潜入、王都魔法学院
「……ハ、多少の拷問程度で俺が吐くとでも思ったか」
「頑なだな」
「こいつ……面倒……」
王への報告を終えた俺達は、ヴォルフ達がいると言われた地下へ向かった。
そうするとまさかの拷問の真っ最中であった……。
「む、ローツレス殿……、終わったのか。勇者殿は」
「まお……勇者は王様と話があるんだってさ」
「何してるの?拷問?」
「ん……。こいつ……喋らない」
かなり痛めつけた痕があるようだが、赤装束の男は平気そうな顔をしている。
拷問慣れしているという事か。余程の訓練を受けているのだろう。
ていうかヒナ、軽いな。ユユは若干血の気が引いているというのに。
「じゃ、任せて」
「ん……?」
「『ちゅーじつなる下僕どもよ!ヒナちゃんの虜になあれっ、《愛魅了》っ』」
「無駄だ!魅了魔術程度対策していないと思ったか……!俺はヒナちゃんの忠実なる下僕!この程度で……あれっ?」
「おじさん、おじさん、ヒナに教えてくれるー?」
「もちろんだよヒナちゃん!なんでも聞いてね!」
「……な、何をしたんだ?」
「『魅了』は試した……、でも防御された……つまり……『独自魔術』」
「『独自魔術』か……!お前以外のものを目にするのは初めてだな」
独自魔術……、なんとなくニュアンスで聞いた感じだと、
既存の魔術ではなく、独自に編み出された魔術形態という事だろうか。
それがどれだけすごいのかはよくわからない。他の魔術は最初出てきた時はオリジナルなんじゃないのか……?
「お兄様はもしかしてよくわかってないです?」
「よくわかってないので説明して欲しい」
「そもそも……魔術は……、魔法を元にして作られた」
「そこまでは……」
確か効率がいいのが魔術で、効率が悪いのが魔法だっけか。
魔力消費が大きい分、元々の手持ち魔力が強い魔族や神族にしか向いてないとか。
「魔法の元である『四大元素』……火、水、土、風。これらを筋道に今の魔術はできている」
「あれ……それじゃあ今のヒナみたいな精神系は……?」
「うん……これは『闇』属性とされ、四大元素とはまた別の属性として……近代の魔術学において重視されている」
「へえ……」
「俺も魔術はそこまで専門ではないが……光は神の力に近い、雷撃、治癒も含む。
闇は人の力に近い、洗脳、呪縛に使われるようだ。闇魔術はリスクもあって、独自研究する学者も少ないと聞いたが……」
「私は元々適正があったからね!闇魔術の専門みたいなものだし。もちろん、四大元素も一通りできるよ!」
「……すごい、ヒナちゃん、えらい」
「えへへ!でしょ!」
「ユユは光魔法が得意です!魔術はまだ勉強中ですけど……」
「光っていうと、雷撃とか治癒か。ああ、なるほど……」
驚くほど思い当たる節がある。
本当に得意なんだろうな……。
「まあ……ここまでの6属性は……あらゆる学者によって研究がされ……多くの魔術が体系化した……。
つまり……最短の詠唱で、最大の効果が発揮できるもの……」
「そうじゃない、新たな詠唱によって別の効果が発揮できるのが、独自魔術……?」
「せいかい……」
現代風に言うなれば、他の人が散々研究したテーマで1から新しいものを発見して、
それを証明するようなものか……。あれ?これ相当難しくねえ?
「実際、独自魔術は現代魔術の劣化版が多いから……誰もやろうとしない」
「そういう感じなのか……」
「私のは完全に現代の『魅了』とは別ものなんだよ。だから通常の魔法阻害とか関係ないの」
いや、いくらなんでも強すぎるのでは……?
「さ、何から聞いちゃう?」
「うむ、まずはヤツとの関係性だな」
――その後、赤装束の男は驚くほどあっさり秘密を話した。
自分達が金で雇われた傭兵である事、
ルイドスの事をあまり快く思っては無いが、ルイドスが語った話は面白かったという事……。
「話、とはなんだ?」
「俺が聞いたのは……戦争の歴史を変える、とかなんとか」
「戦争の歴史を変える?」
「ああ、なんでも今までの兵器じゃ想像もつかねえようなヤツを作ってるんだと。
大砲も出てきたっていうのにこれ以上すげえものを作るなんてすげえよなあ」
「……なるほど」
「ローツレス殿、何かわかったのか?」
「いや、確証を得られたわけではないから……」
「わかった……話したくなったら……聞く」
「助かる」
「絞れる情報はこんな所かな?」
「うむ。協力感謝する」
おそらく……ルイドスは魔王が言ってた、『終末兵器』の関係者だ。
しかしながらルイドスもまた……誰かの手駒なのか?
終末兵器というとんでもないものを扱う相手にしては、情報の管理が疎か過ぎる。
「捕まってバラされる事も前提、という事か……」
「お兄様?」
「いや……なんでもない」
この街に潜む「悪意」はこの程度ではないのかもしれない。
今一度気を引き締めてかかるべきだろう。
――――
それはそれとして。
「これが魔術教本……」
「ゆっくり見ていきなさい。ふぉふぉ」
俺達は町の外れにある魔術道具屋にやってきていた。
王都魔法学院はその名の通り、魔法を学ぶ学校だ。参考書としていくつかの魔術書が必要で、
最初の試験で使うために、俺も魔術を習得しなければいけない。
「魔術なんてやった事無いけど大丈夫かなあ……」
「大丈夫だと思うです?」
「え、何でそんなあっさり」
「魔力量じゃないかな?」
二人とも、「できて当然では?」みたいな顔でこちらを見る。
「魔力量……?」
「はいです。お兄様の魔力量は普通の人よりも大きいと思うです」
「私もはっきりとわかるわけじゃないんだけど……ちょいちょい吸ってるけど平気そうだなって」
「ちょいちょい吸ってたの!?」
「ごめんなさい~……おいしくてついつい」
「味があるのか!?」
「仕方ないです。お兄様、ヒナちゃんにとっては食事そのものといって良いですから……」
「えへへ……もちろん人間みたいに自然と大気から吸収したり、食事を摂取する事で体内で作ったりもできるんだけど」
食事って魔力を生成する手段だったのかよ。
「お兄ちゃんから吸うのがなんかもう楽で~……心地よくて~……」
「……今度ユユもやりたいです」
「別に構わないんだけどさ……」
魔力を吸われる、というのは感覚がよくわからない。
今度吸ってる最中のヒナに聞いてみるか。
「そうだ二人とも、買うものは決まったか?」
「はいです!ユユはこれを!」
「私はこれと、これと……」
ユユは俺と同じ「魔術の基礎」という本だ。初級魔術が四大元素分ちゃんと載っている。
ヒナは「偉大なる魔術師になるために」という分厚い古い本、そしてちいさめの杖だ。
「あ、杖……」
そういえばユユは自分用の杖を持っていた。
魔術師となると、杖も必要になってくるのだろうか?
ガングは使っていなかったし……ヴォルカニクスも持っていなかったけど。
「そういえば、そもそも杖っているのか?」
「ん?いらないと思うよ?」
「何で買うんだ!?」
「杖は媒体としての役割があるからね。それっぽくなるの!」
「媒体として?」
「うん、例えば火球の魔術を手の上に出現させると、慣れてない人だと火傷しちゃうの」
「そうか、そういやそうだ……!」
今まで魔法、魔術は「なんか皆できてる」というざくっとした認識しかなかったが、
よく考えれば普通に火は火なので、俺が下手に扱えば火傷するのは目に見えてる……!
「だから魔術と自分を切り離すのに使える。それに……」
「よい杖はそれ自体が魔力を持つです。私の杖も、森から持ってきた大切なものです」
懐に収まる程度のちいさな杖だ。つくりは素朴だが、木の美しさ、気位の高さが伝わってくる。
質感がすごくよい。高級品だろうという感じがする……。
「まあ、最初だし、そんな大仰なものじゃなくていいかな……」
と、乱雑に樽に入れられている杖を見つける。
その中で、自分の体格に丁度よさそうで、握りやすい杖を見つけた。
「お、これがいいな」
「お兄ちゃん、お目が高い!」
「え?」
「ふぉっふぉっ……わかるのかい?お嬢ちゃんや」
何故か店主の老婆も上機嫌である……この杖は、いいものなのか?
「これは神木の一種から切り出された木だと思うよ。魔法効果とかはわからないけど」
「詳しいねえ、お嬢ちゃん」
「いやっ……な、なんとなくだよ!」
なんとなくで済む領域ではないと思うのだが……。
―――
そして、無事一式を入手した俺は……魔術の練習を始めた!
「編入まであと一週間!なんとしてでも魔術を身に着けてみせる!」
「がんばれお兄ちゃん!何でも教えるからね!」
「ユユも手伝うです!」
そう、魔王、そして国王の推薦によって入学できる俺だが、
編入後の実力テストだけはさけられない。
それによって生徒の魔力・魔術能力をランク付けし、授業に反映させるのだ。
そのため、いくらコネがあろうと魔術が使えなければ意味がない。
「『火の精霊よ、我が手において力とならん……《火球》!」
すぽっ……
空気の抜けたような間抜けな音。
これは『火球という基礎魔法で、9歳くらいの子でも楽勝で使えるようになるらしい。
超簡単で、びっくりするほど習得しやすい魔術だ。
「……何がダメだったんだ」
「イメージじゃない?」
「イメージ……?」
「そ、火の精霊が集まっていくイメージ。目線はまっすぐ、杖の先と平行にするといいかも。
そして強くイメージするの。自分の血液がめぐるように、大気にめぐるマナの動きを感じるの。
火は破壊。だけれども同時に再生でもあるの。そのイメージを強く持って魔術式を組んでみて」
「む、難しい……」
「……時間かかるかもね」
「お、お兄様、ガンバレです!」
「うん……」
ヒナやユユ曰く、「魔法は物心付いたときから何となく使える」ものらしい。
それが暴発しないように調整を聞かせてやるのが魔術の役割だ。
魔術は発動を簡単にするだけでなく、実行者がより魔法を制御しやすくなるというメリットもある。
「イメージ……」
「そう、イメージ」
「『火の精霊よ、この手に力とならん……《火球》!」
すかっ
「あれえ」
「今度は詠唱を間違えたんじゃないの?」
「ああっ……!?」
集中すると詠唱を忘れる。かといって詠唱ばかり気にすると体感的なイメージがおろそかになる……、
前途多難――かもしれない。
――そして一週間が経過した。
「《火球》」!
こぶしよりもふた周りほども大きな火球が、虚空へと消えていく。
「お兄ちゃん!安定して打てるようになったね……!」
練習は思いのほかしんどかったが、ようやく俺も精霊の声を聞くことができるようになったようだ。
「これで十回連続成功……!これならば!」
「そこまで準備しなくてもよかったと思うけどな……ま、できたし結果良ければってやつだよね!
早速学校に行こ!」
「編入は今日からだったか」
「そうです。既に資料も貰っているですよ?」
「おお……」
学校に関する資料だ。
校則のほかに、簡単な魔術についての紹介が載っている。
「へえ……本格的だ」
「だね!私も前から気にはなってたんだよね。まさか通うことになるとは思わなかったけど」
「ユユも楽しみです!同年代の人とあまり……魔法のお話はしなかったですし」
二人からすれば始めての学校体験というところなのだろう。
見ていて微笑ましい気分になる。
――
「それでは、基礎魔術でも、応用魔術でも構いません。
一つ魔術を見せていただき、力量を教えていただきます」
「はい!」
この学校ではローブは正装の様だ。
上品な黒めのローブに身を包んだ長髪の女性から、指示を受ける。
編入テストは既存の生徒がやることはないので、
特に来る必要は無いのだが……。
「あれが編入生かあ」
「なんだかさえない男だな……」
ざわざわと練習場に集まるギャラリー。
先生の手が空いている時間、という事で放課後に編入試験を行ったため、
編入生に興味がある生徒達が集まってきたようだ。
そしてさえない男は余計だ。
「でも女の子は可愛いな」
「本当だ!親戚かなんかか?珍しい組み合わせだよな」
ヒナ達が人気である事は、今更気にするまでも無い。
あれだけ可愛いのだ、騒がれて当然だ。
「まずはウィード・ローツレスさん。貴方の魔術を披露してください」
「はい!」
俺は勢い良く返事をし、詠唱を始める。
「『火の精霊よ、我が手において力とならん……《火球》!」
ぺしょっ……。
「え」
「ぷっ……」
「あはははは!何だ今の!見たか!?」
「『ぺしょ』って言ったぞ!」
「魔力切れか~~!?」
「はっはっは!何だよあれ!あれが王の推薦した実力者だったっていうのか?」
「だっせぇえ~~!」
あ、あれ……こんなはずでは?
「ローツレスさん、典型的な魔力切れですね。体調は大丈夫ですか?」
「ええ、何も……」
「そうなんですか。珍しいですね……、ふつう、魔力切れは立っているのも苦しいほどの疲労と聞きますが……」
「はあ、すみません……」
「少し時間をおいて再試験します。……関係のない生徒は騒がないように!」
ぴしゃり、と試験管が観客の生徒達を叱る。
少し恥ずかしかったのでありがた……ん?
この気配、
この感じは……!
「ひ、ヒナ?」
「お兄ちゃんはださくない……」
ぶつぶつと俯きながら呟くヒナ――、そして観客に向き直り
「お兄ちゃんはすごいんだから……!ここにいるアンタたちよりずっとすごいんだからーーーっ!!」
半泣きである。
俺がバカにされたのが余程頭にきたのであろうか。
「ヒナ、気持ちはありがたいんだけどあまり目立つのは……」
「証明するから」
「え?」
「お兄ちゃんは私よりも強い……!お兄ちゃんは私よりもすごいんだから、
こんな所にいるやつらなんかに負けはしない……!」
変なスイッチが入ってしまったヒナを止めることはできない。
もはや俺は諦めの境地に入っていた。
「それではヒナさん、試験用の魔術を」
「はい」
子供のように喚いていた表情が一変。
それはいつしか見た、賢者としての側面――。
「『猛き、轟々とその力を示す原初の火よ、生命の源、古来よりたゆたう原初の水よ、
その地において、全ての根幹となりし原初の土よ。そして、全ての世界にあまねく存在し、
我らを導きし風のマナよ』」
ヒナの詠唱はどことなく唄のようにも聞こえる。
美しい響きに、生徒達が魅了される。
「いきなり四大元素同時詠唱かよ」
「流石に失敗するだろ。あれ……いや、まてよ……?」
ヒナの詠唱に呼応するかのごとく、四つの魔法陣がヒナを中心に展開されていく。
「『今、我が求めに答えん。我は力を持ちし者。全ての元素、全てのマナよ。
この世界に生きとし生ける生物として、我が声を聞け。
火はいずれ燃え尽き、水はやがて枯れ、土はそして崩れ、風はきっと消滅するだろう。
今在るこの奇跡に、今集いしこの求めに。我が手において全ては満たされる』」
そして滅茶苦茶長い詠唱を、一言たりとも噛まず、丁寧に続けるヒナ。
魔法陣が強化されていく様は、まさしく詠唱の成功を物語っていた。
「この詠唱、この魔術は……!」
いくつかの生徒、そして試験管はこの魔術の事を知っているようだ。
驚きの声、感嘆の声、流石に成功するはずがないだろうという野次。それら全てが、ヒナには聞こえていないかのようだ。
「『我が手に、強靭なる四大元素の力を集めろ!出でよ偉大なる龍!《四大元素龍》!!』」
瞬間――
輝く光と共に巨大な龍が召喚され、
一発の咆哮と共に、生徒を畏怖させる。
たった一度の咆哮だけで、生徒の中には気絶するもの、逃げ出すもの、
様々なものがいたが、少なくとももう、ヒナの魔術について野次を飛ばすものはいなかった。
「ありがと、エレメンタル。もういいよ」
そういうと、強大なオーラを放つドラゴンは虚空へ消えていく。
「い、今のは……!」
「えっと、参考書の最後のほうに載ってたやつなんですけど……これでもいいですよね?」
「もちろんよ!というより貴方……本当にあれを詠唱しきったのね!?まさか、編入試験で見られるなんて……!」
「あ、あれ……そこまですごいヤツなのか?」
ちょっと心配になってきたので、ユユに魔術のすごさを聞いてみる。
「あの魔術は……発動が大変なだけで、基礎さえできていれば魔力的には難しいものではないです。
お兄様にわかりやすく例えるならば、両手両足で同時に異なる魔術書を書き写すくらいの難易度です」
それは実際無理だと言ってるのと同じだぞユユ。
「任せてくださいですお兄様!ユユはちゃんと目立たず、普通の魔法で試験をこなすです!」
「めちゃくちゃ頼むな?」
ヒナは試験管にすごく気に入られてしまっているようだし、
なんなら生徒の目線も先ほどまでとは違う。プロ野球選手を見る子供のようなキラキラした目をむけているものもいる。
それほどすごかったのだろう。あの驚きようも納得だ。
「あっ、えっと、ユユさん、ですね?始めてください」
忘れてませんでした??
「はいです!『火の精霊よ、我が手……あれ?この手……?あっ、えっと、《火球》!』」
ボン!と爆発音が響き、試験管によって作られた魔術障壁に火球が衝突する。
俺が作るものよりも何倍も大きい、かなりの魔力量によって作られた火球だ。
ただ……。
「今、詠唱間違えたのに発動しなかったか?」
「詠唱短縮……?もしくは詠唱改変か?」
「ユユさん、貴方今……」
「え、えへへ!」
あいつ絶対無詠唱で放ったな……。
魔術詠唱忘れたから途中で詠唱中断して、無詠唱魔法に切り替えたのか。
そのせいで変な誤解が生まれてるし……!
「…………」
「ローツレスさんは、後でもう一度試験をしましょう。体調が大丈夫なら、すぐやってもかまいませんが……」
「そうですね」
生徒たちがごったがえしている……。
ヒナとユユはあわあわするばかりで、もはや状況が飲み込めていないようだ。
目立たないようにするはずの潜入捜査だったが、もはやこの状況ではそれは望めないであろうことが見て取れる。
この学校生活、果たしてどうなってしまうやら……。




