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30歳童貞聖騎士おじさんVSドスケベロリサキュバス  作者: 御園蟹太郎
第二章 目指すは王都グランディア
24/71

積み重ねた歴史

――――




……。



…………きてる。



………………生きてる!




「た、え、たッ……!」




がっちりと俺の腕と足に食い込む龍の牙。しかしながらその牙は体をぐいぐいと押し込むだけで、

俺の肉を貫いてはいない。そもそもこの牙……何か、違和感がある?


『神龍』と呼ばれる存在は少なからず神に準ずるもの。

とどのつまり、「神にもらった」俺の力と同等なのではないかと心配していた。

事実、この状況を鑑みるに龍がもう少し本気を出していたら死んでいただろう。


ん?龍がもう少し、本気を出す……?


ユユを抱え込むようにしてうつぶせになっていた俺だが、

そのままふわりと体が浮き上がる感覚――、


魔法か?と思ったが違う。単に「持ち上げられた」のだ。



そのまま、ぺいっ、という効果音が似合いそうな感じで横に放り出され、

俺や村人達が準備した供物をガツガツと食べ始める。




「……助かった、のか?」


「あ……え……?」



ユユはガチガチと震えながら、真っ青な顔でこちらを見る。

まるで死人でも見つけたかのようだ。


これで俺が本当にちぎれて死んでいたら流石に怖いが、どうやら体に傷らしいものはない。

放り出されてできた擦り傷くらいのものだ。



「なんっ……なんで!」


「ん?」


「何で、ユユをかばったのですか……!」


「何でって……」


「貴方はこんな所で死ぬべき人じゃない!やっぱり気絶させて簀巻きにしてでも納屋に閉じ込めておくべきでした……!」


「相変わらず考え方がハードだな……」



腰に回す手を強めながら泣きじゃくるその姿は、

年齢相応の少女そのものであった。


いつもどこか――、巫女として、その立場のために大人びた振る舞いをしているようだったが、

今この瞬間だけは、子供として甘やかすのが正解のようだ。


神龍が供物を食す中、ゆったりとユユの髪の毛の感触を楽しんでいたが、

ふと厳しい目線に気づく。



「はっ……すみません、真面目なシーンでしたよね」



じろり、とこちらをにらみつける神龍。

もの言いたげな表情ではあるが、流石に表情から察するほどの技術は持ち合わせていな――




――  人間よ  ――



えっ



――聞こえているか、人間よ。その様子であれば、問題なかろうな――




「……貴方も()()、できるんですか?」



――見よう見まねだ。して人間よ、貴様に伝えるべき事がある。その子を置き、少し前に出よ――



「ユユ、すこしここへ……」


「……え?」



言われたとおり、ユユからそっと体を離し、

ゆっくりと神龍に近づく。



――それでよい。  ふんっ――



「がっ!?」



ぶおん、と体を半回転させる。神龍の尻尾が、ものの見事に俺を弾き飛ばし、近くの木の枝にたたきつける。

加護は効いているのか効いていないのか、頭をぶつけたショックで吐きそうになる。

両手両足がずきずきと痛む。少し骨をやったかもしれない。



「何……を……?」



呼吸をするのも辛い。べっとりと血がついているのが見える。

しかし、龍は俺を殺す気ではなかった。



「使徒さま!!」


「来るな!」



駆け寄ってくるユユを手で制す。

神龍には何か――意図がある。




――軽率に命を放り出すという事が、どういう事かわかったか、馬鹿者。――



神龍は咆哮と共に俺の心に直接語りかける。

まるで心臓でも握られているかという居心地の悪さだ。




――良いか、あの時お前を一口で咬み殺す事など造作もなかった。生かしてやったのは温情だ。それを理解しろ――



「……ッ」



言葉が、出なかった。

確かに、俺は絶対防御の加護にあぐらをかいていた。


今まで何度も死に掛けておきながら、まだ助かると思っている。

主人公補正がどうとか、そんなレベルの話ではない事はもうはっきりと理解しているのに。



――もうお前の命はお前のものだけではない。それを理解せよ。使命ある者――



「し、使徒、様……」


どろどろと血を流し、死に掛けているように見える俺を流石に放ってはおけないか、

ユユがおずおずと近づいてくる。



――ふ、説教をしたかっただけだ。理解し、反芻し、肝に銘じたならば、その子の治療を受けよ――



「……ありがとう、ございます」



――その感謝、その決意、行動で見せてみろ。その子の命が次、脅かされる事があれば、その日が貴様の命日と知れ――



「……ユユは、あなた方にとって特別な?」



――我々ではない。()()()()()()、だ。――



「世界に、とって……」




「使徒さま……、その、おけが、を……」



神龍におびえながらも近づいてくるユユ。

流石にそろそろ話してあげないとかわいそうだ。



「ユユ、頼む、回復してくれ……それから、この神龍は、悪い(ひと)じゃない」


「ふぇっ……」


無詠唱で治癒魔法をしながら、神龍を見るユユ。君そんなんもできたの?



しばらく治癒をしてもらうと、体の痛みは大分楽になった。

血を失ったのは戻らないので、帰ってレバーとかを食べたい気分だ……。なんとなく貧血な気がする。




――先ほどはすこしやりすぎたか、人間よ。すまなかったな。侘びと言ってはなんだが……貴様の心配事を一つ、解消してやろう――



「心配事……?まさか!」




――察しが良い。やはり貴様、頭が回るようだな。その知略、もう少し活かせ。――



「はは……すみません」


「使徒様……やっぱり、その、神龍様と?」


「あ、うん……村に話しにいこうって」


「え」


「ダメかな」


「いや、そのですね、ダメとか、そういうものではないですが……、

えっとその……神龍様のお言葉は絶対なので……その……」



「じゃ、行きましょう神龍様」



―― うむ ――



「えっ本当に行くですかそのやっぱりやめとくとかそういう」


「すまんユユ、こればっかりは……」


「……わかりましたです。もうこうなったら、殴っても聞きませんですものね」





――――




「うわあああああああああああああああああああああああ」


「神龍様が山を降りてこられた!!!!」


「終わりだ……もうこの村は終わりだ!!!」


「逃げろおおおおおおおおおおおお」




「……こうなると思ったです」


「はは……」



阿鼻叫喚の村人をよそに、ぽかーん……、といった顔のヒナとエメリア。

何があったかは大体理解したが、ほんまにやりおったこいつみたいな表情である。



「あの、一旦落ち着いて……」



「うわあああああああああああああああああ」


「船の準備だああああああああ」



「話を……」




すう、と俺の後ろで神龍が息を吸い込み。




――咆哮。




森では動物達の呼応する悲鳴、

魔物達が逃げ出していく気配。



びりびりと地面を走る衝撃。思わず膝をつく。


「―――ッ……」



そして、村はすっかり静まり返っていた。

恐怖、驚き、戸惑い、様々な感情が村人達には渦巻いていた。


せっかくの助け舟をむげにするわけにはいかない。



「神龍様から要望があるそうです」



「よ、要望……?」



声を上げたのはやはり、村長だった。

この状況で唯一、恐れながらも、会話をしようという意思を感じる。



「はい。供物として『巫女を捧げるのはもうやめて欲しい。それよりも、魔物の肉や、魔核を増やして欲しい』ということでした」


「え、ええ……?」



再び人々がざわざわと話し始めるが、

神龍のひと睨みでまた静かになる。



「し、使徒様……それは?どういう……」


「神龍様からすれば、子供一人の魔力など、あってないようなもの。

それよりももっと、豊富な魔力を持つものが良いと」


「しかし、巫女はその……特別な」


「そう思っていたのは、()()()()()()()ということです」


「……ッ!?」




……そうだ。


この話は、世界の常識というものを根底から揺るがしかねない。


俺が童貞であるというだけで、戦士として戦える理由とも言える、純潔崇拝。


それはもはやこの世界では一般的。人々に刷り込まれてさえいる。



だが、龍は別だ。

彼らに人間の宗教はなく、あっても信仰する意味などない。


神への信仰はあっても、純潔はまるで関係がない。




「……そんな」



――村長の顔は、悲痛なものでこそあったが、

どこか安堵のようなものが見えた。


きっとこの人が一番、ユユとの距離が近かったのだろう。

村長は村人達があわてふためく中、ユユのことを確認していた。



しかしながら、彼らがこの数十年、いやもしかすれば数百年だろうか。

脈々と受け継がれてきた歴史と文化を、たった今放り捨てたのだ。



申し訳ないという気持ちはある。


気持ちはある、が――。



「……神龍様からのお言葉は以上です。これからも、この村をお守りいただけるとのこと。」



村長たちの顔をこれ以上見ることはできなかった。


神龍との邂逅、歴史の放棄。

今日の事はあまりに刺激が強すぎる。



――――



「宜しければ、旅にご一緒させて欲しいです」



ユユからそう発言があったのは、

村長から船を借り、出発する直前だ。


この村はやはりというか、外部との交流があり、

そのたびにこの船を使っている。


王都の人間達とも交流があるようで、

何故エメリアを攫って食べようとしたのか……。



「でもユユには巫女の仕事が……あ」


「ふふ、巫女なら後継がもう決まってるですよ。お仕事の内容は全て伝えてあるです」


「そう、だよな……忘れてた」



ユユは本来、あの時死ぬ予定だったのだ。

神龍の供物として、その腹に収まるはずのところを、俺の登場から生還してしまい、

本来ならいないはずの巫女だ。


……自分を供物にしようとしたこと。

無論、承知済みとは言え、あまり良い感情はないだろう。


村長はこれからも変わらず過ごして欲しいと言っていたが、

村人達の反応は千差万別だ。



ユユも過ごしづらいし、村人達も微妙な感情ならば、

もう俺が引き取ってしまうのが一番収まりがいいだろう。



「俺はもちろん構わないが……、ユユはそれでいいのか?」


「はいです!新しい目標もできた事ですし」


「目標?」


「ええ、散り散りになってしまった仲間達を探したいです。

そして……できれば村の復興を」


「そういえば……」



ユユは昔、村を人間に襲われて、辛うじて逃げてきたという過去がある。

そんな辛い過去がありながら、こうして向き合えるのは、彼女が強いからだろうか。



「その時は、お手伝いくださいね……?」


「ん?ああ、もちろん!」



ほんのり顔が赤いような気がするが、気のせいだろうか。

しかしながら村の復興って何をすればいいんだろうか。



「ヒナは問題ないか?……あーその様子なら大丈夫そうだな」


「当たり前だよー!元々私も無理やりお兄ちゃんにくっついてきただけだし、ユユなら大歓迎!」


「ありがとうです!」



ぎゅーっと抱き合う二人。お前らいつの間にそんなに仲良くなった!?

というか村人もそうだし、エメリアとも仲良いし……修道院でもすぐ仲良くなってたなヒナ……。

なんなんだこのコミュ力お化けは!?



「私も!と言いたい所なのですが……流石にこのまま戻らないとお父様に叱られてしまいますの……」


和気藹々とした二人とは反面に、しゅーんとなるエメリア。

そりゃそうだ。この子はたんなる遭難者で、普通に家もあるしな。


ここにいるのは基本的に帰る家を失った根無し草一行なので、

また家出する事があったら誘おう。




「では、村長、お世話になりました」


「ええ、旅のご無事をお祈りします」


「ありがとうございましたです」


「ユユ、お前も……うむ。立派に、使徒様のお役に立つのだぞ」


「はいです!」



思わず貰い泣きしそうになるのをこらえ、船に乗り込む。

運転……というか操舵は専門の操舵手がやってくれる。

船を村に返すのもこの人の役割だ。



流石に今度はクラーケンに出会わないと信じたい……。




「――いざ、王都へ!」


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