なんとか完成ですか?
『 12 なんとか完成ですか? 』
浅田先輩の治療に伴う痛みと絶叫を何度か聞いた頃でした。
俺の肩に手を乗せる者がいます。何だと思って見てみれば、高橋班長でした。
班長は言います。
「やるぞ。ここに居たって役に立てないだろ」
「やるって…、トイレの続きっすか?!」
「他に何があるのよ、さあ来な」
高橋班長は俺の肩を掴むとまるでしつこいポン引きのように俺を現場へと向かわせます。
何がこれほどまでにこの人をトイレに向かわせるのか不思議ですが、どうやら手伝うしかないようです。
現場には俺と高橋班長の他に楠木先輩と小滝さんが居ました。この人員でやるようです。
小滝さんは高橋班長と一緒に上物の続きを、俺と楠木先輩は穴掘りです。
目標はドラム缶が縦にすっぽり収まる穴の大きさ、先輩から貰ったスコップを取り出し穴掘り開始です。
今度は慎重に掘る必要などないため一気に力で掘っていきます。
大き目に穴を掘り、ドラム缶を設置したなら周りを砂で埋めればいいのですから砂の壁を作る必要どころか崩れるもお構い無しにどんどん下へ掘り進んでいきます。
少し疲れてきた頃に小休止。すると楠木先輩が言います。
「けっこう掘ったけど、もういいんじゃね」
見れば穴は広さが畳二畳近く、深さも俺の脚ぐらいの深さになっています。
「もう少しっすね。先輩ドラム缶のフタに穴開けるっていってましたから、ドラム缶がすっぽり埋まる程度まで掘らないと」
「もう十分でしょ、あと足りない所は砂を盛ればいいんじゃないかな」
「そうっすね~、こんなもんでよしとしますか」
元々気が進まなかった作業、ならばこんなもんで十分だろうと作業を止めようとしたその時でした。
「ギャアーーオゥオオーー!!」
石壁の向こう側から、石壁を突き破ってきそうな勢いで浅田先輩の悲鳴が聞こえてきました。
その悲鳴に俺達は互いの顔を見合わせ、思わず声に出しました。
「治療…ですよね?」
「たぶん…」
俺は一瞬頭に浮かんだ感覚を、まるで歯医者の待合室で感じるような不安を忘れようと足りない穴を掘り進めます。
楠木先輩も俺の態度に何かを感じたのか穴を最後まで掘りきるのを手伝ってくれました。
そうして穴を掘り終えた頃でした。建物の方から川上さんと白鳥がやってきます。
どこか気の抜けたような、白く燃え尽きたかのような姿。
まあ慣れない回復魔法を使ったのだからそうなるのも仕方がないかな、などと二人の様子を眺めていれば二人は力なく石材を椅子代わりにして座り込みます。
気をつかって小滝さんが声を掛けました。
「そったに疲れたんなら向うで休んでいたらいいんでねが」
「いや、体は大丈夫だ。精神的に…、ちょっと疲れただけだ」
川上さんはそう答えると疲れたように額に手を当て、白鳥は驚ろきに顔色を失ったような妙な顔で喋ることもしません。
心配になったのか小滝さんが尚も声をかけます。
「何があったんだか? ひょっとして怪我が治らなかっただか?」
「直った。おそらく元通り直ったと思う、けど大分怖いものを見させられた…」
そう言い川上さんは顔をその手で覆っています。
白鳥はといえば、瞬きのしない白い顔で何も無い場所を呆けたようにずっと見つめています。
二人がそんな調子なので休憩に入りました。
でも雰囲気自体がなんとなく声を掛けずらい雰囲気なので二人に向うで何があったのか詳しく聞くことは気が引けました。
大休憩は三十分ほども続いたでしょうか、さすがに休んでいるのも辛くなってきて、誰からともなく続きを始めようかとそうした雰囲気になった時の事でした。
「やあ、どうよ」
そんな軽い声がして俺は振り向きました。
そうしたなら振り向いた先にはなんとあの浅田先輩がいるじゃないですか!
しかも何事も無かったかのように平然と歩いている。
さすがにこれには俺も開いた口が塞がりませんでした。
すると川上さんが浅田先輩に声を掛けました。
「お前、脚大丈夫なのか? 本当になんともないのか?」
驚いたような声、それに浅田先輩はその顔を照れたように微笑ませると返事をしました。
「ああ、この通りもう大丈夫。さっきは文句を言ってすんませんでした。白鳥も悪かったな」
そう言いながらペコリと浅田先輩が川上さん達に頭を下げました。
いったい何があったのやら。
すると浅田先輩がなんと俺の方に来るではないですか。
「唐沢、さっきは済まなかったな、穴崩しちまって。ちょっと手伝うわ」
そんな初めて見る殊勝な態度でやってきますが、いったいどうしてしまったんでしょうか?
まさか小場先輩に脳改造されたとでも?
俺は先輩に既に穴が掘りあがっている事を説明します。
後はドラム缶を設置して埋めるだけだということを説明すると、先輩が言います。
「ああ、ちょっと走馬灯が見えてな…。それはそうとあとは上物だけか。その上物もパレットばらして作るんじゃ石は要らなかったな。なんだよ俺バカみたいじゃないか」
なんとも気まずい雰囲気が漂います。
しかもその原因の一端は俺にもあるのです。
なんとか場の雰囲気を取り戻そうと考えますがいいアイデアが出ません。
いい反応も出来ずにアタフタしていると、俺たちに声が掛かりました。
「唐沢ー、持って来たぞ」
緊張感などまるでないのん気な声。振り向いて見たその先には小場先輩の姿が。
その小場先輩はいつもと変わらぬ飄々とした雰囲気でこちらにやってきますが、俺の傍に居る浅田先輩がビクリッと、まるで追い詰められた小動物のように警戒する様が感じられました。
いえ、それは浅田先輩だけではありません。あの呆けた姿の白鳥や川上先輩までもが警戒の色を強める姿に、釣られて俺までビクビクしてしまいます。
小場先輩はいつもと変わらぬ様子で言います。
「ドラム缶を持ってきたけど白鳥の案を変更して洋式にしたよ。怪我人が出たときには和式より洋式の方が便利だと思ってね」
そう言うと小場先輩がマジックボックスからドラム缶をひとつ出しました。
それは既に加工が済んでおり上部にU字型の便座と金属製のフタを備えた物でした。
しゃがんで使う和式の物ではありません。
小場先輩はそのドラム缶を地面に置くと、俺たちの掘った穴を覗き込みます。
その視線を白鳥に向けると言います。
「白鳥、ここで設置を手伝っていくのか?」
すると白鳥が直立不動の姿勢を取ると言いました。
「いえ! 自分ももう帰ります! 帰るって言っても家があるわけじゃありませんが、一緒に戻らさせていただきます」
小場先輩は小さく頷くと、その視線を今度は浅田先輩に向け言いました。
「浅田さん、治した箇所に異常を感じたなら直ぐに知らせてください。今後飛び降りる機会があるなら脚だけで衝撃を受け止めずに空挺の連中のように五点接地で。大きくなった分負荷も大きいので、今までよりも丁寧に体を扱ってください」
「ああ、判ったよ」
浅田先輩はそう少し引きつった笑顔で返事を返しました。小場先輩たちはそのままドラム缶だけを残して去っていきます。
その姿が見えなくなるのとほぼ同時に川上さんや浅田先輩がまるで金縛りが解けたようにほっとする様が感じられると互いに顔を見合い、ひきつった笑みを浮かべて同時に喋り始めます。
「いやぁ、まいったね。本当に大丈夫か?」
「ええ、もうなんともないですね。もっともアレを再び経験したくはないですけど」
二人だけは判っている。そんな感じで話を交わしていますがもちろん俺たちには何が何だかわかりません。
すると同じ疑問を抱いていたのでしょう、楠木先輩が二人に訊ねます。
「魔法の治療のことですよね? そんなに凄かったんですか」
「あー? 凄いというか…、俺にはたとえ出来ても出来ないな」
要領を得ない返事、それに判らないという顔をしていると、浅田先輩と川上さんが嫌々ながらも話してくれました。
「魔法で治してもらった傷だけど、骨が潰れた影響かどうにも痛みが消えなかったんだ。それに文句言ったらアイツに治したところを一度バラバラにされてまた治されたって話さ」
「こう傷の周りを水で覆ったと思ったら、肉やら骨やら見える状態でバラバラになっていくんだ。もう拷問なんて甘いもんじゃない、ホラー映画だよ。この浅田は白目剥いて気絶するし白鳥もビビッてあの調子だ。気をつけろよ…、怪我したらアイツに実験台にされちまうぞ!」
川上さんはそう身振り手振りを加えて語ると最後は真ん円に見開いた目で俺に迫ります。
てっきり冗談話で驚かすつもりなのかとも思いましたが、その目にはなにやら違和感が、妙な真剣味というか本物の恐怖が宿っているようにも思えます。
小場先輩の治療術の話はそれきりになりました。案外二人とも本気で脅えているようにも思えます。
楠木先輩がドラム缶を調べにかかります。艶のある木製の便座の動きを確かめその出来に感心するとフタを取り中を覗きこみ「おお」と声をあげました。
横から覗けばその声の意味がわかりました。
卵型に開いた穴のフチは綺麗に加工され溶断したような雑な跡は残っていません。手で触れてみるとどうやったものか手が切れないようにまるで折り畳んだかのように滑らかに加工されているのがわかります。
しかもドラム缶のフタを完全には切り取らずに中に折り曲げスロープにし、お釣りがこないように工夫がされてもいます。
俺たちの驚きに触発されたのか大先輩達も代わる代わるに覗くと驚きを口に出します。
高橋班長などは、
「こんだけ出来るんなら、最初っからやってくれればいいのになぁ」
などと言っていますが、その班長に小場先輩のあの言葉、“『失敗して何が問題なのかを知るのは重要な事だよ』”を聞かせたらどのようなことになるのか、などと考えもしましたがもちろん言いませんでした。
口は災いの元ですからね。
その後は掘りすぎた穴をちょっと埋め戻すなどしてドラム缶を設置しました。
サイズは皆さんの膝から下を測るなどしてとりあえず40センチほど地面より飛び出す感じにしました。
実際便座の上に座ってみてもいい感じです。
少し便座が大きいような気もしますが、此処には子供もいないのでこのサイズで大丈夫でしょう。
便座付きドラム缶を埋設してしばらくした頃、川上さんたちが中心となって作っていた上物が完成しました。
さっそく数人がかりでそれをドラム缶便座の周りに設置してみます。
サイズ的には余裕があります。四本の角材を柱にしたそれはパレットの木材で壁を作った為に壁は薄く隙間がありますが気にするほどのものでもありません。
むしろ光が射して丁度いいぐらい。匂いも自然に隙間から抜け出していくことでしょう。
此処に残っている製作に関わったメンバーが代わる代わるに出来を確かめます。
多少の不満はあっても大っぴらに野糞をするよりははるかにマシ、そういった想いを胸に自然と笑顔がその顔に浮かびます。
誰かが言います。
「出来たぞ。手伝わなかった奴等にはこれ絶対に使わせないからな」
「手伝わなかったのは、上尾、近藤、あと自衛隊組か?」
「ドラム缶は小場先輩の提供っすからあの人たちを省いたら文句が来るでしょ」
「元自の連中なら野糞でしょ、展示もしてたし使わないんじゃないかな」
「そういや永倉班長も手伝ってないっすね」
「あの人に文句言ったら五月蝿いぞ~、手伝わなかったヤツが使ったなら掃除でもさせればいいんじゃないのか」
結局相談の結果、資格無しの使用が発覚した場合にはトイレ掃除をさせることが決まりました。まぁ妥当なところかもしれませんね。
出来てほっと一息、皆の注意が途切れた時でした。
俺の視界の隅に、ゆったりと倒れていくトイレの上物が映りました。
俺は即座に振り向きましたが出来ることはそれだけでした。上物がバタンと砂埃をあげ見事に倒れます。
その音と気配に皆も振り向き、「おお!」「なんだよぉ~」などと声をあげています。
倒れたトイレの上物を皆で起こし設置しなおします。
どうやら屋根部分にパレットをそのまま使ったため重心が高いようです。
また倒れるんじゃないか、と誰かが揺すればトイレはなさけなくグラつきます。
しかし砂上の為固定するにもしようがありません。
皆が頭を捻っているときでした。浅田先輩がズンッと石材を転がしてくると言います。
「これを使えばいいよ。これなら重し代わりに十分だろ」
石材は計算ではひとつ200キロ近くはあるはずです。
これなら確かに動かないでしょうが、動かすにも一苦労です。二人がかりで石材を転がすように運びましたが、まるで金庫を転がしているようでした。
それでもなんとか所定の場所まで運び終えるとロープで石材と柱を固定します。
石材は前と後ろに一つずつ、石材の分だけ穴を掘り、柱と柱を結んだロープをそこに通し石材で押さえつけるという簡単な仕組みですが、これだけでも先ほどに比べればかなりしっかりしたように思えます。
石材自体も足の踏み場にいい感じです。