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それって美味いんですか?

『 06 それって美味いんですか? 』



顔を照付ける眩い光に俺は寝ていられなくなり目を覚ました。

上半身を起こし寝ぼけた頭がシャンと目覚めてくれるまでそのまま待つ。

左より日の光がダイレクトに俺の顔を照らしている。

どうにも胃の辺りが重い。

腹の上には覚えのない安っぽい毛布が掛けられている。

誰かが掛けてくれたのか。

頭をフリフリと振り薄靄の掛かった意識に喝を入れる。

よし!今日もいい天気。


なにやら嫌な匂いが漂っています。

周りを確かめれば、左手日の射す側に死んだように横たわる上尾先輩と足元先に地獄の様相を見せるゴリラの…、いや浅田先輩の眠る姿が見えました。

うわぁ、浅田のヤツ、寝ゲロ吐いてるよ…。

君子危うきに近寄らず。

俺は毛布を抱え昨日のままの狂宴跡地からこっそりと抜け出していきます。

誰が浅田のゲロなんか掃除してやるもんか。


毛布を抱えてウロウロしていると、石柱の傍に南野先輩の姿を見つけました。

先輩は眩い東の地平を眺めています。

すると俺に気付いて視線が向きました。

こんな時は先ず挨拶。


「先輩早いですね」


と声を掛ければ、


「おはよう、よく寝られたか」


と先輩も返事を返してくれます。


「眠れはしたけどチョイだるいですね。ところで今何時ですか? 六時過ぎですか。時間はあんまり変わらないようですね」

「起きられるなら十分だ。あいつら見てみろ、きっと今日は午前中一杯は無理だぞ」


先輩は険しい眼差しをして寝ている人達をアゴで指し示します。

壁際に大人しく蓑虫のように毛布に包まる人達と、それとは対象的な腹に毛布をかけただけの横たわる死体のような人達。

なんとなく何が起きたか想像できましたけど、怖いものみたさで聞いてみました。


「昨日は早めに寝てしまったんでよく判らないですけど、何かあったんですか?」


すると南野先輩がクスリ、と笑いをその顔に刻むと語り始めました。


「白鳥のやつが大分怒ってたなぁ。『ほんっ当にあいつら禄でもねぇっすよ! 酔って前後不覚になるだけならまだマシっす。そこらでゲロは吐くわ、壁や柱に小便はするわ、挙句の果てには絡んでくるわでこっちはたまったもんじゃなかったっすよ!』って、顔真っ赤にして喋ってくれたよ」


先輩はそう白鳥の口真似をしながら説明してくれました。

あんまり似てないけど雰囲気は伝わってきます。

俺は恐る恐るに訊ねました。


「まさか大先輩達、一晩中酔っ払って騒いでたんですか?」

「いや、酷かったのは一直の白鳥の時だけかな? ひょっとしたら、その後は魔法で静かに眠らされたのかもしれないけどな」


魔法で眠らされた? そういや眠りの魔法ってゲームの中では定番ですよね。

騒がれるよりは魔法を使ってでも大人しくさせるって、小場先輩ならやりそうな気がします。いえ、たぶんやりましたね、これは。

すると先輩が気付いたように俺に言います。


「自分の毛布は自分で掌握しておけよ。例のポケットに入るだろ」


忘れてました。習慣と言うかなんというか、便利な魔法が使えることを忘れて毛布を抱えていましたよ、俺。



まだ早い時間ということもあり、この建物の周りを廻ってみる事にします。昨日はいろいろありました。落ち着いて調べる時間なんて無かったんですよね。

時代がかった遺跡のような建物を外から眺めながら一周していきます。

奇妙な建物です。日の光を浴びる石壁は風化したような古ぼけた感じは無いのに屋根もありません。

砂でどうにも歩きにくいです。体育館を二つも連ねた程もあるこの建物なら、その周りに石畳の道ぐらいはあっても良さそうなものですが周りは全部砂に埋もれています。

やはり放置された遺跡なのでしょうか。細かい砂は日本の海岸以上に歩きにくく、ローカットの安全靴では中に砂が入ってきます。くそ~、気持ちが悪い。


根性で建物を一周します。

建物傍に他にも二、三の小さな建物があることに気付きました。

北面近くに建つそのひとつ、小さなやや粗雑な石造りの建物に近づけば、誰が張ったものか一枚の紙がガムテープで無造作に張られています。

大きく“トイレ”と書かれてあります。

記憶の片隅に忘れていた田舎のドライブインのトイレをおもわず思い出しました。


中は覗かずそのままその建物を離れます。

北に面した石壁は砂が吹き溜まりになっており少し余計に迂回しなければなりません。靴を砂塗れにしながら建物に向かいます。

嫌な匂いがします。

匂いの元を探せば、昨日酒盛りをしたブルーシートの近く、誰が吐いたか知らないがゲロがそのまま残っているのを見つけました。


掃除なんて自分じゃしないんだろうな、これ。


石柱傍の石段に座り、昨日かろうじて覚えた水の魔法で靴と足を洗浄します。

出せる水の強さは少し弱めの水道ぐらいですが、便利ですコレ。足も靴も靴下も綺麗に出来ますよ。何より直ぐ乾いてくれるのがありがたい。

ついでだからと頭に水をかけてワシワシとやります。

さすがに水だけでは汚れも取れずらい。

昨日覚えたX次元ポケットの中を探ってみますが残念ながらシャンプーは見つかりませんでした。替わりに見つけたものは業務用の除菌中性洗剤4kgボトル、これが箱でありました。

しっかり濯げば大丈夫だろうと試してみることにします。

取っ手付きのドでかいボトルを開けます。少量を掌に取り魔法の水を流しながらワシャワシャとやればしっかりと泡が立ちます。どうやら上手くいきそうです。

誰も起きてこない事をいいことに全裸になると体も洗ってしまいました。

スッキリと気持ちがいいです。

下着も昨日回収した荷物の中にあった新品に交換し、制服は着ないでこれも見つけたジャージに着替えます。

安全靴も履かずに代わりにゴム草履になれば、お気楽な姿が出来上がりました。


別にいいですよね、仕事があるわけじゃないし。何か言われたならその時はまた着替えればいいんだし…。


この姿で建物隅で見つけたちょいとシャレた椅子に座っていたら南野先輩に笑われました。

その先輩たちはといえば傍にテントがあったりと本格的です。

南野先輩が言います。


「楽でいいだろうけど、足元それでいいのかよ」

「でも先輩、安全靴だとすぐ砂が入ってきてダメなんですよ。ならいっそこれでという事で」

「発想の転換だな。具合がいいようなら後で教えてくれ」


先輩の履いている靴は安全靴ではなく、くるぶしまである砂色のバックスキンタイプのトレッキングシューズ。

あんな物もあったのかと少し羨ましくなりました。



老人は朝が早い、と俺が言うのも変ですが昨日の酔っぱらい達が起き出してきます。

とはいってもおよそ半分、近藤、上尾、浅田といった大先輩の下の世代は深酒が祟ったのか、いまだあのまま死んだように眠っています。

その様子に心配したのか川上さんが「おう、生きてるか」と肩を揺すりますが相手は身もだえこそしますが起きだす気配はありません。


ちなみに俺はそれを遠くから隠れて見ています。

近くに寄ったらこれ幸いとばかりに雑用を押し付けられてしまうので知らん振り知らん振り。

案の定無理やり起こされた楠木先輩と斉藤の二人が不満の声をあげています。

遠くからでは詳しいことは判りませんが、ここからでも聞こえる「ええーー!」という声に二人が面倒を押し付けられたことは確実でしょう。

俺はその声に背中を向けました。触らぬ神になんとやらです。


そのまま椅子に座ってゆっくりしていればテントから先輩達が起きだしてきます。

小場先輩はまるでアメリカ軍の兵隊のような砂漠用の軍服姿、白鳥も似たような砂漠柄のジャケットを着ていますがなぜか下はジャージ姿…。ダセぇ。

南野先輩も先ほどの社服から変わって同じような軍服姿になっています。

きっと荷物の中にあったんだろうな、格好いいわ。


「先輩、自衛隊に復帰っすか」


そう声を掛ければ三人とも苦笑いを浮かべています。


「なんだ唐沢、お前まだ居たのかよ」


南野先輩がそう声を掛けてきます。

俺は頷き、チラリ、と後ろを少しだけ振り返ると答えます。


「あそこには今はちょっと近寄りがたいもので、しばらく匿ってください」


先輩達が笑いました。


「しょうがねぇなぁ」


とテーブルを囲むように椅子に腰かけていきます。



元自組の先輩達といっしょに朝飯となりました。

メニューはやっぱり昨日と同じ菓子パン…。

少しげんなりするソレを見つめていたら、やはり先輩達もそう不満に思ったんだと思います、見つめるだけでなかなか手を出そうとしません。

なのでちょっと聞いてみました。


「先輩、飯盒で飯は炊かないんですか? なんかこう、兵隊の飯っていったら飯盒じゃないですか」


笑われました。


「今どき飯盒で飯なんか炊くはずねぇだろ! 山(演習場)では給食みたいな食缶であがってくるか、あとは戦闘糧食だ」

「むしろ休みの日の朝なんかはパンっすよね。糧食班の連中を休ませる為なんだろうけどあれは味気ないッス」


どうやら戦場では、いや演習場では飯盒炊飯はしないようです。

そういえば浅田先輩が自衛隊で飯炊きやってたと言ってたな。きっとそういう専門の部署があるのかもしれない。


「先輩、パンもこう連続だといいかげん飽きてきますね」

「痛みやすいモノから食べてるんだ、贅沢言うなよ」

「唐沢、おめぇ俺達の立場判ってねぇだろ? 遭難してんだぞ、遭難!」


南野先輩どころか白鳥にまで怒られてしまった。

でも何か感じるところもあったんだろうな、小場先輩がテーブルの上にコンロと小鍋を、旅館で使うアレを出すと何やら始めましたよ。

小場先輩が鍋に水と豆乳を入れるとコンロの中の固形燃料に魔法で火をつけすかさず鍋を火に掛けました。南野、白鳥の両先輩もそれを興味深げに見守っています。

鍋から湯気がたちはじめると、先輩鍋にパンを入れ始めました! カニの形をした菓子パンを細かく手で千切るとそれをスープの中に投入しスプーンで潰し始めましたよ。

黙っていられず南野先輩が笑いながら口を出します。


「それってパンのお粥か? まぁ牛乳の代わりに豆乳ってのもありなのかもしれないが…」


それに小場先輩もニヤけながら答えます。


「先ずは実験といったところだな。オートミールのにんにくオリーブオイル味噌風味なら試したことはあるが、コレは初めてだ」


先輩はそこに今度はなんと味噌を投入! 一食分がパックになってるアレです。豆乳と味噌って合うんだろうか? 

すると黙っていられず、白鳥が訊ねました。


「先輩、それって誰が食べるンすか?」

「白鳥、食べてみるか」

「いいえ! 自分けっこうッス!」


白鳥が慌てて首を横に振り南野先輩も「俺もいいや」と拒否する様子。

でもそんなところへフラリと永倉班長がやってくると声を掛けてきました。


「お、なんがいいもん作ってるんでねがぁ~」


班長は小場先輩の作る鍋に興味津々といった様子。

すると先輩、やりましたよ。


「班長、試しに食べてみますか」

「いいのか? でもなくなっちまうべ」

「材料はまだありますから遠慮なくどうぞ」

「そうかー、なら馳走になるべ」


先輩がアイテムボックスから木製のお椀を取り出します。班長はニコニコしながら用意が整うのを待つと、その目の前に湯気立つ味噌粥が差し出されました。


「んだば、いただくとすっが」


班長は手を合わせてそう言うと椀を手にしました。木匙にすくった粥にフーフーと息を吹きかけます。

その様子を南野先輩と白鳥は緊張した様子で黙って見守っています。

そしてひとくち口にすると…。

班長がニッカリとその顔をほころばせました。

とたんにプッと二人が噴出します。


「なした? そんなにおかしいだか」


不思議そうな顔をする班長、その顔に黙っていられず白鳥が言います。


「だって班長、その中身知ってるんスか?」

「中身って、汁だべ? 豆かなんかも使ってるみてえだどもまんずまんずうめぇなぁ」


その言葉にとうとう南野先輩が腹を抱えて笑い出します。

そこへ同じく汁を、いや粥を口にした小場先輩が声に出しました。


「うむ、けっこう美味い」

「んだべ。ところでこの底の方にたんと溜まってるもんは麩だか?」


その言葉に小場先輩が黙って袋に入った菓子パンを見せると、班長の目が点になりました。


「菓子パンかぁ! でもこうしてみると普通に食えるんだな」

「栄養価的にも味噌が加わる分いいと思いますよ。できれば野菜も取りたいですが、そこはビタミン剤で補うしかないですかね」


そう言うと小場先輩が袋に入ったビタミン剤を出しました。

よくコンビニやドラッグストアなんかで見る品ですけど、それを皆にも「飲め」と勧めてきます。

そしたら白鳥までもが出しやがったんですよ。しかもダンボールごと。


「先輩、よかったらこれもどうぞ。いくつもありますから一箱渡しておきますね」

「青汁か。ケールではなく大麦若葉、野菜不足はこれで補えるかな」


先輩さっそく青汁を使って二杯目を作り始めますけど、皆嫌な予感がしたんでしょうね、班長を除いて俺達三人その場を逃げ出しましたよ。


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