変態現る!
気が付けば辺り一面が火の海になっていた。
今日は母さんと妹と一緒にデパートに買い物に来て、母さんが買い物をしている間に妹と屋上のアトラクション広場に遊びに来ていた筈だ。
「お兄ちゃん!」
僕の手を強く握り妹は泣きじゃくっていた。
そして、僕は思い出した。妹と広場で遊んでいたらアトラクションの一つが突如爆発して、それに僕たちも巻き込まれたことを。
どうやら、爆発によって出火し、火災に発展してしまったようだ。
周りに他の人は誰もおらず、出口がどこにあるのかも分からなかった。
正直僕自身も泣き出したかったが手に感じる妹の温もりがそれを許してはくれなかった。
「だ、大丈夫!」
気が付けば妹に向かって笑顔を見せていた。
妹をこれ以上怖がらせないためにはこうするしかなかったが、助かる気は全くしなかった。
せめて、妹だけでもと思い周りを見渡したが炎以外のものは見えなず、打開策はなにもなかった。
そして、炎が僕たちを飲み込もうとした瞬間、それは空から降ってきた。
ドンッ!!という音ともに落ちてきたそれはどうやら人ようだ。
炎をかき消しながら現れた男は笑顔でこう言った。
「助けに来たぜ!」
僕はその言葉に涙が出そうな程安心したがその人の姿を見て涙は引っ込んでしまった。
その男はパンツ一丁だった。
「へ」
「へ?」
「変態だぁ!」
「お兄ちゃん、怖いよぉ!」
僕は思わずそのパンツ一丁の変態を指さし叫んでしまっていた。
「ちよっ!待って、待って!俺は変態じゃないよ!仮に変態だったとしても悪い変態じゃないよ!」
変態が何か言っているが、僕は自分たちが置かれている状況を忘れて妹を抱き寄せ変態から遠ざけた。
「ん・・・妹か?」
「へ?うん」
突如変態が優しい表情と声で問いかけてきたので反射的に答えてしまった。
「そうか、妹守ってやってたのか」
そう言って変態は僕の頭を優しく撫で言った。
「よく頑張ったな」
僕は気が付けば泣いてしまっていた。妹が見ている前で情けなかったが涙が止まらなかった。
その変態の言葉には不思議な安心感があった。
「もう大丈夫だぜ。俺が二人まとめて助けてやるからな!」
「ど、どうやって?」
炎は先ほどより勢いを増し、もう僕たちの周り以外は全て炎に包まれてしまっていた。
「どうって、普通に向こうのビルの屋上に飛び移るだけさ」
「・・・そんなの無理だよ!周りは炎に囲まれてるし、炎を越えても向こうのビルまで遠すぎるよ!」
やっぱりこの人は頭がおかしい変態だったんだ。
さっきの僕の感動を返して欲しい。
そんなふうに僕が絶望しかけていると変態はハハハ、と笑い
「おいおい、さっき俺がどうやってここに来たかもう忘れたのか?」
と自信満々に言った。
「あっ!」
そうだ、この変態は空から降ってきたんだ!
そんなことが出来るのは・・・
「もしかして異能者なの?」
「ああ」
異能者。
僕たちとは違う特別な能力を持った人達。
どうしてそんな人達が生まれたのかは誰にも分からない。
ただ、その異能は現在科学では説明出来ないものばかりで普通の人からは恐れられる存在だった。
僕も本物の異能者に会うのはこれが初めてだ。
しかし・・・
「な、なんかイメージと違う」
「なんだとぉ!」
変態が怒った。
「ご、ごめんなさい!じゃあ、貴方は空を飛べる異能者なの?」
「おじさんお空飛べるの!?」
空から降ってきたのだからそうに違いない。
「違うよ、そしておじさんではないよ」
確かに変態はまだ高校生ぐらいに見える。だが、今重要なのはそこじゃなかった。
「え?」
「俺は空なんて飛べない。ただ少し身体能力が高くなるだけの異能さ、服を脱ぐとね!」
「・・・」
やっぱりただの変態だったんだ。
「いやいや、そんな露骨にガッカリしましたって顔するの辞めてくれよ。興奮しちまうだろ」
「・・・」
こいつは僕の想像以上に変態だった。
「おっと、こんな冗談言ってる場合じゃねぇな。ちょっと失礼するぜ」
そう言って変態は僕と妹を抱きかかえた。
「わっ!離して!」
「暴れんなって、すぐに終わるから舌噛まねぇように注意しな」
変態はその場でぐっと足に力を入れ、向こうのビルの方向に飛んだ。
本当にただ飛んだのだ。まるで道に出来た小さな溝を飛び越えるみたいに。
炎もビルの谷間も軽々も越えて僕たちは向かいのビルの屋上にたどり着いていた。
「う、嘘」
僕たちはあっけなく助かったのだ。この変態のおかげで。
妹も自体が飲み込めないのか固まっている。
「うっし!無事着陸成功!」
「何をしたの?」
僕は思わず問いかけていた。
「何って、普通に飛んだだけだよ。言ったろ服脱いだら身体能力がちょっと上がるって」
「・・・」
ちょっとなんてレベルじゃないだろ、と心の中でツッコミを入れながら、僕は改めて自身が助かったことを実感した。
「じゃあ、俺はもう行くぜ」
「え、どうして!?」
まだ、ちゃんとお礼も言えてないのに。
「俺はこんな格好だからな」
変態は自身の格好を見下ろし自嘲気味に笑った。
「で、でも僕たちを助けてくれた!」
変態は僕の言葉を聞き、嬉しそうな顔で
「君らを救えただけで満足しちまったさ」
僕は生まれて初めて変態を格好いいと思ってしまった。
「おじさん、ありがとう!」
やっと妹も自体が飲み込めたらしい。
「おいおい、おじさんは辞めてくれよぉ!俺はまだピチピチのヤングな学生だぜ!」
その言い方が既におじさん臭いと思った。
「あの、せめて名前だけでも」
「名前か・・・俺の名前はパンイチ!」
「パンイチ・・・そのまんまだね」
「ハハハ!だな!」
そして、変態もといパンイチは去って行った。
あまりに人に見られたくないらしく、先ほどと同じように他のビルの屋上に飛んでいってしまった。
後から聞いた話だが、ここら一体では彼は有名らしい。
変態的な見た目で人助けをする変わった異能者として。
「ありがとう、パンイチ」
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パンイチが子供たちを救ってから数分後のとある路地裏、二人の女性が話していた。
「お嬢様、如何でしたか?」
「今視終わったわ。やっぱり彼の能力はいい戦力になりそうね」
一人は黒髪ロングの女学生。
「変態ですが」
もう一人は銀髪のメイド。
「まあ、確かに変態ではあるけど悪い奴ではなさそうだし・・・」
女学生は少し考え込む素振りを見せ、口を開いた。
「決めた!彼を護衛にするわ!」
「本気ですかお嬢様」
「ええ、その方が面白くなりそうだもの!さあ、マイヤ早速彼の家に向かいましょう」
「かしこまりました」
メイドは不承不承といった感じに返事をし、車の手配を始めた。
これが、パンイチこと幡ヶ谷俊助の運命を大きく変えることになることはまだ誰にも知る由もなかった。