめく。
先ほどまでアイドルのようにもてはやされていたヒナは、
今のパフォーマンスで一気に悪魔へと変貌した。
トーラスも半泣き、ロジーナも引いており、ユユとエフィールさんは「やっぱりなあ」みたいな顔で見ていたので、
エフィールさんはヒナの正体についてちょっと気が付いているのかもしれない。
「あの……この場を借りて皆さんに言っておきたいんですけど」
勝者のヒナから一言――、会場が静まり返る。
「私に交際を申し込むのも、結婚を申し込むのも結構です。でもその時は必ず……校章をちぎって捨てて、杖を折り、ついでに心も壊します。
その覚悟がある人は、いつでも来てください。私は待ってますから」
――その日から、ヒナに求婚をする者が一気にいなくなり、
代わりにゴドルフィン先生が担当する、「体術の基礎」「体術応用」「実戦格闘」の講義に人がめちゃくちゃ増えたらしい。
その日からびっくりするほどゴドルフィン先生に気に入られ、着々と先生からの信頼が厚くなっていくヒナであった……。
「ヒナちゃん今日も可愛い~」
「髪の毛もさらさら……いい匂いする~」
「ねえねえ!リーズベルトさんってどこに住んでるの?」
「この後お買い物行こうよ!」
「…………」
「…………」
求婚する男子はほぼいなくなったものの、
女子からの人気が四倍くらいになってしまっていた。
「元々女性の魔術師は、男性の魔術師に比べて肩身が狭いからねえ……ヒナちゃんは皆の希望っていうか」
「……そうなの?」
「うーん貴方は別格というかなんというか」
ヒナもめちゃくちゃこちらに混ざりたそうなのだが、
もはやあの人波の前では流石の魔人十傑もどうしようもないようだ。
「ユユも同年代の友達ができてよかったなあ」
「はいです?確かに……村では少なかったですね」
同年代の友人、同属の友人……エルフという希少種では相当珍しいだろう。
引き合わせてくれたこの学校にも感謝しないといけない。
「さて、じゃあ俺達は今日も魔術付与の練習を……トーラス?」
「…………」
「トーラス?」
「……ハッ、ウィード君……、頼みがある」
「頼み?」
「…………………………」
「いや早く言え」
「女性への贈り物探しに……つきあってくれないか!?」
「あえての俺!?」
せっかく女性が三人いるのに!?
「フィガロス君だっけ、何々、恋バナ?」
「ッ……!?」
ひょこ、と会話に参加するロジーナにビビるトーラス。
いい加減慣れようよ。ていうかこっちでも恋バナっていうんだ。
「え、えと、あの、その……まあそういう感じというか……」
「楽しそー!ねね、ユユちゃん、エフィールさん、私達が手伝ってあげよーよ!」
「そうしてくれると非常に助かるな……俺だけじゃ女性の喜ぶものとかわからんし」
「ぼ、ぼきゅもッ……」
今ガリって言ったけど大丈夫?
「舌噛んでる……?大丈夫?フィガロス君」
「……………」
大丈夫じゃなさそうだ。
「あ、でも謁見の儀が近いんだっけ……フィガロス君は準備とか大丈夫なの?」
「ああ、ええと、その……僕は、その、同好会にも、入ってないし……」
「そうなんだ。じゃあいっか。エフィールさんも、ユユちゃんも大丈夫?」
「……謁見の儀って何です?」
「あ、そっか、ユユちゃんって最近来たばっかり」
「俺もだ。教えて欲しい」
名前からすれば、高貴な方へのお目通り、といった所か。
城にでも行って魔術を披露するのだろうか?
「この学院が元々王都魔術師団を養成するための教育機関ってことは、ローツレス君達も聞いたでしょ?」
「ああ知ってる。世界から優秀な魔術師を集めて競い合わせるというのもまた一つらしいが……」
それは入学当初に聞いた気がする。
魔術師団に入る事がこの学校でのステータス。ここは高等専門学校みたいなものと言ってもいいんだろうか。
「謁見の儀はね、その王都魔術師団、神聖騎士団達が学内の視察に来るの!優秀な学生を見つけるためにね!」
「なるほど」
所謂青田買いというヤツだ。就職活動中の学生に対して、
こちらからアプローチをかけるようなもの。確かにこの学院は優秀な生徒が多そうだし、
他に行く前に声をかけて置くというのは合理的だ。
「一定の実力を持ってる人なんかは、ここぞとばかりにアピールして、
魔術師団の方に名前を覚えてもらうの!当日は実技の講義が増えるから、それに向けて練習する人も多いよ~」
「だから練習しなくて大丈夫?って事だったのか」
「そうだったのね……」
「エフィールさん?貴方はもうずいぶんこの学校にいますよね?ね?」
「そうだったかしら……」
マイペースだなあ……。
「お兄様はもう神聖騎士団みたいなものですし……特に目立つ必要もないと思うです」
「だな、謁見の儀に関しては他の学生に任せても良さそうだ」
「何か今すごい発言が聞こえた気がするけど、もう驚かないでおくね」
「ピル……いやロジーナ、君順応が早くて助かるな」
「ファストネーム呼びがすごく自然だったら許したよローツレス君。でもファミリーネームも覚えてね。ピルじゃなくてピリフルア」
「ごめんピリフルア」
「ロジーナでいいよ」
「わかったロジーナ」
「よろしい」
ノリが良くて順応性が高い。これはユユの今後の学生生活も安心ができそうだ。
このままなら俺がいなくてもなんとかやっていけそうな感じがする。
女子生徒の波にもみくちゃにされているヒナには申し訳ないが……、
俺達は学生らしい感じで放課後お買い物会に出かけることになった。
まさか30過ぎてからこんなに学生っぽい事をする事になるとはな……。




