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閑話 元自たち 02

 【 閑話 元自たち 02 】



傾いた日の光を受けた空が黄色に染まっている。

時刻は時計の上では既に17時を回っている。

少なくとも時差が、季節の差が、あるいは一日が24時間ではない懸念があるが、酔いに眠るでもなく今なお意識を保った者達は、騒ぐことも無くこの夕の時間を思い思いに過ごしている。


その一人である白鳥が双眼鏡をテーブルに置いた。

荷物の中から見つけ出したソレはホムセンに置いてあるような安物だが、それでも裸眼よりかははるかに遠くまで見渡す力を人に与えてくれる。

しかしそのレンズに映る新たな発見は未だ無し。

地平線に霞むまで続く砂漠は生物の接近を力強く拒み続けているかのようだ。


そのテーブル席に小場と南野の二人がやって来る。


「異常は無いか?」

「服務中異常なっし!」

「“服務中”じゃないだろ、仕事してるわけじゃないんだから。仕事もあるかわからんし気楽にしてくれ」

「押忍! そうさせていただきまっす」


小場、南野の二人が椅子に腰を降ろす。

いつのまに取り出したものか、テーブルの上には三人分の食事が並んでいる。

もっとも食事といっても昼に食べたのと同じようなものが並んでいる。菓子パンに缶詰、豆乳パックは大分余計に、18本セットが丸々置かれている。


「悪くするまえに飲んでくれとさ」


目の行き場所に気づいた南野がそう言うが、白鳥がそれに妙な顔をした。


「確か常温で保存できたッスよね、それ」

「ああ、そうでなければウチで扱う訳が無いしな」

「知らなかったんだろ、もっとも多く貰っても扱いに困るけどな」


常温保存で120日、種類によっては180日というものもある。

このパンにしてもその独特な製法により一月は優に持つ。

更には原料レベルでならば製粉会社から集荷した荷が大型丸々一車分程もある。

此処に篭るにしても食料に関してならばしばらく持つことは確実であった。


すると白鳥が声に出した。


「これからどうなるんすかねぇ、まさかずっと此処に居るなんてことには」

「消極策も一つの手だよ。あの60名分の鎧兜、その所有者達が予定に反して消息を絶ったのであれば、当然捜索隊も来るだろう。もっともそれが友好的な文明人とは限らないがね」

「助けを求めたつもりが捕まって奴隷にされたんじゃ面白くないわな」

「ひょっとして此処の人たちって鎧を着たヒャッハーな人たちッスか?」

「それは判らない。しかしあのような甲冑と剣があるからには、此処ではそれが必要ということだよ」


三人が食べながら話をする。

先の見えぬこれからの話。

此処に居るべきか、移動するべきか。鎧兜の正体は何か。

謎はあっても解く手立ては今は無い。


「ということは先輩、アル中軍団にも銃を貸し出すンすか?」


白鳥の問いに小場は首を横に振る。


「見つけた剣や自作の板バネ刀で十分だろ、こけおどしに相手に対抗できればいいのだから。素人に預けても事故を起こすだけだ」

「だな、間違って撃たれでもしたらシャレにならねぇからな」

「先輩、浅田の大将は確か元自っすよね? 声かけなくていいんすか」


元自、すなわち自衛隊経験者である。

自衛隊出身であるならば過酷な労働環境にも耐えるだろうと社は之を少なくない数雇用しているが、此処に居るのは小場、南野、白鳥、そして浅田の四名だけである。

南野が言う。


「自衛隊って言ってもあいつ飯炊きだろ。しかも俺達が来る前まではそれを優秀だから、と堂々自慢してたって話だぜ。知らぬを幸いとホラ吹いてたんだろうがそんなヤツには背中を任せたくねぇな」

「同じ部署の技官に手を付け妻にした話を俺は聞いたな。以前でさえそうなのに力と精神のバランスの取れていない今の彼に銃を預けるのは危険だよ。他の未経験者もそうだが力に溺れ問題を起こしかねない」

「そうッスね、自分も後ろから撃たれるのは嫌っす。じゃあ大将には渡さないってことで決定すね」


南野と小場が頷く。今までの仕事上での付き合いを考えると三人とも彼を信用できない覚えがあったのだ。


「先輩、結局ここで待つってことでいいんスか?」


そう白鳥に尋ねられると、小場と南野は互いの顔を見合って少し考える。

現状では二人とも今後の事はまだ決めかねている。判断材料も少なく、酔っている他の者達の意向も関わってくる。

小場が小さく頷くと語り始める。


「今後の方針に関しては酔っぱらい達とも話し合う必要がある。決めるのは明日以降になるだろう。もっとも明日になれば決まるというものでもないがね。何かを決めるにしても判断材料が少なすぎる。故に今後の目標としてはまず情報を集めること、偵察が必要だと思うが問題はあの砂だ」

「そうだな、テクニカルならまだしもダブルタイヤの普通のトラックじゃ無謀ってもんだ」


砂、その言葉に南野が頷いた。

車両はある。一緒に飛ばされて来たトラックを小場達はアイテムボックス内に収容している。

だがトラックで移動するにはあの砂は細かく柔らか過ぎる。AWDならともかく後輪駆動の並のトラックではスタックが多発しまともには進めないだろう。


「でも此処にこうして建物があるからには、人は此処まで来れるってことッスよね?」

「砂漠だからラクダに似た生き物でもいんだべ」

「古典的には魔法の絨毯、ゲーム的にはテレポートといった事も考えられるな」

「魔法の絨毯はアレっすけど、転送の間はありっすね」


ゲームの世界によくある転送システム、しかし今までそれらしき仕組みは見つかっていない。

そんなものは無いのか、それとも隠されているのか。

今此処にあるものは石で組まれた壁と床だけだ。


「そんな便利なもん、あればとっくに使ってるだろ」

「まだ見つかってないだけかも、あるいは何か理由があるのかもしれないッスよ」

「理由ってなんだよ?」

「そんなのわかる訳ないじゃないですか…。ちょっと先輩もなにか言ってくださいよ」


南野の容赦ない一言、しかし白鳥も諦めずに食い下がる。

すると振られた小場が呟いた。


「魔法の絨毯は無理でも上空からの偵察手段をなんとかしたいな」

「ひょっとしてUAVっすか、確かにアレがあれば偵察はバッチシっすね」

「ちょっと待て、簡単に言うけどラジコン程度の無人偵察機じゃ大して遠くまで飛べねえぞ」


そう南野が否定の声をあげる。

一、二名で運用できる無人偵察機はその性能も限定されたもの。航続距離も模型のラジコン飛行機とそうかわらない、せいぜい10キロ前後といったところ。それより大きいタイプはこれはもう軽飛行機と変わらなくなる。


「先輩、デカイまともなのは出せそうッスか?」

「無理言うなよ、プレデターとか画像で見れば小さく感じるけどあれかなり大きいんだぞ。中国が運用してるのだってトラックの荷台丸々使うようなデカさだ。それに運用システムの問題もある。どうにかできるってレベルじゃねえよ」

「手段は出来そうな物から順に形にしていくしかないと思う。たとえば気象観測に使うような気球を応用した物、これなら高空から広範囲を調べられるがデータ回収の方法が問題か。ならばいっそのこと有人のライトプレーン。ひょっとしたら魔法で、飛行や遠視といったことが出来るならもっと簡単に済ますことができるかもしれないな」

「それにしたって難しそうだな」

「元の世界で同じ事をするよりはるかに簡単さ」

「つかぬことをお窺いしますが、飛行機の操縦は誰が? もちろん俺はできません」


白鳥が少しおどけてそう言った。

すると南野が無理と顔の前で手を振る。一方の小場は笑みを浮かべて言う。


「フライトシミュレーターでしか経験は無いな。しかも着陸が苦手だ」

「やはり難しいな、偵察機案は没か」

「先輩、フライトはお一人でお願いします」


二人とも有人飛行案は早々に諦めたようである。




宵闇が濃くなってゆく。空に上る月の姿は無く、一番星が輝きを放ちはじめる。

影の中、小場がハンディライトを頼りに壁際に置かれたバッテリーにクリップを繋ぐと淡く明かりが燈る。遮光覆いを用いた間接照明、壊れたトラックから部品取りして作った間に合わせの物だが酔っ払い達を起こすことなく程よく暗闇を照らしている。

小場がその光の袂に判るように、少々の細工を施した懐中電灯を二つとトイレの位置を書き記したメモを残す。

酔っ払い達はといえば、宴会の跡もそのままにブルーシートの上に寝転び、あるいはダンボールをマット代わりに、それでもなぜか壁際に行儀良く並んで眠りについている。

毛布はしっかりと包まるように被る者もいれば逆に被らず酔ったそのままの姿で高いびきの者もいる。

小場がその無防備な腹に毛布を乗せていく。酔っ払い達は起きる気配もない。


小場は酔っ払い達の許を離れると東に連なる石柱の外へと出た。

そこには夜空を眺める二人の姿がある。南野と白鳥、二人は星の輝きだした夜空を指差してはあれこれ言い合っている。

それに小場も加わった。


「どうだ?」

「ダメだわ、まるでわからん。知った星座がひとつもない」

「ダメっす。北の空を見ても全然それらしきものが無いッスよ。北斗も死兆星もみえません!」


二人の言葉に小場も夜空を仰ぎ見る。

石柱に沿って南の空を、そこから扇状に北の空まで追っていく。

東の空にオリオンを探し、双眼鏡を用いてスバルを探すがそれらしきものが見つからない。

北の空は白鳥の言葉通り、北斗七星もカシオペアもその姿がみつからない。


小場が夜空を見上げるのを止めると、待っていたように南野と白鳥が話しだす。


「信じたくねぇけど斉藤の言ってた異世界説が信憑性を増したってことだな」

「なんてったって魔法がある世界っすからね。あ~あ、帰れるのかなぁ」

「他の時間、他の惑星、そうした別の可能性もあるが、帰れるかどうかは判らないな。此処に来れた以上、帰る方法もあると信じたいが。白鳥は向うに女でも残してきたか?」


女でも、と尋ねる小場に白鳥はいやいやいやと大げさに、身振り手振りを加え応える。


「先輩いやですよ~、仕事仕事で追い詰められてるのに何処に女を作るヒマがあるってんですか~、ねえ先輩」

「休みの日なんて一週間分の買い物して酒のんで終わりだな。女なんて面倒臭ぇだけだろうによくもまぁ引っ掛けてくるもんだ」


そう振られた南野も女ッ気は無い様子。

此処には居ない同僚達の中には同じ忙しい日々を送りながらも結婚したもの、している者が何人も居る。

逆にいつまで経っても独身の者達も居る。

この三人は何れも独身彼女無し。

故に身軽で気軽だが、それでも同僚達への配慮は心の隅にあるようだ。

ふと思い出したように南野が言う。


「そういやコッチに飛ばされた中では楠木先輩が妻子持ちだったな。本人が居る場所じゃあ話に気をつけなきゃ拙いな」

「ああ、奥さんは小学校の教師でしかも幼馴染だそうだ。子供も確か娘さんが一人か、この件については触れないよう注意が必要だろう」

「他にも近藤先輩もそうっすね。あの人いい年してるくせに新婚だから尚更かも」

「普段はパチンコの話しかしないくせに女見つけてくるんだから、不思議だよな~」


三人がかるく笑った。

パチンコ好きに飲み屋通い、そうしたちょっと不真面目な男に限ってしっかり結婚をしている。

人生の皮肉であろうか。


夜空に星々の輝きが満ちる。

三人がこれまで見たことも無い星の海が広がっている。

しかしその下に広がる暗い大地には東西南北、人の燈す輝きは何処にも見当たらない。

小場が視線を仲間に向けると、話を切り出した。


「さて、嫌だと思うが不寝番の順序を決めようか」

「本当にやるのかよ」

「先輩、俺不思議と眠くないんで1直志願しまッス」

「俺も必要ないと思いたいが、魔法のある世界だ、最低限の警戒はしておくべきと考える。それとも回りに対人地雷でも仕掛けるか? 回収が面倒だと思うぞ」

「そりゃ確かに面倒だな。クレイモア罠線で仕掛けたとしてもおそろらく失くすのがオチだわな」

「先輩、俺…」

「この世界の情報伝達手段が中世レベルならおそらく今夜は安全だと思うが魔法という常識はずれなものもある、明日以降は酔っ払い達も巻き込むということで勘弁して欲しい。白鳥、却下」


小場は白鳥をあしらうとその手に三本、こよりにしたクジを取り出す。すぐさま南野、白鳥が競うようにクジに手を伸ばした。

そのクジを開いて灯りで確認すると、白鳥が「ヤリィ!」と喜びの声をあげた。

白鳥1直、2直小場、最後は南野である。

すると南野が例の収納の魔法でガンケースを取り出すと白鳥に差し出し言う。


「これ信号拳銃だから、ヤバそうな時に使え。ロスケの四連装でダブルアクションだから引き金引くだけで撃てる。弾は照明弾と花火が交互に入ってる」

「オッス、わかりました。白鳥上番します!」


白鳥が昔を思い出したかのように敬礼をすると、なぜかグースステップで見回りを始める。すぐにその脚は並足に、普通の脚の運びになったが時おり立ち止まっては双眼鏡を手に砂漠へとその監視の目を向けている。


「さて、俺達は眠るとしますか」


南野の言葉に小場が頷く。

二人が向かうのは午後に建てた天幕、中には既に人数分の簡易な折り畳みベッドが用意されている。



二人の姿が天幕の中に消える。

僅かな時間燈されていた灯りが消えると建物の中を闇が覆った。

壁際にぼんやりと燈る常夜灯、その周りだけはかろうじて判るが、あとは全てが黒く影としてようやくわかる程の闇に覆われた。

白鳥はたまらず立ち止まると自分の例のX次元ポケットの中から使えそうなモノがないか探っていく。


『強すぎる光はダメだ、何か良さそうなものは…と』


白鳥は釣り用の小さなケミカルライトを見つけ出すとパッケージを破り、中から姿を現した細い小さな棒をポキリと折る。

それはすぐにも淡く赤色に光を放ち始める。それを柱の袂に間隔を開けて置いていく。

淡く光を放つ道しるべ。一人孤独に道を作り続ける。


30分程もすると作業も終わった。

間隔を置いて壁沿い、柱沿いに東南西、そしてトイレにも、必要な場所には最低限ひとつはケミカルライトが小さく光っている。

白鳥はうず高く砂の積もった北面外側を除いてゆっくりと見廻りを行う。

闇に目が慣れるとそれまで黒い影としか映らなかったものがその輪郭を現してゆく。

石柱の脇、手ごろな石段に座って砂漠に向かって双眼鏡を覗き込む。

双眼鏡を使えば裸眼よりも明るく見える。それでも見えるものは黒く地平の先まで続く砂、砂、砂。

人の気配は微塵も見えない。



闇の中、白鳥は一人見回りを続ける。

常夜灯の傍では鼾がひどく響いている。

眠りを邪魔されたのか、ガサゴソと蠢く人の気配もある。

白鳥は眠る酔っ払い達の列を刺激しないよう迂回して進むが、そこで不意に光に照らされた。顔を照らす眩い光に咄嗟に片目を手で覆う。


『この馬鹿ぁ! 暗順応が崩れるぅ!』

「なんだ白鳥か、驚かすなよ」


そう人の気も知らない言葉が投げかけられた。白鳥もたまらず声を掛ける。


「ちょっとまぶしいッスからそれコッチに向けないで下さいよぉ」

「ああ、コレか。誰がやったんだかしらないけどレンズに覆いが被さってたんでな、暗いから取ったんだ。ちょいと便所行ってくる」


光を向けているのは大先輩の川上。

その川上は白鳥がまぶしいと声をあげても変わらず白鳥の顔へと光を向けている。

しかし尿意の方が気になるのか、それをやめて立ち上がると「便所、便所」と呟きながら外へと向かう。

しかしトイレには向かわず石の柱の向うで立小便、ジョボジョボと派手に音が聞こえてくる。


「おう、白鳥。お前も疲れてるだろうから早く休めよ」


そう水音に混じって川上の声が聞こえてきた。


幸い咄嗟に片目をカバーしたせいか暗順応は完全には崩れていなかった。少し違和感はあるものの、片目がしっかり闇を見渡す力を残している。

白鳥は邪魔をされては困ると、少し距離を置き柱の影へと隠れる。そのまま影から隠れるように川上を窺えば、川上は懐中電灯の明かりを隠すどころか堂々外に向け砂漠の端へと光を放っている。


『なにをやってるんだ、あの馬鹿オヤジは!』


白鳥はそう心の中で怒りの声をあげた。

白鳥達三人は闇夜に輝く光が余計な者達を呼び込まないようにとわざと光を隠したのである。常夜灯に、そして懐中電灯に覆いを付けたのもそれが理由。白鳥が道を照らすのに小さなケミカルライトを使ったのもそれが理由である。

しかし大先輩である川上はまるで闇に光が何処まで届くのかを試すかのように暗い砂漠に向け光を放っている。


『ダメだこりゃ、大先輩平和ボケしてるよ!』


黙っていられぬと白鳥が川上の元へと向かう。

すると気配に川上が振り向いた。

途端に浴びせかけられた光に白鳥の目が眩む。

とっさに片目を瞑り手で光を遮るが、川上はそれが当然とばかりに白鳥に光を浴びせ続ける。


「ちょっとなにやってんですか、わざとやってるンすか!」


白鳥が声に怒りを滲ませそう問い質した。

すると川上も光を白鳥の胸元に向けると問い返す。


「そっちこそ何やってんだ、とっとと寝ろ」

「不寝番っすよ! 迷惑だからちょっとライト消してくださいよ」

「不寝番? ああ、寝ずの番か。なんだ眩しいってか」


するとようやく川上が懐中電灯を消した。

途端に深く闇が覆いかぶさる。

白鳥は瞑った片目を開いてみるが、見事に暗順応は崩れていた。


「やっぱり暗いな」


そう呟き川上が再び懐中電灯を燈した。

光で顔を照らしはしなかったものの今度は白鳥と自分の間の石床を煌々と照らしている。

白鳥がたまらず強く声に出した。


「川上さん、それ危険ですからライト消してください!」

「危険? なに馬鹿言ってるんだ。俺は救助を呼ぼうとしてだなぁ、夜ならこう遠くまで光も届くだろ、昔読んだ本にも遭難した時に光で助けを呼ぶ話があってだなぁ、こう…」

「馬鹿はソッチっすよ! 遠くに向けてわざわざ光を照らして! 盗賊にでも気づかれたらどうするんですか!」

「盗賊ってお前、そんなの…」


川上の言葉が止まった。

自分の仕出かしたことのもう半分の可能性に今更ながら気づいたという風。

途端に慌てた風に手で光を覆い隠すと背中を見せて言う。


「お、俺はもう寝るから。な、なに大丈夫だ。後の事は頼んだぞ」


そうして川上はコソコソと元のネグラへ戻ると毛布を頭から被ってしまった。



白鳥は闇に目が慣れるのを待つと巡回を再開する。

特に先ほど大先輩が光を照らした先には念入りに目を光らせ油断することなく見回りを続けている。

常夜灯の傍に毛布をすっぽりと被って眠る大先輩達のことを確かめ、そのすぐ後であった。


「おげええぇぇ…」


人のうめき声が聞こえてくる。

声のする方を探れば、ブルーシートの先に人影が見えた。

誰かが前かがみに身を折るようにしているのが判った。

白鳥はすぐにそこへと向かった。

その途中にも再び苦しげなうめき声が聞こえてくる。そしてビチャビチャという水音が。

暗くても明らかに判る嘔吐の様子に白鳥は声を掛けると背中をさする。

影が無言で片手を上げると謝意を示す。しかし再びエレエレと苦しげに胃の内容物を吐き出してゆく。

しばらくして落ち着いたのか、吐いた男はブルーシートにぺたりと座り込むと、白鳥に声を掛けた。


「わりぃ…、水、水くれ。そのへんに、無いか?」

「水っすね」


白鳥が小型ライトを照らしてシートの上を探す。

飲み会の跡がそのまま残るブルーシート、その残骸を調べてゆくと、中途に飲まれた水のボトルを見つけた。

それを差し出せば、相手はそれをラッパに口をつけゴクゴクと飲み干し、そして疲れたようにそのまま横になる。

酔っ払いは上尾だった。その上尾は白鳥がゆすっても反応こそあれ起きようとはしない。


「ちょっと上尾先輩、こんな所で寝たら風邪ひきますよ!」


白鳥は諦めると台車の上に積まれた毛布を2枚ほど取ると、それを上尾に掛けてやった。


白鳥は巡回に戻ろうとするが再び災難に巻き込まれた。

今度は足を掴まれた。

掴んだ相手は闇でも判る、妙に大きな体になった浅田である。

その浅田は意識も朦朧な状態で「水、みずぅ…」と繰り返している。


「水っすね。ええい! ちょっとこれ離してくださいよ!」


白鳥は浅田の小指を掴んで無理やり手を引き離すと再びブルーシート周りを調べに掛かる。

探すのはミネラルウォーターのボトルだが今度は見つからない。

代わりにコーラのラージボトルを見つけ出すと、「みずぅ…」とうめき声を上げる浅田にそれを渡した。

浅田が手の感触にボトルを見つけるとたどたどしい動きでそれを開けにかかる。

少々の時間をかけてプシュウ! とキャップが開いた。

浅田はまるで哺乳瓶に吸い付くゴリラの子供のようにボトルに口を付けるが、勢いが良すぎたのかブボオ! とその鼻と口から炭酸の泡を吹き出した。

咽せる。

白鳥もたまらず込み出てくる笑いを腹を押さえてなんとか耐える。

浅田のゲホゲホと苦しげに咳き込むその様子に周りからも、「うるせぇぞぉ…」と声が上がるが浅田は気にするでもない。

やがて落ち着きを取り戻すと残ったコーラをゴクゴクと飲み干してゆく。



時計に浮かぶトリチウムの明かりはもう間もなく午後の11時をさそうとしている。

白鳥が不寝番に立ってから4時間が経とうとしていた。

一日の正確な長さはまだ不明であるが、三人は4時間に区切って夜番を行う計画である。


『そろそろ起こしに行くか』


白鳥が動こうとすれば後ろより声が掛けられる。


「ご苦労さま、異常は?」


白鳥が声に振り向けば、そこには小場の姿があった。

白鳥は反射的に、「異常なし!」と出掛かった言葉を飲み込むと、自分が受け持ったこの4時間の間に起こった出来事を説明する。


「先輩! アル中たちに言ってやってくださいよ! あいつら酷いっすよ! せっかく闇に慣れた目に光は浴びせるし遭難ゴッコで砂漠に光は向けるし、おまけにゲロは吐くわ、水は持ってこいだの、うるさいからとっとと寝ろだのコッチが骨折ってやってるってのにちっとも判ってないッスよ!」


それを聞いた小場がクククと小さく笑い出す。


「酷い目にあったな」

「笑い事じゃないスよ!」


白鳥はいまだ怒り冷めやらぬ様子である。





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