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朝ですか?

『 15 朝ですか? 』



朝の気配が空を染めてゆく。

紺青から灰色へ、やがて地平がオレンジ色に染まってゆく。

上尾は一人柱に背中を預け、東の空を見つめている。

これから昇ろうとする朝日をじっと待ち続けている。


夜の時間を一人孤独に過ごした身には、この朝の光というものは実に心に染み入るものがある。

暗い、見えない、寒い、孤独な、そうした夜が人に抱かせる不安な心を光は拭い去ってくれるのだ。

此処に居る上尾の心もそうである。

時間の流れを嫌と言うほど長く感じさせた夜の闇、それが払拭された今、上尾はまるで無垢な子供のように純粋な眼をして東の空に昇りつつある朝日を待ち続けている。


そしてその瞬間がやってきた。

地平線はるか彼方にポツリと現れた赤い光はやがて白く威力を増して地上を照らし始める。

石造りの建物を強く朝日が照らす。

もはや直視できなくなったまばゆい光に上尾は石柱の影に、建物の中に入ろうとしてその脚を止めた。


「なんだこりゃ…」


驚きに立ち止まり見上げた。

東から差し込む光に柱が長く影を引くその影の中、まるで火の粉のように赤く細かな輝きが乱舞する。

風は無い。

もちろん建物の中に火の気も無い。

だが確かに細かな無数の何かは建物の中を舞い流れ、影引く石柱の闇に赤い光を放っているのだ。


その赤い光がまるで渦を巻くかのように一箇所に集まっていく。

石床の一箇所にそれは集まり強く大きな赤い光の塊になるとやがてその光を消した。

上尾は呆然とその様を見つめ、気づいたように変化を見つけた。

あの光が集まった場所、石床に一人の男が裸で倒れている。

上尾はすぐさまその男の傍に向かうと肩をゆすり声を掛けた。


「おいっ、大丈夫か!」


うつ伏せになっていた体を起こしその顔を確かめる。

どこか見たことのあるようなそれでいて知らない顔。

しかし裸体…。

衣服をまとわぬ姿に上尾は考える。


『俺達とは違って素っ裸…、風呂にでも入っていたのか?』


「うぅむ…」


するとその男が呻いた。

その声に上尾は気づくと男をそっと石床に横たえ、いまだ眠りに付いている班長たちの元へと駆け向かった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「おい、起きろ。唐沢、起きろよ!」

「う~ん、なんですかぁ」


体を揺さぶられて誰かに起こされた。

カーテンを大きく開けられたのかまぶしい光が押し寄せてくる。

まだはっきりしない頭が冴えてくるまでそのまま寝たままで待っていると、再び体を揺すられた。

傍に居るのはなにやらずんぐりとした…、近藤先輩? その先輩はベッドのカーテンをまとめながら驚いた風に俺のベッドに注目の眼を向けています。

俺は上半身を起こすとそのまま向きを変えベッドに腰掛けるようにすると、じっと体の調子が上がってくるのを待ちます。

すると近藤先輩にまた声を掛けられました。


「大事な話があるから班長達のもとへ集まって。急げ、とまでは言わないけどなるべく早くな」


そう言うと先輩は今度は元自達のテントへと向かっていきます。


北壁に視線を向ければ、そこでも今さっき起こされた、という風にぼんやりと上半身を起こした人や、あるいは毛布を畳んでいる人が見えます。

どうやら寝坊したという感じでは無いようです。

ジャージ姿で寝たので行こうと思えば今すぐにでもサンダルを履くだけでそのまま行けるのですが、下手に班長たち大先輩のところへ俺が向かえばこれ幸いとばかりに雑用を言いつけられるのは目に見えています。

なのでここはゆっくりと支度を整えます。

乱れた毛布を敷き直し、夜にはそのまま眠れるようにベッドメイキングをし直すと元自達のテントへ先ず向かいます。


「おはようございまーす」


そう声を掛けテントの入り口から中を覗けば、先輩達もまだ身支度を整えている最中。ベッドに腰掛けブーツの紐を縛っていたりします。

その先輩たちが使っているベッドですが、野外用っぽい折りたたみ式の簡素な物です。

俺だけあんな立派なベッドに寝ていいのかと、少し罪悪感が沸きました。


「おはよう、どうした?」

「いえ、一人で向かうと色々ありそうなんで、できれば皆さんと一緒にいきたいなー、なんて…」


その言葉に白鳥が反応しました。


「おめぇ下っ端なんだからさっさと向うに行って扱き使われてこいよ」

「いやです、嫌な予感しかしませんから」


そう答えると先輩二人も苦笑いです。

緊急の用事ではないようですからそれほど大事では無いのでしょうが、ぜったい何か妙なことを聞かされそうですよね。




元自の三人と一緒に班長達の所へと向かいます。

だらだらとした雰囲気で皆さん何人か集まり駄弁りながら待っています。

そこへ「うっす」と俺達も加わると話の中心に居る上尾さんが妙な雰囲気で話しかけてきます。


「おお、来たな。アレ見ろよアレ」


そう言い眼で先を示します。

その視線が示す先には、会議用の長机に陣取りガっつく様子で飯を食べる男が一人。

見た目30代ぐらいですか、よく郊外に展開している頭にSの文字が付く衣料量販店に売っていそうな安っぽい服を着た男が班長達と向かい合って…。

脇には斉藤も居ますね、食べながらあれこれ話をしています。

それを見る南野先輩が上尾さんに訊ねました。


「あいつも俺達のように此処に飛ばされてきたってか? 社服を着ていないってことは巻き込まれたのかね」


すると上尾さんが神妙な顔をして小声で言います。


「いやいや、それが妙っていうか、ちょっとだけ違うんだけど俺達もあんな感じで此処に飛ばされてきたのかな、って、そんな感じでさぁ」

「先輩! 判るように話してくださいよぉ」


白鳥がそう文句を言いました。


「先輩、その時の様子を見たままに、脚色、推測無しで教えて貰えますか」


そのように小場先輩の注文が付くと上尾さんが改めて語り始めます。

どうやら第一発見者は上尾さんのようで、彼は見つけた時の様子をそのままに話していきます。


「俺が夜番だったのは知ってるよな? でよ、明け方にもうすぐ終わるな~って外で日の出を眺めていたんだよ。でも太陽が眩しかったんで中に入ろうとしたんだわ。そしたら建物の中で妙な小さな赤い光が無数に渦を巻いてるのよ、こうバァーっと。その光の渦が一箇所に、ほらそこの石床の所よ、そこに集まったと思ったら、パッとその光が消えて、そしたらその場所にあいつが倒れていたって訳さ、素っ裸で」


最後の一言に皆がブッと噴出しました。


「素っ裸ってなによ?! マジで裸で現れたってのかよ?」

「マジだよ。だからその辺が俺達とはちょっとだけ違うと言ってんのよ。風呂かなんかに入ってたのかね?」

「風呂って、早朝コースか? で、嬢の方は何処よ?」


上尾さんがニヤけながら南野さんを肘で突きます。


「泡の付いた裸の女なんていねえよ! ひじょーに残念だけれどアイツ一人だけだ」

「なんだ…、解散すんべ」

「解散解散」


本当に帰ろうとした南野先輩と白鳥を上尾さんが笑いながら引きとめます。

そういや班長たちから話があるんでしたよね。

ここで帰られたらきっと俺あたりが呼びに行かされます。

二度手間は嫌ですよね。

 閑話休題。

要するに時間差を置いてここに現れたってことでしょうか。

その辺はこれから本人の話を聞いてみなければ判りませんが、そんな風に人がエフェクト付きで突然現れるなんて流石は魔法のある世界です。




人は集まったのに肝心の向こうが話が終わらないようです。


「このままボーっとしてても仕方が無いから、俺達も飯にしますか!」


そう楠木先輩が言いますが、皆さん楠木先輩の事を見るだけで動こうとしません。

その様子に楠木先輩、意表を突かれたという風に少しビビリが入っています。


「な、なに? 俺ひょっとしてなんか拙いこと言ってしまいましたか?」


すると浅田先輩が言います。


「楠木…、食料持ってる肝心の斉藤が今、向こうだろうよ。あっ、そうじゃなくお前が手持ちの食料此処に居る全員分出すのか。なら久しぶりになにか美味いのを頼むぞ」

「え~! 此処に居る全員分ってなんですかそれ。いくらなんでも俺の手持ちだけじゃそんなに無いですよ。自分一人なら何日か持ちますけど、此処に居る全員分出すんじゃ一食にだって足りるかどうか…」


そう言いながら楠木先輩が周りを見回します。

班長達を除いた十名、俺も自分用に少しはパンやお菓子を持っていますが、いきなり十名分が消えればもう一挙に食料不足、北の某国です。

すると浅田先輩が周りに言います。


「誰か此処に居る人数分出せるやつ居ねぇのかよ。どうせ隠し持ってるんだろ?」


その言葉に皆さん顔を見合わせています。

すると小滝さんが言いました。


「自分の分だけじゃ駄目なんだか?」

「小滝さん、俺みたいに持ってない人も居るって話ですよ」

「はあ~、おめさんだけでねぇのげ」


そう言うと小滝さん、自分のポケットに手を突っ込むと、そこからいつものパンを取り出します。

名古屋からまとまって出る品ですが常温で一月は優に持つというこの手の状況にはうってつけのパンです。

彼はそれを二つほど取り出すと少し離れた場所にある台車に腰を下ろしますが、どうやら浅田先輩の分は無いようです。

それを見て浅田先輩が両手を握り締めて空に吼えました。


「う~! 信じらんねぇ!」


その様子に皆さん笑っています。

でも捨てる神あれば拾う神あり、ウチの会社の人情はまだ廃れていないようです。

小場先輩が小さく笑いながら箱を二つ、ポン、と台車の上に出すと言いました。


「食い物で恨みを残すと後が酷いからここは俺が出すよ。但し、俺もパンの手持ちは多くは無いからそう何度も出せないぞ」

「おおサンキュー、出した分は後で斉藤に言ってその分出して貰えばいいよ。なんだよ甘いのばっかりかよ…」


早速浅田先輩がそう言いながら箱に手を出しますが、中から現れた菓子パンに文句を言っています。

一箱9個入りでそれが二つ、丁度自分で出した小滝さんの分を除いて一人二個。

このところ続く甘い菓子パンの連続攻撃に人気は無いかと思いましたが、それでも残さずきれいに無くなりました。

そうしたら小滝さんまで先輩のところにやって来ると言うんです。


「お、オラの分は?」


先輩は小滝さんの分まで手持ちから出してあげました。

小滝さんはそれを貰うと少し離れた場所でそれを食べるのではなく自分のあのポケットに仕舞っています。


自分じゃ出さなかったのに…。


あんまりにもアレなんで、俺、小場先輩に言いつけてやりました。そうしたら先輩言うんです。


「こういった物資が自由に入手できない状況下では物資は公平に分配しないとトラブルの元になる。まぁ実際苦い経験をしてみなければ判らないと思うが、記憶の隅にでも覚えておくといいぞ」


先輩は過去に何か苦い経験があるようです。

それを聞くのも憚られますのでとりあえず飯にします。

こっちが食べ終わる頃には班長達の話し合いも終わっているでしょうから。




我々下っ端社員達の飯が終わるのを待ちかねたように班長達がやってきます。

永倉班長が俺達に変わった様子がないことを見回し確かめると言いました。


「みなさんおはよう御座います。え~みなさんもう気づいているかと思いますけど今朝から我々に仲間が一人加わりました。しかも皆さんよく知ってる方です。姿かたちは我々同様以前とは少し変わっていますが、その中身が間違いないことは先ほど私と高橋班長で確認しました。間違いありません。それではご本人に挨拶してもらうということで、お願いします」


そう言うと永倉班長が後ろに待っている安っぽい服装の人に手でどうぞと場所を明け渡します。

相手はそれに頭を下げるでもなく、さもそれが当たり前だとばかりの大きな態度で一歩を踏み出すと、俺達のことを見渡します。

右から左へ、一通り確認するとその口が開きました。


「支店長の横山だ」


その一言に皆さんに動揺が奔ります。

信じられないとばかりに驚いた顔で隣の仲間と顔を見合わせ、唖然としていたりします。

もちろん俺もそうです。よりによって支店長…、ぼやきたくなるのをじっと耐えて話を聞きます。


「この通り若返っているが、それは皆と同じだ。突然の事に皆も戸惑っていると思うが、危機的な時にこそパニックにならず落ち着いた行動を取って欲しい。では班長達は先ほど指示した通り」


支店長が班長達に視線を向けると、「はい」と班長達が頭を下げます。

支店長はそれ以上は語らず長机の方に向かうとパイプ椅子に腰を下ろしてこちらをさりげなく見ています。

永倉班長が皆に向き直ると言います。


「というわけで、今から支店長の指示さ伝えます。みなさん例のなんたらポケットに荷物さ入れてると思うけんど、それを一旦全部出してけろ」


とたんに「え~~!」と声があがります。

もちろん俺の口からも出ました。

永倉班長はそれを両手で、まぁまぁ、と抑えると少し小声で話を続けます。


「皆が不満に思うのも無理ね。あれだけしっちゃかめっちゃかしてたのを綺麗に片付けたんだから。だども支店長としてもお客さんから預かった荷物に責任があると、そう言われたならこっちとしてはどうにも言い返せね。大変だとは思うが魔法もあることだから、皆我慢して指示さ従ってけろ」


それにさっそく意見が出ました。浅田先輩です。


「班長、支店長の指示ってことはそれは業務の範囲ということですよね? この状態で給料出るんですか?」

「それはなんとも言えね。支店長とも話し合ったが元の世界の事は帰ってみるまでわからない、というのが正直な話だな。こっちのことは、あれ斉藤君が言っていたけど我々を呼び出した相手次第で相応の待遇は得られるんじゃないかなぁと。ここ大事だかんな、あくまで決定ではねぇから、けどそういう見込みだず」


今度は楠木さんが声を上げました。


「班長、荷物を出して何がどれだけあるのか確認すると思うのですが、その後はどうなるんですか? 食料などはそれぞれに平等に分配されるんですか?」

「それはまだこれからの話だな。まずは実態を知るのが先、それをどうするかはその後の話だと思う」


今度は斉藤が手を上げると発言します。


「班長、アイテムボックスから荷物を出すと荷物が痛みますが、本当にいいんですか?」

「ん? どういうことだ?」

「アイテムボックスの中なら時間が止まっているので食品類もいつまでも入れた時のまま保存が利きます。でも出してしまえばその間は時間の流れも普通に戻るので当然時間の経過とともに痛むことに」

「ちょっとまってくれ。時間が止まっているとは、どういう理屈だ?」


話に小場先輩が割り込んできます。

それに斉藤は「理屈は良くわからないけどそうなっているんです」などと説明していますが、小場先輩にも判らないことがあるんですね。


結局、生ものは無いから大丈夫。

数え終えてからまた収納してもそれでも十分余裕があるという話です。


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