こだわりですか?
『 10 こだわりですか? 』
そんなこんなで迷っているうちにお昼となってしまいました。
皆さん議論を中断すると石の建物内へと向かいます。
トイレの脇で延々喋ってたのですね。
石造りの建物へと入れば、元自三人組が、いえ、それに永倉班長を足した四人が南壁近くの一箇所に集まりしゃがんで何かをやっています。
その彼等に高橋班長が、
「おーい、飯にすんぞー」
と声を掛けますが、彼等は腕をあげて「判った」と返事は返すもののその場にしゃがんだまま、そこで何かを続ける様子に見えます。
「おう、お前たちちょっと呼んで来いや」
大先輩である川上さんからそう声が掛かりました。
それに応じて高橋班長が俺と斉藤を見ると命じます。
「二人でちょっと行って来てくれ。あと連中スコップ持ってるからそれを午後に借りれるように話付けてきてくれ」
下っ端はつらいよ。いいように使われまくりです。
俺と斉藤と、それになぜか楠木先輩も付き添って四人の元へと向かいます。
彼等は俺たちが近づいて来るのに気づいても変わらず石床にしゃがんで何かに注目する様子。
その背中に声を掛けました。
「先輩ー、飯の時間っすよー」
「ああ、わかってる。今外せないからこっちの用件が済んだなら飯にするわー」
永倉班長が俺たちに振り向きもせずにそう答えます。
一体何をして…?
石床の日差しを囲むように注目している先輩達が何に注目しているのかと、それを横から覗き込もうとしたら下からアッパー喰らいました。
本気じゃないのでしょうがそれでも大分痛いです!
思わず後ろによろけ、文句を言おうとすれば先に言われました。
「邪魔をするな。下がっていろ!」
普段からは想像できない小場先輩のキツィ言葉。その横に居る南野先輩も俺のことを睨んできます。
すると白鳥が立ち上がり、俺たちに「まあまあ」と押さえるように宥めます。
「今時間を計っている最中だから、これを逃したらまた一日先に伸びちまうから邪魔しないで」
「時間って、今お昼を過ぎたあたりですけど」
「ああっ!」
そう突然に俺の横から声が上がりました。楠木先輩です。
その楠木先輩は俺の肩を叩くと言ってきます。
「そうじゃねぇよ! 日時計だ、日時計を元にこの世界の正確な一日の長さを測ってるんだよ! だから今動けないんだ」
それに白鳥が頷くと、俺の顔を見ながら言います。
「そう、だから今影を作られるのは困ったちゃんなわけでして」
なんか俺、ものすごく馬鹿にされてる気がします。
俺はもう近づかずに少し後ろから見学です。
壁の影を利用した日時計を見守る皆さんが「そろそろ」だと言い合いながら各人の時計を見ています。
「ヨー、イマ!」
「12時20分」
「同じく12時20分」
「俺のだと12時19分かな」
元から観察を続けていた先輩達がそう口に出しました。
一日の時差、およそプラス20分? ひょっとしたら計測ミスともとれる微妙な差の気もします。
すると楠木先輩が一人声をあげました。
「うっ! 俺の時計だとぴったり12時だ。おかしいなぁ、一日に20分近くも狂うかなぁ?」
そう言うと楠木先輩は自分の腕時計を外すと時計の裏面を確かめています。
クリヤパーツになっている裏蓋からは格好良く中身が見えますが、複雑な歯車は止まらずに動いているようにも見えます。
ソレを見て白鳥が言いました。
「うおっ、中が透けて見えてる! カッケー! 先輩のソレって高いんすか?」
「いや安物だよ。国産の少し古いモノ、機械式の自動巻きなんだけど、ここまで狂うことは無かったんだけどなぁ」
楠木先輩は少しショゲているように見えます。
その先輩に南野先輩が言いました。
「いつまでもそんな古臭いゼンマイバネのやつ使ってるからだよ」
言われた楠木先輩は恨めしげな目つきで周りの人たちが付けている腕時計を眺めています。
元自の南野先輩が付けているモノは某国産計算機メーカーが出している頑丈さが売りの樹脂製の時計。白鳥のはよく判らない樹脂製のダイバーズウォッチ。小場先輩はちょっとくすんだ色の金属製の厳つい時計。永倉班長もメタルバンドのそれほど高くはなさそうなよくあるオヤジ時計をしています。
ちなみに俺のはホムセンで千円で買った安物時計。秒針なんかは正確に目盛を指してくれませんが、そんなに狂うことも無く動いてくれてるからいいんです。
斉藤なんかはケータイの時刻機能を頼っているのかハメてもいません。
楠木先輩、負けずに言います。
「そりゃぁクオーツが正確なのは判るよ。でも時計としての味わいっていうか面白みが足りないんだよなぁ」
「趣味で使うならそれでもいいだろうけど、命のかかった状況で使うにはそれじゃあダメだろ。正確、防水、頑丈、そしていざという時壊れても惜しくない安さ。これが必要な性能だ」
「いやいや、この時計とほぼ同じ物をNASAの職員も使っていたとその筋ではコレ有名な話なんですが。それにコレ、凝った仕組みの割にはほんとに高くないんですよ」
「NASA云々ならコレもそうだし本当に宇宙にまで行ってるぞ」
楠木先輩ってひょっとして時計コレクター? 愛おしそうに自分の腕時計を見つめていますがその態度を否定するが如くに南野先輩は言います。
楠木先輩はその言葉にも言い返しますが、逆に言い返されています。
落ちどころのない言い争いを鎮めるように永倉班長が言いました。
「本来の正確さはどうあれ、楠木さんの時計が偶然でもこの世界に合ってんならそれはそれで役に立つし、いんでないかい? また明日、12時40分頃にお天道様が真上に来たとき確かめてみんべ」
色々あったけどようやく昼飯です。
メニューはまたも菓子パンに缶詰、豆乳パック。
皆さんの顔にさすがに不満の色が見えます。
パンを受け取った楠木先輩がボソリと小声で呟きました。
「ラーメン食べてぇなぁ」
「楠木、てめぇ人が我慢してるってのに言うなよ!」
聞こえたのかその一言に浅田先輩が反応しました。
でもその声に反応する顔があちこちに。
やはり皆さん我慢しているようです。
テーブルに着き、我慢してパンを食べていると永倉班長が言います。
「楠木さんの言葉じゃないけど、こうもパンが続くとそろそろ別のものが食いたくなるな」
それに皆さんも頷きあいます。
「日に一度でもいいから別のものを食べた方が精神的にはいいでしょうね」
「米袋たぶんあるよな、東北便でたいてい見るもんな。誰が持ってるんだ?」
「田舎から送ってくる米だか? たぶん一表か二表はあると思うけんど…、なんだ、俺に探して来いってか」
「ええ、言い出しっぺですから」
永倉班長に皆が注目するとウンと頷きました。もちろん俺もです。
「わがった。声かけてみんべぇ」
班長がそう言いますけど期待してます。
さすがにパンばかりというのもそろそろ限界です。