仕事ですか?
『 16 仕事ですか? 』
「じゃあそういう訳で、皆さんよろしいですか?」
そう永倉班長が皆に確認しますが、皆さんまだ判らないところがたくさんあるとばかりに質問を浴びせ、意見が出ます。
「先ほど荷物の確認という言葉が出たけど伝票はあるんですか?」
「ありません。もし皆さんの中で誰か持っているなら出してけろ」
「伝票が無い状態だと手持ちを全部出したかどうかの確認はどうするつもりですか。例えばの話ですよ、全部出したと見せかけてあのポケットの中に荷物一口全部隠し持っていたなら確認のしようが無いと思うんですが」
「一個でも荷物があれば宛名シールに載ってる個数で判るけど、丸ごと全部隠されたら判んねえよな」
「それ以前にコッチに荷物がどれだけ来てるかもわからねぇじゃん。数が足り無くても「これしか無い」と言われたらどうしようも無いぞ」
あ~、と永倉班長が考えるように答えます。
「そこは皆さんを信じるしかないと思う。皆さんも不安だと思うから手元に残しておきたいという気持ちは判る。だけんどもそこは今後のことさ考えて正直に出してくださいと、俺からはそうお願いするしか手が無ぇなぁ」
「出して数えるだけでもとんでもなく時間かかるぞ…」
上尾さんでしょうか、そうぼやく声が聞こえてきました。
でもその通りだと思います。
俺も魔法で収納した物全部を何がどれだけあるかなんてとてもじゃないですが把握しきれてませんし、それをこれからこの場で仕分けを行おうとするならばどれだけの手間がかかるかわかりません。考えるだけでも面倒くさそうです。
すると似たような事を考えていたのか斉藤が言います。
「班長、アイテムボックス内で数えたんじゃダメですか?」
「出来るんだか?」
「今はちょっと無理ですけどそれに向いた魔法を開発できれば、たとえば鑑定の魔法といったものがあれば正体不明のアイテムも識別できて整理もできると思うのですが」
班長は少し考えると言います。
「じゃ斉藤君はそれ試してみて。俺はちょっと支店長さ話してくるから」
そう言うと永倉班長が席を立ち、支店長のもとへと向かいます。
斉藤はさっそく何か考え込むようにして魔法の開発に入ったようですけど、そこへすぐに支店長がやって来ると言います。
「皆注目。一部に判っていない者が居るようなので言うが、班長達の指示には従うように。非常事態だからといって浮き足だつ事無く社会人として相応しい秩序ある行動をとって欲しい。具体的には上からの指示には従え、ということだ。そうした指示、業務命令が出るのは考えがあっての事だというのは皆当然判ると思う。それを現場の勝手な判断で変えられたのでは仕事も組織も結局のところは機能しなくなる」
少し怒りを秘めたような口調で、我々の事を見渡しながら、威圧するかのように支店長はそう言います。
要するに上からの命令には黙って従え、お前らは考えるな、ということですね。
これに皆さんが貝になりました。
先ほどまでのような班長に対するような意見は一言も出ず、皆が押黙ります。
斉藤などはプルプルと震えてさえいます。
その様子に支店長はなぜか最初よりもヒートアップして尚も皆に言い聞かせます。
「俺は支店長としてお客様より預かった荷物に対して責任がある。それをお前達は勝手に掌握しているようだが、言っておくがそれはお前達の持ち物では無いぞ。いいか、お客様の荷物を勝手に隠し持つならそれは泥棒だ。ましてや勝手に使うなど論外だ! その事が判っているのか?」
「支店長」
呼びかけと共に手が挙がります。
小場先輩です。
先輩は挙手のまま支店長をじっと見つめていますが、「なんだ?」と支店長が短く声をかけるとその口を開きました。
「水も食料も無いこの場所に我々は望むでもなく存在しています。そのような状態ではたとえ顧客の荷物が支店長の言われるとおりに大事であったとしても、それに手を付けることはこれはやむを得ない事かと、いわゆる緊急避難にあたると考えますがそれについて支店長の考えをお聞かせ願いたい。ちなみに先ほど支店長も朝食として召し上がっておられましたよね?」
「それを判断するのはこの俺だ。食料については俺の判断で必要な分を配給する。その計画を建てるためにも現状を把握する必要があるから荷物を出せと言っておるのだ」
「斉藤がしようとしていることはそれの効率化です。例えるなら帳簿とそろばんで管理している仕事を業務用管理システムで管理しようとするもの。支店長はどうしても旧来の方法がお望みですか?」
「だがそれは絵に描いた餅だ。今現在存在しないものをどうして頼れるというのだ?」
「魔法自体がそもそも存在しないものでした。その可能性に気付き、それを開発し我々に教えたのが斉藤です。今現在がそうだからといって慌てる必要がどこにあるのでしょうか?」
小場先輩一歩も引きません。
それどころか眼光鋭く支店長を見つめます。
ガンを付ける、といった不良な中高生が得意とするアレじゃありませんが、それでも180を優に超える体で堂々睨み付けられると支店長もビビったようです。
眼差しに耐えられず、考える素振りで視線を外しています。
そして何か考え付いたのか腕時計に眼をやると言いました。
「そちらにも言い分があるようだから機会をやろう。今俺の時計で時刻は7時を少し廻ったところ。8時30分まで時間をやろう。それまでにその魔法が完成しなかったなら諦めて俺の指示に従うように。以上!」
支店長はそれ以上は話し合う余地は無いとばかりに話を区切るとクルリと背中を見せ行ってしまいました。
さあどうすんべぇ、と皆が輪になって集まります。
斉藤だけはその輪に加わらず、傍にあった台車を椅子代わりに座ると頭を抱えて一人ぶつぶつと声を出しています。
きっと魔法をなんとかしようとしているのでしょう。
川上さんが永倉班長に訊ねました。
「荷物の仕分けだが、どういう風にやるんだ? ホームでやっているように配送地域ごとに分けて荷物から仮伝切るのか?」
その質問に永倉班長は「んねず~」と首を横に振り、その脇、高橋班長が説明します。
「いや、先ほどの話では、何がどれだけあるかを調べるといってましたね。配送先とか一切関係無しで食料なら食料、衣料品なら衣料品と品目ごとに分けるってそういう話です」
「それってお客様云々なんて関係無くね?」
そう楠木先輩の口より疑問が出れば、傍にいた南野先輩も口に出します。
「あったりまえなんだな~、遭難漂着した船から荷物を回収だなんて金銀財宝よほど価値あるお宝でもなきゃ普通はやらねぇよ。こりゃあきらかに自分達で使うための仕分けだ」
「いいんじゃねぇの。今のままだと誰がどれだけ持ってるのか判らないし、早い時期に一度はやる必要があるんじゃないかな。でないと不公平だろ、一人でごっそり酒とか抱え込んでいるやつもいるし」
そう浅田先輩も横から口を出すと上尾先輩の方をプイと眼で指し示します。
その上尾先輩といえば気づいていないとばかりに知らん振り。
腰に手を当て柔軟体操を始めたりしています。
締め切りの時間を設定されてしまった我々ですが、だからといって斉藤のように必死に新しい魔法を作り出そうとするものはいませんでした。
「斉藤に出来ないなら無理、仮に出来てもそれを覚える時間が無い」
と端から諦め労働を覚悟している人たち、あるいは荷物が顕になったほうが都合がいいと考える人たち、どうにも流れは汗水たらして勤労する方向へと進んでいるようです。
そういう訳で俺も準備します。
飯はもう食ったので、トイレを済ませ、着替えることにします。
ジャージで仕事が出来るなら楽なんでしょうが、あの支店長が来た今となってはそれは無理そうです。
ジャージ姿で仕事なんてしてたらきっと怒られます。
制服着ないで仕事なんかしてたら、「お前はバイトか」と、そう嫌味を言われる気がします。
そういえばバイトの人たちもジャージ姿というのは見ませんが何か理由があるのでしょうか? それともウチだけ? 楽でいいと思うのですがどうなんでしょう?
試しにそのことをたまたま見かけた近藤先輩に聞いてみたら笑われました。
「ジャージか、その方が楽でいいな。でもジャージに安全靴じゃちょっと似合わない気がするな。会社の中ならいいけどジャージ姿で皮の安全靴履いて高速のサービスエリアうろついたら笑われるだろ」
そう言いながら近藤先輩は自分で履いている黒の皮製の安全靴をズイと俺の目の前に踏み出して見せます。
確かに合いませんね、でもそこに浅田先輩が口を出してきたんです。
「バイトのジャージ姿はウチじゃ別に禁止されてないだろ。守らなきゃならないのは安全靴だけだ。そういえば今は普通のスニーカーの形した安全靴もあるんだよな。ほらウチでも履いているヤツいるだろ、アレなら違和感ないぞ」
浅田先輩が指し示したのは白鳥でした。
その白鳥はオーソドックスな黒皮の安全靴ではなく普通のスニーカーのような安全靴を履いています。
ちなみに白鳥の服装は今はあの変なジャージの下に上迷彩ジャケット姿ではなく、会社の制服になっています。
やべぇ、ジャージでうろちょろしてるの俺だけだ。早く着替えないと。
着替えるなら座れる場所がいいと、俺のベッドの所に行きます。
ベッドの上に制服を出し、さあ着替えよう、とすればコソコソと何やら人の気配がします。何かな~、と気配のする方を覗いて見れば、建物の外、柱の向こう側日の当たる側で永倉班長と上尾さんがなにやら話をしています。
こういう場合、いつもだったら上尾さんが永倉班長に叱られている、というのがよくあるパターンですが、今日に限ってはそんな雰囲気でもありません。
何か互いに考えるような、悩む姿に俺の目には見えます。
覗いていたら見つけられてしまいました。
上尾さんがハッとした様子で俺を見つけると、こっちゃ来いー、と手を振られてしまいました。
仕方無しにそちらへ向かえばその上尾さんが俺に言ってきます。
「唐沢、丁度良かった。ちょっと自分が支店長になったつもりで考えてくれ。今此処にある全ての荷物を自分の手元に置いたなら、何をする?」
「え? どういうことですか? なんだか話がよくわからないんですが?」
訳が判らないと、そう言ったなら先輩は先ほどよりもゆっくりと、説明しながら訊ねてきました。こんな感じです。
「支店長であるアイツが今持っているものは職場の肩書きだけだろ? しかもその会社とは行き来できない状態にあるんだ。ここまでは判るな。
・そいつが今此処にある全ての荷物を自分の管理下に置こうとしている。
・その荷物は俺達14名の社員にとっては無くてはならないもの、それを独り占めされれば最悪死を意味する。
さあ自分が支店長になったつもりで考えてみてくれ、荷物を独占したら何をしたい?」
上尾さんの言いたい事は大体判りました。
要するに独裁者になることを心配してるんですよね。
けどそんなことってあるのでしょうか? 荷物を独占するったって、そんなことしたなら反感買って逆に俺達に袋にされて終わりそうなものです。
ですから俺は言いました。
「俺なら荷物あるだけ全部配って丸投げします。こんな時に一人で荷物を持っていたら不平不満が全部俺のところに来るじゃないですか。そんなの面倒だから嫌ですよ」
そう言ったなら、上尾さんと永倉班長が驚いた顔をしたと思ったら今度は笑っています。
すると上尾さんが言います。
「唐沢、お前がいま丸投げしますといった荷物、今の此処でなら銭より高い価値があるんだぞ。それでも丸投げするってか?」
「じゃあ、自分の分だけ心持ち多めに確保したらあとは丸投げってことで。襲われたくないですから」
それを聞いた永倉班長が上尾さんに言います。
「だから言ったべ、心配しすぎだって。こっちの方が人数多いんだから、そったら酷い真似は出来ねぇはずだ」
「でも班長よぉ、やるヤツは大胆に奪っていくもんだぜ~。一度職場が夜逃げして蛻の殻になっている所を見た俺としてはだな…」
「先輩、ここじゃ逃げられないと思いますよ。それに支店長は今朝来たばかりだから魔法もまだ使えないと思うし」
「んだ、心配ねぇべ」
結局上尾さんの心配ごとは俺と班長の意見を聞いて杞憂と判断されました。
まあ本当にそんなことになったらその時はその時で対応できるし大丈夫でしょう、ということです。
そんなこんなで時間は朝の8時半を迎えてしまいました。作業開始です。
てっきりあの支店長がイヤミったらしく色々言ってくるのかと思えばそうではなく、それどころかあの人は今は毛布に包まって寝ています。
寝ているなら余計な口出しも無いと皆さん静かに集まります。
永倉、高橋両班長を中心に、どんな手はずで作業をしていくのかミーティングが始まりました。
「ではおっ始めるか~。分け方だけど、大きく三つにしようと考えてる。食料、衣料、雑貨、これ以外は一纏めでよかんべかな、と」
班長はそう言いながら、この石造りの建物の広い石床を指差します。
どの辺に何を纏めるか、ということですね。
ソレ三つじゃなく四つじゃないか、という突っ込みは無しで皆さんその説明に眼を向けています。
すると高橋班長が言います。
「じゃあ、そんな感じでよろしくお願いします。ちなみに誰か魔法を成功させた人は?」
班長が此処に居る人の顔を眺めますが、皆さんも互いに顔を見合わせては顔を、あるいは手のひらを横に振っています。
そりゃそうですよね。いくら魔法が便利でも、そこまで便利では、と思った傍から小場先輩がやってくれました。
俺のすぐ隣でパキンッ、と指をひとつ鳴らしたと思ったら、もう背後には荷物が山になってますよ。
この広い体育館以上もあろうかという建物の石床が三、四割程もでしょうか、高く積まれた荷物で埋まってます。
しかも言われた通りに概ねその場所に仕分けもされてます。
皆さんその光景があまりに唐突、しかも信じがたいものだったのか狐につままれたような顔をして声も出ません。
ようやく事態を把握した高橋班長が声に出しました。
「これやったの誰よ? 斉藤…じゃないよな」
言われた斉藤は驚き唖然とした顔でフリフリと掌を顔の前に振っています。
その少し横、肝心の小場先輩はといえば班長達に背中を見せてその表情を見せずに知らん振りをしています。
でも永倉班長は誰の仕業か判ったようです。
「小場! これおめぇの仕業だべ!」
そう声をかけると背中を見せている小場先輩もその肩が微妙に震えて…、どうやら声を殺して笑っているようです。
この後、ソレをどうやってやったのか? について先輩は問いただされましたが、それを聞いても俺にはどうにもよく判らないと言ったところです。
先輩は「固有亜空間からの転送がどうちゃら」などと説明していますがそれって魔法なんですか? 俺にはチンプンカンプンで何が何やら。
先輩! よく判るように○らえもんで説明してくださいよ!
「人それぞれ似たような術でも中身が異なっているから教えようにも教えようが無い。トラックのドライバー、コンテナ船の操舵手、輸送機のパイロット、荷物を運ぶという共通点はあっても仕事の中身はまるで別物だろ? そういうことだ」
だそうです。
先輩が言うには先輩の収納の魔法と斉藤の収納の魔法も同じような効果があるものの中身は異なっているとか…。
それを聞いたら時間がどうちゃらこうちゃらと…。
無理です。
よく判らなくても自己流で使えればいいや、という結論に落ち着きました。
小場先輩のせいでいきなり作業の三、四割が片付いてしまいました。
その仕事の中身を皆で眺めつつ確かめていきます。
要するに小場先輩が隠し持っていた荷物の検分ですね。
その荷物ですがパレットに載った袋物が幾つも並び目立っています。
袋の表示は色々、お好み焼きミックスにパンケーキミックスにホテルパン、要するにそうなる前の粉の状態です。
それがトン単位で並んでいます。
それを見る誰かさんの口からも、
「これだけあれば相当生きていけるな」
などと感想が漏れ出ますが、三食粉物だけで暮らし続けるのも嫌な気がします。
先輩は原料は大量に確保していたようですが、逆に今まで俺達が食べていたようなパン製品は数が無いようです。
それこそパレット積みにされた缶詰の上に申し訳程度に数箱が載っているだけ。
しかもこの缶詰猫缶じゃないですか! 箱に猫の絵が描いてありますよ。
その後ろのパレットには犬用の缶詰が…。
そういえば映画○ッドマックスの中で主人公が美味そうに食べてましたね。でも絶対臭いですよ、これ。
パレット物が終わると次は台車ですが、醤油が目立っています。醤油だけ乗せた台車が数台、まあ産地に近くウチでも大型2台は毎日集荷して全国に発送してますからその中のウチの配送区域分ってことだと思います。
台車は他にも数台、細々とした箱物が山と積まれていますがそれぞれの数は少ないようです。
そして先輩の荷物の中には米は無し。
あの茶色い30キロの米袋は誰が持っているのでしょうか。
食料の列から他に目を向けると、十分な余裕を空けて向こう側に段ボール箱の列が見えます。
少しくたびれた大き目のダンボール箱に丁度持ちやすそうにナイロンバンドが掛かった海外から来たアレです。それが行儀よく並んで何段にも積み重なっています。
しかも台車を使わず石床にベタ降しで。
その列というかブロックの向うはまたある程度間を置いてこちらは更に外見からも雑然とした荷物が目立っています。
遠くから見ているので細かいところは判りませんが、様々な大小のダンボール箱の他にも丸い筒型の反物や透明な袋に入った緩衝材が、化学薬品の入った袋物や青い樹脂製のドラム缶が、他にも金型や鋼材といった重量物が、それこそありとあらゆる雑多な荷物が並んでいます。
手前の箱の区画を高橋班長が確かめます。
箱の印字やラベルを確かめ、手で重さを確かめ、壊れかけた箱を選んで開けると中身を確かめます。
「うん、合ってる大丈夫だ。でも路線の人が中身も開けずによく判ったな」
「だって班長、魔法でレントゲン使わずに骨の具合を見れるんだからそれぐらい簡単でしょ」
小場先輩ではなく浅田先輩がそう口を出してきますが、小場先輩もそれを否定しません。
あっ、だから猫缶を食料の列に入れたのかな?
これはひょっとして変なところで要注意かもしれない…。
「おーし、俺らもやるぞー。台車持っているやつは台車出せー」
根が真面目な日本人であるからなのか、トップが寝ている状態にもかかわらず、みなさんそう声を掛け合いやる気満々のようです。
魔法という新たな道具が手に入った、ということも大いに影響しているかもしれませんが、皆さん気分はもうすっかり仕事モード。
例のなんたらポケットからうにょーん、と荷物を次々出しては中身を確かめそれを仕分け用の台車に乗せていきます。
缶詰のケースは食料の台車に、小鳥用の餌袋はその他雑貨に、中身のよく判らない個人宛の箱は宛名ステッカーに記載された中身の申告通りに、と例のポケットから出した荷物を一つ一つ確かめ仕分けしていきますが、これがなかなかに手間がかかります。
そりゃそうですよね、トラックに積み込むときも降ろす時も宛先ごとにある程度まとまってますもの。
それをひとつひとつ地道に確認していくのは手間が掛かります。
そしてそう思ったのは俺だけでは無かったようでした。
「めんどうくせぇ」
ふと、そんな声を聞いたような気がして荷物に向けていた顔を上げた直後でした。
俺の視界の先、そこには例のポケットからまるで壊れた水道管のように止め処なく荷物を噴出する上尾さんの姿が!!
その上尾さんはまるで栓の抜けたゴム風船のように噴出する荷物に押されて体をくの字に曲げて吹き飛んでいきます!
まるで食われまいとしてブラックバスから逃げるザリガニでしょうか。
石床の上を猛烈に突き進み! しかも間が悪いことにその噴出した荷物は傍に居た浅田さんの後頭部から背中に次々直撃!
浅田さんの大きな体が力を失い石床に沈んでいきます。
その浅田さんは近藤さんの仕事を手伝い例のポケットから一際大きな梱包物を二人掛りで取り出している最中でしたが、その大荷物に圧し掛かるようにその巨体が崩れ落ちていきます。
突然の事に近藤さんが一人で必死に支えようと踏ん張りますが直後でした。
まだ出し切れていない荷物がポケットを圧迫するとビリリ、と縫い目が裂け始めたのを見た刹那、
ボンッ!
とポケットがはじけ飛びました。
直後!
荷物の山が唐突に生まれ押し寄せて来ます!!
その湧き上がるように溢れ出てくる荷物の流れに俺の体も流されますが幸いバランスを崩して尻餅をつくぐらいで済みました。
まるで40フィートの海上コンテナの荷物を無造作にこの辺りにブチ撒けたかのような、そんな現場の惨状です。
せっかく整然と並んでいた食料の列もこの荷物の下に埋もれてしまってますよこれ。
いえ、それどころじゃありません!
近藤さんと浅田さんもこの荷物の下に埋もれているはず!
そう思い体を起こそうとした時でした。
俺の目の前、まだそこに整然と並んでいる衣料品の荷物の列に、荷物を噴出しまるでネズミ花火のように猛然と迷走する上尾さんが尻から突っ込んで行くじゃないですか!
ボーリングに例えるならストライク!
とばかりに積み上げたダンボールケースが次々吹き飛ばされていきます。
バラバラとはじけ飛んでくる荷物は俺の方にも!!
腕でガードしなんとか耐えます。
騒ぎが収まり、瞑っていた目を開け見えてきた光景といえば、それはまるでこちらへ来た直後のような荷物が雑然と散らばる惨状でした。
救出作業からまたやり直し。
とりあえず近場の埋もれた仲間を掘り出します。
幸い大怪我をした人はいないようですが、それでも再び乱れに乱れた荷物の惨状を見ると嫌になってきます。
腰に手を当て、そのような事を眺めていると辺りに響く声がしました。
「永倉班長ー!」
見れば高橋班長が手を振り、もう一人の班長を呼んでいます。
そしてその高橋班長の横には仏頂面の支店長の姿が。
永倉班長が荷物を掻き分け二人の下へと急ぎます。
永倉班長が辿り着くと案の定支店長による説教が始まりました。
あの二人の班長が肩をすぼめて小さくなっていますが直接こちらに火の粉が降りかからないのは幸いといったところなのでしょうか。