修道院を救え!①
前回までのあらすじ:魔族と人間の戦争を防ぐべく、異世界よりの使者として送られた主人公。無事に竜人族との諍いを収めるものの、唐突にロリサキュバスに絡まれ一緒に旅をする事に。
旅の中で親切にしてもらったシスター・ルシエラの勤める修道院が、金銭的な問題に直面している事を知り、行動を起こす。
「……食事の時間、ですか」
「はい、参考までに」
「こちらでは、三時課のお祈りの後、晩課のお祈りの後に食事をしますね。ウィードさんの所は違うのですか?」
「ええ、俺達の世界では、基本は朝昼晩、三食ですね」
「まあ。こちらでもお祭りやお仕事がある日は早課の後にもパンを食べたりしますね。そういうことなのかしら……」
時課……こちらでも使われているのか。俺達の世界の正教会の定義と同じならば、
早課は6時前、三時課が正午、晩課が日没後だ。この町には日時計もあるし、時々鐘もなる。
ある程度の時間の概念はあると見て間違いないだろう。
「食事の用意は特に決まっている訳ではないのですが、当院ではミルフィがよくやってくれています」
「ミルフィだよ!」
亜麻色の髪をした、元気な女の子だ。外見的にユーリイとそう歳は変わらないように見えるが、
発言が幼いので、すこし年下なのだろうか。
「へえ、料理ができるのか、えらいな」
「えへへ、もっとほめて!」
「えらいえらい」
よしよしと頭を撫でてやる。犬のような扱いは一瞬どうかとも思ったが、本人がいいならいいだろう。
「もちろん、私や他の子達もできるのですが、ミルフィは非常に手際がよく……院の皆も助かっています」
「お料理だけじゃなく、食器洗いもお洗濯も得意だよ!」
家事全般できる子か。いい嫁になりそうだ。
ヒナ、その目をやめてくれない……?
――――
「お疲れーユーリイ、剣の稽古か?」
「ローツレス殿。いかがされました?」
「いや、そんな大事なことじゃないんだけどさ……君の一日の仕事を教えて欲しくて」
「はあ、私の一日、ですか」
この世界の平日休日の概念がわからないが、少なくともユーリイは毎日働いているように見える。
院にもいたりいなかったりと、朝から晩までせわしない。今も一人で剣の鍛錬中のようだ。
「私の一日は特に決まっておりませんね。祈りの時間や、空き時間に子供の相手をするという事くらいですか。
後は、町の人々からの依頼によります」
「依頼?」
「ええ。私は魔法と、剣術が一通り使えます。危険な場所への採集や、護衛、
魔法による治癒など、多くの依頼が修道院には来ます」
「へえ……治癒もできるのか」
「あの教会の結界からして、病魔も祓えるの?」
何気ない感じでヒナが聞くが、病魔を祓う、ってそれ医者の仕事じゃないのか……?
「…………ええ。うちには厄介な奴もいましてね。皮肉ですが、病魔を祓うのは得意になりました」
「この世界では病気って魔法でなんとかできるの……?」
「ビョーキ?病魔に体が侵された状態の事、そっちではそういうの?」
「ローツレス殿は時々難しい言葉を使いますよね。冒険者というのはやはり、色々な国を渡り歩いているからでしょうか」
すこし目が輝くユーリイ。やはり冒険とかそういうのには憧れているんだろうか。
「なんだろう……体調が悪くなって嘔吐したり、体がだるいとか、めまいとか、眠れないとか……、
まあそういうのをこっちでは総じて体調不良とか、病気って呼んだりするんだよ」
「へえ……魔法なしでどうやって治すの?」
「投薬とか手術かな?言ってもわかんないか」
「投薬と手術?知ってるけど……?」
「わかるの!?」
「あまり話したくはないかな……あれは結構、拷問に近いもん」
「病魔への効果的な対処がある事は私も存じています。ただ、体を切り開いたりするという話を聞きますが……、
それは人道的な行いとはあまり思えませんね」
なるほど……つまり、手術も投薬もあるが雑なんだ。
おそらくだが、麻酔等の技術が追いついてないんだな……絶対病気せんとこ。
しかし、ユーリイが少し言葉を濁したのがひっかかるな……そういうキャラだったか?
――――
「……うまい!?」
「えへへー、でしょー?」
「ミルフィの味付けはいつも素敵ですね……!」
修道院のメンバーと一緒に夕食を食べているが、これは驚きであった。
そう……飯が、美味いのだ。
よく異世界グルメ系のラノベが出ているが、あれははっきり言って幻想と言っていい。
というか料理ができる日本人マジで異世界にきてくれ。ここの飯はびっくりするほどまずい。
特に携帯食料とか基本干し肉とかで、炭水化物がマジで足りなかったので、
道中で草や木の実を食べるなどして食いつないだくらいだ。本当にきつかった。
おなかを壊さなかったのは加護の効果なのだろうか……。
そんな地獄を見てきた俺だからか、ここのご飯は本当に美味しい。
ミルフィが料理上手とは聞いていたが、まさかここまでとは。
確かに料理の手際も大変によかった。現代社会と違って電子レンジ等もなく、
基本的には難しい調理行程をはさめないはずだが、この仕上がりはすごい。
これは覚えておく必要がありそうだ。
計画通りなら、必ず必要な情報だろう。
夕食を食べ終わった俺は、ヒナと二人で出かける準備をする。
辺りはもうすっかり日が暮れてしまっている。
「あの、こんな夜更けにどちらへ?」
「夜遊びです」
「まあ」
行ってらっしゃい、と朗らかな笑顔で見送ってくれるシスター。
勘違いされたかもしれないが、あながち間違いじゃないので黙っておく。
恐らく売春宿の方にも足を運ぶかもしれないし。
――――
「おう兄ちゃん!いらっしゃい!席はほとんど空いてねえがゆっくりしていってくれや!」
最初に訪れた船着場の近くにある酒場だ。
この時間帯は予想通り、ほぼ満員に近い形で大盛況だ。
「おうオーダー!こっち足りねえぞ!」
「はいーっ!」
店長らしき男が仕切っているが、明らかに人数が足りていないのは確かだ。
そもそもこの酒場、昼間もやっていることを知っているが、ここまでの混み具合は夜だけ。
おそらく、昼間の仕事が終わった面々がドっと押し寄せる上、今は2週間後出発予定の冒険者達もいるからだろう。
「店長、少しお話したい事が」
「何ッ……後でもいいか!?」
そうですよね。今めっちゃ忙しいよね。ごめん。
――――
「いけません!」
「ええーっ」
やはり一番の難関はここだったか。
今俺は、先日の酒場での短期アルバイト、こちら風に言うなら手伝いの斡旋を行おうとしている。
もちろん、修道院からはミルフィに行ってもらうべきと感じ、提案したところだ。
「なりません!修道院の淑女が夜中に酒場で働く等……不埒です!清廉たる修道士としての自覚が……!」
いつもはほんわかしているシスターがめずらしくご立腹である。
流石は敬虔なシスター、神に仕える身としての当然の態度といった所か。
「でもお……実際ごはんの後は暇だよ?わたし」
ミルフィはミルフィで、「面白そうだからやってみたい」と乗り気である。
「なりませんったらなりません!そもそもそんな夜中に女の子が出歩くなんて……!もしも何かあったら」
「……なら、僕も行きましょう。シスター」
「ユーリイ!?」
「僕が護衛として行けば問題はないはずです。……当院の金銭問題をお忘れですか、シスター」
「うっ……」
それを言われると何も言えない、といった顔のシスターだ。
事実、この修道院は日々の食費がギリギリといった食いつなぎ方をしており、
ユーリイ宛の依頼が減るだけで経営が傾くレベルだ。自転車操業にも程がある。
そこでの酒場アルバイトは棚から牡丹餅というか、渡りに船。
みたところミルフィなら接客も調理もこなせそうなので、恐らく最良の人材であろう。
「うっ……うう~……」
うなることしかできないシスター。これではどちらが年上か忘れてしまう……。
これで少しはマシになるだろうが、まだ、足りない。もう少し根回しする必要がありそうだが……。
その時、扉が開く。
こんな遅い時間に?また地主だろうか、と扉をみると、
そこにいたのは、またもや可愛らしい、しかし少し小汚い格好をした女の子だった。
「シーナ!」
「また、貴方は……!こんな遅くまでどこへ行ってたの!」
「シスターには関係ない」
ぷいっ、と音が出るくらいそっぽをむいてすたすた歩く銀髪の少女。
少し肌が褐色だ。日に焼けたのだろうか。
「シーナ、また……病魔が見えるぞ」
「……お祓い?するならやって」
「……ああ。場所を変える」
「ん」
ユーリイとは年も近いようで、割とツーカーだ。
先ほどからシスターの表情がぐるんぐるんしていて面白い。
よほど手を焼いているのだろうか……。
「あの子は……シーナは、いつもこうやって夜中に出歩いて……時折病魔に侵されていて……心配になるんです……」
神妙な面持ちだ。
ん?夜中、女の子、病気……、まさか!?
「流石お兄ちゃん。そのまさかだよ」
なっ……ヒナが言うという事は……マジでか!
いいのだろうか、ファンタジーの世界観で……売春と性病の話等して。
しかし、これは俺にとっては好都合であることは確かだった。
「一応、ピースはそろったな」
「ピース……?お兄ちゃん、何をする気なの?」
「こっちの話、まあ見ててくれ」
俺の目的は最初から一貫している。
この修道院の、問題を解決する……。それだけだ。