閑話 元自たち 01
【 閑話 元自たち 01 】
人が必要とする物はけっこう数が多い。
普段何か必要とする物があるならば家の何処かに仕舞いこんであるものを出せば、あるいは近くで買えばいいのだが、何も持たぬ状態で見知らぬ荒野に放り出された者達にとってはそれは出来ない相談である。
幸い此処に飛ばされた者達には数百トンもの雑貨と不可思議な魔法という力があるが、それでも足りない物は出てくるものだ。
鈍い鉄色の輝きを放つ直線が途中からなだらかに曲線を描きだす。
曲線が巻貝のように螺旋を描くとそれとは別の直線や曲線に重なりまるで熔けるように交わってゆく。
小場の手の中で鉄がその姿を自由に変えていく。
アールヌーボー期のデザインにあるような有機的な曲線が自由に組み合わさると、鉄はやがて椅子としてその形を現した。
「おおっ、凄ぇーじゃん」
声に作業をしていた小場が振り向く。
感嘆の声をあげたのは白鳥、その回りには楠木や南野の姿もある。
皆パンや缶詰を抱えている。
すると小場が食料を抱えた皆に言う。
「たぶん大丈夫とは思うが、念のため試してくれ」
試す。
小場が魔法の力で材料から作り上げた家具のことである。
そこには大きめのテーブルがひとつと六脚の椅子がある。
テーブルの天板は木製、脚と骨組みは鉄製、椅子は一つを除き全部鉄で出来ている。
皆が抱えていた食料をテーブルの上に置くと、椅子を手に取り思い思いに体重を掛けるなどしてその出来を調べてゆく。
「魔法ってホントなんでもできるんだね」
「なんでも、って程じゃない。これだって色々制限がある。南野さんのとは違ってこちらは元になる材料が無ければダメだ。一人砂漠の真ん中に放り出されたなら干からびる能力だよ」
感心する様子の楠木に小場はそう答える。
楠木は初歩の火や水、そして例のポケットの魔法を使えるようになったがそれだけだ。
こうした一風変わった魔法は使える兆しも見えない。
「こんだけ出来れば十分だべ。なんか無駄に凝ってんじゃない? これ」
「練習だからな。座面の板の具合はどうだ? 悪ければ作り替えるぞ」
「ああいい具合だ。体は直ったとしても心にはどうにも不安が残るからな」
「先輩、これよくできてますよ。体重かけてこう揺すってもびくともしない」
「破壊するまでの強度テストはしていないからどこまで耐えられるかは未知数だ。たぶん大丈夫とは思うが浅田の大将には座らせるなよ」
南野、白鳥達の言葉に小場がそう応える。
幸い巨大化した浅田は大先輩達に混じって酒盛りの真っ最中、此処には居ない。
四人はテーブルを囲むと酒飲みではなく普段よりかはいくぶん質素な食事を始めた。
「あれ? 飲まないの?」
楠木がそう疑問を口にした。
まるで学生の昼食のようなアルコールを含まない真面目な食事に素直に疑問が口から出たのだ。
それに楠木の顔を見て南野が答える。
「飲んでもいいけど程ほどにな。でないと何かあった時困ることになる」
そう言うと彼は酒盛りで賑わう大先輩達を眺める。
ブルーシートの上に車座になり酔い騒ぐ姿に、「アレは今日はもう駄目だな」と囁くと諦め顔となる。
結局酒は楠木と白鳥がビールを一本、これをちびちびと飲んでいる。
魔法の練習中に飲んでいた小場と南野も今はもう飲まない。
白鳥が気を利かせ「先輩、飲まないんですか」と訊ねても首を横に振り、まだやることが残っているとこれを断る。
その一方の小場はじっと黙って飲み終わった豆乳パックやパンの空き袋を見つめている。
更には取り出したスマホでその空き袋を撮影するとじっと画面に見入っている。
やっていることとチグハグな妙に真面目な顔つき、その様子に掛ける言葉も見つからないと、少し気まずい静かな昼食時間が過ぎてゆく。
食べ終わり、皆がゴミを袋にまとめようとすると小場がそれに待ったをかけた。
「待った、それをくれ」
「先輩、ゴミ捨てぐらい自分やりますよ」
まさか先輩にゴミ捨てなどさせられないと気を利かせた白鳥がそう言うが、小場は理由を述べるのも面倒だと、実際にその場でやってみせたのである。
昼食のごみが一挙に消え失せると、間を置かずに小場の掌の上からモコモコとしたものが溢れ出る。
小場はそれを更に変形させると小振りのクロスを一枚作り出した。
「吸水素材のハンカチ、これを応用すれば色々出来るだろう」
「ちょっ、先輩凄いッス。超エコっすよ」
そう感心した様子の白鳥にハンカチを渡すと小場が南野に言う。
「簡単な工作は俺の方で済ますから、そっちは例のモノを、内密に頼む」
「ん、判った。上手く出来るようならまた知らせるわ」
「ああ、頼む」
小場と南野がなにやら真剣な眼差しでそうやり取りをする。
傍らでそれを見る楠木と白鳥はその様子に胸に微かな不安を覚えると、二人に訊ねてみた。
「先輩、いったい何が始まるんですか」
「第三次世界大戦だ」
「コング、さぁ始めようか」
そう言って小場がポンと白鳥の肩を軽く叩いた。
「コングって誰っすか? ちょ先輩」
白鳥が小場の後を追っていく。
それを楠木が黙ってみていれば、南野が、
「わりぃ、ちょっと集中したいから向こうを手伝ってくれ」
と、そう楠木に促した。
巨大な石造りの建物のその隅に、小場がアイテムボックスから出した荷運び用の台車を数台並べていく。
その内の一台の傍に小場は立つと、胸の上に上げた両手からスルスルとフリース素材の毛布を空間に生み出してゆく。
白鳥と楠木が唖然とした顔でそれを見つめている。
然程時間もかからず一枚ができあがった。
パサリと台車の上に毛布が落ち、それを小場は手に取ると出来を確かめ、納得がいくと二人に解説しながら手順を追ってそれをたたんで見せる。
「たたみ方は倉庫だたみ。白鳥は知っているな。楠木さんは今見て覚えて欲しい」
「これってテキトーじゃまずいの?」
「たたみ方が違うと数を数える時に問題が出る。では量産するのでたたむ方はよろしく」
すると小場が台車に手をかざす。
先ほどのように両手を使うことも無く、時間もかからず次々と毛布が掌の下、何も無い空間より生み出されていく。
その光景に白鳥より声が上がった。
「ちょっと先輩! 早い、早すぎです!」
「13人、一人三枚、予備を考え50枚ほど出すから二人とも頑張れ」
次々生み出されていく毛布にあっというまに台車が埋まる。
埋まれば小場は次の台車に切り替えそこに次々毛布を生み出してゆく。
白鳥が急いで次々毛布をたたんでゆく。それを見ながら楠木がたどたどしく毛布をたたんでゆく。
小場は毛布を予定枚数生み出すと二人を手伝うことなく次の作業に取り掛かる。
二人が全ての毛布をたたみ終わる頃、小場はもう一つの作業を終えていた。
作り出したものは何本もの鉄パイプと毛布よりはるかに大きな防水布。
正しく組み上げればそれは天幕の姿となる。
「先輩! 作業終わりました!」
毛布をたたみ終えた白鳥が、10度の敬礼※をしながらそう報告する。
(※10度の敬礼:無帽時に行う敬礼。会釈)
「ご苦労。事後の命令、天幕展張」
「天幕展張、実施します!」
白鳥が昔の職場のノリでそう受け答えする。
もちろん受け答えはそうだが「三歩以上は駆け足!」のテキパキとした動作を見せるではなく、少しだらけた民間の動きである。
残った楠木に小場はいつもの調子に戻って言う。
「楠木さんには、わるいですがこの毛布をあの酔っ払い達のところへ必要量届けてもらえますか。但し、私のした事は内緒で。荷物の中から見つけ出した事にでもしておいてください」
「え? いいの? これだけのことをしてのけたのに」
楠木は、そうわからないといった顔で小場に聞き返した。
数百トンの荷物があっても無いものは無い。
この毛布が無ければ、ここに飛ばされた労働者達はダンボール箱や梱包材を布団代わりに今宵眠ることになったのである。
小場はそれに首を横に振ると短く答えた。
「芸は身を滅ぼす」
「どういう事?」
「便利な力があると知れればいいようにコキ使われる。しかも特別な見返りがある訳でもない。そうやってすり潰されるのは嫌だ、という事」
その言葉に楠木はハッっとしてその顔を暗くした。
楠木にももちろん覚えがあったのだ。稼ぎたいと荷物を多く取り扱う仕事を回して貰ったものの、結局過信から体を壊し社を辞めざるを得なくなったかつての同僚たちの顔が。
断れない事情を利用され、体にキツくしかも儲からない仕事を押し付けられ心と体を壊して辞めていったかつての仲間の顔が、脳裏を過ぎる。
楠木は黙って頷くと台車に手を掛ける。
その彼に待ったが掛かった。
小場がその台車に一枚だけ特大サイズの着るタイプの毛布を乗せると言う。
「ハゲの大将に渡してくれ」
ハゲの大将、此処に来る前まではハゲていた浅田の事である。
小場はそう言い、その口元に人差し指を一本立てると楠木に行ってくれと促した。
石造りの巨大な建物の一角に、天幕が一張り組みあがった。
運動会などで良く見る集会用テントによく似た姿。
屋根と周囲を囲む防水布の色が砂漠の砂色になっている点が違っているがその他の構造はほぼあのままの姿である。
石床の上に天幕を張るならば、ペグを使ってロープを固定する軍用天幕よりもロープ無しで自立するこのタイプの方が使い勝手が良いだろうとの判断である。
大抵の者にとって見慣れているから、という点も理由に当たる。
便利な収納の魔法がある為、これを持っての移動も苦にはならないだろう。
その天幕の中に小場が簡易な折り畳み型の机と椅子を用意する。
パイプフレームのよくみるそれを小場がみるみる作り出していくと白鳥がそれを受け取り設置していく。
「もう完璧ッス。売ってる品と全然見分けつきませんよコレ」
「ああ、酔っ払いたちには秘密に頼む」
白鳥が頷く。するとそこへ南野がやってきた。
「おっ、出来たね。こっちも一応成功したよ」
そう言うと南野はいちど人の目を確かめると天幕に入る。
そして折り畳みの長机の上に手をかざすとゴトリ、重みのある黒光りするものが机の上に現れた。
拳銃である。
それを見る二人が「おおっ」と感嘆の声をあげた。
「これってよく暴力団絡みのニュースで出てくるヤツですよね」
「ちょっと待て。なんでトカレフに安全装置が付いているんだ?」
「たぶん中国製、ノリンコか何処かの輸出モデルだと思うわ。どうも簡単に出せる物と出せない物があるみたいでな」
そう言うと、南野がまた一丁、別の銃を自分のアイテムボックスから出してみせる。
今度はアサルトライフル。木製ストックの付いたあまりにも有名すぎるその銃を二人が手に取り確かめていく。
「セレクターは連と単、中国製だな」
「左側にも刻印に56式って、確実ッスね」
セレクターレバーには漢字表記、左側面にもシリアルナンバー脇に漢字で刻印が打たれ、なによりオリジナルには無いフォアグリップ下に目立つ折りたたみ式の銃剣が備わっている。
銃の名前は五六式小銃。中国製で間違いない。
小場がその小銃を手にするとマガジンを抜きスライドを引くと薬室内の弾の有無を確かめる。
次は引き金を引き撃鉄を落とすとカバーを外しスプリングの付いたロッドを抜き取りスライドとロータリーボルトを取り外す。
あっというまに長机の上にパーツが並んでいく。
その様子を感心して眺める白鳥が疑問を口にした。
「先輩慣れてますけど、AKの分解結合なんてどこで習ったんですか?」
「独学だよ。64式よりはるかに簡単だからすぐに覚えられるさ」
「ええっ! これを使うんすか!」
驚く白鳥、対する小場は「お前はなにを言っているんだ」とばかりの真顔である。
しかしこれには南野も異議を唱えた。
「いまどきAKは無いよなぁ」
「ですよねぇ。リビアの民兵だってもっと洒落た銃使ってますよ」
「最新の銃器も出せるのか?」
その一言に南野が言葉を詰まらせた。
じっと見つめる二人の顔に対し、少し悩む姿を見せると、「やってみるわ」と一言、近くのパイプ椅子に腰掛け術に集中する。
その脇では小場が五六式を調べに掛かる。
普段の手入れに必要なレベルの通常分解から更に部品ひとつひとつに至るまで完全にバラすと、その後は部品同士を叩いて音を確かめたり、部品の合いと動作を確かめたりしながら再び完全な状態へと組み上げてゆく。
一方椅子に座る南野は苦戦していた。
集中し、赤い顔をし唸っているが、肝心の物はまだ出現していない。
小場がマガジンに残っていた弾を注視する。
外観をまんべんなく見定め、次に弾頭をプライヤーで外すと中の火薬を紙の上に空け、それにじっと注目する。同じように空となった薬莢の内部、特に雷管付近にも注目する。
小場がもう一枚紙を用意する。
すると何も無いその紙の上に先に開けたものと同じ顆粒状の物質が姿を現す。
小場はそれを石床に置き、チャッ〇マンの魔法で火を付けるとシュボンッとそれは燃え上がった。
「成功だな」
「先輩! いまのは」
「なによ、火薬を合成したってか!」
驚きの色を見せる二人に小場がウンと頷いた。
「ふう~、出ねぇ…」
そう南野がため息をついた。
彼はあれよりしばらく魔法の行使に精神を集中していたのだが、思うような成果が得られずにいたのだ。その南野が集中を切らすのを待ちかまえていたように白鳥が言う。
「こっちも反応無し。何も聞こえてきません」
白鳥はその手に短波ラジオを持ち、色々周波数を変え放送局を探していたのだが結局放送らしきものは何も聞こえては来なかった。
スウィッチを切ると例のポケットの中にそれを仕舞い、だらしなく椅子にもたれ掛かる。
此処が地球上の何処かであったなら…、その思いが絶たれたのである。
その横では小場がAKコピーの動作を確かめている。
スライドをゆっくりと動かしロータリーボルトの動きを確かめる。
長机の上にはもう1丁の小銃が見える。いつのまにかに二丁に増えた小銃、それに気づいて南野が声を掛けた。
「それ魔法で作ったのか?」
「ああ、クロモリ鋼なら在庫もあるし試しに作ってみた。Made in Japanの刻印も入れてある」
「中東の武器職人じゃあるまいし、それ強度とか大丈夫なのかよ~?」
いぶかしげな顔で南野がそう疑問を唱えた。
大分信用していない様子が伺える。
小場はちいさく笑って答える。
「強度が足らずに暴発するかもしれないな。そうならないように作ったつもりだが、そのうち試してみよう」
小場はそう言うと立ち上がり、チラリと酒盛りの方を窺った。
大先輩達は今も酒盛りの真っ最中、そこに混じって楠木の姿も見える。
既に酔いつぶれたのか一人二人寝転ぶ姿も見える。
運んだ毛布も酔っ払い達の尻の下に敷かれ、はやくも有効に活用されている様子が伺える。
「まあ~、今テストしたら間違いなく酔っ払い達に襲われるな」
南野も笑ってそう言う。
いくらなんでも酔っ払い達に実弾の入った銃を触らせるのは憚られたのだ。
銃を撃ち始めれば野次馬根性を発揮した酔っ払い達は確実に、「ちょいと俺にも撃たしてけろ~」と迫るだろう。それは危険この上ない。
酒で理性の箍を外された酔っ払い達の頭に安全の二文字は存在しない。
「ところでいったい何を出そうとして頑張っているんだ?」
「英軍のL115A3って、判るかな? 338ラプアマグナムを使える世界記録を持つスナイパーライフルを出そうとしてるんだがどうにも上手くいかなくてな」
「ドラグノフじゃダメなのか?」
「あれはマークスマンライフルだよ。俺が出そうとしてるのはもっと精密な、長距離からの狙撃に使えるやつだ」
「先輩、12.7ミリじゃダメなんスか? あれなら2キロ先でも狙えますよ」
「うむ、12.7ミリなら確実だな。14.5ミリでもいいぞ」
「おまえら古い銃がよっぽど好きなんだな。待ってろ、試しにやってみるから」
南野がそう言うと再び集中しだす。
二人も黙ってそれを見つめる。
すると然程時間を置かずして南野の目の前に三脚を持った無骨な鉄の塊が姿を現した。
「出来たよ。なんでコッチはこんな簡単に出てくるんだよ!」
納得いかぬ! と声をあげる南野の目の前で、すぐに小場と白鳥の二人が重機関銃に群がるとそれを調べに掛かる。
カバーを外し、弾薬の繋がったベルトリンクを外す。
ガジャゴンとスライドを引けば薬室より巨大な弾が吐き出されてくる。
ガコンと図太い銃身を白鳥が抜き取ると、気づいた風に小場が南野に手を差し出して求めた。
「間隙調整用のゲージも出してくれるか」
「ん、判った。ちょっと手を出してくれ」
小場がちいさなゲージを受け取るべく両の掌を水を掬うように形作る。
するとポトリと望みのゲージが落ちる間もなく黒光りを見せる長物の銃までもがその手の上に落ちてくる。
「よっしゃ成功! でもなんでこっちは上手くいくんだよ…」
小場が落とすことなく銃を受け止めるとそれを眺める。
新しめの塗装、メタルストック、木の温もりが感じられぬ予想とは違う姿に小場が疑問の声をあげる。
「ドラグノフも今は樹脂部品を使うようになったのか?」
「それはSVDK、SVDとはちょっと違うんだな~」
南野が誇るように、胸を張ってそう応えた。
「要はドラグノフSVDの新型だ。最近の流れにあわせて弾が威力の高いものに変わってるんだよ。確か9.3ミリだったかな、338ラプアマグナムよりも弾の直径は大きい。もっとも銃口初速はそれより遅く威力も低いがそれなりにいい弾だよ」
南野が今魔法で出してみせた銃について語る。
それを確かめるために小場が弾倉を外すと中身を確かめる。
弾倉は空ではなくしっかり中に弾が詰まっていた。かなり大きめな弾。小場達がよく知る7.62ミリNATO弾よりもひとまわり以上は大きい。
自信満々に南野が銃を語る。だが小場の口より出た言葉は南野の気持ちとは違うものだった。
「威力があるのは頼もしいが、これだと弾の互換性に問題が出るだろ。旧型ならPKMとも弾の交換ができるが、これはそうはいかんだろ」
「うっ! なんだよ、古いのがいいってんなら出してやんよ!」
「出せるならついでにPKMも頼む。弾と箱型弾倉付きで」
思いもよらぬ指摘の言葉に詰まった南野が、半ばヤケを起こして魔法で銃を出していく。
リクエスト通りの木の温もりを感じさせる銃、独特の穴の開いた木製ストックを備えたドラグノフにPKM機関銃がさほど時間も苦労もかからず目の前に姿を現す。
これには南野も拍子抜けした様子。
「さっきまでの苦労はなんだったのよ…」
と目の前に並んだ銃にその目を向けている。
新たに出現した二丁の銃を小場が調べる。
狙撃銃であるドラグノフSVDは綺麗な状態。年式相応の古さはあるがそれでも大分良い状態である。ケースに収められた小振りのスコープといくつかの空弾倉があるが弾は入っていない。
もう一方のPKM機関銃は埃塗れ。もっとも携行用の弾丸ケースやベルトに通した弾丸など必要なものが一通り揃っており、まるでつい先ほどまで戦場にあったかのような状態である。
白鳥が疑問を口にした。
「これってやっぱ魔法で何処からか持ってきたんですかね」
「考えるな、深く考えたなら負けだ」
「先輩、試しに自衛隊の武器出してくださいよ」
「そりゃぁやっちゃぁいけねぇ事っだな。武器陸曹が自殺でもした日にゃ寝覚めが悪い」
確証こそないが、白鳥、南野、小場達は南野のこの魔法が召喚魔法の一種ではないかと見当を付けている。
此処とは別の場所に在る物を魔法の力で運んでくる。悪く言うならば目的の物を目標に場所は判らぬが盗みを働く魔法能力である。
そして白鳥がこの魔法の力に潜む可能性を口にする。
「思うンスけど~、先輩のこの魔法を応用したなら俺達元の場所に戻れるんじゃないすか?」
だがそれに対する南野の顔は暗いものだった。
「もう試した。現状では物を送り返すことは無理、不可能、みんな例のボックスの中に収納されるだけだったよ」
そうさびしげに南野が呟いた。
「AK、ドラグノフ、PKM、それにキャリバー50、一応此処に居る人数分以上の武器が揃っているが」
「いや、頑張って出すよ。イスラムゲリラじゃないんだからもうちっとマシな武器を使いたい」
「そうッスよ先輩、アカのボロっちい武器なんて俺使うの嫌ッスよ」
小場の言葉を途中で遮るように南野がそう言った。
驚きの顔を見せる小場、だが白鳥も武器の選択に対しては南野と同じ意見のようだ。
「ボロいと言うが信頼性の高い良い銃だぞ」
「いやいやいやいや、信頼性って言っても精度を犠牲にしてのでしょ。今まで出したのは全て任せるから、もう自由に使っていいから」
「そうッス。先輩専用でお願いしまっす」
「なら後で余裕のある時でいいから弾薬もある程度出しておいてくれ」
「判った。いや今すぐ出せるわ」
そう言うと直ぐにも大量の弾薬が姿を現した。
大きな木箱に入った各種弾薬、缶や紙箱に入った新品からむき出しのものまで多種多様、しかもこれだけの量を出したにもかかわらず南野の顔には疲れの色もない。
本当に片手間で出したのだと判る。
「ほんっとアカの武器は出すの楽だわ」
そう一言述べると今度は椅子に腰掛け再び精神の集中に入る。
どうやら自分用の本命の武器調達にかかるようだ。
30分程も経っただろうか。
フウとひとつため息をつくと南野が椅子の背もたれに体を預ける。
極度の精神集中に赤みを帯びていた顔が緊張の色をほぐす。
南野の前には一丁の銃が現れていた。だが南野は疲れの為かソレにすぐに手を伸ばそうとはしない。
傍で白鳥が興味深げに銃を覗き込むが、当人に配慮してか、こちらも眺めるだけに留めている。
その南野が重たげに体を動かすとようやく銃に手を伸ばすが、気を利かせた白鳥が銃を拾うとそれを南野に捧げるように手渡した。
「うん、サンキュー。ようやく成功したな。ちょいとばかし汚れているが…、本物に間違いない」
そう言いながら南野が銃を調べる。
AR系列特有のレシーバーを基本にした今流行りのスタイル。ピカティニーレールとサプレッサーが長く目立っている。
作動状態、スコープの質、ガタ付きの有無、一通り調べ終わると安全装置を確かめそれを物欲しそうに見ている白鳥に預けた。
白鳥が興奮した顔であれこれ向きを変えながら銃を眺める。
「M110か、うわ~いいッスねこれ。先輩、俺にもコレ出してくださいよー」
「無理、それ一丁出すのにどんだけ疲れたと思ってるのよ。いったい何が違うんだろうなぁ」
「なら試しにRPG‐7を出して貰えるか」
「ん、ホレ」
小場のリクエストに南野は時間も手間もかけずにポイと望みの物を出してみせる。
埃に汚れた発射機本体と弾頭二つ、光学照準器も付いている。
南野の顔には新たな苦労も疲れも見当たらない。
「ほんと、コッチはこんなに簡単なのに…」
「先輩、次はバレットだしてくださいよバレット」
「バレットっておめぇ…、ん? なんとかなりそうか…」
そう言うと南野が精神集中に入る。
じっと面前の何も無い空間に集中し、しばしそのまま…。
唐突にヌルんと何も無い空間から抜け出るように重厚な銃身が現れる。
それはそのまま機関部、銃床とその全てが姿を現すと重力に引かれ落ち、それを受け止めた白鳥が声をあげた。
「うはぁ、バレット! 先輩凄いっすよこれ!」
そう興奮した様子で白鳥が銃を見つめる。
今一度重さを確かめ喜びの顔で立射に構えて見せる。
「よくもまぁバレットなど出せたな」
「んん~、なんかよくわからんけどさっき気配を感じたんだわ。だから狙ってみたんだけど、出せたんよ」
それまで落ち着いた様子で座って見ていた小場も今は白鳥に近寄るとそれに目を向けている。
M‐82バレット、およそ全長1.5メートル、重量13キロあるそれを、まるで与えられた玩具を喜ぶかのように白鳥が振り回している。
「白鳥! 銃で遊ぶな!!」
小場の一喝が響く。とたんにシュンと白鳥が大人しくなった。
「弾の統一が全然出来ていないがどうする?」
「マズイべなぁ、俺としては7.62mmNATO弾で統一したいけど」
「同意見だ。その弾で簡単に出せる銃はあるか?」
「リクエスト、あるか?」
「ガリルの7.62ミリ仕様」
「それって中身はほぼAKだべよ! まぁ試してみる」
そう言い再び南野が集中する。
だが彼は集中を解くと顔の前で手を横に振る。
「ダメだ、全然呼べる気がしねぇ。新しくも無い銃なのにどうしてだろうな」
「M‐82が出せるのにガリルは駄目とか法則性が見えないな。出せるならもうなんでもいいぞ、任せる」
「ん~、任せるってのも案外困るんだけどな~」
再び南野が集中に入る。
白鳥も今は黙って見守っている。
南野の目が何も無い空中に焦点を結びその手が何かを掴むかのように差し出される。
程なくして一丁の銃が姿を現した。樹脂部品の多い現代的なフォルム、砂色のその銃を南野が手にとって確かめる。
「FN社のSCAR‐H、ずいぶんと新しい銃が出たもんだが、ほんと法則がわからねぇ」
「なんかずいぶんとオモチャっぽい銃だな」
「うわ! 先輩これって最新の! これ俺にくださいよ」
そう言いながら白鳥が暑苦しく迫る。
南野もこれには参ったのか小場に目で同意を求めると、今出してみせた最新鋭の銃を白鳥に預けた。
白鳥はまたも銃を手に小躍りする。弾倉に弾が入っていたなら空に向けて発砲しかねない勢いだ。
「白鳥!」
とまた小場の怒りの声が飛べば、ビクリッとその体が止まった。
白鳥はまるで怒られた子犬のように上目遣いで様子を窺っている。
「で、どうする? アレはなんとなくだがもう出せそうに無いぞ」
「M‐14でもFALでもG3でも何でもいいぞ」
「判った」
南野が再び集中に入る。
すると然程の時間もかからず一丁の銃が現れた。
鈍く金属の輝きを放つ細長い姿には黒い樹脂製ハンドガードと折りたたみ式メタルストックが付いている。
「FAL、か?」
「いや、L1A1ファミリーかも」
小場がその銃を手に取る。
セレクターを調べればきちんと連射のポジションがある。
刻印を調べれば、こちらはベルギー製と記してあった。本家本元の空挺用FALである。
小場は弾が入っていない事を確認すると動作確認に入る。
コッキングレバーを操作しながらセーフ、セミ、オートと激鉄の落ちる音を頼りに確かめていく。
作動状態は良好、問題なし。
次には通常分解、銃床根元のレバーを押すとまるで中折れ式の銃のようにレシーバーが開き上面を覆ったカバーも丸ごと外れる。
スライドを抜き取り掃除がてらに部品の出来を確かめていく。
「シンプルだ。レシーバーに直に部品が入っている。スライドと遊底は雰囲気的には64にも似ているな」
「シンプルというか、随分簡略化された銃だな。このリアサイトなんて禄に調整もできないぞ。スコープ付けるにも、このカバーの上じゃ精度も出ないだろうし…」
作業を覗きこむ南野がそう感想を述べた。これには小場も苦笑い。
名の知れた銃がこうも簡易な照準装置しか備えていなかった事は二人にとって驚きだったのだ。