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閑話 親爺たち

『 閑話 親爺たち 』



昼飯の時間である。

配給の列の先頭に並ぶ小滝は受け取った二個のパンから視線を外すと目の前でパンを配る浅田の顔をマジマジと見つめた。


今までならあった缶詰が今日に限っては無い。


間違いかと思い、小滝は聞いてみた。


「今日は缶詰は無いんだか?」

「無い。今日からは缶詰は無しだから。パンと豆乳パックを受け取ったらさっさと行った行った」


配膳係を務める浅田は無情にもそう答えると、まるで犬猫を追い払うかのようにシッシと小滝に手を振った。


憮然とした小滝の顔が浅田を見つめた。

だが浅田は


「後がつかえているんだから」


と呟くとそれ以上は小滝に構わぬ様子。

その小滝の後ろに並んだ上尾に箱の中から中身を見ずに無造作に菓子パン二個を手渡すと上尾にも早く行け、と追い出しにかかる。


「なんだよ、ふたつともゲロ甘そうなやつじゃねーかよ」


そう上尾の口からも文句が飛び出た。

上尾は渡されたパンが二つとも気に入らぬと、それを受け取りながらも目の前にある箱の中を覗き込んでいる。


「贅沢言うなよ、この中身は全部甘ったるいやつばかりだよ。違うやつが食いたければ適当に誰かと交換してもらいな」


浅田はそう言い、上尾の顔を指でクイと持ち上げると横を向かせて背中を押した。


その後ろに並ぶ川上も差し出されたパンを見ると、浅田に不満を洩らす。


「大の大人がこんなパン二つばかしじゃあ、足りないよなぁ」

「川上さん、そのパン一個で300kcalありますから。大人一人に必要とされるカロリーはおよそ1800。一日パン六個に豆乳もあるから計算上十分なはずですよ」

「そうか。でもよお、パンだけじゃ侘しいだろ」

「文句があるなら支店長に言ってくださいよ! こっちは言われたとおりにやってるんだから」


それきり川上も黙った。

黙って受け取ったパンを抱え相棒である小滝の背を追う。

川上の後ろに並んでいた近藤も、


「なんだよ、缶詰だせないってか」


と皆と同じに文句を口にする。

浅田はうんざりしたように問答を繰り返した。


「今後の為に取って置くんだとさ!」




配られたパンを見て楠木が「はぁ…」と情け無いため息をついた。

配られたパンは円盤状のチョコレート味にメープルキャラメル味。

このところ続いている甘味の連続攻撃に楠木の舌も胃袋も根を上げている。

そろそろ我慢も限界だ。


「ラーメン出してくれるんじゃ無かったのかよぉ!」


気がつけば楠木は皆に聞こえるようそう声をあげていた。

楠木の魂の叫びである。

あちこちから反応が返ってきた。


川上「ぼやくな、状況が変わったんだから」

小滝「きっと班長達がなんとかしてくれんべ」

上尾「無理だろ、班長たち支店長の前じゃ何も言えないから」

近藤「ホントけちくそだよなぁ。飯ぐらいジャンジャン出せばいいのにさぁ」


楠木が諦め顔でパンの包装をバリンと破いた。

嫌になるほど嗅ぎ慣れたチョコの甘い匂いが漂ってくる。

うっ、とこみ上げてくるものをこらえようと豆乳パックに口をつける。

以前なら悪く言うはずのプレーン味に救われたような気がした。




昼飯が終わった頃を見計らったように小場がやってくるとゴミを回収していく。


川上「ああ、いつもすまんな。ゴミ投げ(捨て)は交代しないのか?」

小場「ええ、支店長の干渉を受けない唯一の資源ですから燃やされる前に俺が回収しています」

小滝「んだかす」

小場「はい」


小場は別のグループにもゴミの回収に向かう。

その背中を見て楠木がボソリ呟く。


楠木「廃物を材料にしているのだろうけど魔法で物を作れるなんてホント羨ましい」

川上「なんだ、楠木は内職したいのか。ならいいぞ、俺の肩を揉んでくれ」


これにはもちろん楠木は首を横に振った。

勢いと流れがあっても乗せられないぞ、という雰囲気が漂っている。

すると小滝が口に出した。


小滝「こんなときぐらいのんびりしたらいがっぺよ。いままで散々働いてきたんだからバチも当んめぇ」

楠木「川上さん、遠慮します。小滝さん、のんびりするっていっても、することが無さ過ぎるのも不安になるんですよ」

近藤「そうだよなぁ、ここにはパチンコ屋も無いしなぁ」

上尾「なんだ、楠木は退屈だってか。そうだよなぁ、こうして喋ってるしかやることねぇもんなぁ」


そう言いながら上尾は例の魔法のポケットをまさぐると透明のプラカップを取り出した。


川上「それもアイツが作ったのか?」


上尾が頷く。これも小場が作った再製プラカップである。


いっしょに飛ばされてきた荷物の中にはもちろんプラカップも有る。

それこそ箱で売るほど在る。

だがそれを使うには支店長の許可が必要になっていた。

元の世界ならそれこそ僅かな金額で買えるようなものでも、支店長はもったいぶった理由を付けてはそれを上尾たち社員には使わせないでいる。


上尾が魔法でカップに黄金色の泡立つ液体を注いでいく。

四人の注目が集まった。

それを見て上尾は言う。


上尾「やるかい?」

川上「おう、もらおう」

小滝「ちょ、昼間っからヤバいんでないかい?」

近藤「どうせやることもないし、いいでしょ」


追加で上尾が人数分のプラカップを出していく。

そこにビールに似た上尾特製ドリンクを注ぎながら彼は言う。


上尾「カップは回収ね。あとアルコール分は1%未満だからコレ。酒じゃないから、たぶん」

川上「ああ、そういうことにしておこう」

近藤「じゃ、麦芽飲料ゴチになりまーす」

上尾「麦芽使ってないけどな、どんどんやってくれ」


小さな声で「カンパイ」と唱え、皆が飲み物を口にする。

ゴクリと一口だけ口にする者、ゴクゴクと一気に飲み干していく者色々いる。

が、皆に共通する不満があった。


近藤「ぬるいなコレ」

楠木「これ冷えてたらもっと美味いのに」

川上「そうだな、魔法でなんとかならないかよ?」

楠木「冷却の魔法ですか? 俺やったことないですけど、どれやってみますか!」


そう言うと、楠木がプラカップに精神を集中する。

最初は周りで見ているだけだった飲兵衛たちも便乗するように魔法でなんとか飲み物を冷やせないかと試していくが…。


楠木「はぁ、なんかダメっぽい。うん、変わらずぬるいままだ」


楠木が確かめるように一口中身を口にしてそう言った。

その目の前では小滝もダメだと横に首を振る。

その横では川上がさも美味そうに飲み物をゴクゴクと飲み干していくと、最後にブハーと満足そうに息をついた。

ご機嫌な顔である。

皆がその顔に注目すると川上は言う。


「なんだ、皆は出来なかったのか。そうかそうか、おい上尾もう一杯頼むわ」


差し出されたカップに悔しそうに上尾が金色の泡立つ液体を注ぎながら意地を張った。


「くっそう~、見てろよ俺だって…」


上尾が眼をキツく瞑って魔法に集中する。

手に持つプラカップの中には黄金色の液体が満ちていき…、上尾は不敵な笑みを浮かべて溜まったソレに口を付ける。

ゴクリと一口、いや我慢できずにコップ一杯を飲み干すとその眼が幸せそうにニンマリ弧を描いた。


「よっしゃあ、成功!! ほれ、小滝さんも近藤も楠木もみんな飲め飲め。あ~川上さんは水でいいっすよね?」

「馬鹿言うな、俺にもソレをくれ」


上尾が新しく覚えた魔法、“冷えた”ビールのような飲み物を皆に注いでいく。

十分に冷えているその飲み物に皆で再び先ほどより少し大きめに乾杯の声!

そして足りないものに気づきだす。


「誰か“つまみ”になるもの、隠し持ってないか?」


だが其処に居た全員が持ってないと首を横に振る。


川上「上尾、おめぇ魔法でつまみは出せないのかよ?」

上尾「出せたら完璧なんだけど無理だなぁ」

小滝「ようし、ちょっくらあそこの荷物の中からガメてくんべ」

近藤「やめた方がいいッスよ、班長たち数数えて帳簿作ってたからバレるって」

小滝「んだか」

楠木「んだっす(使い方これでいいのかな?)」

小滝「おめまで…、はぁ、なら諦めっとすっかぁ」


けっきょく飲み会は程ほどでお開きに。


楠木「ところで衣類なんかは貰えるんですよね?」


楠木がそうきりだした。

会社の作業服の匂いを確かめ少し気にする風。

上尾が応えた。


上尾「おめぇそれ着っぱなしかよ。まあ魔法の水で洗えるけど洗濯したようには綺麗にならねぇよな」

楠木「着替えもなにも全部運転席の中ですよ! 斉藤みたいに車ごと飛ばされてたらよかったのにおかげでコッチは身につけてた物意外は何も無しですよ」

近藤「物はあるんだから景気良く配ればいいのになぁ」

小滝「あるんだか?」

上尾「あるなんてもんじゃないだろ。あそこらへんに並んだ荷物、全部衣料品だよ。俺体ごと突っ込んだからわかるわ」


「ああ」と皆が頷いた。

上尾が魔法のポケットを無茶して使った一件を覚えていた。

風船のように吹き飛んだ上尾は最後に衣料品の詰まった段ボール箱の列に突っ込み、そのおかげで怪我もせずに済んだのである。




着たきり雀では恥ずかしい、不便だ。

ということで皆は衣料品の支給を受けるべく班長の下へと向かった。

班長の永倉を見つけると声をかける。


永倉「なした?」

近藤「班長、俺たち此処に来てからずっとこのまま社服着っぱなしなんですけど、着替えの服とかは貰えないんですかね?」

永倉「その件なら俺ではなく浅田に言ってくれ。任されてるのはアイツだから」

川上「なんだ、オマエ支店長に信用されていないな?」


大先輩である川上がからかい気味にそう言うが、言われた永倉もそれを笑い顔で受け取ることが出来ないでいる。

空気が微妙になった。


近藤「じゃ班長、浅田に聞いてきますんでどうも!」


近藤が手を挙げそう言うと微妙な雰囲気を断ち切る。

一同は浅田の元へと向かった。




かくかくしかじか。

浅田を見つけ出し足らない衣服について支給するよう求めたが、浅田の返事はよくないものだった。


「おまえら、俺にそれを求めるかよ!」


言われて一同は浅田の姿を眺めた。

浅田はサイズの合うものが無かった為、いまだマワシに前掛け姿である。

言わば一番衣類に苦労ししかも求めたくとも手に入らないと判りきっている男である。

その男に代わりの衣類を寄越せ、と求めたならどうなるか。

ある意味残酷な要求であった。

だが、それでも男達は求めた。


小滝「それとこれとは話が別だべよ」

近藤「なんだよ、おまえが一張羅だからって俺たちにまで付き合えってか?」

川上「オマエだって“マワシ”を用意して貰ったんだろ? なんなら新しい――」


そこまでだった。

マワシに言及した途端、浅田は傍にあった猫車に手を遣るとそれを高く掲げる。

眼を剥き今にもそれを振り回しそうな様子である。

これには一同蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ散るしかなかった。




まだ日が沈みきらない夕刻。平社員たちは列を並んで配給を待つ。

夕食もパンだった。

昼と同じに菓子パンが二つに豆乳パックが一つきり。

配膳係の浅田はもちろん皆の集中攻撃に晒されている。


楠木「ラーメン食わせろよぉ! そういう約束だったじゃねぇか!」

小滝「あそこにあんべよ、あれでいいからここさ持ってこ」

浅田「おまえらふざけんな! クソ、なんで俺がこんなことやんなきゃならないんだよ…」

上尾「魔法が使えないからだろ。あの支店長、俺たちを信用していないのさ。だから荷物を魔法で隠し持てないお前に任せたんだろ」

浅田「くっそー、言いたい放題言いやがって。上尾、罰としてオマエの飲み物このお汁粉味な」


そう言い、浅田はお汁粉味の豆乳飲料を手渡すが、上尾はそれにさほど堪えた様子もない。

嫌がらずにそれを受け取ると反論する余裕さえみせる。


上尾「いいもんね~、自前で用意するから」

浅田「クソ! そういやオマエ魔法で出せたんだっけな。くそうらやましい」

川上「おい浅田、まま食わせろ。あと酒もだ、オカズは刺身でいいから」

浅田「ねえよ!」


文句の言葉を互いに重ねつつ列は進む。

薄く暮れゆく光の中、男達が文句を言いつつも食事をこなす。


川上「さて飯食ったら寝るか」

近藤「もう寝るんすかぁ?」

小滝「他にやることも無ぇべよ」

上尾「(酒)やるか?」

楠木「俺今日夜番なんでみなさん静かに寝ててくださいね。騒いだら水掛けますからね!」


やがて日が落ち辺りが暗くなると、その僅かな話し声も聞こえなくなった。

仄かに灯る常夜灯の明り以外には動きの見えない静かな長い夜が始まった。




夜番の一直を宛がわれた楠木は、建物の片隅で生じていた異変を見つけた。


唐沢「ちょっと支店長! これ俺のベッドですよぉ…、自分の場所で寝てくださいよぉ」


唐沢が困ったように自分のベッドを揺すっていた。

どうやら自慢のベッドを占拠されたらしい。

揺すっただけでは起きてこないと、唐沢が寝たふりをしている支店長の肩を直接揺らしたその時だった。


バチッ!


一瞬ストロボを炊いたように暗闇に光が走った。


楠木が何事かと辺りをミニライトで照らせばベッドの近くに倒れている唐沢を見つけた。

唐沢は仰向けに、まるでスタンガンを浴びたかのように半ば麻痺して石床でヒクついている。


『支店長の魔法かよ、酷ぇな』


「大丈夫か?」


楠木が声をかけてもしばらくは返事もできない有様だった。




楠木は唐沢を引きずり場所を移すと回復を待った。

幸い唐沢も少し時間が経てば動けるようになる。


唐沢「アイツ、ぜってー許さねぇ!」


唐沢は怒り心頭、収まらぬ様子である。


楠木「で、どうするのよ? とりあえず水でも掛けて叩き起こす?」

唐沢「そんなことしたらまた電撃喰らいますよ! あいつ接待訓練で魔法食らったことまだ根に持ってやがるんだ。だからこんな嫌がらせを…。くそー、なんとかできないもんか。やっぱ先輩に相談するか」

楠木「先輩に相談ってやっぱ元自の?」

唐沢「そうっすよ! 班長たちは頼りないし他に頼りになりそうな先輩いないじゃないですか」

楠木「ま、まあ…、そうかもなぁ」


自力で動けるようになった唐沢はさっそく元自達が設営したテントへと向かっていく。

それを見送る楠木の胸中は複雑なものだった。


やっぱ俺って後輩から見たら頼りにならないか、な…。


そう心には思うもののやはり動こうとはせぬ楠木だった。




唐沢のベッドの騒動以外には特別何も無く時間は過ぎ去ってゆく。

楠木も変化の無い夜を過ごすために何度か建物をぐるりと見回るがそれでも特別なことはなにもない夜だった。

唐沢はあれきり姿を見ない。

たぶん元自たちのテントの中で一夜を過ごすのだろうと検討をつける。

低く鼾の音が聞こえてくる。

今宵これまで何度もしたように腕時計に眼をやり時間を確認する。

時間はまもなく夜の8時。不思議と狂わずこの世界に合ったその腕時計では交代までにはまだ2時間はある。

元の世界に居た頃なら、まだ仕事の真っ最中といえる早い時間だが、やることのない此処では皆が早い眠りに就いている。


『まだ半分、長いな…』


そんな時に闇の中から楠木の名を呼ぶ声が聞こえてきた。


小場「楠木さん、お疲れ様でした。もうまもなく交代の時間です。俺は二直の唐沢を起こしてきますので」

楠木「えっ? 唐沢、って? まだ交代の時間じゃないしだいいち二直は唐沢じゃな…」


小場は楠木の話を禄に聞かずに足早に暗闇の中へと消えていく。

程なくして闇の中から鋭い声と何かを蹴飛ばす音が聞こえてきた。


「起きろ唐沢!」


そして直後ドスン、ゴチン、と何かが落ちる音と「ウガアア!」という苦悶の声も。


「支店長! “唐沢のベッド”で何をやってるんですか?!」


楠木にとっては白々しく聞こえる声がそう闇の中より響いてきた。

楠木がミニライトで照らして確認すれば、そこにはベッドなどは何処にも無く、ただ石床の上で痛みに身もだえする支店長の姿とそのすぐ傍に小場の姿が見えるのみである。




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