神殿の巫女
石造りの神殿の中で、
冒険に来た勇者を迎える女神のように、彼女は佇んでいた。
透き通る様な肌、絹糸の様銀髪。
深緑の宝石のような瞳、そして際立つぴんと伸びた耳――、
初めて出会い、そして息を呑む。これが、『エルフ』か。
初めて出会いながら、一度でその存在を確信させる。
あまりに幻想的なその姿に、夢かどこかにでも迷い込んだかと思ってしまう。
「……はじめまして、使徒様」
凛と響く、それでいて心地よい音楽のような声。
エルフは人々より、妖精に近い存在なのだろう。数々の冒険者が、
その魅力に取り憑かれるのも理解ができる。
「彼女はこの村で巫女を勤めております。ユユと申します」
「ユユです……。よろしく、です」
少し離れた距離から話しかけてくるユユ、
やはり人間は苦手なのだろうか。
「……こほっ」
ふと、咳き込むユユ、風邪か何かなのだろうか?
「ユユは今、あまり体が良くないみたいです。使徒の方にご迷惑をおかけしないように……しています」
なるほど……。確かに少し顔が赤いのかもしれない。
元々が白すぎて赤い、の基準がわからないが、言われてみればちょっと疲れているようだ。
この子は巫女、という事は……。
「アレ、試してみるか」
「アレ?」
「ああ、ホラ、ユーリイがやってた奴……」
「え?……ああ!」
俺とヒナの会話に、いまいち付いていけてない様子の村長とユユ。
一つ試しておきたい、というだけなのだが……。
「神に仕えし神殿の巫女よ……そなたの体に聖なる加護を……!とか?」
「……ッ!?」
ふわふわと暖かな光がユユを包み、少しすると光が消える。
急にキビキビと体を確認し、目を輝かせ、めちゃくちゃ近づいてくる。
「こ、これは……、『恩恵』ですか?使徒様」
「ええ、巫女である貴方にはこの恩恵があるかなと」
「すごい……、すごい……!」
ぴょんこぴょんこはねるユユ。本当は結構元気な子だったようだ。
かわいい……。
「はは……流石神の使徒様ですな。まさかそんな能力までお持ちとは」
「逆にこれくらいしか能力を持ってないんですよね……」
「じゅうぶん、誇るべきです……使徒様はすごい方です」
「お兄ちゃんはもっとドヤ顔で自慢していいと思うよ!」
「持ち上げすぎじゃね……!?」
この能力は、そんなにすごいものだったのだろうか?
それなら、あまり人目につく所で使うのは避けた方がいいかもな。
「ユユ、元気になりましたので、使徒様をご案内したいです」
「ああ、行ってらっしゃい……、あまり、邪魔をしないようにな」
「はいです」
風邪っぽいのが治ったユユは元気になり、
俺達の腕をひっぱり、村を案内してくれる。
……最後の、村長の顔が少しひっかかる。
使徒である俺が本物であることを疑っている様子ではなかったが、
俺やユユを心配するような顔をしていたのが気になる。
「あっちが工芸品を作っているサイージャさん、その隣が武器や防具を作るゲンダさん……」
この村はここだけで全てが完結しているようだったが、時々村の外にも出ているような話が聞けた。
つまり、船を借りて王都まで向かう事もできそうである。今日の夜くらいにでも相談をかけるか。
色々と船を見て回っていると、ひときわ大きな声が村に響く。
「おおーーいっ!いい獲物が獲れたぞーーっ!!」
どうやら狩猟に行っていた男達が戻ってきたらしい。
この辺りには食用に適した魔物がいるとの事で、
おそらく今晩の俺の食事になるはずなので、少し見ておいたほうがいいだろう。
猪のような魔物、鳥に似た何か、魚、木の実や小動物、
そしてお嬢様……。
お嬢様!?
「あっ……!庶民!庶民の方!!た、助けて……!」
「こら!騒ぐんじゃないぞ!」
「あうっ!!」
バチン!と顔を平手で叩かれる。
体をロープで縛られて入るが、格好は全裸にロザリオといったあられもない姿で、
目測Cカップ程度の胸にいやらしく縄が食い込んで……ではなく!
「すみません!この子、知り合いなんです!縄を解いても……!」
「ああ?何言ってるだ?こいつはオラが獲ってきた獲物だ。横取りはさせん」
「いや獲物というか……!」
「……何事だ?」
騒ぎを聞きつけた村長がやってくる。
俺は事情を説明し、何とかお嬢様の奪還を試みる。
「この子、知り合いなんです。何か話の流れで今晩の食事みたいになってますけど……そこをなんとか!」
「ふうむ……使徒様の頼みならお受けしたいところですが……」
ちら、と狩りをしてきた男を見る。
「バルゴの奴はそう簡単には諦めてくれませんでしょうな。それでは、決闘などいかがか?」
「決闘、ですか!?」
「ええ、異国の地では男同士の争いは決闘で決めること、と伺ったことがあります。
バルゴ、お前もそれなら問題あるまい?」
「ああ!もちろんだよ村長様!オラに勝てるって言うんなら、女でもなんでも持っていくといいぞ!」
そして俺達は日々、男たちが鍛錬をするための場所へと歩く。
――――
「決闘に、決まりごとはありません。手持ちの武器を使って、相手を負かす。それだけです。
無論、殺す必要はありません。負かせばよいのです。相手の心を折る。それが決闘です」
流れで大変な事になってしまったが……泣きながら必死にこちらを見る少女がいるのに、
かっこ悪く逃げる事などできるわけがない。
バルゴと呼ばれた男は狩猟担当というだけあり、手足も太く、この世界では長身の方である俺に比べても
一回り大きい。完全にパワーファイターという見た目をしている。
「使徒様には悪いがァ、ここで勝手オラの強さを村の皆にもっぺんわかってもらうんだよ!」
武器は無骨なこん棒が一振り。
雑な作りであるものの、当たれば致命傷は避けられないだろう。
俺は鍛錬用の木剣を借りる。ユーリイとの若干辛い思い出を思い返すなこれ……。
「お二方、準備はよろしいか……それでは、はじめッ!!」
「せめて一発で終わらせてやるぞーーー!」
合図と共に、猪のように突進してくるバルゴ、あまりに速く、躱しきれないと悟り、
受けの体制に入る。
「そんな細っこい木の棒で!オラのこん棒は受けきれないぞ!」
真上から振り下ろすこん棒を、剣の腹で斜めに受け、そのまま下に逃がす!
「おっ?」
ヴォルカニクスとの特訓で得た「受け流し」という技術だ。
割と一般的なものらしいが、戦闘経験の無い俺には非常にありがたい。
バランスを崩したバルゴの横っ腹に、すこしためて蹴りを放つ!
「オブグゥエッ!!!!!」
……と、その瞬間、3mくらいバルゴの巨体が吹っ飛び、2回くらい地面をバウンドする。
「……えっ」
あきらかに出力が違いすぎる。
確かに今までも規格外に強かったことはあるが、それは魔物相手の戦闘であり、
彼らのような信徒に対しては弱くなる、というのが定説のはずだったのだが……。
バルゴは胃の中のものを吐き出し、立ち上がることすら困難な様子だ。
これは、俺の、勝ちでいいのか……?
「バルゴよ!」
「あ、あい!」
「決闘を続けるか?」
「い、いえ!オラの、オラの負けです!」
「よろしい!勇気あるものたちに喝采を!」
ワァァ!と村人達が盛り上がる。
こういう決闘のような行事は、村人の間で娯楽になっているらしい。
そして俺を見る村人達の目が少し変わった気がする……ん?
今、俺の体が光ってたような……?
「流石ですな、使徒様」
「いえ、自分でもよくわかってなくて……」
「しかし戦闘中、淡い光を放たれていましたな。まさか自分への『恩恵』という奴ですかな?」
「え?光ってました?」
「ええ、それは使徒様の……ご加護では?」
いや、知らないぞ。
戦闘中光るとか聞いたことがない。
今まで何回か戦闘をしたが、初めてだったぞ……。
縄を解いてやれ、と村長が指示し、
解放されるお嬢様。
「しょみん……いえ、騎士様!!」
バッ!と全裸のままかけてきて、抱きつくお嬢様。
「ありがとう……!このご恩は一生忘れませんわ!
神様にお祈りをしていたのだけれど、その必要もなかったかも……!本当にお強いのね……!」
「まずは服を着てください、お嬢様……」
そう言うと、俺はつけていたマントをはずして渡す。
年頃の娘、しかもこう……ふくらみはじめてきた女の子が裸体を晒すものじゃない。
「まあ……まあ!紳士なのね!貴方!それと、お嬢様はあまりに他人行儀じゃなくって……?
特別にエメリアと呼ぶ事を許すわ!」
すごいテンションの高さである。しかし待て、お祈りをしていた?まさか……。
「どうかされましたの?騎士様」
「いえ、何でもありません、エメリア様」
「様はいらないわ!どうかエメリアと呼び捨てにして?敬語ももう不要よ!
だって貴方は私の騎士様だもの!」
「わかった……わかったからまずは服!」
「はあい……あいたっ」
戻ろうとしたところで足を挫く。いや……元々足を怪我していたようだ。
おそらく狩りの最中にやられたのだろう……。
見かねたユユ達が、衣料を片手にやってくる。これはアレだ、
ヒナの予備のローブか。
「足を見せて欲しいです」
「貴方……妖精さん?」
「……ふふ、そうかもしれませんね」
にこ、と笑うユユ。可愛い!
そんなお茶目な冗談言うキャラなの!?可愛すぎる!
そんな微笑ましいシーンも、ユユの詠唱が聞こえると途端に神秘的なものになる。
「……―――サニ・タティウム」
翻訳されない。ヒナの伝えた言語ではなかったようだ。
彼女が呪文を唱えると、見る見る足の傷が塞がっていく。
なるほど……これが巫女としての力。傷の痕が全く無い。
「擦り傷や打撲もありました。きれいになったと思うです」
「まあ……ありがとう!妖精さん!」
「妖精さんではないですが……」
そういいつつも、「妖精さん」と呼ばれるのはあまり嫌がってはいないように見える。
シーナたちの時も思ったが、少女達がキャッキャウフフする様は何万回見てもいいものだな……。
――――
「もう村を出られるのですか?もうじき、儀式が執り行われる事になっております。
神の使徒様であられるローツレス様には是非、お力添えを願いたいのですが……」
「そうだ、そういえば儀式って……?」
村長に王都へ行きたい旨を話し、なんとか村にある船を借りられないか交渉中だ。
しかしながら、儀式ってなんなんだ?最初も思ったけど。
「ええ、儀式とは、この地を守る神龍様への捧げ物の儀です。
数年に一度、大掛かりな供えをする時があり、その時は村人総出で神龍様への祈りを行います」
「なるほど……お祈りなんですね」
「ええ、巫女にとっても非常に重要な祭事です。是非、彼女の晴れ舞台を見てやって欲しいものです」
「……そうですね、それなら、お祈りくらいはさせてください」
船を借りるのは結構大事のようだ。
早く王都へ向かいたい気持ちもあるが、ユユの晴れ舞台であり、
俺の力が何か役に立つのであれば、協力したい。
――しかし、当のユユは、浮かない顔をしていた。
「……残られるのですか、儀式の時まで」
「え、ああ……」
「わかりました。ごゆっくり」
そういうと、ユユは村長の家を出る。
……よりも早く「待って!」とダッシュでユユを追いかけ確保するエメリア。
「どうしたの?……ユユちゃん、あまり元気がないように見えるわ」
「そう、ですか?」
「ええ、何か……隠し事?」
「……今、話すべきではない、そう思っただけです」
そう言うとまた神殿へ戻ろうとする。
あそこが家なんだろうか。
「そうなの……無理には聞かないから」
自分から話すのを待ってるよ!という気持ちが伝わってくる。
エメリアは、多少自分勝手で世間知らずなところはあるが、やはり根は優しいいい子の様だ……。
もうじき、儀式の日が始まる。
俺達は神殿の中の一室をあてがわれたので、そこで夜を過ごすことになった。
多少は狭いが、布が敷かれており、雨風もしのげるので、
野宿に比べればめちゃくちゃ楽である。
エメリアはもうそれはびっくりするくらい文句を言っていたが、
俺をソファか抱き枕か何かのように扱う事で落ち着いたようだ。一応命を救った騎士様なんですけど……?
そしてエメリアと俺がイチャつく度にびっくりするくらいヒナが嫌な顔をするが、
それでも邪魔をしてこないあたり、この子はこの子でいい子なんだなあとひしひしと感じる。
なんとなくヒナの頭を撫でていると、また顔をこすり付けてくる。
こういう親愛行動なのだろうか。
ほんのり体温の高い女の子を抱いていると眠くなり――、俺の意識はそこで途切れた。




