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魔法でなんとかなりませんか?

『 11 魔法でなんとかなりませんか? 』



食休み、とばかりに元自の先輩達のところで椅子に座って寛いでいると、わざわざご丁寧に高橋班長がやってきて言います。


「お~い、やんぞ」


トイレの件です。

元自の三人はもちろん動きません。

俺も真似して動かないでいると、「唐沢ー」と今度は名指しで呼ばれてしまいました。

どうにも俺を使うつもりのようです。

元自の先輩達がニヤニヤ笑みを浮かべて俺に言います。


「頑張ってこいよ」

「えー! なんですかそれ、俺べつに野糞でもいいですよ」

「だったらそれを連中に言ってやれ」


先輩たち助けてくれません。

しかたなく睨みつける高橋班長の傍に行きました。

すると班長が言います。


「よし行くぞ。ところでアレは持ったか?」

「アレって…、ああ!」


スコップの件です。俺はまたUターンして元自組三人の前へと走ります。


「どうした? 忘れ物か?」

「その、すみませんがスコップを貸してもらえませんか」

「なんだよ、道具も無しにどうするつもりだったんだよ」


南野先輩がワザとか聞こえるような大声でいいます。

その横では小場先輩が瞬時にスコップを手に出すと、なぜかその柄に指を当てじっとみつめています。

五秒ほどもそうしていたでしょうか、先輩はその顔を上げると俺に向かってそのスコップを差し出し言います。


「これから必要になるから自分用に持っとけ。此処に一応名前も刻んだが、盗まれるなよ」


そう言い、渡されたスコップには柄の部分に“唐沢”と目立つように名前が浮き彫りされていました。

これって先輩の魔法ですよね?


「ありがとうございます。でもこれって普通のスコップですよね。どうせなら自衛隊っぽくかっこいい折り畳み式の方が良かったかな~、なんてね」

「バカ。おめぇ知らねぇからそんな事言ってるけど、あの折りたたみ式の携帯円匙けいたいえんぴで穴掘るのめちゃくちゃ疲れるんだぞ」

「そうそう。どちらか選べと言われたなら、皆ぜったい普通の円匙を選びますよね」

「収納の魔法使えるんだろ? なら普通サイズでも邪魔にはならんさ。あの折り畳み式の小さいのは無いよりはマシといったレベルだ」


南野先輩には怒られ白鳥にも馬鹿にされました。どうやら俺は穴掘りの常識を知らないようです。


この他にも南野先輩と白鳥からスコップと角スコを一本ずつ渡されましたが、こちらは貸すだけだそうです。

貰えませんので後ほど綺麗にして返さなければなりません。

この三本を例のポケットに仕舞うと高橋班長の背中を追います。

班長待っていてくれませんでした。

ならいっそバッくれちゃえば良かったでしょうか。


現場に着けば、もう始まっていました。

楠木先輩が既に膝上まで隠れる穴を掘り、掘り上げた砂を斉藤がさっき俺が欲しいといった折り畳み式の軍用スコップで退けています。

おそらく荷物の中から見つけ出したのでしょうが、スコップ借りる必要あったのでしょうか?

穴を掘る二人の顔には既に疲れの色が見え初めていますが、その顔が俺を見つめます。

こんな時は先手必勝、俺は先輩に言います。


「先輩、穴掘り代わりますか」

「ああ、頼むよ」


楠木先輩は口数も少なく頷きながらスコップを地面に置くと、穴から出る為に俺に手を差し伸ばしてきます。

俺もその手を取り、先輩を穴から引き出そうとすれば、穴の縁に足をかけ抜け出そうとした先輩の口から「うわっ」と声があがりました。

先輩の体がガクリと下がりました。足を掛けた穴の縁がズルリと崩れています。

そのまま引っ張れば先輩のことは引き出せましたが、穴はまるで犬が地面を掘ったかの如くに形が崩れてしまっています。


「あ~あ、ダメだな。よし横に移動!」


高橋班長がそう言うと、楠木先輩が地面に置いた折り畳みスコップを拾うと斉藤と一緒に今出てきた穴を埋めにかかります。穴は埋め戻す分には直ぐに終わります。

その少し横に高橋班長が立つと俺に向かって言います。


「じゃあ今度は此処に掘ってもらうか。なるべく垂直に、深く掘ってくれ」


高橋班長が足で地面に×を描きます。

此処を掘れということなんでしょう、この俺に。


仕方が無いので掘り始めます。

楠木先輩が差し出してきた折り畳みスコップを試しに借りると使ってみます。

柄が短いため、かなり膝と腰を曲げるどころか膝を着いての作業になります。

白鳥の言う通り、これ使いにくいですわ。

俺は先輩にスコップを返すと、自前のを例のポケットから取り出しました。

およそ1m近くあるそれは体重を掛けて作業ができるため柄の短いスコップよりは格段に楽に作業ができます。その途中で気づきました。


「あの~、どのくらいの穴を掘ればいいんですか?」

「お前の体がすっぽり縦に入るぐらい、深さは胸ぐらいでいいかな」


俺の作業を眺めているだけの高橋班長がそう言いました。

けっこう大変そうです。


砂の地面は表面の砂を少し退けると固まっているようにも見えますが、スコップを立てると思いのほか力が要らずにズブリと下に潜ります。かなり柔な地盤です。

それを崩さぬように真下に向かって掘っていくのですが、穴の縁を不用意に踏んでしまうとたちまち崩れてしまいます。そこをなんとか誤魔化しながら下へ下へと掘っていくのですが、当然のごとく下に行くほど掘りづらくなっていきます。

穴の直径はおよそスコップ一本分、崩れたところを誤魔化しながらなので少しいびつな穴になってしまいましたがそれでもなんとか俺の腰ぐらいの深さにまで掘れました。

少し疲れたのでそこで一休み、「代わるか」の言葉にも先ほどの失敗が頭にあったので交代はせずにこのまま穴の中で休憩です。するとお客さんがやってきました。


「おー、やってるね」


浅田先輩がニヤニヤしながら近づいてきます。

もちろん俺は言いました。


「先輩ストーップ、地盤がやわですからうかつにコッチ来ないでください!」

「お、わりいわりい」


 浅田先輩はそう言いながらも近づいてきます。

幾分歩き方は丁寧にはなった気もしますが穴を覗き込むように近づいてくると、やっぱりでした。慎重に踏み出したはずの足元にヒビが入ると、「うわぁ!」先輩の悲鳴とともに崩れました。


水滴型に広がった穴を前に浅田先輩は謝る素振りを見せてはくれましたがもちろん代わりに穴を掘ってはくれません。


「ごめん、って言ってるだろ、しつけぇなぁ。それに掘るならもうちょっと場所考えて掘れよ、これじゃあどっちにしろ崩れただろ」


それはそうなんですが、高橋班長に言ってください。俺好きで此処掘ってるわけじゃないんで。

結局先輩は行ってしまいました。

俺はその崩れた穴を見ながら言います。


「これこのまま掘ってもどっちみちまた崩れますよね? 何かで横に壁でも作らないと、魔法でなんとか」

「もう試した。土を固めようと斉藤が頑張ったけど上手くいかなかったんだ」


話の途中でそう楠木先輩から言われました。

やはりそのぐらい考えますよね、魔法のある世界だし。

すると試したことについて斉藤が語り始めます。


「砂を石のように圧縮できないか試したけど無理でした。イメージが足りないというよりも何だかこの砂が魔法に合っていないような、魔法が効きづらい気がします」


視線を斉藤から楠木先輩に移せば、先輩は、


「無理無理、斉藤にできないのに俺にできっこない」


と顔の前で掌を振って見せ、高橋班長も、


「俺にできるはずあるめぇよ」


と魔法での施工は諦めた様子です。

でも、魔法がダメでも他の手があるんじゃ。

俺は皆の顔を見ながら言いました。


「魔法がダメなら石を組めば」

「オメェこの砂漠の真ん中で石なんて何処に」

「そこの建物に」


俺はそう答えると目の前に聳える石造りの建物を見上げました。

俺としては至極真面目に答えたつもりだったのですが、なぜか皆さんの反応はすこぶる悪いようです。

皆さん口々に仰います。


「アレを壊してその石を地下に組むってか! どんだけ工事が大きくなるんだよ」

「壊すって、これ壊して大丈夫なの?」

「機械も無しにそれを全て人力でやるんですか? 俺たちだけで?」


高橋班長、楠木先輩、そして斉藤がそう言いながら俺を見つめます。

信じがたいものでも見たかのような驚きの目で見られています。


それでも一応相談することになりました。高橋班長が川上さんに聞きにいきます。

大先輩である川上さんは小滝さんと一緒に上物を作っているという話ですが、見るからにこちらも上手くいってないようです。地面の上には木製のパレットが何枚も散らかっていますが、おそらくバラして使うつもりだったのでしょうが、ヤワな物は板が割れ、頑丈なパレットは壊しにくいのか作業が途中で止まっています。


「ああ~?!」


川上さんが信じられない言葉を聴いたとばかりに声をあげました。

そうして石壁を見上げると、「これを壊すのか?」と高橋班長に聞き返しています。


「これをなぁ…」


川上さんはそう呟きながら、目の前にそそり立つ石壁をペタペタと触り、時には叩いています。果たしてどうなることやら。



言い出した責任もあるので俺も一応自分なりに調べてみました。

といっても餅は餅屋、知っている人に聞いただけですが。

そうしたらいの一番に言われました。


「馬鹿か」


相談した相手は元自の三人、南野先輩にはそのように馬鹿にされ、小場先輩には声も無く呆れられ、白鳥にも笑われました。


「便所ひとつ作るためにワザワザ石造りの建物壊してその石を組むのかよ」

「アレですよ、石の重さとか組み方とか経験として知らないからきっとそう言えるんですよ」

「あの~、そんなに大変なのでしょうか? こっち来てから筋力も上がっていることだし魔法だってあるから大丈夫かと思ったんですが…」


そう意見を言ったら信じられないものでも見るかのような目で見られました。

すると白鳥が言います。


「おめぇの大好きな一斗缶あるだろ、液体洗剤が18リットル入ってるやつ。あれをそっくり石に変えたら重さはどれぐらいだと思う?」

「えぇ~と、倍ぐらいですか?」

「バカ、それじゃきかねぇよ。石の比重はだいたい2.6ぐらいだ、つまり水の2.6倍の重さがあるってこと。あのサイズでさえ50キロ近い重さがあるのにおめぇは軽々しくそれ以上の物を壊して積むとか言ってるからバカだって言ってんのよ。おめぇ試しにそこの石の大きさ測ってみろ」


そう白鳥に思いっきりバカにされました。

白鳥が指し示した南壁の石を試しに測ってみます。

ちなみに俺が貰ったスコップは全長が1mに少し足りないぐらいだそうです。

それを元に測ると、おおよそ横の長さが60センチ、縦40センチ、奥行きわかりません。それを白鳥に言ったら重さを言われました。


「奥行き30で考えたら200キロ近くあるぞ、それ」

「えっ、そんなに!」


 おもわず声が出てしまいましたが、その横では計算機を手にした南野先輩がさも当然といわんばかりに頷いています。

その数字を見せてもらったら、187.2(kg)と出ていました。


こう数字を出されて説明を受けると確かに馬鹿だった気がします。

そもそもどうしてこう大きな話になったのでしょうか? 俺、トイレなんて作るつもり無かったのに。

すると今度は小場先輩が言ってきます。


「要は穴が埋もれない為の壁だろ? ならばドラム缶でも使えばいい」


そう言うと先輩がマジックボックスからドンッとドラム缶を一本出しました。

見覚えのある水色のそれは中に砂利を詰めたもので冬に東北方面に行くときに駆動力を得るためケツに重石がわりに積んだものです。

先輩たちもそれを目にして言います。


「砂利ドラか、そういやあったな」

「これに穴あけるだけでいいッスよね、こう上に四角く…」


そう言いながら白鳥がドラム缶の上蓋を指でなぞります。でもソレを見て俺も思わず口から出しちゃいました。


「先輩、こんな便利な物あるなら最初っから出してくださいよ」


 すると小場先輩が笑いながら言います。


「失敗して何が問題なのかを知るのは重要な事だよ。それに俺はトイレ製作派では無いしね」


その時でした。ドカンッ、と唐突に鳴り響いた爆発音に俺は音のした方を振り向きました。建物北側から音というよりも衝撃波が来た感じです。


建物の中に入り、北壁を見れば幾人かが集まり壁を指差しては何かをしています。

その中の一人、おそらく斉藤が軽く頭を叩かれるとなにやら謝る仕草を見せていることから今の爆発はおそらく斉藤の魔法なのでしょう。

その斉藤がまた腕を北壁に向けます。

後ろから俺に声が掛かりました。


「おい、あの馬鹿を早く止めてこい」

「はい! わかりましたぁ!」


俺は元気良く返事をするとダッシュです。

建物南壁近くから正反対の北壁へ向かって走りました。

でもその途中で斉藤が再び魔法を放ち、壁に爆発が生じます。

激しい音と衝撃が伝わってきます。

でも壁はなんとも無いかのようにそのままそこに聳えたまま、かなり強いのかそれとも斉藤の魔法が見かけによらず弱いのか。


「待った、待った、待あったぁー!」


俺は駆け込みながら三発目を放とうとしている斉藤に背中から抱きつきました。

魔法を邪魔され怪訝な目で斉藤とその横に居る高橋班長や川上さんたちに睨まれますが、俺はもう石材が必要では無くなったことを説明します。


「代わりにドラム缶を使う目処がついたので、石材の話は無しで!」


そうしたら叩かれました。


「おめぇそんなモンがあるなら最初っから言えよ!」

「おめえな、人を馬鹿にするにも程度ってもんがあんだぞ」


高橋班長には少し本気で頭を叩かれ、川上さんには首に腕を回され少し絞められてます。

でもまったくもって理不尽です! 俺がトイレを作るって言い出した訳じゃないのに、この仕打ちはないですよ! 

その事を腕を叩きながら主張すれば力を緩めてくれましたが、これ怒ってもいいですよね。でも怒る時間がありませんでした。


「おーい、落とすぞー」


そう壁の上から声が聞こえてきます。

見上げて声の主を確かめてみれば、北壁の一番上に人影が見えました。

邪魔な髪の毛と妙に大きな体格から考えるにあれは浅田先輩、その彼が壁の上に登っているじゃありませんか。


「先輩、止め、止めー!」


その浅田先輩を止めようと声を上げるも先輩わかってくれません。

先輩は石壁を跨ぐように座り両足で壁を挟んで体を支えると、石材を外側へと力任せに次々押し出していきます。ズシン、ズシン、と石壁の向うより床を伝わり振動が響いてきます。

下からいくら声を掛けても聞こえていないのか止めてくれません。

その先輩が突然「いてぇ!」と悲鳴をあげました。

右手で尻のあたりを押さえていますが、誰かが魔法でも当てたのでしょうか。

痛みに身もだえしていた浅田先輩は少しして落ち着いたのか、


「いま石ぶつけたの誰だぁ!!」


と壁の上から怒りの声をあげますが、俺の後ろから声があがりました。


「この馬鹿が! さっさと降りて来い!」


声をあげたのは小場先輩ですが、その横では南野先輩が砕石を掌で遊ばせています。

それに反応したのか浅田先輩がまるで森のゴリラのように素早い動きで、壁を三角飛びしてダンッ! と石床に着地しました。

でも高さがありすぎたのか、最後の着地で蹲踞したまま動きません。

その顔はひたすら険しく、おそらく着地の痛みに耐えているように見えます。

いえ、耐えられずにゴロンと背中から転がると両足を浮かせるようにして身もだえしています。


苦悶の表情を浮かべる浅田先輩の周りを野次馬のごとく皆が輪となって囲みました。


「おい、大丈夫か」

「怪我したんじゃねぇのか」


などと声が掛けられますが、あくまで声だけ。まるで大技を自爆したプロレスラーのようにもだえ苦しむ浅田先輩に誰も手を付けようとはしません。

すると誰かが、たぶん声から察するに高橋班長あたりだと思いますが、言いました。


「斉藤、怪我って魔法でなんとかなるのか?」


すると斉藤が浅田先輩に近づきその姿を見守るように傍に立つと言います。


「回復の魔法はゲームなどでは多くは神聖魔法、つまり神の力を借りて行う魔法です。まだ試したことはありませんが、ひょっとしたらこの中に誰か使える人がいるかもしれませんね」

「おーい、誰か宗教にハマってるやついねえか。近藤、お前このまえ教会で式あげたよな、どうだ?」


高橋班長のその言葉に近藤先輩が年甲斐も無く顔を真っ赤に染めました。

そうだったのか、俺は招待されなかったから行かなかったけど、あの近藤先輩が教会で結婚式を…。

想像したらどうにも笑いがこみ上げてきて我慢できません。

俺の他にも似たような事を想像したのでしょうか、腹を抱えて苦しげに笑っている人が居ます。

でも近藤先輩は敬虔なクリスチャンというわけではありませんでした。


「あ、あれは妻の達ての願いで…」


先輩はそれ以上言葉も出ません。顔を真っ赤にして魔法どころではない様がありありと窺えます。

高橋班長は他にも小滝さんや川上さんなどにも聞いて廻ります。


「小滝さん、川上さん、お宅らはどうですか?」

「あー? うちは曹洞宗だ」

「オラんとこもそうだ」

「じゃあ永倉さん」

「オレに宗教のこと聞くなよ、わかるべ?」

「じゃあ若い人たちは?」

「おっぱい教っす」

「ヒンニュー教徒ですがなにか」

「シリー派原理主義者」

「あの、先輩方、宗教や性癖の調査じゃなくて、この世界の神との相性ですから」

「この世界の神って、どんなのが居るのよ?」

「それは…判りません。判りませんからとりあえず何の神様でもいいですから祈って試してみるしか…」

「成果が出なければ信心が足りないってか、なんかそんなの向うにもあったな」


とりあえず、ということで皆さんがそれぞれ回復を祈りましたが、どうやら皆さん信心が足りないか無いようです。

浅田先輩は痛みに慣れてきたのか少しは表情が落ち着いてきましたが、もちろん回復などはしておらず歩くどころか立つこともできない状態です。

その横では小場先輩がしゃがんで浅田先輩の様子を見ながら脚に直接マジックで何かを記入しているようですが、ところどころに赤丸と、ヒビ? などと書き入れています。

そして踵付近には丸と斜線が書かれ、それがくすぐったいのか暴れた拍子にその踵を床にぶつけた浅田先輩が再び痛みに体を硬直させるとゴロリと背中を見せるように固まります。

それを幸いとばかりに小場先輩は続けて記入を続けていきます。


「先輩、ひょっとして怪我の具合が判るんですか?」


小場先輩がそれに少なめに頷きながら脚を指差して言います。


「両方とも踵が酷いな。踵骨が細かく割れてしまっている。他にも複数個所に骨折、脚の腓骨脛骨にもヒビがある」

「判るということは治せるんですね!」


でも小場先輩は首を縦には振りません。悩む姿で言います。


「判らない。私の力を生物に対して使った場合にその細胞組織が生きていられるかは未知数だ。軽々しく試すわけにもいかない。専門の回復魔法があるならそちらの方が適当だろう」

「うぅ…、何でもいいから治せるのなら早く頼むぅ…」


浅田先輩がそう苦しげにつぶやきました。

周りを囲む先輩達はマーキングされた患部付近に触れるか触れないかの感覚で手を当てたり、あるいはまるで忍者が呪文を唱えるように印を結んでいたり、念仏を唱えていたりします。

しかし浅田先輩の様子は芳しくなく、苦悶の表情で必死に痛みをこらえています。

魔法で回復しているようには到底見えません。

すると斉藤が言います。


「回復の魔法には神に祈る他にももうひとつ別の方法があります。体の治癒力を高め回復を加速させる方法が、水魔法の使い手なら使えるかもしれません」


その言葉に皆の口から疑問が上がりました。


「水? 水の魔法って水を出すあの魔法だか? あれで治療ができるんだか?」

「いえ、水を出すのではなくて、怪我人の体内細胞を活性化させて治すイメージで」

「ところでなんで怪我を治すのに水魔法なんだ?」

「人体はおよそ七割が水ですから」

「そんな理窟かよ!」


なんだか怪しげな理由ですがそれでも皆さん気持ちを切り替え、浅田先輩の患部に向けて意識を集中します。

代わる代わるに試しながら交代していくと、その様子を見ていた小場先輩が声に出します。


「白鳥と川上さんに効果あり。試しに此処と此処のヒビに集中して貰えますか」


小場先輩がマーキングした部位を、このようにヒビが走っていると指で示します。それに白鳥が頷き、川上さんが訊ねました。


「酷い箇所からじゃなくていいのか?」

「直り方を確かめる必要があります。魔法の力で折れる前の姿になるのか、それとも普通に直る行程を加速しただけなのか。変形したまま付いたのでは拙いので最初に知っておく必要があります」

「そうだな…」


川上先輩が頷くと、浅田先輩の脚の治療に取り掛かりました。

二人が患部に手を当てます。集中する様子、それに小場先輩が患部が今どのような状態になっているのかを二人に説明していきます。

要するに実況中継ですね、「スポンジ状の新しい骨が」「そのまま力を注いでいるだけでいいです」とか色々言っています。



魔法はやはり凄いです。

便利です。

骨折一箇所がおよそ四、五分で治ってしまいました。

もっとも完治ではないようですが。

二人は魔法を止めると一息つきます。そうして三人と一人で次の治療の相談中。

どうやら二人の魔法は治癒力を高めるタイプ、その回復魔法では骨を継ぎ合わせるにもきちんと位置を合わせる必要があるようです。そうしないとズレたまま、あるいは曲がったまま付いてしまうとか話しています。


で、問題はその合わせる方法。

レントゲン代わりの小場先輩が居るためきちんと合わさったのかどうかは判るそうですが、その為の手段が、“引っ張って合わせる”だそうです。

なんだかとっても痛そうな気がするのは杞憂でしょうか。

合わせたならばズレないよう固定しながら新しい骨が出来るまで魔法で治し続ければいいそうですが、動かないでいるのも大変そうです。

案の定でした。


「うぎゃああぁぁぁ~!!」


浅田先輩の悲鳴が響きます。

石の建物の為かとてもよく響きます。

でもそれでも止めるわけにはいかないので数人がかりでその巨体を押さえ、上手く合わさったところで魔法による治療を始めます。

暴れるのと押さえるのとで二箇所同時とはいきません、一箇所ずつ、白鳥と川上さんとで交代しながら治療していきますが、治療というよりも拷問のようにさえ見えます。

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