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これアレですか?

『 14 これアレですか? 』



「ほんじゃまお疲れさまでした~」


司会の永倉班長の挨拶で話し合いも終わりになりました。

二時間まではかかりませんでしたが、それでもそれに近い時間はかかってしまいました。

後は自由時間、といってもやることもありません。酒はさすがにもう結構…。いったい何をしたらいいんでしょうか。


酒といえば昨夜の酔っ払い達が永倉班長たち大先輩に呼び止められています。上尾、浅田、近藤先輩といった中堅達が呼び止められると今夜の夜番のことを念を押されています。

先輩たちはやはり面倒な事が嫌なのか「え~!」などと大げさに声を上げていますが大先輩は譲りません。まるで叱るかのように三人にこの仕事の重要性を説いては「しっかり勤めるように!」と命じています。


することもないので寝床を作ることにします。

場所は昨夜のように壁際ではなく逆に建物のど真ん中にします。

昨夜は気づきませんでしたが、寝ているときにあの石壁が崩れてきたら下に居たならお陀仏です。

地震があるかは判りませんが、あの浅田先輩が力だけでポンポン下に落としていた位ですから何かの拍子で石が落ちてくる可能性は十分にあると判断しました。

その点真ん中ならある程度のことがあっても大丈夫。

もっとも風通しは良過ぎますけどね。


真っ暗なので柱の袂に照明を置くと石床を薄暗く照らします。

なんかおどろおどろしい感じがしますが一応見えるのでこれで良しとします。

更に例のポケットの中から台車を二台ほど出すとそれを繋げてベッドにします。

接続は梱包用の紐で縛るだけですが流石に手元が暗いのでもう一つ小型のライトを取り出し手元を照らしました。

明るいうちにやっておけば良かったと少々後悔しますがまあなんとかなりそうです。


そうして作り上げた代用ベッドの上に今度はマット代わりの梱包材を載せます。

試しに横になってみれば背中も痛くならずになかなか良さげな感じです。

手持ちの毛布で仕上げをしたなら後は風除けですが、こっちはどうにも上手く使えそうなモノがありません。

試しにブルーシートをベッドを包むように張ってみましたが、それを上手く屋根のように張るにも支柱がなく、ならばと台車の取っ手に紐を張って支柱の代わりにしてみれば、さっきよりはマシですがそれでも目の前3、40センチ先にブルーシートがある環境というのはなんだか妙な圧迫感があります。

せめてベッドの上に上半身を起こせるぐらいの空間が欲しいものですが、そのささやかな空間を作るのが思いのほか難しいです。


思うようにならない寝床を前に腕を組んで考えていると突然後ろから肩を叩かれビクリッとしました。


「なになに、どうしたのよコレ?」


声の主は白鳥。彼は俺の横に立つと俺の視線の先、ベッドを眺めて少しニヤけながら言います。


「台車を二台繋げてベッドを作ったのかよ。まぁ石の床に直接寝るよりかは大分いいだろうな」


珍しくまともな意見を言ってきますがここで安心してはいけません。

何か欠点ともいえない欠点を見つけては馬鹿にした風に指摘してくることがよくあるからです。

案の定でした。


「ところでこれ本当に大丈夫なのかよ。真ん中に人が乗ったら途端に壊れるってオチじゃないだろうな」


白鳥はそう言うと馬鹿にするような嫌な目つきで俺のことを見ています。

もちろん俺もその挑戦を受けました。

ベッドの真ん中、ちょうど台車と台車の継ぎ目の部分に腰を掛けると座っても大丈夫なことを身をもって証明してみせます。

すると白鳥が言います。


「まぁ此処までは予想通りだけど、そこで立ち上がっった途端真ん中から折れたりしたら、まんまギャグだかんな」


挑発的な眼差し、それにちょっとムカついた俺はその挑発を受けてたちました。

それが失敗の元でした。

ええ、しっかりと結んだから大丈夫と思いましたよ。

でも梱包用のナイロン紐じゃ根性が足りなかったようです。

途端にグラッっと沈み込む足元、左右に浮かび上がる台車に俺はよろけ、幸い上手くマットの上に倒れたので怪我をすることはありませんでしたが、紐が切れた台車は真ん中から半端に別れ、くの字になっています。


白鳥に腹を抱えて笑われました。

思ったとおり、とでも言いたそうな嫌な目で俺のことを見、指差しています。

その白鳥が言います。


「おめぇ明らかに強度不足だよ。フレームに穴開けてボルトでしっかりと固定した方がいいんじゃないのか? 何なら報酬次第で請け負うよ」

「請け負うって…、ちなみにお幾らぐらいで」

「そうだな、ビール500サイズを半ダースってところかな?」


ビール6本、それぐらいなら上尾先輩をヨイショすればたぶんなんとかなりそう。

ついでだから聞いてみますか。


「風除けなんかも頼んだらそれも出来ますかね? ベッドの上に体を起こしても大丈夫なように柱とか組んで欲しいんですけど」

「風除け? ああ、ブルーシートで苦労してたようだもんな。ならベッド一台フルセット全部コミコミでビール一箱でなんとかしてやるよ」


ビール一箱…、なにやら急に相場が高くなったような。


「それ少し高くないですか? それに一箱となるとこっちも調達できるか判らないですよ」

「色々オプション付けるとこっちも人手が掛かるから一箱ぐらいは必要なんだ。無理ならビールの代わりにウイスキーでもいいぞ、値段的に釣り合う物を用意してくれるならそれでいい。でもなるべくビールでよろしく」


とりあえず頼んでみました。

この状況でビール一箱の調達は少し厳しいですがなんとかなりそうな相手を知っていますし手札も有ります。


というわけで交渉にあたります。

相手は上尾先輩。丁度一人で居るところを見つけたのでさっそく交渉に入ります。


「先輩先輩、ちょっと頼みごとがあるんですが聞いてもらえますか?」

「おっ、なんだよ藪から棒に。残念だけど今夜は一緒に飲めねえぞ、夜番を仰せつかっちまったからな。で、頼みってなんだ?」

「ビールがあったらちょっと分けていただけないかと」


それを聞いた上尾先輩は笑って言います。

いえ、例のポケットからビールを箱で出すとたずねてきます。


「あるぞあるぞ~、こんな時なんだから酒くらい飲みたいよな。それで何本ぐらい必要なんだ」

「俺一人じゃないんで、できれば一箱丸ごともらいたいな~、なんて」

「一箱かぁ~。幾らなんでも一箱はやれねぇなぁ」


少し先輩の表情が変わっています。

どうやら今の状況でビール一箱の要求は無謀だったようです。

仕方が無いので俺も手札を切ります。


「胃薬とバーターでお願いしますよ~、旦那ぁ~」


そう甘ったるい妙な声を出しながら先輩の目の前に胃薬の箱を出していきます。

飲みすぎ、胸焼け、胃の不快感に効くあの薬、48包入りの箱を一つ、二つと重ねていきます。

すると先輩の目の色が変わりました。

今日の午前中、大分気持ち悪そうにしていたことからおそらく持ってはいないだろうと目星をつけていましたが、どうやらそのようです。

二箱を重ね、そこに三箱めを重ねた時、先輩が声を上げました。


「よしっ! 一箱持ってけー! しっかし、唐沢、おまえ薬持ってるならもっと早くに出してくれよ~」

「すいません、こっちも荷物の中身を調べるのに時間がかかったんですよ~。じゃあコレサービスでもう一箱」

「おっ、悪ぃな。じゃあ俺からもこれサービスな」


そう言うと先輩がオマケに日本酒を一本出してくれました。

先輩いったいどれだけ酒を秘蔵してるんだろう?


目標達成! 

これでベッドがいいかげんだったら白鳥になんて文句言ってやろう、などと考えながら戻れば白鳥以外にも人の姿が見えます。

元自の三人です。薄暗い赤色の照明の中でなにやら箱のような骨組みを囲んで作業中。

近づいていけば俺はその骨組みが何なのかを悟りました。

俺のベッドです。

古びた無骨な金属製のフレームの上に板を渡した姿であるはずの台車であるソレは何処にも無く、代わりに優美な曲線を描く洒落た骨組みの箱が存在しています。

無骨なL型フレームが洒落た洋風デザインの柱に変わるってどういう魔法ですか!

いえ、そういえば此処は魔法がある世界でした。

その先輩達は高く上に伸びた柱にカーテンを取り付けています。

これ天蓋付きの王様ベッドですか?!

あまりの予想外の状況に呆けていると声を掛けられました。


「帰ってきたか。酒の方は大丈夫か?」


俺は思わず声も無く頷くと、約束の品であるビール一箱と、日本酒も出してどうぞお納め下さいまし、と腰を90度に曲げ最敬礼です。


「白鳥、おまえ日本酒も頼んだのか?」

「いえいえ、俺が約束したのはそこにあるビール一箱だけっすよ。本当ですって」

「南野さんは日本酒は好きか?」

「いや、おれはビールの方がいいな。飲んで飲めねぇことはないけどあんまり好きじゃないなぁ」

「なら日本酒は返品だな。唐沢、そういう訳でこの日本酒は返すがそっちもビールがいいなら日本酒と交換するがどうする?」

「あ…、できれば俺もビールの方が…。でも本当にいいんですか? 俺こんなに本格的にやってもらえるとは思わなかったですから、これも受け取ってもらってもいいかな、と」


そう、本格的すぎるんです。

これ絶対魔法かなにかで作ったんだと思います。

だってこんな天蓋付きのベッドなんてホームの荷物に無かったし、ベッドのマットだってこんな大きさですからあれば絶対判ります。

その事を聞いたらやはり魔法だと答えられました。

でもあまり言わないでくれとも念を押されましたが、でもこんな物作ってしまったら嫌でもバレますよね。


少ししたら、「完成した」と言われたのでドキドキしながら品を確かめます。

カーテンは二重、薄手の透けて見えるものと厚手の物が品よく束ねられています。

マットも分厚く、座っただけでその心地よさがわかります。

俺が寮で使っているものとは全然モノが違いますよ、これ。

唯一お馴染みの物は昨夜から使い始めた毛布ですが、これもしっかりとベッドメイキングされ、しかも今までは無かったシーツや枕までもがあるじゃないですか。

これ羽枕ですか?

柱は円柱状のヒダヒダに飾りの付いたものですが、触って叩いた感覚では中空の金属で出来ている感じがします。

足元を覗けばそこにはもちろんタイヤなどは無く、これもデザイン化された洒落たしっかりとした脚がベッドを力強く支えてくれています。

なんだかコレで寝るのが分不相応な気がしてきました。


「それじゃあコレに受け取りのサインお願いします」


白鳥が差し出してくる伝票にサインします。

何もここまでする必要は無いと思いますが普段のクセなのでしょうか。

まあ、そんなこんなで思わぬものが手に入った訳ですが、これ本当に俺のものにしちゃっていいんでしょうか? 

下手すると大先輩達に横取りされそうですが…、あっ! その為の受領書なのかな。



仕事を終えた先輩達が居なくなり、一人でベッドに座っていると突然にボフンとマットが揺れました。

驚きながら振り向き見れば其処には笑い顔の上尾先輩がじゃれる犬の如くにベッドの上に横になっています。


「いいな~、これ。唐沢ー、今晩いっしょに寝ようぜ」


そう言いながら先輩が俺に抱きつくように両手を伸ばすと俺をベッドに押し倒そうとします。

もちろん俺抵抗しましたよ。


「先輩! ちょっと止め! 俺そっちの気はないですから!!」

「うわっはは! もちろん俺も無いぞ!」


先輩笑ってそう言いますが、引き倒そうとする手は止まりましたがベッドから降りる気配はありません。

相変わらずベッドに横になったまま体の向きを変えるなどして寝心地を確かめています。

枕を抱え、横になったまま先輩が言います。


「これさっきのビールと交換したのか?」


その言葉に一瞬拙かったか! と心に戦慄が走りました。

コレを手に入れる為に先輩を利用し濡れ手に粟の大儲け、などと思われては今後どんな嫌がらせをされるかわかったものではありません。

仕方が無いので正直に言います。


「先輩すいません、まさか俺も之ほどの物が来るとは思わなかったもので」

「いや、交換して既に唐沢の物になってるんだから、それをどうこうじゃないんだわ。酒と交換でベッドが手に入るんなら、俺も頼んでみるかな」


上尾先輩はそう言うと、ベッドから降りて元自三名が陣取るテントの方へとペタペタと歩いていきました。


程なく白鳥達のいかにも迷惑、といった声が聞こえてきました。

俺はベッドを作ってくれた先輩達に心の中で詫びつつカーテンを閉めました。

少し早いですがそのまま眠りにつきます。

分厚いカーテンの向こうからはなにやら文句の声と作業をする音が聞こえてきますが、そのまま目を瞑っていれば、いつのまにか夢の世界へと俺の体は落ちていきました。


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