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パンイチ!  作者: 三
2/2

少女との邂逅と親父のラリアット

 パンイチこと幡ヶ谷健一はデパート屋上に取り残されていた兄妹を助け、帰路についていた。

 もちろん、服は着ている。彼は露出癖はないのだ。多分。


「・・・ん?」


 そこで健一は見慣れたはずの我が家に違和感を感じた。

 家の前に黒塗りの乗用車が止まっているのだ。

 違和感を感じた、などと格好いい言い回しをしたがこんなもの気付かない方がおかしい。何故あんな言い回しをしたのか。

  

「今時こんな黒塗りの車なんてそうそう見ないぞ」


 そう言いながら健一が玄関を開けた瞬間、


「遅いぞぉ! 息子よぉ!」


「グェ!」


 健一は突然飛び出てきた大男のラリアットによって玄関に沈められた。


「HAHAHA!」


 大男はそのまま玄関にあった下駄箱の上に乗り、そして飛んだ。


「とぉ!」


 それは非常に綺麗なムーンサルトプレスであったが健一は既に体勢を立て直しており、


「当たるか!」


 避けた。

 健一の回避は見事なものであり、男は固い玄関にムーンサルトプレスをかますことになったのだがその結果は言うまでもない。


「Nooooooo!!!!」


「おーい、大丈夫か親父?」


 そう、玄関の床に大の字で寝ている人物こそが健一の養父である幡ヶ谷譲二。


「床がひんやりしてて気持ちいいんじゃ~」


「・・・」


 父親の無事を確認した健一は何事もなかったかのように靴を脱ぎ、家に上がった。


「無視か!無視するんか!お前も一緒に床の冷たさを味わおうぜぇ!」


 そう言いながら健一の足にしがみつく譲二とそれを振り切ろうとする健一は端から見るとじゃれている様にしか見えず、実際じゃれているだけである。


「ちょっと二人とも!いい加減にしなさい!」


 そんな二人の様子を見かねてリビングから声を掛けてきたのが譲二の娘であり、健一の義姉、幡ヶ谷重美である。


「ほらお父さん、お客さんの前でみっともないことしないの!」


「客?」


 譲二から解放され、リビングに入った健一が見たのは見慣れたリビングに存在する三人の客の姿であった。

 一人は綺麗な黒髪が肩まで伸びた女性、一人はその女性にしがみついている栗色の髪の小柄な女の子、最後がメイドである。


「本物のメイドさん!」


 興奮のあまり大声を出してしまった健一だったがその声に女の子が先程より怯えた様子で女性の後ろに隠れてしまっのを見て慌てて謝罪した。


「おっとすまんね。大声出しちゃって」


「・・・」


 出来るだけ優しい声音になるように意識しながら話かけたが反応は芳しくないようだ。


「流石俺の息子、ここまで全く俺と同じ流れだ」


 譲二も重美と共にリビングに入ってきた。


「ええっと、この人達は親父のお客さん?」


 譲二は異常な程交友関係が広く、家に帰ると知らない外国人が「オカエリ~」と言って出迎えてくれることも少なくない。・・・正直な話そんなに多くもない。どっちだよ。


「いや、お前の客だ」


「俺の?」


 予想外の答えに思わず女性達の方を見た健一と目があった黒髪の女性が微笑を浮かべながら健一に話かけた。


「ええ、私たちは幡ヶ谷健一さん、貴方に会いに来ました」


「流石の俺もメイドさんが家に訪ねて来るなんて事態は予測できなかったな」


「・・・」

 

 そう言ってメイドの方を見たが何故か睨まれる健一。


「私たちは異能者としての貴方を必要としているのです」


「!」


 その瞬間健一が纏う空気が一変した。

 それを敏感に感じ取ったのか少女はビクッと体を震わせて女性の服を強く掴んだ。


「・・・すまん」


 健一は先程とは違い少女に向かって深々と頭を下げた。


「あんたらがどんな理由で俺に会いに来たとしても女の子を怯えさせちゃいけねぇな」


 少女は尚も怯えた様子だったが先程より女性の服を掴む手の力が弱めており、それを確認した健一は安心したように笑った。


「まだまだだな健一」


「うるせぇ。で、異能者としての俺に何のようなんだ?」


 改めて投げかけられた健一の質問に女性は静かに語り出す。


「まずは自己紹介を。私の名前は化野視季。貴方と同じ異能者です。そして、彼女は私のメイドで縞馬マイヤ」


 マイヤはメイドらしい洗練された礼をしたがその目は冷え切っていた。


「なあ、さっきから気になってたんだが何故に縞馬さんは俺のこと睨んでいらっしゃるの?」


「・・・貴方が変態だからですが、なにか?」


 健一は泣いた。

 初対面のメイドさんから罵倒され新しい扉が開きそうになった自分の節操のなさに涙した。


「気持ち悪い」


「やべぇ!何がヤバイかは説明出来ないがやべぇぜ!」


「息子よ、お前も遂にその境地に到達してしまったか」


 そんな健一達の様子に重美は恥ずかしそうに視季に頭を下げた。


「ごめんなさいね。この二人いつもこんな感じなの」


「いえ、仲がいいのは良いことですから」


 そう言って視季は眩しいものを見るように目を細めながら続けた。


「紹介を続けますね、最後にこの子が今回私達が貴方を訪ねた要因でもある間宮消理」


 視季に促されたが消理は健一の方を見ようとはしない。


「う~ん、二度も怖がらせちゃったからな~」


 何か消理の緊張を解すいい方法はないものか、と健一が思案していると譲二が言った。


「こういう時はあれだ、相手に自分は無害ですよ~とアピールすることが大事だ。お前の得意技だろ?」


「なるほど」


 そう言って健一はおもむろに服を脱ぎだした。

 そして、あっいう間にパンツ一丁になると消理に向かって言い放つ。


「俺は無害!」


「・・・」


「・・・」


「おまっ!それじゃあただの変態だぞ!」


「えっ!?だって親父が無害さをアピールしろって」


「今のお前は無害どころか害でしかねぇな」


「マジかよ!?」


 すると唐突にマイヤが立ち上がり自身のメイド服のスカートに手を入れた。


「な、何するつもりだ!俺と張り合う気か!?」


 そんな健一の言葉を無視しながらマイヤはスカートから手を引き出した。

 その手にはアサルトライフルが握られていた。


「ふぁっ!そんなものどこに隠してたんだ?」


 そんな健一の言葉はまたまた無視された。健一無視されすぎ問題である。主人公なのに。


「お嬢様の前でそんな格好してただで済むと思っているんですか?」


「確かにレディーの前でこの格好はちょっと恥ずかしいがそれを上回る興奮が・・・ストップ!服着るから無言で引き金引こうとしないで!」


「フフ・・・」


 そんな一触即発な空気になった居間に小さな笑い声。

 その笑い声の持ち主は消理であった。


「・・・やっと笑ってくれたな」


「・・・」


 消理はすぐに笑顔を納めてしまったが居間の空気から先程までの重さはなくなっていた。


「さて俺も服着ますか」


「マイヤも銃をしまいなさい」


「かしこまりました」


 マイヤは出した時と同様に銃を自らのメイド服のスカートの中にしまった。


「それがメイドの嬢ちゃんの異能か」


 譲二の問いかけにマイヤは静かに頷いた。


「はい。詳しいことはまだ話せませんが」


「何故に親父の質問には答えるのに俺は無視されるんだ」


「変態だからです」


 服を着終えた健一は居間の端っこで体育座りを始めたが誰も気にしてはくれなかった。頑張れ、健一。君が主人公だ。


「場も和んだことですしお話を続けさせて頂きますね。先程も言った通りこの娘が今回健一さんに会いに来た要因です」


 視季は消理の頭を撫でながら続ける。


「この娘はかつてある異能研究の被験者でした」


 異能研究の被験者、その言葉を聞き健一達の顔にも緊張の色がみえる。


「その異能研究は・・・」


「・・・」


「異能を無効化する異能者を作る研究」


「!」


「異能の無効化か」


 譲二が珍しく苦々しい顔になっていた。


「はい。元々この世界に異能者と呼ばれる者達は少なからず存在していました。歴史に名を残す偉人の中にも異能者がいたことが最近の研究で明らかになっていますが、一世紀前まで異能者の存在は認知されていませんでした。しかし、世界大戦の時に多くの主要国は強力な異能者達を自国の戦力として世界に発表、これにより異能者の存在が明るみになりました」


「歴史の授業でそこらへんは知ってるぜ」


「ええ、流石に100年も経った今では異能者の存在はある程度受け入れられていると言えるでしょう。しかし・・・」


「まあ、普通の人の中には俺達を怖がる奴もいるわな」


「はい、そして話は異能研究に戻ります。恐怖の対象である異能者を無力化する方法、それが異能の無効化研究」


「被験者ってことはその娘は異能の無効化能力を持ってるってことでいいのか?」


 健一の問いかけに視季は頷き


「この娘の力は安定はしていませんが効果はあります」


「・・・」


 流石の健一、譲二親子も言葉が出て来なかった。


「あ、重美お茶のお替わりくれ」


「俺のも頼む姉ちゃん」


 ただ喉が渇いているだけだった。

 新しいお茶でティーブレイクをしたところで譲二が視季に訪ねる。何故普通に一服したと表現しなかったのか分からない。ティーブレイクという言葉の響が格好良かったからである。分かってるじゃねえか。


「どうして消理ちゃんはあんたらと一緒にいるんだ?あんたらがその研究を行っていたってわけじゃないんだろう」


「私達はこの娘を保護したのです」


「保護ねぇ・・・」


 譲二は視季の目をじっと見た。まるで彼女の内面全てを見透かそうとするように。


「・・・」


 視季もまた譲二を視線に応えるようにその目を見た。


「・・・」


「・・・ぽっ」


「親父何照れてんだよ!」


「しょうがねぇなだろ!こんなジッと見つめられたら照れちまうぜ」


「純真か!」


「お父さんも健一もいい加減にしないと本気で怒るわよ」


 幡ヶ谷親子はなんのためにもならない会話をしないと死んでしまう病にかかっているとか。


「とりあえず俺はこの嬢ちゃん達のことを信じる。お前はどうする?」


「俺は初めから信じるつもりだったんだけど」


「どうしてだ?」


 健一は視季、マイヤそして消理を見て言った。


「この娘はずっと化野さんの後ろに隠れてた。つまりは消理ちゃんにとって化野さんの後ろは安全、そこにいたいって思わせる何かがあるんだろ。そんな化野さんが悪人には見えねぇ。それだけさ」


「健一さん」


「だからよ、俺なんかで良ければいくらでも力貸すぜ」


 健一の答えを聞き視季は柔らかく微笑んだ。


「ありがとう。貴方は想像通り素敵な人ね。貴方の戦闘向きの異能を見込んで護衛をお願いしましたが人間性でも頼りになりそうですね」


「やめろよ、惚れちまうだろ」


 そして、視季は改めて健一に頭を下げた。


「幡ヶ谷健一さん。この娘を守るために貴方の力を貸して下さい」


 それを受け健一はドンっ!と自身の胸を叩きながら言った。


「このパンイチに任せておけ!」


 そんな二人の様子を譲二は嬉しそうに見守っていた。


「嬉しそうねお父さん」


「まあな、息子が立派に育ってることが実感出来たからな」


(しかし、異能を無効化する能力、あらゆる人間が欲しがる力だな。これから苦労することになるぜ健一)


「で、具体的に俺は何すればいいんだ?」


「はい、健一さんには私達と一緒に鳴神島に行ってもらいます」


「鳴神島だと!?」


「!?」


 視季の答えに反応したのは健一ではなく譲二と重美だった。


「お二人はご存知ですよね」


「ああ、よく知ってるぜ」


「なんなんだ鳴神島って?」


 譲二、重美は既に知っているようだったが健一には思い当たるものがなかった。


「その説明は私が。鳴神島は太平洋沖にある巨大な無人島のことです。表向きは」


「表向きはって言い方格好いいよな」


「・・・今はその鳴神島は一つの巨大な学園となっています」


 ついに視季からも無視されるようになった健一。今回は自業自得である。


「その学園の名は異名館学園。異能者のためだけに作られた学園です」


「異名館学園・・・」


 その単語を聞いていた譲二と重美はいつも以上に真剣な顔をしており、健一も異名館学園がただの学園でないことを悟った。

 ここまで出来るだけ口を出さないようにしていた重美が口を開いた。


「異名館学園。若い異能者の保護と社会復帰を手助けするその理念はとても立派で、これからますます異能者が増えることを考えるといいことだとは思う。でも、正直私はあそこに行くのはオススメしないわ」


「しかし、異名館学園は異能者の保護をうたい、厳重な警備が敷かれ異能者が社会に順応出来るようなプログラムを多く用意しています。あそこは異能者にとって世界で一番安全な場所と言っても差し支えないと思いますが」


「そんな学園があったのか。というか何故に姉ちゃんと親父は知ってるの?」


「仕事でちょっとね」


 重美と譲二は異能関係の職に就いているため、そういった情報を多く有している。


「化野の嬢ちゃん、消理ちゃんのことはどうするんだい?」


 譲二はいつも以上に真剣な顔で視季に訪ねる。


「実は消理はもう一つ異能を持っているんです」


「ダブルか」


 ダブル。二つの異能を保持する者のことであり、世界的にも非常に数が少なく希少な存在。


「この娘は先程も言ったとおり異能研究の被験者でした。その研究所では元々異能を持っている子供達に後天的に無効化の異能を植え付ける実験を行っていました」


「異能の人為的な付与か・・・胸くそ悪いことしやがる」


「話を戻しますが異名館学園は基本的に異能者なら誰でも受け入れます。なので消理にはもう一つの異能を使うものとして学園に通って貰う予定です」


「なるほどな。確かにそれならバレる心配はねぇか」


「それでも私は反対よ。あの島は私達でも簡単には干渉出来ない場所。もしもの場合健一達を助けてあげられないのよ!」


「姉ちゃん」


 滅多に声を荒げない姉が自分達のためにそこまで考えてくれていることが健一は素直に嬉しかった。だが、


「姉ちゃん、俺はさっき『任せておけ!』って言ったじゃねえか。何があっても消理ちゃんは守る、もちろん化野さんも縞馬さんも。そして、俺自身も。なんて言ったって俺は親父の息子で姉ちゃんの弟だぜ。信じてくれよ」 


「健一・・・」


 重美は少し迷いが残る様子だったが健一の顔を真っ直ぐ見て、


「そこまで言ったならちゃんと頑張りなさいよ」


「おう!」


「おいおいお父さんを置いてけぼりにするんじゃない」


 そこまで空気を読んで黙っていた譲二だったがこのままでは自身の出番がないまま学園編に突入しそうだったので慌てて姉弟の会話に割り込んだ。メタイ発言は慎むように。


「どうせ親父は止めないだろ」


「止めないけどな!」


 譲二渾身のドヤ顔。


「じゃあいいんじゃねえか!」


「くぅっ!息子の分際で生意気になりおって。まあ、俺から言えることはただ一つだ」


 先程のドヤ顔ではなく真剣な顔の譲二に健一も自然と真剣な顔になる


「何があっても諦めるなよ。あと学園で美人の先生がいたら俺に紹介しろよ!絶対だぞ!」


「一つじゃねぇし、二つ目くだらなすぎだろ!」


「ハハハ!まあ、頑張ってこいよ!」


「・・・ああ!」


 そして、健一は視季達に向き直り


「待たせちまったな。まあ、聞いてのとおり学園に同行させて貰うぜ」


「ええ、頼りにしていますよ。手続きなどはこちらでやっておきますが出来るだけ早く島へ向かいたいのですが大丈夫ですか?」


「おう!」


「では、向かいましょう鳴神島へ」



  





 

 







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