会議ですか?
『 13 会議ですか? 』
本日の午後の仕事、トイレの設置。これでほぼ一日が終わってしまいました。
といってもキッチリ5時でオフどころか午後の4時ぐらいで終りです。
後は皆で魔法で水浴びしたら飯食って寝るだけ。
これが今までの生活なら仕事が終わったら社宅と言う名の木造モルタル築40年のボロアパートに帰って風呂沸かしている間にチンした飯食って洗濯して六時間ほど寝たらまた出社の繰り返しですが、それから考えるならば信じられないゆったり具合です。
何人かで集まり裸の付き合いを終えた俺は一人石段に腰を下ろして暮ゆく夕の景色なんぞを眺めていたりします。
手に持っているのは冷えたビールではなく常温のバナナ味豆乳パックですがあれだけ荷物があっても缶ビールはどうやら貴重品らしく俺の手元には無いので我慢です。
まあ休肝日も必要ですよね。
そんな風に一人黄昏ていると近づいてくる気配が。
振り向けば少し先に永倉班長の姿が見えます。
班長は俺に言ってきます。
「おーい唐沢くんや、会議を始めるからちょっと来てくれ」
会議だと呼ばれて出向けばついでなのでしょう、飯も配られます。
メニューはやはりいつもと同じ菓子パンに缶詰と豆乳パック。
俺はいくつか開けられている箱の中からなるべく甘くないパンを探しクロワッサンを選ぶと缶詰はツナ缶を選びました。
椅子代わりの台車に座ると店開き。缶詰を開け、そこに秘蔵のマヨネーズを掛けると混ぜ合わせ、これをクロワッサンの上に乗せて齧りつきます。
すると声を掛けられました。
「いいことやってるね~」
声の主は楠木先輩です。
楠木先輩は俺が腰掛けている台車の反対側に座ると配られたモノをみてため息をついています。
俺は手持ちのマヨネーズパックを一つ手に取り出し聞いてみました。
「使います?」
「ありがとう、でもいいや、これのどれにマヨぶっかけたら美味くなるのか想像できないや」
先輩がいつまでたっても開けようとしないパンは、小倉餡が入ったパンとイチゴジャムの詰まった丸くて薄いパン。缶詰は四角いサンマの蒲焼風のアレです。
甘さのトリプルアタック! 確かにこれではいかな連邦の白い、いえマヨネーズといえども太刀打ちできません。
その先輩が叫ぶように言いました。
「あぁー、ラーメン食いてぇ!!」
ラーメンと叫ぶ気持ちも判るような気がします。
食べている最中に永倉班長が言います。
「食べながらでいいからちょっくら耳さ貸してけろ。今後について皆さんの意見が欲しい。此処に残るべきか移動するべきか。何処かさ行ぐにしても何処さ行ぐのか。こっただ状況だから勝手に決める訳にもいかねもんでそのへんさちょっくら考えて欲しいんだ。あ、返事は食ってからでええから」
先に食べ終わったのでしょう、近藤先輩が準備を始めます。
準備といってもベニヤ板を壁に立てかけそこに大きめな紙を、おそらく裏返したカレンダーか何かのポスターでしょうか、それを張るだけですが、そうした用意をしていれば食べ終わった人たちがちらほらと集まってきます。
薄暗くなってきた為、常夜灯にバッテリーが繋がれます。
黒板代わりのベニヤ板の周りに、それを半円形に囲むように皆さん集まってきます。
そこへ白鳥がやってくると例のポケットから次々パイプ椅子を出していきます。
真新しい椅子を開きながら先輩達が「おっ、気が利くじゃないか」「事務用の椅子、荷物にあったのか」などと言っております。
「ええ、あったんです」
そう答えると、白鳥が半円の一番右側に席を取りました。
司会役の永倉班長の前にはパイプフレームの机が置かれ、それっぽく場が整えられていきます。
なかなか片付かなかった楠木先輩のパンは食べることなくポケットに仕舞われ会議の始まりとなりました。
永倉班長が皆を見渡しながら言います。
「え~、食事も終わったようなのでそろそろ始めたいと思います。皆さん御晩です。え~今回のオルグについては先ほども言ったように我々の今後の行動について、これについて考え…」
「分会長~、オルグって言ったけど組合関係あんだか~?」
「おっとこりゃ失礼、いつものクセで。では改めて皆さんを取りまとめる班長として、今後の方針を此処で一度みなさんと話し合うべきということで集まってもらったけんども皆さん協力してけらっしゃろ」
なにやらいつもの会議の雰囲気で始まりました。
誰かが交通事故起こした時や業績悪いときや組合から要請があるときにやるんですよね~、休日を潰しての会議。給料の出ない二時間として嫌われているこの集まりですが、今回の集まりはいつもほどの文句は出ないものの、深刻さという点ではそれ以上です。
昨日などは飲んで忘れてしまえ! と現実逃避して先延ばしにした問題を素面で話し合うのですから。
「では俺ばっかり喋るのもなんですから、そっちの端から一人ずつ意見を述べて貰おうかと、では川上さんから」
司会役の永倉班長が半円になって座るその最端の川上さんに手を指し伸ばして発言を求めました。
「俺からか?」
「んだっす。まずは大先輩から意見をどうぞ。それに続いて全員から意見を聞きますんで、遠慮なしに喋ってくれてかまいませんから」
「そうか、じゃまずは俺から。俺の意見だけどまずは無理して此処を動かない方がいいと思うんだな。幸い飯の心配はしなくていいし、ある程度力をつけてから動いてみてもいいかと思うんだわ」
川上さんは立ってそう自分の意見を述べると席に座りました。
定年後再雇用される前は班長を務めていた川上さんですが、発言しながら回りを威嚇するようなこともなく、ただ自分の思っていることを自然に述べた、そんな気がします。
するとその隣、小滝さんが川上さんに倣って起立すると意見を述べます。
「オラも川上さんと同じ意見だ。無理しねえほうがええ」
小滝さんがそれだけを述べると着席します。その隣の浅田先輩は、「え、もう終り?」と小滝さんの方を見ていますが、「んだ、終りだ」と短く返答されるとのっそり立ち上がって意見を述べ始めます。
「俺は逆に早めに此処を出るべきだと思うな。此処にはなんにも無いしいつまでも居られないことは皆判ると思う。ならば少しでも早くに、余力があるうちに行動に移った方がいいと思う」
浅田先輩は話を終えると隣に座る上尾先輩の肩を叩きます。
「はい、次」
「なんだよもう終りかよ。え~、俺としては~」
立ち上がりながら上尾先輩が必死になにかを考えます。
しかし良い考えがでないのか、けっきょく彼は、
「ん~、いまのところよく判んねぇや。はい、次」
と、隣の斉藤に順番を渡しました。
そこで永倉班長が上尾先輩に視線を向けながら言います。
「えー、考えがまとまってね人はあとでもう一回意見を求めるかもしれないので、今のうちにたんと考えておいて。それと面倒だから発言時には立たなくていから、座ったまま発言してけろ。じゃ、斉藤くん」
名前を呼ばれた斉藤が、言われたばかりだというのに立ち上がりました。
隣の高橋班長に服をツイツイと引っ張られ、ようやくその意味に気づくと照れたように着席します。
「えー僕の意見としましては、ここを動くべきでは無いと思います。なぜかというと、今回召喚を行った人たちが居るはずでその人たちが此処に居ないという事はなんらかのトラブルがあったのだと思います。それをコッチが勝手に動いてしまうと行き違いということにもなりかねませんので、今は此処で待つべきだと思います」
斉藤が話を終えるとその横、高橋班長が立ち上がりかけます。結局座って話すようです。
「あー、俺も斉藤と同意見。家に帰る、というか元の世界に戻るにも俺たちを此処に呼び出した人たちと交渉する必要があると思うんだわ。そういうことで確実に出会うには此処に残っているのが一番だと思う」
その隣、楠木先輩が手を上げると立ち上がり、集まっている皆の顔を見ながら言います。
「あのー、自分の意見以前に質問なんですが、今やってるこの意見の発表って、何を前提にしてるんでしょうか? 俺としてはてっきり日本に帰る為にどうしたらいいのかを話し合うものだとばかり思ってたのですが、なんだか此処から離れるだとか残った方がいいだとか、帰る以前に考えてるものが違ってるような気がするんですが」
「帰る帰れない以前にどう生き残るかだろ」
「えー、なんだよそれ。城で王様に会って帰してもらうんじゃないのかよ~」
「難しいだろうな。金持ちが俺たちの願いをいちいち叶えてくれるとは思えん」
「でも、もしいい人だったら」
「いい人が俺たちをこんな形で攫うはずねえだろうが!」
「間違いってこともあるだろうよ~」
楠木先輩の意見を切欠に皆がざわつきます。
不安げに意見を交わすその様子に永倉班長が声をあげました。
「あー、みなさん静粛に! 先ほどの楠木さんの懸念もごもっとも。その辺の疑問も含めて何か判らないこと、こうして欲しいって事があったなら今この場で話しあおうと考えてるんだけんども。おっ、さっそくあんだか。では小場さん」
手を上げて発言を求めた小場先輩が立たずに意見を述べ始めました。
「自分達三名で話し合ったことなんですが、まずは我々の置かれている状況を知ることが必要だと考えます。要は今の我々には判断に足る情報が無いということであり、それを得るために具体的には偵察を提案します。二名一組で偵察を出し、この周辺の諸々の状況を知ることが必要だと判断します。我々の今後の行動方針を決めるにもそうした情報がまず第一に必要だと考えます」
おー、と感嘆の声があがります。でも中には「それ最初っから言えよ」と言った意見も聞こえます。司会役の永倉班長もウンウンと頷いていますが、反対意見も聞こえてきます。
「偵察ってそれ歩いていくのか? この砂じゃトラックじゃ走れないよな」
小場先輩がそれに答えます。
「車両はおっしゃる通り、バルーンタイヤのバギーでもあれば違うのでしょうが、現状使える一番マシな手段はこの二本の脚を使う事です。一日およそ50キロとして…」
50キロと距離が出た途端、皆の口から「えぇ~!」「そんなに歩けねぇよ!」と不満の声が上がりました。
これには小場先輩はじめ元自組からは意外とでも言いたげな視線が向きますが、俺たち兵隊じゃありませんから無理です。2キロ歩くと知ったら車を使う生活ですからとてもじゃないがそんなに歩けません。
でもこの反応には斉藤からも意見が出ました。
「皆さん驚いているようですけど、おそらくこの世界では交通の主な手段は徒歩になると思いますから今のうちから鍛えておいた方がいいかもしれませんね」
この発言にも、「ウッソ~、まじかよ」などと不満の声が漏れ聞こえて来ます。
「問題はこの砂だろ? 魔法でなんとかなんないのか? それにこの砂さえ抜けたならトラック使えるんじゃないの?」
「いえ、試しましたが無理でした。それに砂漠を抜けてもトラックが走れるだけの道があるかは判りません」
斉藤の言葉に皆が沈黙します。
魔法で浮かれていましたが、あの剣と鎧を見れば物流の水準もおおよそ知れます。
俺の頭の中にもかつて見た映画のワンシーンが蘇りました。暗く薄汚れた世界で奴隷を乗せた格子の荷車がノロノロと進むシーンです。
まぁそれなら2tトラックなら使えるかもしれませんがアスファルトの道を進むようにはいかないだろうしそう遠くないうちに燃料も尽きます。
この世界の交通システムに慣れるか、あるいは魔法に期待を込めて、なんとかするしかないのかもしれません。
すると小滝さんが言います。
「魔法でなんとかなんねぇのか? ほれ、御伽噺にも魔法の絨毯とかあんべよ」
「ひょっとしたらそういった便利な魔法の道具もあるかもしれませんが、少なくとも此処には無かったのであるかどうかはどうにも…」
そう斉藤がトーンダウンしていきます。
魔法の便利な移動グッズ、思いつくものでは何かないかと考えているとピンッと閃くものがありました。
「箒」
思わず口から出てしまいました。
魔法の箒、よく魔女や、いえ最近の魔法使いは男でもアレに乗ってましたね。あの映画はテレビでしか見ていませんが、眼鏡をかけたあの坊主が箒に乗って変なスポーツをしていたのを覚えています。
俺の箒の一言に皆が俺を見ます。
その中にはピンときたのか「それ!」と俺を指差す人も居ますか斉藤が暗い声で言いました。
「此処を掃除したとき、箒は一本も見つかりませんでした。浅田先輩が大ウチワで扇いでいたのもそのせいですよね?」
その言葉に先輩が頷きます。
つまりは便利かつ手ごろな飛行手段は無いということ。
もっとも元の世界にだってそんな便利な手段はありませんでしたから、たとえ魔法があっても空を飛ぶのは夢のまた夢なのかもしれませんね。
俺も魔法で飛べる気しませんもの。
そこで上尾先輩から疑問の声が上がりました。
「じゃあ、此処に来てたやつらは何に乗って来たんだ? まさか砂漠を歩いて来たわけじゃないよな?」
「馬の銜ならいくつか見つかっているぞ」
そう言って書記役の近藤さんがポケットから金具を取り出しました。
両端に丸い金輪の付いたソレは俺にはなんの道具かわかりませんでしたが、となりの楠木先輩に聞けば、馬の口に咥えさせて馬を操る馬具とのこと。
それを聞いて俺もなんとなく使い方がイメージ湧きました。競馬に興味がある人なら常識なのかな?
改めて調べてみると、馬の轡らしき金具が鎧の数とは合いませんが結構な数見つかりました。
近藤先輩を含めて見つけた人から場所を聞き出せば、外で割とまとまって見つかったとの事。
外、という場所を考えまだ見つかってないものが有ると考えるならば、あの鎧を纏っていた人たちが馬で此処にやって来たというのは当たっている気がします。
「馬で来たかも、ってのは納得できるけどよぉ、その人たちってどうなったんだ? 馬具を此処に忘れて逃げ出すのはおかしいよな?」
上尾先輩がそう疑問を口に出しました。
これは俺にも謎です。斉藤も先ほどトラブルがあったと言っていましたが、何があれば鎧兜といった金属類だけを残して消えることが出来るのでしょうか?
「ひょっとして俺たちと入れ違いになったんじゃないだろうな? 俺達がコッチに来たように向うさんも鎧を残して体だけで俺達の世界に飛んだとか…」
川上さんがそう言いました。
ショッキングなその仮説に皆さんの口からは「まさかぁ…」と声が漏れますが、隣の小滝さんが川上さんを肘で突いて言います。
「川上さん、川上さん、それは無ぇ。オラもあんたも腕時計してんべ? 財布に小銭も残ってんべよ」
どうやら小滝さんは自分も川上さんも金属製の腕時計をしたまま此処に居るからそれは無い、とそう言っているようです。
川上さんも「おっ、そうか」と自分の時計に目をやると少し気恥ずかしそうにしています。
すると今度は上尾先輩が言います。
「あれだ、実は全員吸血鬼で日光浴びて灰になっちまったんだよ、きっと」
その意見に周りよりドッと笑いが起こりました。
この反応に上尾先輩は、
「なによ、だったら他に何が考えられるのよ?」
と吸血鬼説にけっこう本気であることが窺えます。
浅田先輩が言いました。
「日の光に弱い吸血鬼が建物作るならもっと考えて作るだろうよ、たとえば窓の無い建物とかよ。この建物見てみ? まるで逆だろ。南北は石壁だけど東西は風通しの良すぎる石柱だらけの建物だ、おまけに天井も無い。これでどうして吸血鬼なんて話が出てくるんだよ」
「夜だけ使うのかもしれねーじゃん! それに天井が無ければ月がよく拝めるぞ」
その言葉に今度は斉藤が口を挟みます。
「上尾先輩、月が関係するのは狼男です。それに夜だけ使うのであれば、昼間身を隠す場所が必要なはずです。たとえば地下にダンジョン、いえ迷宮があるとか」
「地下から襲ってくるだか!」
小滝さんが恐れる風に声をあげますが、斉藤がそれを宥めました。
「いえ、地下に隠れていて襲われるなら昨夜のうちに襲われたと思います。ですから大丈夫かと、杞憂だと思いますよ」
考え込んでいるのか皆が黙ります。
すると長倉班長が俺を指して発言を求めてきます。
う~ん、何を言えば良いのやら。
「え~、俺の意見としましては、何十キロも歩くのはたぶん無理です。移動するならもうすこし此処で魔法を練習してからがいいと思います。あと飯なんですができればパン以外のものも食べたいな、と。あとは…、日本に帰って腹いっぱい寿司が食いたいかな」
「寿司かぁ~、食いてえなぁ。日本酒飲みながら寿司をこう…、くう~!!」
「唐沢! おめぇ人が食い物のこと我慢してる時になんてもの思い出させるんだよ!」
なんか非難轟々です。
話し合いは罵り合いに発展することもなくわりと淡々と進んでいきます。
近藤さんがホワイトボードに決まったことを書き込んでいきます。
決まったことはいくつかあります。といっても後ろ向きな意見ばかりです。
ここからの移動は無し。どうやら皆さんもう少し此処にとどまるみたいです。
元自組三人が提唱した偵察案も現状では中止、もうすこし魔法の技術を上げてから行うかどうかを決めるそうです。
唯一の成果は食事に日に一回、パン食以外のメニューが加わることでしょうか。
ダメもとで言ってみたんですが、まさかこの案が通るとは。
そして肝心の元の世界に戻るかどうか。これは意見を保留した人は居ましたが、反対は無しです。
もしなんらかのチャンスがあるならば元の世界に戻るために力を尽くす、ということで意見がまとまりました。
やはり帰りたいですよね。荷物を積み降ろさなくて済むのはいいですけど、こんな砂ばかりの世界じゃ誰だっていつまでも居たくはないですよ。