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Chapter 1


1


東京タワーに雨が降る。


緑色のイルミネーションが、

闇の中にその姿を浮かび上らせていた。


車が空を飛ぶ時代になっても、この光景は変わらない。


私は六本木警察署へ向かうカルマンギア・エアフローカスタムのフロントガラス越しにそれを眺めていた。


私は何故、東京タワーを懐かしく思うのか、昔のことなど何も憶えていないのに。


六本木の病院のベッドの上で目覚めたあの時も、雨が降りしきっていた。


シリカという女性型のアンドロイドが、

病室の窓から東京タワーを見つめている後ろ姿を私はただぼんやりと眺めていた。


シリカは、ベテルギウス社が派遣した看護用アンドロイドだ。

私が脳に重篤な損傷を負って、植物状態であったこと、ベテルギウス社が施した電脳化手術によって覚醒したことをシリカが教えてくれた。


私は、ベテルギウス社の社員であるが、“sacrifice”事件の捜査のために警察へ派遣されていた。


”sacrifice”は、サイバースペースに巣食う言わば病原体だ。

ネットにサイバースペースを運営する

ベテルギウス社の調査委員会は、人為的にばら撒かれたものとの調査結果を公式に発表した。

一部では“sacrifice”が自然発生的に生まれたという説も囁かれたが、

ベテルギウス社はそれを否定した。


シリカは私の電脳と同期して、私の個人情報とsacrifice捜査に関わる情報の一切をよこした。


電子信号の情報で頭脳が満たされたとしても、感情は矛盾を生じさせる。

感情は不安定なものだ。


「言葉でのコミュニケーションは…」

私の声が広い病室の壁や天井に反響した。

初めて聴いた声でもないはずなのに、

私は、戸惑いを覚えた。


「大丈夫です」

シリカは人間のように微笑んで、

金色の光を帯びた瞳で、私を見つめた。


私は、男性であるから男性が女性を見つめた時に、潜在的に感じることを感じたに違いない。


彼女は、徐に白衣を脱ぎ始めた。


「ブレイン・インターフェイスの扱いに慣れてないんだ、早く接続を切ってくれないか、」

私はまだシリカと同期中であることを悟り、声を荒げた。


「大丈夫です、接続を解除しました」


白衣を脱ぎ捨てたシリカは、下着姿のまま、あっけらかんと微笑んだ。


「頼むから、服を着てくれ」


私がそう言うと彼女は、床から白衣を拾い上げた。


「ワタクシの裸に興味が…」


「女性の裸に興味のない男はいない、潜在意識まで読まなくていい」


シリカは、私の望みをなんでも叶えるようにプログラムされている。

私の潜在的な願望に反応してしまったとすれば、彼女を責めるのはお門違いだ。


「…基本はイメージを思い浮かべて、念じるんです……あなたの場合はベテルギウス社の試作型を移植してますもので、従来型の操作方法と多少違うかもしれませんが……」

と言うのは、電脳医のヘンリー・パクラだった。


ヘンリー・パクラ自身も既に電脳を移植済みだ。

サバンナの原住民並みの視力を持ちながら、瓶底のような眼鏡を掛けているのは、眼鏡がX線スキャン用の端末になっているからだ。


「シナプスに微細な伝達異常が見られますが、移植してすぐだからでしょう、じきに伝達物質も正常値に戻る、しばらくは憂鬱だったり不安を感じることも多いと思いますが、一時的なものですあまり

考えすぎないことです」


パクラ医師は、まるで機械のように表情ひとつ変えずに流暢に話してよこした。

私もこんな風になるのかと、漠然とした不安が過ぎった。


パクラ医師からブレインインターフェイスの簡単な初期設定の方法を教わったが、衰弱した今の私の精神では細密な作業に耐えられない。


一旦自宅に戻って、デスクトップからアクセスすることにした。


「初期設定でしたら、ワタクシが」


私はシリカのその申し出を突っ撥ねた。

事実がどうであれ、会社が私の頭脳までも管理下に置こうとしているように感じるからだ。

どうせ、シリカはオンラインだ。

最初に同期した時の男性特有の下心さえ、会社の連中が覗き見てほくそ笑んでいるかもしれない。

もっと嫌なのは私という人格がサーバー上を流れるただの電気信号で、誰にも何とも思われていないことだ。


社会はそんな風に随分前から誰に対しても無関心だったに違いない。

でなければ、人間自身の脳までも電気仕掛けにしてやろうなどと言う発想を実現などしないだろう。


病院の屋上駐車スペースにあの車が、停まっていた。


「会社からです…アナタが好きな“カルマンギア”のエアフローカスタムです」


シリカの「アナタが好きな」という言葉で、私は素直に喜べなかった。

えらく子供扱いされている気がする。

だがその“気”をアンドロイドに説明するのは恐ろしく困難だ。


「何か、また、お気を悪くなされましたか?」


「また同期しているのか……何も感じないが」


「脳波を読み取っただけです」


私は、ため息をついた。


カルマンギアに乗り込むと、自動でユーザー認証が行われ、車体はすぐに宙へ浮いた。

数世紀前のオールドカーが、空を飛ぶなんて、なかなか圧巻の景色だが、

これは旧世紀のそれを模しただけの模造品だ。

インテリアは、現代のエアフロータイプと何ら変わらない。

タッチパネルだらけで、ハンドルすらない。


「ハンドルは、オプションで付けられます、発注しますか?」


とシリカが助手席で囁くように言った。


「やっぱり、同期してるだろう」


「いいえ、ハンドルを持つような手振りをされたので……」


私は、無意識にハンドルを持とうとしたらしい。

不思議だ。

もう100年近くハンドルを純正装備した車は流通していない。

私の体は、いつの時代の運動記憶を宿しているのか。


タッチパネルの地図をクリックすると、カルマンギアはシステムに従って動き出した。
















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